「あーっ、もう何もわかんない」
布団の上でじたばたとするアキさんの悲痛な叫びが和室から聞こえてくるが僕とユミナさんは耳を軽くふさぐ。
「どうしようもないからね、触れないほうがいい」
「あれって叫ぶ事自体が重要なんでしょ、わかってる」
そういう風に会話をしていたら、ふいに悲鳴が止まった。静寂がリビングに広がる。
「どうなったのかな」
ユミナさんが言う。心配すらしていない。
「諦めたか、あるいはなにかいい手が思い浮かんだか」
「あと八時間ぐらいでしょ?」
僕はアキさんに頷き、今の時点での順位表を表示させてから共有をオンにする。ずらりと並んだ人名とその左にある国旗からアキさんの名前を探すのはそう難しくはなかった。11位にも日本の人がいるけどこの人知り合いなのかな。
「すごいじゃん、32位って」
「この時点でこの順位だとあとは落ちる一方らしくて……」
「ああ、これって更新されていくんだものね」
そう言った瞬間にリアルタイムの情報を示している表でAyabe Akiの順位が一つ下がって33位となる。今の時点で曲がりなりにも問題をクリアできているのは200名ちょっと。その中の30位代なら誇れると思うのだが、アキさんにはそうではないらしい。
「……寝れない!」
ガラリと襖を開けて出てきたアキさんは、ストレスがかなり溜まっているようで机の上にあった残り少ない麦茶のペットボトルをコップに注がず直接口をつけて飲み干していた。いや確かに共用とは言え最後に捨てるなら別にそうしてもいいんですがね。
「ならやれば?」
ユミナさんの言葉は鋭い。いやその通りなんですがうまく行かなくて苦しんでいる人にそういうこと言うのは正しいんですかね、と思ってしまう。ただ、今回は正しかったらしく、アキさんは小さく頷いてすごすごと戻っていった。
「いいんだ」
「ああいう時のアキさんは背中を押してほしいって思っているから」
「そういうもんなんだね」
「もちろんそうじゃないときもあるけど、その時は冷静に自分がどういう状況にあるか話してあげればいいし」
そう考えるとアキさんはそうとう冷静な人である。僕であればふてくされて何もかもを投げ出してしまいたくなるレベルの負荷でも、落ち着いてやるべきことをできる。それができるから難しい問題にもちゃんと取り組めるのだろうし、世界トップクラスの成績を持てているのだと思う。
それに、こういう風に自分一人だけでは辛いと考えて僕とユミナさんと一緒にAlgoritmi-Q World Gameに挑むこともできる。僕の場合はちょっと無茶なタスクを与えられたら誰にも相談できずあたふたして時間を溶かして、VR関連の問題ならチーフに頭を下げることになるからな。
「そういえばアキさんって、どういう高校生だったのか知ってる?」
「ウチはそこまで詳しくは知らない。でも通信高校でしょ?」
頷く僕。通信高校というのはここしばらくで増えてきたが、その扱いというのは実は結構難しい。一応ちゃんと根拠のある話をしたいのでXR端末をつけていろいろな情報を整理させておこう。
学校教育法改正が2037年。これのおかげで完全通信高校、つまり登校日とかがなくて課題の提出とかだけで単位と卒業を認定することができるようになったらしい。一応はオンラインとはいえ面談が必要となっているけどね。そんな内容をユミナさんと共有していく。
「ところでこれってなんで変わったの?」
ユミナさんの言葉にサジェストシステムがさくっと調べた情報を提示してくれる。なるほど、東亜・南海戦争のあたりの対応の一環だそうだ。あれってもともと台湾から避難してきた高校生向けのサービスだったのね。知らなかった。
東亜・南海戦争は皮肉にも東アジアの結束を生むことになった。政治的対立が文化的対立に発展しないぐらいにアングラ文化が共有されてしまったのは正直悲劇寄りな気がするが、互いに政治の被害者という形を取ることになった。
その影響で海外の高校でも遠隔で卒業できるとかができるようになったのはいい点だと思う。留学とかも色々問題が残るとは言え活発になったし。だから例えば日本の大学に通いながら中国の高校で学んでいるなんて人もいます。基礎学問の語彙を学ぶにはいいらしいと聞く。
「……これって、調べたらアキさんのいろいろが出てきたりしないのかな」
「オンライン系のところはそういうのあまり出さないって聞いたことがある。昔あった大規模な情報流出事件がまだ残っているとか」
「そっか……」
これについては明日以降聞けばいいか。今忙しい人に尋ねるのはちょっとよくない。あとアキさんの過去については僕の過去と引き換えにでも話していいなって思い始めているし。
「ちょっとウチの話ししていい?」
「しないってさっき言ってなかった?」
「ウチが話したくなったからしていいの」
確かにその通りだ。別に秘密同士で取引をしなくちゃいけないってわけでもない。ちょっとだけ僕の方に引け目は来るけど。
「……ウチはさ、アキさんのことをたぶん誤解してた」
「うん」
姿勢を変える。相手の話を聞くために身体と意識を正面に向ける。
「すごい天才で、自分の才能に自身があって、だからこそ変な行動も許されて……、でもそうじゃなかった。アキちゃんは、けっこう普通の人だった」
「普通?」
「別にアキさんが特別な能力がないって言っているわけじゃないのはわかるでしょ、そうじゃなくて……天才って、もっと理解できないものだと思っていた」
「大抵の人はご飯食べるし、お腹すくとイライラしない?」
「そうそれ!ウチはそれを気がついていなかった」
僕は少しだけ驚いてから、それもそうだよなと納得する。僕はそういう変な奴らとの付き合いがそれなりにある。別に自慢じゃないが。でも普通の高校生として過ごしていて、ちょっと特別なところがあったとしてもクラスに馴染める程度のユミナさんにとってアキさんは凄い存在だったんだろうな。
「……それで、ユミナさんはそれに気がついてどう思うの?」
「すごい人っていうのは、案外狙えるんじゃないかって。その人の普通のところなら、ウチでも手が届くから」
「何をどう狙うのかは……察したほうがいい?」
「そうだね」
ユミナさんは笑って言った。