「メイド、あいつらを安全な場所へ」
「咲夜さん、お願いします」
「はい、かしこまりました。──こちらを」
「これは?」
「止まった時の中でも私が動かすことができるようになるシールです。それを貼っていたければ、私が時を止めてあなた達を避難させることができますので」
「わかりました……ツルギ、それと門番のお方。……ご武運を」
「ああ」
「はいっ!」
咲夜はそう言って、一瞬のうちにレミリア、ハスミたちと共に消えていった。
美鈴はホッとした。咲夜ではフランに対処できないと、察していたからだ。
彼女の時間停止の力でにいくらフランの破壊の力でも対応できないが……真っ向から立ち向かった場合は話は別。
即座に対処されてしまうだろうが、逃げの選択ならば妨げられることはない、紅魔館でも随一の実力ではあるのだ。
だから咲夜がここを離れてくれたことは美鈴にとって、とてもホッとする気持ちだった。
「さて……」
「美鈴? それに咲夜も……どうしてあいつらの手助けをするの?」
「あなたを止めるため、ですよ。妹様」
「どうして止めるの? 紅い悪魔の使命を邪魔しないでよ。──それと、そこの怖い人。なんであなたは逃げなかったの?」
「ああ? ──お前を倒すためだ」
「私を? あはは! 本気で思ってるの?」
「ツルギさん、あらかじめ言っておきますが……妹様は攻撃力という一点だけを見れば、先ほど避難していただいたレミリアお嬢様をも上回ります。攻撃は最大限躱すべきです」
「皆まで言うな。とにかく受けなければいいだけだ」
ツルギはそう吐き捨てて、自身の持つ二丁のショットガンに弾を込める。
美鈴は気を整えて、大陸拳法の構えをとる。
そんな二人の姿を見て、フランはめんどくさそうに溜息を吐いた。
「はぁ……信じられないなあ。美鈴が裏切るなんて。あなたは相当な忠義者だと思っていたのに」
「だからですよ。お嬢様の意思は『戦闘中止』……もう、これ以上の攻撃を控えさせるために私はここにいるんです」
「……そっか。あなたは紅い悪魔に忠を尽くそうとしたわけじゃなかったのね。……咲夜も、か」
フランは静かに宙に浮かび上がり、杖をくるんと時計回りに回す。
そうすると、複雑な文様を描く魔法陣がフランの背後に浮かび上がった。
緊迫する瞬間──そのさなか、美鈴の鼻筋に一滴の水滴が落ちてきた。
雨? でも空の気はここ数日間は晴天を告げていたはず──そう美鈴は想い、そして理解した。
「パチュリーさん……」
「パチュリー……あんたも裏切るのね」
「ううっ、はぁ……はぁ……」
「やめてください、パチュリーさん! これ以上は体がもちません!」
「いいのよ、ハナエ……今の私にも、やれるだけのことをやらなくてはいけないのだから──!」
「レイサさん、頑張ってください! もうすぐ処置が終わりますからね!」
「う、うう……っ、フラン……!」
「レイサ……!」
「レイサさん……」
レミリアたちは咲夜が逃がしてくれた以上、今起こり得る最悪の可能性は『フランが二人との戦闘を避けて3人の始末を優先する』ということ。
それを止めるためには、流水を用いる必要があった。
天から地へと流れる水──降雨の魔法。これを用いて吸血鬼の行動範囲を紅魔館屋内に限定する。
魔力の尽きかけの身体だから、どれだけ魔法を維持できるのかはわからないけど……それでも、やらなくてはいけない。
「ハナエ……あなたは彼女の治療を手伝ってあげて。私のことは気にしないで……」
「いえ! あなたの『救護』はまだ終わっていません! ですから、私は離れるわけにはいきません!」
「我儘を言わないで。これは、私たちの身内の問題なの。あなた達が関わる必要はどこにも──」
「団長は言ってました! 『救護が必要な場に救護を』と! 私は、今まさに傷ついているあなたを見捨てることはできません! 何もできなくても! 傍で支えることが今私にできるあなたへの最大の『救護』です!」
「……そう──げほっげほっ、ごほっ!」
「パチュリーさん!?」
せっかく良くなってきていた喘息症状がぶり返してくる。
頭痛もしてきた。熱があるのだろう。典型的な魔力欠乏症に喘息が被るなんて、最悪の状況だけど──紅魔館の現状よりかは何倍も軽い。
だから──この魔法だけでも、維持し続けなくては──!
「私にも、できることを──!」
「……え、魔力が急に癒されて……ハナエ、あなたまさか──!」
底を見せようとしていた魔力が急に回復の兆しを見せ始めた。
一体なぜか、そう思って周囲を見渡すと、そこには涙目になりながらも私の手を取るハナエの姿があった。
しかし、ハナエのヘイローは輝きを放ち、その身体からは私へと向かって魔力が流れてきていた。
「魔力の譲渡……いえ、あなたの神秘を魔力に変換した上での、受け渡しを……? なんて高度な技を……!」
「大丈夫ですよ、パチュリーさん。私が、あなたを支えていますから!」
「──ありがとう、ハナエ」
これで少しは楽になった。
美鈴、そしてもう一人、フランを外には出させないから……後は頼むわよ!
紅魔館に雨が降る。
ぽつり、ぽつりとささやかな雨だが、それにあたるフランは嫌そうな顔をする。
よくよく見れば、雨が当たった場所から弱弱しくも煙が出ており、ダメージにはなっているのだと認識した。
「結局、私についてきてくれる人は誰もいないんだね」
「御託はいい。さっさとやるぞ」
「ふーん? ずいぶん焦るんだね。そんなにさっきのやつらが心配?」
「……」
「気にしなくていいよ? だって──あなたを冥府に送った後、すぐにみんなまとめてそこに送ってあげるからさ!」
そう言って、フランは杖を振り回し、魔法で弾幕を形成した。
ツルギと美鈴はそれを大きく躱す──飛んで行った弾幕は背後の屋根に当たり、屋根の一角を大きく吹き飛ばした。
ただの弾幕でありながら、まるで破壊力は迫撃砲並み。
予断は許されない、厳しい戦いが始まりを告げた。
美鈴は気を用いた弾幕を放ち、ツルギはショットガンで応戦する。
フランはそれを杖と翼で華麗に防御ながら即座に杖を操作して内部に記録してある魔法陣にアクセスし、魔法陣をフランの前方に展開した。
「第一・紫魔晶翼、明灯──禁忌の杖、第一魔法陣・解禁──」
「──来ます!」
「きぃっ!」
「禁忌──クランベリートラップ!」
フランの翼の、一番背中に近しい宝石が灯る。
フランの吸血鬼としての卓越した力の制御によって魔法陣は立体空間を自由に移動する移動砲台になり、ツルギたちの周囲を囲み、弾幕を放射した。
クランベリー、内部に幾つかの空洞がある果実。
加工用の場合はその特徴を活かして果実を地に落としてから畑に水を張り、浮かんできたところを装置で回収するという。
「お前たちは、私にとってはただのスイーツと変わらないのよ!」
この弾幕は、まさにクランベリーの収穫の様子のようだった。
四方から迫ってくる赤紫と青紫の小粒な弾幕は打ち寄せる波のようで、その様子は確かに水に浮かんだクランベリーと言っても差し支えない。
いや、クランベリーは自分たちの方だろうかと美鈴は思う。
今、自分たちはフランに収穫されるのを待つ、ただのクランベリーだとでも言っているかのようでもあった。
だから、美鈴は察した。
水に浮かべた果実を摘む、装置がこの弾幕に足りないことに。
ツルギは察した。
この弾幕はあくまで包囲用でしかないと。
「第二魔法陣、解禁──禁忌!」
フランの背中の赤色の宝石が灯る。
魔法陣を被った杖の先端から、まるで雷のような音を出しながら紅色の弾幕──否、刃が形成された。
それはレミリアの紅い槍のように紅い刀身をした剣だった。
「禁忌──レーヴァテイン!」
「……っ」
そして、フランは思いっきりその剣を振り下ろす。
紅色の剣は屋根を大きく斬り断ち──
美鈴たちは屋根の崩落に巻き込まれ、下の階へと落とされてしまった。
「(なんて破壊力だ! 戦車でもできないぞ、こんな所業……!)」
斬撃自体は回避できたが、その破壊力は尋常ではない。
背後を振り返ってみれば、廊下の向こう側まで大きく斬れており、亀裂ができてしまっている。
「うふふ、これで雨は防げるね」
「しぃっ!」
「きはぁっ!」
ふわりと瓦礫の詰まった廊下へと着地したフランをツルギと美鈴は蹴りを入れ込むが、それは杖により防がれてしまう。
「……でも、2対1なのはダメだなあ。フェアじゃないもん」
「どの口が言いますか」
「子供には優しくするものだよ? ──禁忌、フォーオブアカインド」
フランの杖の下部分から3つの魔法陣を持った子機が排出され、ツルギたちを囲うように展開する。
そして、魔法陣は子機を拡張し、変形させ、フランの杖と姿かたち変わらない杖を作り上げた。
さらにはその杖を掴むように、魔法陣の中から手が伸びる。
「っ!」
「これは……」
その手は細く、それでいて鋭い爪をしていて──まるで、目の前にいるフランのような腕だった。
それに気が付いた時には……魔法陣からフランそっくりの身体、頭部、腕部、脚部。それぞれが完膚なきまでに再現されたフランの分身が3体、形成されていた。
「うふふ」
「あはは」
「これで──」
「4対2、だね?」
「分身……!?」
「は……(冗談じゃねえぞ……)」
4人となったフランは子供のように笑いながら、魔法陣を展開していく。
ツルギと美鈴は無言でそれぞれが2人を担当することを決め、背中合わせに立ち、視界に入った2人を倒すことを決めた。
「「「「──ほらほらっ! いくよ!」」」」
「(長期戦は不利、ならば──)芳華絢爛!」
「(本体は門番の方にいる)──邪魔だァ!」
美鈴は気を用いて花が開花するように炸裂する拳を作り出し、それでフランの猛攻を凌ぎ、迎撃していく。
ツルギはショットガンを盾にして杖での攻撃を防ぎながら、確実な一撃をフランの分身たちに撃ち続けて、フランの分身を消耗させていく。
ツルギの見立てならば、分身フランの耐久は低い。
今現在美鈴と戦っている本物のフランの攻撃の苛烈さに比べ、今自分が戦っている分身の方は若干攻撃の破壊力が弱いのだ。
分身は本体に比べ能力が劣っている。
ならば、即刻片付けて、本体の処理に応戦しなければならない。
「どけっ! どけえええええっ!」
「あはっ、あははは!」
「ねえ、私。どうやら私たちが
「えーっ!? こんなに頭がヤバそうなのに!?」
「何くっちゃべってやがる……! さっさと消えろぉ!!」
「きゃあ、あっぶなーい!」
「もう、気を付けてよねー?」
「(ガキみてえな素振りしているくせに、その動きに一切の無駄がない……!? 狂人みてえなのはお前もだろ……!)」
まるで踊り、いや、遊びだと言わんばかりに飛び回るフランたちは、それでいながら攻撃と防御は完璧なもので、隙を見つけることも一苦労だ。
例え分身だからと言えど、フランが知識的に身に着けた戦闘術は共有されている。
それは身体能力の劣った体でも、存分に発揮できるのだ。
「こうなったら、私!」
「うん、行くよ!」
「「禁忌! カゴメカゴメ!」」
2人のフランの翼の黄色い結晶が輝く。
杖から魔法陣が床と壁の各地に振りまかれ、そこから緑色の苔むした楔付きの鎖が周囲へと放たれていく。
楔は魔法陣の反対側に深く刺さり込み、万力でもない限り引き抜くことは叶わないだろう。
「(行動範囲を……っ!)」
「籠の中の鳥は」
「何時何時出会う?」
「鶴と亀がすーべーた」
「後ろの正面、だーれ?」
2人のフランが謡いながら黄色い、巨大な弾幕を放つ。
「か──(防ぎきれない!)」
ツルギは幾つかの弾幕をショットガンで迎撃していったが、リロードの瞬間を狙われ──ついには大量の弾幕に被弾してしまった。
「ツルギさん!」
「「あなたは私よ!」」
「くっ──!」
美鈴は、被弾による爆発に遭ったツルギを心配し声をかけるが──フランたちはそれを許そうとはせず、杖での近接戦闘により、美鈴の行動を妨げる。
「妹様……どうして、このようなことをするのですか!」
「まだわからないの? 紅い悪魔、その使命を全うするのよ! 腑抜けになったお姉さまの代わりに!」
「お嬢様はそんなことを望んでいないのに、ですか!?」
「望むわよ!」
フランは美鈴の言葉を紅い刃を纏った杖を横薙ぎに振り払い無理やり止めた。
美鈴はジャンプして躱したが、その先にもフランがいて、そのフランによる蹴りで床へと叩きつけられてしまう。
「ぐっ……ぅ」
「お姉さまは嫌でも望むわ! 腑抜けたお姉さまには、
「──妹様、あなたはまさか……」
「お姉さまは解ってくれるわ! 私たちは結局、紅い悪魔でしかなかったのだと!」