セミダイブ!   作:小沼高希

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One flapping of swallow makes summer. 9

一個三百円というアイスにしてはちょっと高いんじゃないですかねぐらいの金額を自動販売機に払って、僕たちはロビーで涼しい風を浴びる。バスが来るまでの時間を外で待つと危ないから、こういう形になっている。

 

「疲れたね」

 

僕の言葉に、アキさんは静かに舌を伸ばして伏し目がちのままチョコレート味のアイスを舐めるだけだ。長めの髪が少し濡れてぼさぼさの状態になっている。

 

「運動としてやっぱりプールって良いのかも」

 

ユミナさんはまだ元気そうだ。確か一キロとかそのくらい泳いでいなかったか?いつものボーイッシュな服装も相まって爽やかな笑顔が眩しい。その体力とか気力とかを少しアキさんに分けてあげるとバランスが取れると思います。

 

「……二人とも、元気だね」

 

やっと口を開いたアキさん。アイスの量はほとんど減っていない。

 

「私は、久しぶりに動いてちょっときつかったよ」

 

「……ごめん」

 

僕はそう言うしかない。一応アキさんを誘ったのはユミナさんだけど、ユミナさんに夏休みの予定を聞いてプールに行こうって言い出したのは僕だ。

 

「謝ることじゃないよ、楽しかったのは間違いない。高校まではこういうふうに誰かと会って動くってことはあまりなかったから」

 

「運動以外ならあったの?」

 

ユミナさんが聞く。

 

「インターネット上の知り合いと会う、とかね」

 

いわゆるオフ会というやつだ。これももう古語になってしまったか?様々なドラマや問題を生んできたオンラインのコミュニティをオフラインに持ち込むイベントは、間もなく二十一世紀が半分を過ぎようとする現代もなお健在です。

 

というかオフ会っていつからあるんだろう。通信技術を考えるとやっぱりモールス信号でやり取りしていたあたりだろうか。とすると十九世紀は入るか?

 

「モールス信号っていつ頃の発明だっけ」

 

「19世紀中頃だと思う。調べようか?」

 

アキさんが答えるかと思ったら、意外なことに言ったのはユミナさんだった。

 

「……なんで知ってるの?」

 

驚くように今まで半ば閉じていたような眼を開くアキさん。

 

「なんでって……世界史の授業やってたら出てこない?」

 

僕とアキさんは眼を見合わせる。

 

「……やった記憶はあるけど、そこまでは覚えていなかった」

 

「僕も」

 

「なんでさ!アキさんもミドリくんもこういうの色々知ってそうなのに」

 

「私は階差機関ができてからしかわからない……」

 

「なにそれ」

 

ユミナさんは知らないらしい。僕は名前しか知らない。

 

「関数を多項式近似して差分法で計算するデジタル機械式の装置」

 

「えっあれってそういうものだったの?」

 

アキさんの説明に驚いてしまった。スチームパンクの時代に計画されて完成しなかったなんかすごい計算装置だと思っていたが、やっていることは大学でやった内容とだいたい同じ水準だった。

 

「あれ、デジタルなの?機械なの?」

 

「歯車の歯の回転で計算するの。歯が時計回りに一つ動いたらプラス1、逆向きならマイナス1」

 

「あ、そっか。デジタルって非連続って意味だものね」

 

授業でやった内容をちゃんと理解しているユミナさんに比べて、僕はそれがでてくるのがワンテンポ遅かった。というよりアナログなものを基本的にあまり触りませんからね。単精度浮動小数点数があれば計算のズレとかにちょっと注意すればだいたい十分な精度は出ますし。

 

「ユミナさん、実は何でもできるのでは?」

 

「できないよ?」

 

「少なくとも絵は上手じゃない」

 

「絵って言っても試験のために練習したクロッキーみたいなものぐらいだし、総合芸術学科にはウチより上手な人なんてゴロゴロいるよ」

 

「私には無理よ。ミドリさんは?」

 

僕は無言で両手を上げて降伏する。いや、確かに生成とかのために下絵を適当に作ることありますけど、あれは絵の上手さってよりは構図とか光の加減を知っているかどうかみたいな部分が大きいですから絵を描けるとはとても言えません。

 

そして生成のほうについても知り合いに跳華さんとかいうそこらへんの絵師も術師も超えるような人がいるのでその分野で思い上がるどころか自分がなにかできるとは思えないのです。

 

「それできちんと大学の勉強をして、友達関係を楽しんで、そして私やミドリさんみたいなあまり動かないような人まで巻き込めるのは、十分何でもできると言ってもいいと思うわ」

 

なんかさらっとアキさんに酷いことを言われた気がするが全く以って反論できないので黙っておこう。でもこうするとアキさんはもちろん量子プログラミングのあたりの腕が凄いしユミナさんも凄いので僕だけ劣等感で潰されてしまいそうになる。プールの底に沈んで逃げてもいいですか?

 

「そっか!」

 

納得したようにユミナさんが言う。こういうところで僕みたいに悩まないのはいいな。

 

「でもそう考えると勉強とかもちゃんとやったら伸びるのかな……」

 

「興味がないことにはあまりやる気が出ないけど嫌でもやったことは身につくタイプだと思う。気になる授業を色々と受けてみて、それとは別に自分でも学びを広げてみたら?」

 

「なるほど、秋からの授業も考えないと……」

 

アキさんが常人にも使えるアドバイスをしているが、内容自体は当然といえば当然のものである、でもこういうのって他の人に言葉にしてもらうだけで今まで止まっていた足が動き出すこともあるから、馬鹿にはできない。

 

それに当たり前のことを積み重ねると意外なものが生まれるのは数学を少し触っていればわかるじゃないですか。飛躍して見えるものでもちゃんとアキさんみたいな人は頭の中で論理が組み上がっているのでちゃんと話せば筋は通るんです、みたいなことだと思う。

 

「私もちょっと色々やってみるつもりだから、二人とももし履修するものが決まったら教えてもらえる?」

 

「何で?」

 

「面白そうなら私も重ねて取るから」

 

僕の言葉に、アキさんはさらりと怖いことを言った。いや確かに情報技術要論Aは僕とアキさんの所属する情報科学部の授業でユミナさんの情報芸術学部のものじゃなかったからそういう学部や学科をまたいだ履修は否定されていないし、できるなら推奨されているぐらいではあるとは思うんですけどね。

 

「えっじゃあそうなったら宿題とかをアキさんに聞けるってこと?」

 

「不正にならない範囲で相談に乗るしアドバイスはするわよ」

 

「良いの?」

 

「二人とも、私の友達でしょ?」

 

アキさんは僕たちに疲れたような、それでも柔らかい笑みを向けた。

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