セミダイブ!   作:小沼高希

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栩栩然として学生也 8

仮想世界にやってきて何をするのか、と思う人もいるだろう。わざわざ高い機材を揃えて、そこまでして経験したいものは何なのか、と。

 

わたし達の場合、大抵はだらだらと各自作業する感じだ。Bar Panopticaに流れる静かな音楽の中で思い思いにそれぞれが好きなことをしている。

 

例えばわたしであれば、今やっているのは宿題のレポートだ。自動的に整形される手書きの数式を修正しながら、計算機科学概論でやっている情報エントロピーのあたりはただの対数だと思えば計算自体はそう難しくはない。$f(x \cdot y) =f(x) + f(y)$ となるような関数は対数函数だけっと。証明終わり。

 

「ソニドリくんは勉強かい?」

 

「そんなところです。跳華(トビハナ)さんは?」

 

「今日締め切りの依頼が終わったからのんびりしているところさ」

 

柱にかかっている時計を見ると、もう間もなく日付が変わろうとしていた。

 

「早く寝ないと」

 

「……少しだけ、時間はないかい?」

 

「……何ですか?」

 

「いや、お姉さんが悪い遊びを教えてあげようかなと」

 

そう言って跳華(トビハナ)さんは妖艶に笑うが、このお姉さんは正直に言ってしまうとかなりのポンコツだ。

 

「この前麻雀で大負けしていたじゃないですか」

 

ちなみにこのBar Panopticaにおけるギャンブルでの敗北で生まれた負債はチーフからの仕事の受託によってのみ返済することができるというルールになっている。勝った人には何も無いので、プレイヤーは誰も得をしない悲しい非零和(ノンゼロサム)ゲームになっている。

 

「今回は単純な勝ち負けだけだから、あまり問題はないはずだよ」

 

「……あまり長くは遊べませんが、それでもいいなら」

 

「よっし!」

 

嬉しそうな跳華(トビハナ)さんについていくと、既に卓にはマズルを鳴らす鳴らすかせくり氏と赤く光る目を向けた概念同化機構さんの二人が座っていた。

 

「連れてきたよ!」

 

「……若い子を夜更しさせるのは感心しないな」

 

かせくり氏が言う。一応ここでは扱い上の年齢をアバターに寄せる、という事が行われている。もちろんそうじゃないアバターもあるのだが、基本的に自分が扱われたいロールに合わせるのが普通だ。それはそうとアバターと行動のギャップの良さもあるので難しい。

 

「それで、どういうゲームをやるんですか?」

 

不思議そうに聞く概念同化機構さん。椅子に座るというか椅子の上にいるというか。あのアバターで手ってどう表現されるんだろう。念動力的なものになるのかな。

 

「五つのサイコロを振って役を作るポーカーダイスだよ。ルールについてはこちらを参照」

 

跳華(トビハナ)さんが指を鳴らすと説明書きがわたし達の前に現れた。なるほど、二回の振り直しありで、役に応じた点数が貰えるのか。そして八回のラウンドで、同じ役を作っても得点にならない。

 

「……質問をいいか?」

 

低い声と共にかせくり氏が口を開く。

 

「どうぞ」

 

「俺の知るポーカーダイスとは別のゲームだな。点数があり、かつ重複が許されないという点ではヤッツィーやヨットにも似ているが……」

 

「いいでしょ別に」

 

「構いはしないがな、ではやるか」

 

見る限り、相手を騙したり駆け引きをしたりという要素よりも個人個人でやっていく要素のほうが強そうだ。

 

「チーフ!サイコロを貰える?」

 

「アタシが作ったやつでいいなら、構わないよ」

 

いつの間にかわたしの隣にいたチーフが跳華(トビハナ)さんに応じて机の上に手をかざすと、二十個ほどの半透明な赤いダイスが現れ、机にぶつかって音を立てた。

 

他のワールドならあまり推奨されない行為だ。半透明ということは光の計算が難しくなるし、落とした過程では物理演算が行われる。それに音を立てるということはそれだけの処理も必要だ。

 

このワールドを作るためにどれだけの計算資源が使われているかはわからないが、かなりのものだとは思う。クラウドサービスを契約しているにしても、そこそこのお金はかかるはずだ。

 

「それじゃあ、やろうか。一人五個ずつね」

 

ダイスを配っていく跳華(トビハナ)さん。

 

「すまないチーフ、物理挙動に乱数は含まれているか?」

 

「反発係数にSHA-4を混ぜてある、10センチメートルの高さから落とせば十分乱数になることは確認済みだよ」

 

「ありがとう」

 

かせくり氏も満足なようだ。そして概念同化機構さんはなんか液体金属でできているようなつや消し触腕を伸ばしている。メタボールみたいなやつかな。

 

「あとみんな、こうしたほうが楽だろ?」

 

そう言ってチーフが机を軽く叩くと、机の一部が凹んでダイスを転がしやすくなった。こういうことは初めてなので、場合によってはこの一瞬でリモデリングをしたことになる。いやできなくはないだろうけどさ。そしてここにいる全員がそれを当然だと思っている。

 

「それじゃあ、第一投を!」

 

跳華(トビハナ)さんの声が響いた。

 


 

「負けたぁ……」

 

3位になったことで剛性を失った跳華(トビハナ)さんが床に溶けている。まさか物理世界のトラッキングであのポーズをしているわけじゃないよな。だとしたら身体が柔らかすぎる。

 

「よくわからないけど、勝てました!」

 

そう言って嬉しそうなのは優勝した概念同化機構さん。くるくると目らしい部分を水平方向に回している。酔わないのかな。

 

「……跳華(トビハナ)くんに負けるのは、釈然としないな」

 

ちなみにこの頭脳派っぽいかせくり氏は最下位です。わたしは2位。最後の方で五つのうち四つまで揃ったフォーダイスを出せたのはいいが、それでは中盤に全部ゾロ目を揃えて追い上げた概念同化機構さんに追いつけなかった形だ。

 

そしてかせくり氏は高得点を狙って裏目に出た形になる。形の決まった作業なら得意なのだが、こういう運混じりのものでは弱い。だからこそ自動化系のゲームでは念入りに計画を立てて挑むそうなのだが、わたしの聞く限りではその計画はたいてい破綻しているようだ。

 

「それじゃあ、わたしは寝かせてもらうよ」

 

「おやすみー」

 

手を振る跳華(トビハナ)さんを後ろに、僕は扉の一つに入る。仮眠室として設計された二段ベッドが並ぶ部屋で、このワールドに来た時は結構ここで寝ている。

 

手探りでセンサーベルトと触覚(ハプト)デバイスを外して枕元に置き、布団をかける。暗闇の中でも赤外線センサーがあるので手の認識で十分な操作は可能なのだ。

 

壁越しにみんながポーカーダイスに興じている声が聞こえる。一人暮らしだけど誰かに繋がっているんだな、と感じながら目を閉じてゆっくりと呼吸をしていく。

 

脳波を読み取って、リラックスするように設計された音が流れている。こういうふうに時間を過ごしていると、自分がたまに()()()にいるのかわからなくなる時がある。

 

もし明日目が覚めて、自分の部屋と同じ光景のワールドにいたらどうしようか。あるいはヘッドセットをつけていないはずなのに、Bar Panopticaの仮眠室にいたとしたら。

 

それがあり得ないと断ずることができるほど、()()()()も自分の認識を信じていない。どちらも同じぐらいには現実だし、どちらも同じぐらい儚いものだ。そんなどうでもいいことを考えているうちに、自分が何を考えているのかを認識できなくなってきていた。

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