セミダイブ!   作:小沼高希

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Who stole the fire? 12

夜中にふと目が覚めることがある。今みたいに。

 

隣では概念同化機構さんが寝息を立てている。どこまで表情のデータが実際の様子を反映しているかはわからないけど、見る限り安らかそうだ。

 

少し寝ぼけた状態でトイレに行こうとして仮想空間内であったことを思い出す。危ない危ない。夢の中の夢というものを見る人もいるらしいが、わたしは仮想空間の夢を見たことがあるぞ。

 

ヘッドセットを外して、ちゃんと物理世界だということを確認して、そこからトイレに行く。風呂トイレ別のいい物件である。それなのに比較的お手頃価格でありがたい。

 

出す時に、どうしても怖くなってしまう時がある。今僕はちゃんと目覚めているのだろうか、と。実はまだ身体は寝ていて漏らしてしまってるのではないかと。下手な水槽の脳よりこっちのほうがよっぽど怖い。

 

というわけできちんと拭いて手を洗って寝る。目が覚めた時に隣にわたしがいなかったら概念同化機構さんが悲しむかもしれないのであちらがわに行くか。

 

一旦ヘッドセットを外してしばらくするとワールドからログアウトすることになってしまう。その後にログインする際に選択を間違えると元いた場所じゃなくてデフォルト設定の入口になる。まったく、深夜なのにお店に入るのも変な気分だな。

 

「なんでソニドリが?」

 

驚いたように言う相手は跳華さん。こんな深夜に何しているんだ。

 

「こちらが聞きたいぐらいです。トイレ行ってたんですよ」

 

「外でしてたんだ……」

 

「違いますよ」

 

いや確かにこのBar Panopticaの外側はしげみになっていますけど、そういう問題じゃなくて。

 

「あっこっちは昼に寝すぎて寝れなくなってるだけ、大丈夫だよ」

 

「大丈夫な要素がありましたっけ?そういえば跳華さん、かせくり氏は見ました?」

 

「来た時にはいなかったよ」

 

「わかりました。……依頼のものですか?」

 

「いや、これは趣味」

 

そう言って跳華さんは描いていた画面を半透明にして見せてくれる。

 

「ポスター、ですか?」

 

「今度関西の方でやる即売会のやつだよ。いい時代になったものだね」

 

名前を見ると、確かに知っている名前だった。

 

「生成ものが使える、ということですか?」

 

即売会というのは個人やサークルが作った本とかをやり取りする場だ。歴史的理由により販売ではなく頒布、すなわち必要最低限の対価を受け取って渡しているのであって販売ではないということになっている場合もある。

 

このあたりは著作権法の改正とか色々あって歴史的文脈が不鮮明になっているなんて話を聞いたが、それでも最大の即売会である夏と冬の祭典は広義のオタク──もはや古い言い方──にとっての一大イベントであることは間違いない。

 

ただ、その歴史において二十年ほど前に問題となったのは生成AIのあたりだ。今となっては絵師と術師という形で棲み分けがされたが、かつてはまあ酷かったようだ。当時のログを見ると心に来る。まだ精神攻撃のノウハウがなかった時代の原液みたいな憎悪だ。

 

法律もろくに読まずに主張を繰り返し、合法の範囲だと主張して相手を煽り、立法や行政のあたりにまで絡んで、そして司法の案件にまでなったものもいくつかある。AIにとっての冬の時代はなんか歴史を見るに毎年来ているようでただの暦の上の冬なんじゃないかみたいな気分になってくるほどであるが、この時期はその中でも特に冷え込んだあたりだった。

 

ただ、この当時に同人誌即売会において生成AIを使った作品をどう扱うかというのは問題になった。急速に精度を向上させたこの手のシステムは、しばしば非合法に複製されたデータを利用していた。しかしその学習自体は合法というから難しい。

 

結局、解決に必要なのは時間だった。社会にAI技術が広まるにつれ、その学習データに対して特別な権利を認めることが不合理だという形になったのだ。写真ができた時に、カメラやフィルムを作った会社は画家に別になにかお金を払ったことはなかった、というのと流れは近い。

 

しかし一方で、良いものを作るための努力という点では術師も相応の研鑽を必要とすることがわかってきた。60点は作れても、それを90点にするためには多くの知識と何が違和感を生んでいるのかを見抜く目が必要となる。例えば生成モデルを改良して70点のものを安定して生み出せるようにし、その中から選びだした80点の作品を、また別のシステムで修正して、という形の改善方法は共有され、そしてまた新しい手段が作り出される。

 

ええと、どこまで話したっけ。そうそう、即売会の話。創作者というのは我が強くて、絵師と術師の戦場の一つが即売会だった。基本的に絵師が優勢だったという歴史がある。そういうわけで、術師の技術を受け継いでいる念写師である跳華さんが即売会のポスターを作るというのはちょっと象徴的な気がしたのだ。

 

「そうだね、まあ主宰が知人だしこのイベントは術師も多く出るからっていうのもあるけど」

 

「そういう形で依頼が来るんですね」

 

「ちゃんとマーケティングをした結果だと言え」

 

ちょっと跳華さんがふてくされてしまった。それにしても凄いんだよな。跳華さんの写す絵は良く見ればすごく細かいのだけど、全体としてみた時にメリハリがきちんとついている。視線の誘導や色のバランスをしっかり練っているからできるという。

 

「……で、確か概念同化機構さんも寝ているんだろう?」

 

「添い寝してますよ」

 

「うわ……」

 

「……言っておきますが、同意は得ていますよ」

 

「そういうことしてると刺されるぞ……」

 

「誰にどうやってですか」

 

「ソニドリは人を勘違いさせやすいんだよ、気をつけたほうがいい」

 

「……そういう生き方をしてきたので」

 

Euphilia(ユーフィリア)は、ある意味では自分を色々と隠さないでいられた。誰かと繋がりたいという欲望を叶えてくれる場所だった。ただ、その過程で色々と歪んでしまったのがあるだろう。

 

「ま、何かあったらお姉さんが少しは手伝ってあげるよ。報酬は貰うけど」

 

「身体とかですか?」

 

「いや普通にデザインの相談乗ってもらうとかだが……。特にチーフと違ってVR系のデザインの説明はソニドリ上手だし……」

 

ちょっとしたジョークのつもりだったのだが思った以上に真剣に否定されてしまった。まあ、そういうこともある。

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