セミダイブ!   作:小沼高希

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10MB以内で答えて 5

シャワーを浴びてリビングに戻ると、ユミナさんが指を唇の前に立てて静かにするように僕に促していた。こういう仕草はかっこいい人がすると映えますよね。

 

「……エンジンかかったの?」

 

なので隣に座って小声で聞く。低いドタバタした音でなければ響かないし、このくらい近づいて囁やけばいいだろう。ちょっと顔が近い気もするが。シャンプーかリンスの匂いが強いけどそういえば各員自分のを持ち込んでいたよな。

 

「そうみたい」

 

まだゲームは序盤だろう。そこまで飛ばしていいものだろうか、とも思うが全体のペース配分についてあれこれ言えるほど状況をわかっているわけでもない。でも36時間って実際はあっという間なんだろうな。週末だってぼんやりしたら一瞬で去っていってしまうし。

 

「今の時点の進捗は?」

 

「入る前に『ゴリ押しすればいいじゃん!』って言ってた」

 

「何も参考にならないな」

 

ため息を吐く僕。いえ、一応数学というか計算の分野にもゴリ押しみたいな方法はありますよ。イメージとしては四桁のパスワードを突破する時に10000回試すようなやり方です。確かにある程度問題を解きやすくしてから残った部分をこれでやるとか、とてもうまい具合にデータを処理できれば量子コンピューターで比較的簡単に見つけられるとかあります。

 

というわけでみなさんは文字で打つタイプのパスワードをあまり信用しないようにしましょう。どんなに数字とか記号とかを盛り込んでも、覚えられる範囲で十文字かそこらではすぐ突破されてしまいます。確かに複数回のログインがあれば普通はロックはかかりますけど、例えばファイルにかけたパスワードとかは何度も挑戦できますからね。何の話をしてたんだっけ。

 

「そういえばミドリくんは何使ってるの?」

 

「何について?」

 

「洗顔とかシャンプーとかリンスとか」

 

「あー……」

 

というわけで情報共有をしていく。僕の場合はいくつか試したのでその感想についても。ユミナさんの方も基本的に何使うかはある程度固まっていたようで、どうやら僕と肌質というか目指しているところが微妙に違うのもあって得るものはあったが互いに変えるところはない、みたいな塩梅の会話だった。

 

「でもアキさんはあまりそういうの使ってないみたいなのよね……」

 

そう言ってユミナさんが目を向けるポーチの中には、確かに基本的なんだが基本的すぎないかというぐらいのものが入っていた。あのオールインワンジェル、確かちょっと敏感な人でも使いやすいって聞いたことがあるし肌が難しいのかもしれない。

 

「それでも綺麗だよね」

 

「わかる。あとやっぱりアキさん、集中するとかっこいいよね」

 

「そう?」

 

単純な見た目だけのかっこよさだけで言うのであれば、まず間違いなくこのユミナさんが上位に来る。別にルッキズムとまでは言わないけど、人間がどういう風貌に惹かれるかの基準ぐらいはある程度知っているつもりだ。

 

「ミドリくんはそういうの興味ないの?」

 

「あまり物理世界の人間の顔とか、アイコン的なもの以上に見ていないから……」

 

なので髪型とか変えられると一瞬誰だかわからなくなります。数年ぶりに会っても僕だとわかるような人って凄いよね。雰囲気はかなり変わっているはずなんだけど。

 

「それ、かなりひどい発言だと思うよ」

 

「そうかな」

 

でも人間の印象なんて、分解したらある程度は解析可能なものの集合にしかならないでしょうに。声だったら速度や高さ、声色やアクセント。身体の動きなら目線や手の位置、姿勢なんかが相手に印象を与えるのに使える。それを意識して全部制御する人はまずいない。それはそもそも意識する人が少ないという事以上に能力という意味でも。

 

だから、その人の変わらない要素がその個人を表すものになってしまう。逆に言えば、僕はそれ以上の、あるいはそれ以外の見方ができない。

 

「そう。だってミドリちゃんだってちゃんと毎日化粧してるでしょ?」

 

「……それは、自分の顔があまり」

 

言い淀んでしまう。ああ、あまり意識していなかったことを引きずり出されてしまった。これだからユミナさんが怖かったんだ、と思うところがある。

 

ユミナさんはかっこいい人だ。性別とかを無視して、自分の好きなスタイルを突き通すだけの力がある。それは僕にはない。この事実を突きつけられるのは嫌だけど、それ以上に話していて楽しいというか、魅力的なのがずるいとしか言いようがない。

 

僕はせめて、自分が自分を許容できる程度に装うのが限界なのに。

 

「ミドリちゃんはさ、鏡を見たことある?」

 

「毎日見ているけど……」

 

「その時にさ、鏡の中の子がいいなって思わない?」

 

「……別に」

 

整っていない、とは思わなくなった。でも、自分がどちらかに振れるのは嫌だ。曖昧なままでいたい。ユミナさんはそのあたりを、たぶん確立している。

 

「ウチはミドリくんが好きだよ、どっちにもならないようにするって、とても難しいから」

 

「……ありがと」

 

「でもさ、どうしても部分部分を見るとああ、()()()っぽいなって思うこともある。ミドリちゃんがしてるのは、バラバラに見るっていうのは、そういう事だよ」

 

それは仕方がないとは思っている。完全にどちらかに寄せないなんてことは無理だ。だから両方の要素を混ぜて、なんとかカバーして、どっちつかずに見せている。見せられているといいけど。

 

「僕が例外なだけだよ、ほとんどの人はもっと自分らしさみたいなものを持ってる」

 

「ウチも?」

 

「……うん」

 

「そう見えるんだ……」

 

ちょっと寂しそうにユミナさんは言って、少し移動して僕に寄る。

 

「ウチだってさ、()()なれるならなりたかったよ。どれだけやっても、ウチは……」

 

「何やってるの?」

 

肩に手を置かれて顔を近づけていたユミナさんが声のしたほうを見る。アキさんが僕たちを見下ろしていた。

 

「どうなったの?」

 

あくまで平常心で、僕は聞く。

 

「今の方針で一応は水準を超えた。でも、まだ全然足りない。というわけで寝る」

 

「……早くない?」

 

ユミナさんが時計を見て言う。午後九時ちょっと過ぎ。悪い大学生にとってはこれからが夜本番だ。

 

「明日は昼寝して挑むから、今日は早めに寝ておきたい。布団とか敷く?」

 

「ウチがやるよ、アキさんは疲れているだろうし」

 

ちょっとだけ突き飛ばすように僕の肩に力をかけて、ユミナさんは立ち上がった。

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