セミダイブ!   作:小沼高希

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10MB以内で答えて 7

目を開けると知らない空間で、習慣として目線だけを動かして周囲を確認する。仮想空間じゃないかという思考は、腕の中の温かさのせいで否定された。

 

僕に抱きつくように、アキさんが寝ている。

 

呼吸を一つ。大丈夫、今は身体を動かしても問題ない。VR睡眠をやっているせいで周囲の機材をあれこれぶつけないようにという感覚が抜けないのだ。特にこういうある種慣れない空間の場合には。

 

どうしようかもぞもぞとしていると、後ろの方から音がした。服が布団と擦れる音。立ち上がった質量。振り返るかどうかを考えるには眠気が勝って、僕は怠惰な現状維持を選んだ。

 

「起きた?」

 

後ろの方から顔を覗き込むように見せてくるユミナさんと目が合う。夏らしい、肩を出したたぶんネグリジェというべき服。朝日に透けている。ああいや、そこは問題じゃないでしょ。

 

「一応ね、アキさんを起こしたくないからこのままでいるけど」

 

小声で返す。腕の中のアキさんは今のところは眠っているようだ。なんていうか二人に挟まれているわけではないのだが

 

「じゃあ、ウチがご飯作ろうか?」

 

「いいの?」

 

「アキさんに頼まれているわけだからね。時間まで寝かせてあげなよ」

 

起こすことになっている時間までは、あともう少しありそうだ。自然に起きたのならともかく、起こしたという形になるとアキさんが不満そうになるのはなんとなく想像がつく。

 

「……手を出すな、ってこと?」

 

「起こさないように、ってこと」

 

ちょっとだけ悪い笑みを交わしたあと、僕はため息をつく。全く、こういう形でアキさんを抱きしめることになるとは思わなかった。他にどういう形を想定していたのかは、幸い寝ぼけた頭のせいで考えられなかった。

 

こうやって見ると、アキさんは美人に見える。この人が世界でも戦えるような、相当すごい人だとは思えない。確かにどこか浮世離れしたところが寝顔から読み取れないわけではないけど、それでもおとなしくて、真面目な人に見える。

 

「ん……」

 

胸元から聞こえる寝言にどきりとする。もしここで起きられると誤解が起こるかどうかはともかくとしてユミナさんから色々言われる可能性がある。ちなみにユミナさんの方は音からしてベーコンと卵を焼いているようだ。主食になるのはパンケーキです。朝から美味しいものを食べると元気が出ますからね。

 

ちなみに昨日僕が用意したのは付け合せのサラダです。一応三人とも生野菜は大丈夫なので。僕はそこまで好きではないけど、出されたら食べるぐらいですね。でも彩りを考えるのは結構楽しかった。買った食材をちゃんとここを出ていく時には処理した状態にしたいので、バランスも難しいんですよ。

 

そんなことを考えていると、アキさんの目蓋がぴくぴくと動いて、ゆっくり開いた。ちょうど焼けたベーコンの脂の匂いがしてきた頃だった。

 

「……へぇ」

 

そう言って、目が覚めたばかりのはずのアキさんは、ゆっくりと横向きだった僕の身体を転がすように倒した。

 

「あの、アキさん」

 

目覚めがいいのか、それとも想定していたことだから身体が動くのか。そういうことを少しだけ考えてしまう程度には、スムーズな動きだった。

 

「なぁに」

 

「寝ぼけてません?」

 

「ミドリさんこそ、寝ぼけていたで済ませられると思ってるの?」

 

ああなるほど、これが襲われる側の物理的な体験ですか。確かにアバターの位置関係的にはこういう形には何度もなってきたが、二の腕を掴まれているっていうのは少し独特ですね。あと思ったより匂いとか熱とか、そういうあまりVRで再現できない要素の影響が大きい。

 

「……ユミナさんが、朝ご飯作ってくれてるの?」

 

「そのはず」

 

顔の高さに差のある対話。僕が下。アキさんが上。

 

「その間にミドリさんが私を、ね」

 

「あまり誤解してほしくないけど僕の腕の中に入ってきたのはアキさんで」

 

「自分のいる場所をわかっていて、それを言うの?」

 

目を動かせる範囲で視野の中を確認していくと、どうやら三つ並んだ布団のそれなりに端のほうにいることが明らかになった。僕が寝ていたのは中央なので、なるほど僕の方が領域を侵犯していることになるのか。

 

「……僕が悪かったので、腕を離してもらえませんか?」

 

「嫌だ」

 

そう言うアキさんの目は、思った以上に真剣だった。問題を解く時のそれと似ている気がした。

 

「……一応、この姿勢なら抜けられるとは思いますが」

 

「そう言ってるのに抜けないんだ。それとも、抜けたくないの?」

 

そう口にするアキさんとしばらく向かい合って、耐えきれなくなったので身体を捻るようにして脱出する。よかった、なんとかなった。幸い互いに腕を痛めたりはしていないようだ。

 

「そろそろできるよー、いちゃついてないでお皿とか出してほしいなーっ」

 

音とか雰囲気で見ているのか台所の方からユミナさんの声が聞こえて、僕はやっと息を深く吐き出せた。

 

「……いやちょっと待ってごめん、ご飯は食べる、だからその、準備、任せていい?」

 

いきなりアキさんがそう言い出して、パソコンの前に座ってXR端末をかける。あっこれは何か思いついてしまったやつですね。仕方がない。

 

「わかった。キリの良いところで食べて。無理そうなら運んでくる」

 

「ありがと」

 

そう言ってキーボードが撫でられるように叩かれ、少し覗き込む僕には全然わからない数式の羅列と何なのか見当もつかないグラフが出てくる。いや、数式だってどういう構造なのかはわかるんですよ。ただの積分……だと思う。ただの掛け算を積分しているだけ、のように見える。知らない関数とかもないし。変数がなにかは読み取れないけど。

 

でも添字の数とか、太字とか、そういう部分からなんとなくだけどこれが相当難しいものだという見当はつく。ちょっとだけ見えた文字はMaldacena dualityとかcomplex Lie algebraとか、なんか数学とか物理っぽい響きのものがある。少なくとも情報系ではなさそうだ。

 

「何か気がついたの?」

 

「構造自体が見たことあるものだった。量子パズルらしく素粒子物理学ネタでやってくるのかって。量子ホログラフィック情報処理とかわかる人いるのかな……」

 

いきなりわけのわからない事を言いだしたので、僕はすっと距離を取る。うん、わかる世界の話をしよう。具体的には焼き立てのパンケーキとベーコンエッグみたいなもの。居間を出て、僕は台所のカウンター越しにユミナさんが綺麗にやいたパンケーキの乗ったお皿を受け取った。

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