伝承や歴史と性別が異なる英霊など、いくらでもいた。
だから『秀吉』として召喚された不思議な眼をした女性を見ても、藤丸立香は特に驚くことなく受け入れた。
「…………」
見窄らしくボロボロな和風の鎧を着込んでいるが、身長はブラダマンテやブリュンヒルデよりも高く、バストを始めとするスタイルも彼女達に負けていない。
髪は黒く、肌色も日本人らしい黄色人種だ。しかし目鼻立ちはくっきりしており、立香にクラスメイトだったハーフの少女を連想させた。
美人な部類なのは間違いないものの、美男美女揃いのサーヴァントの中では地味な印象は否めない。ただ、瞳の色は独特で、ぼんやりと蒼く光っているようにも見える。
綺麗だな、と思う反面、カルデアにいる人外サーヴァントの眼力にも似た光だった。
「…………」
女は無言で腰に下げていた小刀を鞘ごと抜き、刀身を見せるように抜刀する。そこには金色に輝く『秀』の一文字。一瞬『禿』と見間違えたのは内緒だ。
「えーっと、アサシンのサーヴァントで、真名は『豊臣秀吉』でいいの、かな?」
黙ったまま小刀をしまった女性に、立香は問う。言葉はなく、女性は首を横に振った。
そこで立香は察する。この人はどうやら、喋ることが出来ないらしい。
「……アサシン?」
女性が頷く。
「豊臣秀吉?」
女性が首を振る。
立香は改めて霊基グラフを確認しようと、ダ・ヴィンチちゃんに視線を向けた。
「うーん、霊基グラフには確かに『秀吉』って出てる……あれ? ねえ立香ちゃん、確か豊臣秀吉って何度も名前が変わってるんだよね?」
「うん。木下藤吉郎とか、羽柴秀吉とか、色々あるって聞いたけど」
「名字が無いんだ、下の名前だけが表示されてる」
ダ・ヴィンチちゃんが言うように、アサシンの真名は『秀吉』だった。羽柴でも、豊臣でもなく。
こういう時、相手が喋れないのは少し厄介だ。意思疎通の難しさはヘシアン・ロボに通じるものがある。
召喚ルームの扉が勢いよく開いたのは、そんな時だった。
「おい、マスター! 猿のヤツがようやく来たらしいな! どこだ、おい猿!」
「殿下が来たってホント!? どこだし! 早く茶々に顔を見せるといいよ、殿下!」
秀吉縁の織田信長と茶々だ。ノッブが水着霊基なので、バーサーカーコンビである。
二人は騒がしく現れて部屋中に視線を巡らせ、一瞬アサシンをスルーしてから、二度見する形で改めてアサシンを凝視した。
「おお! 秀の字の方ではないか!」
途端に破顔したノッブが、勢い良くアサシンへ駆け寄った。
するとアサシンも、その場に傅いて頭を垂れる。
「そうか、猿じゃない方が来たか! こいつは大当たりじゃぞ、マスター! 何しろ織田軍切っての猛将……いや、潜入しての暗殺がメインだったから忍者かの?」
普段からテンションの高いノッブが、より一層の有頂天で立香に呼び掛ける。評されたアサシンは、少し気まずそうに頬を搔いていた。
立香はノッブに質問した。
「やっぱり『秀吉』なの、この人が」
「正確には『秀吉』の片割れじゃな。実は『秀吉』って二人で一人の戦国ユニットだったんじゃよ。で、こいつは裏方専門だった秀千代。今川とか、真柄兄弟とか、浅井長政とか討ち取ったのコイツじゃし」
「すごい」
素直に賞賛した立香に、アサシンこと秀千代は恐縮するように顔を背けた。
が、そこで立香ははっとする。浅井長政といえば、茶々の父親だ。立香はもう一人のバーサーカーを恐る恐る横目見た。
アヴェンジャー・淀君モードになってはいないかハラハラしたが、意外にも茶々は落ち着き払った表情で、秀千代へ歩み寄った。
秀千代は茶々に対してバツが悪そうにしつつも、ノッブに対するよう傅いた。
「面を上げておくれ、秀千代」
茶々の幼い容姿とは掛け離れた、落ち着いていて慈愛に満ちた声色だ。
顔を上げた秀千代は、まっすぐに茶々と向き合った。
「母上から聞かされておるよ。妖に堕ちた父上を止めてくれたそうじゃな。それに義父上も。真、感謝しておる」
秀千代は一層表情を曇らせながらも、小さく頷いた。
立香は二人の邪魔にならないよう、小声でノッブに訊ねる。
「浅井長政って妖怪だったの?」
「いや。当時の儂もじゃが、霊石っつーチートアイテムを戦に利用しておっての。浅井や権六はその力で妖怪に変じ、秀の字に討たれたそうじゃ。もっとも、権六の時には儂、もう本能寺しとって詳しくは知らんけど」
「戦国オカルト話か。興味深いね」
いつの間にかダ・ヴィンチちゃんも混ざってきていた。
その間に、なぜか茶々が秀千代を抱きしめて「殿下も無二の友であるそなたに止めてもらえたなら本望だったであろう。大義であった」と慰めていた。ちょっといいシーンのようだが、事情を知らない立香にはちょっとよく分からない。
「おっジャマー!」
そこへ再びの闖入者が。明るくハイテンションな声が、しんみりした空気を打ち壊した。
鈴鹿御前(水着)の登場だ。
「新しいサーヴァントが来たって話じゃーん! ねーねー、どんな人? あ、その人……が、え?」
つかつかと召喚陣の前まで近付き、茶々の横から秀千代の顔を覗き込んだ鈴鹿は、彼女と目が合った瞬間に凍り付いた。
秀千代も、鈴鹿の顔を見つめたまま固まってしまう。だが視線だけは明確に右往左往し、無表情ながら激しく動揺しているのが丸分かりだ。
「……え、秀千代? ……え、マジ?」
「……………………」
「……知り合い?」
立香に訊かれた鈴鹿の顔色は青ざめている。脂汗の量もすごい。サーヴァントでなかったら急病を疑うレベルだ。
やがて、秀千代がどこかから紙と筆を取り出して、サラサラと一筆書き上げた。
達筆な上に戦国時代の文字ではあったが、短い文だったので立香にも読み解けた。そして、その内容にノッブと茶々ともども絶句する。
『壮健で何よりです、母上』
紙にはそう、はっきりと書かれていた。