セミダイブ!   作:小沼高希

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10MB以内で答えて 8

アキさんは、基本的に少食な印象だ。もちろん食べる時には人並みには食べるが、別に早食いでもないしゆっくりと味わって食べるような人だ。

 

いや、今も味わっていないわけではないのだろう。目線はXR端末越しに何かを読んでいるようでせわしなく動いているが、その口元はおいしさに緩んでいる。

 

パンケーキを大きく切って、ちょっと溢れている目玉焼きの黄身をすくって、ぺろりと一口で。明らかに早いペースだ。

 

「ん、とてもおいしい。ありがとう」

 

一瞬だけ机の向かいにいる僕とアキさんに視線を向け、また焦点を空中にあわせる。

 

「ところで何に気がついたの?」

 

「さぁ。なんか少し調べてたら物理系のなにかっぽい」

 

「ならウチにはわからないかも」

 

「僕でも無理そう」

 

「聞こえている。説明したいけどレベルを落としたくない」

 

そう言ってアキさんはサラダを頬張る。いい食べっぷりなので、作って良かったと思える。

 

「いや、話しておくか」

 

こめかみのあたりに触れてXR端末の表示を切ったらしいアキさんが、僕たちを見据えて言う。

 

「ベースになるのは量子ホログラフィック情報処理。とはいえここで言う量子っていうのは量子コンピューターの量子とはまた別で、まずはホログラフィック理論があって、そこにおけるアンチ・ド・ジッター空間と共形場理論の関係を示すモデルが他の現象に応用できるってなって、それをうまい具合にやると処理対象の次元を圧縮できるの」

 

僕もXR端末をかけてちょっと処理を起動するが、説明のための前提データが連なっていくだけでまともに理解できないことはわかる。これはたぶん、僕たちに理解させるんじゃなくて一旦口にして思考を整理するとともに処理AIへのプロンプトの元を作っているとかそういう感じだろうな。

 

「つまりはあの問題そのものが代数レベルの構造を示唆してたってわけで、あれは世界って見るよりもむしろ物理モデルとして捉えるほうがいいのかも、いやもちろんその類似性自体は最近議論されてはいるけどその辺踏まえて問題出してくるっていうのは嫌らしいよね……」

 

うん。単語単語は理解できるかもしれないがそれを全体として把握することはできない。

 

「それで、アキさんはどういうふうに問題を解いていきたいの?」

 

「うーん、テンソルネットワークをいい感じに編みたいから、ちょっと裏で文献漁ってもらうのがいいかな。確か似たようなやつでテンソルネットやってたのがあったはずだし」

 

「今のところ、問題ってある?」

 

「どうしてもそっち系の知識は基礎レベルしかないから追いつけるかっていうのと、もし方向性が正しかったとしてもちゃんと回せるかどうかってあたり。もちろんあと半日あればやってやるけどね」

 

今は午前八時。この後アキさんの予定では一回昼寝をするそうだ。というかユミナさんは何もわかっていないだろうによく的確な質問ができるな。

 

いや、確かに質問は内容を理解しなくても返せる。今日の人工知能の直接の系譜にあるとは言いにくいがELIZAも相手の言葉の要素要素に合わせて質問を返す形だったな。全体の話し方や雰囲気を読み取ることもできれば、相手の脳を整理するようなアドバイスを議論内容を理解せずとも出せるのかもしれない。

 

「ウチらができることは?」

 

「お昼ご飯と晩ごはんを期待してる」

 

「まかせて!」

 

というわけで食べ終えたアキさんは和室に戻って襖をピシャリと閉めた。なお布団は畳んだ状態で隅に寄せてあります。お昼寝とか今日の夜に寝るのとかにまだ使うからね。

 

「で、で、アキさんどうだった?」

 

気になるように身を乗り出したユミナさんが聞いてくる。

 

「何がどうだよ」

 

「ほら、押し倒されてたんでしょ?」

 

「うーん」

 

姿勢について思い出すが、あれは押し倒されたというよりは起き上がらないように要所を抑えられていたというほうが近いかもしれない。肩に近い二の腕を押さえていたわけで、回転すれば脱出できる程度のものだった。

 

それが僕の力とアキさんの体重の問題なのかは知らない。そもそもそういうことを考えるとアキさんの体重の問題になって、そりゃ身長と体型から割り出せなくはないけどさすがにそれはまずいでしょう、と。

 

「嫌ではなかった?」

 

「嫌ではなかった」

 

このあたりのバランスについて、ユミナさんはかなり掴んでいるらしい。別に恋とか名前をつけたり関係性を特別なものとしなくたって、微妙な好意を向け合うようなことはできる。僕はそれをEuphilia(ユーフィリア)で学んだが、ユミナさんもそのあたりをたぶん実体験で学んでいるのだろう。そうでなければ駅前で倒れていたお姉さんを介抱して合鍵をもらえるような関係になるものか。

 

「あとまあアキちゃんみたいな子は真面目にやらなくちゃとか思ってそうだし、そこを開放する相手としてミドリくんなら安心なんじゃないの?」

 

「そうだといいけど」

 

無害な人、と思われる事自体は別に悪くはない。好き好んで危害を加えるつもりもないし、危害を加えて欲しい人に近寄られるのは正直怖い。

 

じゃあ危害を加えられたいかというと、ちょっと難しいところだ。いや被虐趣味ってわけじゃないですよ。でも人間同士のやり取りってどうしても傷つくリスクはあるじゃないですか。それを踏まえても関わりたいっていことはあるんです。

 

「あと、アキさんはあまり相手の過去とかに頓着しないって言ってたし」

 

「いつ?」

 

「前にご飯食べた時に」

 

「僕は置いていかれたんだ……」

 

「ごめんね、でもミドリくんが授業ある時で、ウチとアキさんの空いてた時間だったから……」

 

「ならしょうがないか」

 

三人ともバラバラに動いている大学生なのだ。そりゃできるだけ融通は利かせるとはいえ授業を休むことは僕はしないので仕方がない。

 

「というか、どういう話をしたの?」

 

「ウチのちょっとした過去の話とか」

 

「えー、聞いてみたいな」

 

「ミドリちゃんが昔の事とか話してくれるならいいよ」

 

頭の中でちょっと天秤を用意する。片方には中学時代から始めていたあまりよろしくないVR遍歴。もう一方にはユミナさんの過去を知りたいという下世話な好奇心と親密な関係の進展について。うーんまだ過去を隠したいという想いのほうが上回るな。

 

「いや、まだ言いたくない」

 

「そっか、じゃあ仕方ない」

 

こういうふうにユミナさんは距離を取るのが上手だ。それをうまくやれば相手に追わせ続けることもできるのだろうし、あるいは安全圏から相手の心を刺すこともできるのだろう。少なくとも、今は僕を傷つけないために使っているので助かっている。

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