セミダイブ!   作:小沼高希

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One flapping of swallow makes summer.
One flapping of swallow makes summer. 1


「筆記用具を置いてください」

 

冷たい女性教授の声が響く。息を吐いてシャープペンシルを投げ出した。

 

やるだけはやった、はず。落第にならない範囲にはいると思う。

 

回収されていく「人工知能の技術と倫理」の解答用紙。いや、内容はあまり難しいものではなかったですよ。教科書というかテキストの内容に目を通しておけばいいだけで、丸暗記するような類のものもありませんでしたし。

 

それはそうと、あくまで世間一般的に正しいとされる内容でちゃんと解答できたのは自分の成長を感じました。人間性の模倣ができるようになってきている。

 

「どうだったよ、河辺」

 

声をかけてくるのは同じ学科の北尾。結局人工知能学科では彼と一番つるむことになっている。とはいえ別に大学内でご飯食べに行ったりする程度だが。

 

「まあまあかな」

 

「さすがだなぁ」

 

感心されてしまった。とはいえここであの程度も解けないのはちょっとまずいぞとは言えないので曖昧な笑みを浮かべておく。

 

「いやぁ、これでもう夏休みか」

 

「次の授業はもう終わっているからね」

 

プログラミング基礎の試験というか最終課題提出は今月、つまりは七月いっぱいだ。そして一応今日はその課題作成日ということになっている。こんな暑い中わざわざ大学行くなんて馬鹿らしいよなぁと先生は笑っていたが目が笑っていなかったし、アキさん経由でこの時期の大学の先生は学部四年生の中間発表とかで忙しいと聞いているので安易に笑えない。

 

「そっちはできたのか?」

 

「僕を誰だと?既に終わらせているよ」

 

テーマがシンプルで最終課題のくせに見ただけで解くルートが固まったのでAIに書かせるまでもないなと基本的に手打ちで、最終確認を頼んだぐらいだ。

 

「流石だな……」

 

「アドバイス程度はするが見せないぞ」

 

「俺もそこまで河辺に頼ることはしねぇって」

 

焼け死にかねないような外に出るのを後回しにしようとそんな与太話をしていると、授業終わりのチャイムが鳴ってしまった。

 

「それじゃあな、また夏休み明けに」

 

「そう言うとたいていそれより先に会うことになるんだけど」

 

そんな話を笑ってして、僕も覚悟を決めて外に出る。

 

半世紀前、七月下旬というのは暑いといっても外で小学生がはしゃぎ回れるほどの温度だったらしい。今は基本的に晴れた日は外出を控えるようにとか言われる始末だ。人類の引き起こした問題だというのが定説であるので、その一員である僕はあまり何も言えない。

 

大学を出るときにXR端末経由でつけておいたエアコンが効いた部屋に戻ると、なんとも言えない幸せな気持ちになる。日傘をちゃんとしまうこともしないでそのへんに引っ掛けて寝っ転がる床ほど気持ちいいものもそうそうないだろう。

 

さて、厳密にはまだ課題が残っているものがあるので完全な夏休みではないがそれも時間の問題だ。何をしよう、とあれこれ思いを巡らせている。

 

「まあ、まずは」

 

ヘッドセットをつけて、VR空間へ。高温で体力を持っていかれた身体で動き回るのはきついけど、こういう風に横になって最低限の動きでうろうろするのもいいものだ。

 

「あ、こんにちはソニドリさん」

 

「どうも概念同化機構さん。……夏ですか?」

 

「今日から夏です!」

 

球体のボディをくるくると回しながら、楽しそうに概念同化機構さんは言う。こういう風にシンプルなモーションだけでわかるのは面白いな。

 

「おや、ソニドリもかい」

 

「どうもチーフ。これから少し暇になるので仕事とかなら入れられますよ」

 

グラスを布巾で拭っているチーフだが、この動きをする必要はないので完全にかっこつけているというやつだ。あるいは直接的には無意味なモーションでもキャラクターを固めたり、あるいは非言語的なコミュニケーションや意思表明に繋がるという方面で評価すべきか。

 

「それなら軽い依頼をいくつか頼もうかね。草案はあるんだがギミックのあたりでソニドリのアイデアが欲しい」

 

「……見てもいいですか?」

 

後ろからひょいと覗くようにする概念同化機構さん。

 

「構わないさ、ただし守秘義務が効くのでそのつもりで」

 

雇用主というか依頼者がそう言ってくれるとこちらとしても助かるな。というわけでわたしと概念同化機構さんはカウンターに座る。

 

「計算資源を使わせてもらっても?」

 

「もちろん」

 

チーフに確認を取ると時間限定のアクセスキーが送られてくる。なるほど。

 

「図面はSatyr(サタ)で組んである」

 

「とはいえこれ体験型でしょう?適切ですかね?」

 

VRワールドには様々な種類があるが、今ここでチーフが示しているのは大まかに体験型と呼ばれるタイプのものだ。なるほど今度発売される小説とのタイアップね。

 

「来場者に対しての演出って面で考えたのさ。演者が必ずしも必要というわけではない」

 

「そりゃそうですけどね、無駄機能を裏で回すことになる」

 

「許容範囲だ、とあたしは考えるけどね」

 

「わたしはまだ断定できないな、というところです。幸いこれなら移行も難しくないですけど」

 

「打ち合わせは来週だが、ひとまずモックアップが欲しいそうだ。馴染のエージェントを噛ませてはいるが、依頼人がそもそもこの手のやつに詳しくないそうで」

 

「なるほど……」

 

仕様書に目を通していく。知らないタイトルの小説で、正直あまり興味の湧く内容ではない。それはそうと仕事なのでしっかりやらせてもらいますけどね。追加点は向こうの詳しい人に任せるとして、まずは大まかな感じにしてしまおう。

 

作中のとあるシーンを再現したい。その部分の抜粋と前後の意図が説明されている。場所になるのは街の一角。モデルの地域のデータは添付済みだけどあくまでモデルなので看板とかは修正して欲しい、と。建物についても適宜か。

 

「ちょっと位相ずらしてここ使いますね」

 

「ああ」

 

チーフが頷いたので、わたしは右手で概念同化機構さんに触れて左手で設定画面を開く。権限をもらえているのでかなり便利に使えるな。

 

「えっちょっと」

 

概念同化機構さんの声とともに景色が切り替わる。確かに先程までのBar Panopticaの内装と似てはいるが、もっとシンプルなものになっている。見る人が見ればライトベイクのあたりに違和感を持つだろう。

 

「ここは?」

 

「レイヤー違いの場所。ここで作業するんだけれども、見てみる?」

 

わたしの言葉に、概念同化機構さんは頷いた。毎回思うけどこれって頷いたって表現していいんですかね。

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