セミダイブ!   作:小沼高希

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One flapping of swallow makes summer. 6

「んー……」

 

自前のローカル環境で作った部屋を見て、わたしは何かをうまく言葉にしようと悩んでいる。違いは見ればここだって言えるぐらいにはあるのだけれども、それをどうやって言葉にして、そこからCGの設定につなげていくかが難しい。

 

「照明の設定、ではあると思うんだけど」

 

比較対象にしているのは実際の建物の中の照明だ。確かアメリカのホテルの内装。微妙に不気味な感じの雰囲気を再現するのが今回の目的だ。

 

「影のHardness(硬さ)?いや、それは合わせてあるはず……」

 

もちろんそのままテクスチャとして内装の画像を貼り付けたりすれば近い感じを出すことはそう難しくない。でも、そこにあるものをちゃんと自分で言語化するまで噛み砕いた上で作れるようになっておくと、感覚やランダム性以上の確度で欲しい出力を産めるようになる。

 

Hardness(硬さ)というのは光と影の境目がどれだけパキッとするか、と言えばいいだろうか。グラデーションの幅の短さとも言ってもいい。大きい平面状の光源だと影の輪郭がぼやけるけど、太陽だとそこまでぼやけなくて、もっと点みたいなところから出るものだと縁が綺麗な影ができる。その程度を決める数字のようなものだ。

 

「んーと、追加設定開いてみるか」

 

わからなくなったら機能を色々試してみる。相当重い処理をしなければほぼリアルタイムで変えた設定を反映できるので、きちんとバックアップを作ってさえいれば色々と弄ってみるのは正しいことだと思う。

 

「減衰関数は……ああなるほど、ある一定範囲しか照らさない感じかな。これでもなくて……」

 

なんていうか、今作った模倣品がのっぺりとしているのだ。実際のワールドにする時は視覚エフェクトとかかけてもいいのだけれども、薄暗い雰囲気と光に照らされる舞った埃で雰囲気を作るのはなんていうか安直すぎやしないかと思う年頃なのです。

 

「いやそっか、ベーステクスチャ側の存在かな?」

 

元の画像を見ると、壁がシンプルな一色ではなくてたぶん模様が入っている。ちゃんと見ないとわからないぐらいに薄くだけど。絨毯のパターンは反映させていたけど壁は適当に作ったままだった。

 

というわけで適当なテクスチャを貼った上で経年劣化に相当する汚しを薄くかける。そっか、これなら照明の方にも不均一さをいれたほうがいいかもな。照明のゆらぎを組み込むとそれらしくなる、というのは昔CG系の本で見たことがある。

 

この手の設定は例えば画像を比較させてAIに分析させれば出ることもあるけど、その前段階としてちゃんと悩んでおかないと伸びない、とチーフには言われていた。当時はなんだよ便利な道具を使いたくない老人の言葉かなと思っていた時期もあるが、今ではチーフがAIであるという可能性が頭によぎってしまうので素直に考えられない。

 

だって、もしそうなら僕に求めているのはチーフが持てない成分を生むことじゃないですか。誰かが僕の上位互換でも、あるいはその逆でもないように、人工知能だって人間知能を完全に代替できるわけではない。可搬性とか自己再生産性とかそういうものを除いたとしても、です。

 

「よっし」

 

やっと目標としていた、荘厳っぽいんだけれどもどこか非現実的な不気味さを持った空間を作ることができた。チーフに以前見せてもらった習作としてのシンプルな照明と空間だけで雰囲気を操作するみたいなものに比べれば色々と効果に頼っているところがあるが、これはこれでいいんじゃないだろうか。

 

という形で練習が終わって、一旦ヘッドセットを外すと外はもう真っ暗。夏休みが始まって一週間も経ってないのに生活がもう酷いことになっている。

 

もう少し真っ当に外で活動したりとかも考えたが、夜にならないと出歩けない。ああそうか、今は夜ならちょっと出かけてみようかな。

 

化粧をするか一瞬悩んで、面倒くささが勝ってしまう。知り合いに会うことなんてそうそうないだろうし、という逃げ。でも大学はいった頃の自分ならこういうことはできなかったかもしれないな、と思いながらアパートの階段を降りる。

 

空を見上げると円に近いけどちょっとだけ細くなっている月。たぶん二、三日前か後が満月なのだろう。どっちなのかは確認していないのでわからない。

 

ズボンのポケットの中には財布とXR端末、手首には支払い用のリストバンド。基本的にどこに行っても大丈夫だな、と思うとちょっとだけ足が軽くなる。

 

この近くのコンビニが閉じる時間まではもう少しあるし、アイスの買い食いとかをしてもいいな。高校の頃はそういう事をあまりしたことがなかったけど、もう大人なんだしそういう悪いことも自己責任でやっていいよね。果たしてどこまで悪いのかは知らないが。

 

こういう時にお酒に強かったら、ぬるめの風に吹かれながらベランダで月見酒とかができるのかもしれないがあいにく家にあるのは料理酒だけだ。それにあまり量を飲む方でもないから飲んだ経験が親に連れて行ってもらった実家の街の飲み屋さんぐらいしかない。

 

「……でも何か冷たいものは飲みたいな」

 

汗が垂れるほどではないが少し湿った肌が下着に張り付いている。たぶん走ったりしたら熱が耐えきれる水準を超えるな。

 

適当に夜道を歩いていく。それなりに明るいし、このあたりは別に夜にフラフラと歩いても問題にならない地域だ。すれ違う人はたぶんサークルとかかな。ゼミとかの人が試験終わりを祝って飲みに行ったとかそういうのかも。

 

楽しそうなのはいいことだ、つまらなさそうにしているよりよっぽどいいなんてことをぼんやりと考えながらコンビニにたどり着く。大学からも近いので構内では売っていないタバコとかを買いに来る人がいる場所だ。でも今どき吸っている人を見たことがない。

 

アイスと炭酸飲料を買ってセルフレジで会計。ぴっとリストバンドをかざせば支払い終わり。涼しかった店内から外に出てペットボトルの蓋を開けて一息に飲む。いやちょっと多かったな。半分ぐらいまでしか飲めなかった。

 

焼ける喉に辛い息を吐いて、なんていうか高校時代とは空気が変わった気がするなと感じる。たぶんこれは社会人になったら変化するか失われてしまうものだから、あと数年間のうちにしっかり楽しんでおかないとね。

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