トリニティの各勢力が一堂に集まり、紅色の館へと攻め入ろうとしている最終段階の最中。
イチカは部下たちと共に周辺の交通整理をある程度行っていた。
まあ、こんな紅い霧の中を通る車など1台も存在せず、周囲に立ち入り禁止のコーンを並べる程度の軽い仕事だ。
この仕事がひと段落済んだ時、正義実現委員会は少数の部隊に見張りを頼んで自分含めて紅い館へと攻め入ることになっている。
「……ふう、このあたりはこれで大丈夫っすね」
コーンを置いたその手を見ると、汗でびっちゃりとしていた。
それどころか、震えている自分の存在すら感じられる。
無理もない、イチカはこれから異変解決に携わることになるのだから。
トリニティの最強格でもあるツルギをもってしても、要警戒と言わせるほどの存在である吸血鬼。それと戦うという覚悟こそは決められても、武者震いが止まらなかった。
「……柄にもないっすね」
こうも無様に緊張していると、銃撃戦に入ったときにどんな悪影響が起きるのか分からない。
水を一杯でも飲んで、緊張を和らげないと……そう思い、イチカはこのあたりに自動販売機がないか見渡していく。
そうしていると。
「うーん……やっぱりどの店も臨時休業中ですね……」
「えーっ!? 美味しいパフェ食べられないのー、レイサ!?」
「ご、ごめんなさいっ……せっかくここトリニティ自治区の良いところを紹介しようとしているのに、こんな調子で……私ってダメダメですよね」
「そ、そんなことないですよ! 元気出してください!」
「あれ? あなたは……トリニティ自警団の?」
「おや、イチカ先輩じゃないですか。なんでこんなところに?」
紅い霧で包まれたトリニティ自治区の街を歩いている、仲のよさそうな少女たちとイチカは遭遇した。
その中で一人、文字通りに地に足を付けている空色の髪の宇沢レイサはトリニティ自警団の団員で、日々悪党退治に精を出している、熱心な少女だ。
「誰だおまえ! ほっそい目しやがって!」
「チ、チルノちゃん……!」
「この子たちは──」
そんなレイサと共にいる2人、彼女たちは地に足を付けずに浮かんでいた。
かわいらしくレイサと手をつなぐ少女のその背中にはなんとも神秘的で綺麗な翅が生えていた。
レイサの周りをウロチョロと飛び回る少女の背中には、不思議と溶けない小さな氷がまるで羽のように生えていた。
彼女たちは妖精。
妖怪たちと同じく『幻想』からやってきた存在。
どういう原理なのかは知らないが、自然環境と妖精個人の存在がリンクしているらしく、妖精はキヴォトスの外から来た先生と同じように脆い体をしておきながら、何度でも蘇ることのできる不思議な身体をしているのが特徴だ。
「こっちの元気溌剌で可愛い妖精はチルノちゃん、こっちのおとなしくて可愛い妖精は大妖精って言います! 私の新しいお友達です!」
「よろしくな! 細目!」
「も、もう、チルノちゃん!」
「あー、私はイチカっす。仲正イチカ。細目なんて呼ばないでほしいっすけど……」
「もう、ダメですよチルノちゃん! そんなぞんざいな名前で呼んだら」
「えー?」
「呼ぶならもっとこう、カッコいい名前を付けてあげないとですよ! 例えば──『トリニティの走る手錠係』なんてどうですか?」
「おおっ、カッコいいー! よろしくな、『トリニティの走る手錠係』!」
なんだそりゃ。
イチカはそう突っ込みたくなったが、妖精は幼稚園児ぐらいの精神であるため、レイサぐらいのテンションで接してあげた方がとっつきやすいのかもしれないと思い、放っておくことにした。
「そういえば、こんなところで何をしているんですか、イチカ先輩」
「この紅い霧の元凶がこの森の中に紅い館を建てて待ち構えているみたいなんすよ。なので、このあたりはしばらくの間通行禁止になるっす」
「えっ! ここにこの霧の元凶が!?」
レイサはびっくり仰天という感じのあからさまな驚き顔をしてくれた。しかし、妖精たちは何やらこそこそと内緒のお話をしているようだった。
その妖精たちの様子を妙に感じた。まるで、何かを知っているみたいだったからだ。
「えーっと、チルノちゃんと……大妖精ちゃんっすよね」
「は、はい」
「何かその紅い館について、知っていることとかってあるっすか?」
「え、えっと……」
「こらー! 大ちゃんをいじめるなー!」
イチカからすれば普通に声をかけたはずだったのだが、どうやら威圧しているように受け止められてしまい、大妖精の前にチルノが庇うように立つ。
これは困ったな、とイチカは思う。
ここにきて自分のこの目が邪魔になるとは……。イチカは言外に自分の容姿に毒を吐いた。
「えっと、私は別に、君たちを怖がらせるつもりなんてこれっぽっちもないっすよ。ただ、あの森の中にある館について、教えてほしいってだけっすから」
「ほんとーか?」
「本当っすよ、信じてほしいっす。なんなら、この後の作戦が終わったら、二人にパフェを奢ってあげるっすから、ね?」
「…………」
チルノはそういわれても、大妖精の前に立つことを止めない。むしろ手をより大きく広げてしまって、より警戒させているまである。
ああ、こういう時にこそ自分の糸目が煩わしくなる。
この世に糸目=怪しい奴という方程式を作り上げた存在がいるのなら、ぜひとも殴り飛ばしてやりたいとイチカは思う。
こんなことになりたくないから、今の自分を頑張って作ってきたつもりだったのに、そう願っても子供からの反応は良くならない。
「チルノちゃん」
「レイサ……」
「イチカ先輩は見た目は怪しいけど、それでもいい人なんですよ? 美味しいパフェのあるお店なんて、私以上に詳しく知っていますから」
「……そうなの?」
「そうなんです。だから、信じてあげてくれませんか? 美味しいパフェを奢ってくれる人に、悪い人はいませんから」
そんなチルノに対し、レイサが優しく声をかけた。
イチカはその様子を見る事しかできなくて、言葉にも顔にも出す気はないが、とても悔しい気持ちになった。
すこし神妙な顔をしたチルノは、そっと、大妖精を庇うことをやめた。
「…………あの紅い館なら、見に行ったことがある」
「本当っすか?」
「はい。あの森の中にある、とっても紅いお屋敷ですよね? あそこにはチルノちゃんと一緒に何回か訪れたことがあります」
「何か、知っていることとかあるっすか? ちょっとしたことでもいいっすから」
イチカの質問に、チルノと大妖精は答える。
ここまでこの妖精たちに真剣に質問したのは、この異変を解決するために何か小さなことでもヒントが欲しいとイチカは心のどこかで思っていたのかもしれない。
自分にとって最初となる異変解決。その不安と緊張を和らげる水以外の何かを、欲してしまっていたのかもしれない。
「とても強い門番がいるのよ! パンチとキックがとっても強いの!」
「パンチとキック……格闘技っすか?」
「そうです! それで他のみんながあっという間にやられちゃって……」
ここキヴォトスにおいて、格闘技というものは重要視されつつもそこまで追求するものではない。
あくまでCQCにおいて補助的な役割を担う動作、あるいは体の動きを助けるための体力作りの一環として教わったりする場面こそあれど、実践ではそこまで使用されることはあまりない。
ヴァルキューレ警察専門学校などでは敵の鎮圧のために柔道を習うことがあるようだが、そんなものではないのだろう。
パンチとキックで戦う。そこに二の口はないのだろう。
「なるほど……他に情報はあるっすか?」
「あたいたちが他の妖精みんなの無念を背負って屋敷に潜入を成功したときに出会ったのが──えっと、なんていうんだっけ、あのヒラヒラしたかっこう」
「メイド服だよ、チルノちゃん。……私たちは屋敷の中で、メイド服を着た人と出会ったんです」
「メイドさんと?」
そういわれて脳裏をよぎるのは、トリニティと同じレベルの規模を誇るマンモス校であるミレニアムサイエンススクールのエージェントたち。
彼女たちはメイド服を着ているというが……いいや、敵はあくまで『幻想』から来た存在。キヴォトスに元からいた彼女たちが相手ではないのだから。
余計な詮索はやめよう。そう思い、イチカは話を聞き続ける。
「それでそれで、そのメイド、あたいたちを見てナイフを投げてきたんだ」
「えっ、ナイフを?」
「はい。チルノちゃんは投げられたナイフが頭に刺さっちゃって、そこで一回休みになっちゃって……」
「むがー! 思い出したら無性に腹が立ってきたぞ!」
一回休み、というのは妖精にとってのその時までと復活までとの間、インターバルの呼び方だ。
命の概念が緩い妖精たちにとって、死という概念はほぼないに等しい。
彼女たち妖精は、自らの象徴である自然環境が絶滅でもしない限り本当の意味で死ぬことはないのだから。
そんな彼女たちだからこそ、死地へと遊びに行くことができるのだろう。
「あのナイフ、とってもずるいインチキナイフだぞ! 避けてもあたいに刺さるんだからな! それで何度やられたことか!」
「避けても刺さる?」
「違うよチルノちゃん、ちゃんと前から来たナイフは避けたけど、後ろから来たナイフに刺さったんだよ。きっと、後ろにも敵がいたんだよ」
「でも後ろには誰もいなかったんでしょ!? 大ちゃんはちゃんと見たんだよね!?」
「そ、それはそうだけど……」
後ろには誰もいないのに、後ろからナイフを投げられた。
これは一体どういうことか。
館へと忍び込んだこの子たちの背後に伏兵がいたのだろうか。
あるいは……
「それ以外には、情報はあるっすか?」
「んー……他にあったっけ?」
「ほら、別のところから忍び込んだ時の……」
「あー! たくさん本が置いてあったところか!」
「たくさんの本が……?」
「図書館があったんです。あの屋敷には」
「驚いたなー、ここの本屋5件分ぐらい本棚がどっさりあって、迷路みたいだったぞ!」
なんと、屋敷の中に図書館があるとは。それも本屋5件分。
このトリニティ自治区の本屋はどれもD.U.におけるデパート1件並みの広さがあるのだが、それが5件分ともなるとその広さはスポーツ場を超えうるかもしれない。
キヴォトスで最多の書籍を有しているのがトリニティの図書館であるのは自明の理ではあるが、『幻想』の図書館は下手をすればそれに匹敵しかねないのでは、そうイチカは考えた。
「そこで誰かに出会ったりしたっすか?」
「えっと、魔法使いに出会いました」
「魔法使い?」
「そんな奴いたっけ」
「チルノちゃんは魔法のトラップに引っかかってあっという間に一回休みになってたから……」
魔法使い。
『幻想』の世界にいるという不思議な力の使い手。
正確に言えば『幻想』の妖怪や妖精もそれに準ずる力を持っているのだが、その中でも特に力の使い方を多岐にわたらせることに成功した者のことをキヴォトスでは指し示している。
「どんな魔法を使ってきたんすか?」
「それはもう、たくさんです。火の魔法、水の魔法、土の魔法なんかを一気に使ってきて……私なんかじゃあっという間に一回休みですよ」
「なるほど……」
火に水、そして土……隠し玉はほかにもあるだろうか?
あくまで妖精は『幻想』に住む者たちにとってコバエと似たような存在だと聞いたことがある。
コバエを倒すのに全力になる人はそうそういないだろうから、その魔法使いはさらに力を隠し持っている可能性がある。
「その図書館ってどこにあるのか覚えてるっすか?」
「えっと、門から見て右手側に……」
大妖精から館の図書館の位置をできるだけ正確に聞き出してスマホのメモアプリに書き写す。
メモはこのほんの数分の間に1万文字を超えた。
「イチカ先輩、ハスミ先輩がお呼びでしたよー!」
ある程度の情報を聞き取ることができたころに、イチカの後輩が自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
おそらく、戦いの準備が整ったのだろう。
「おっと、もう時間みたいっす。チルノちゃん、大妖精ちゃん、情報提供、本当にありがとうございました」
「いえ、私とチルノちゃんの記憶でみなさんを手助けできるのなら、嬉しいです」
「パフェの約束、忘れるなよー!」
「ははっ、もちろんっすよ!」
イチカはチルノの言葉に小さく笑いながら、仲間たちのいる部隊に早足で向かっていった。
「ね、良い人だったでしょ?」
「うん、パフェもちゃんと後でたらふく食べさせてくれるみたいだし、そこまで悪そうな感じじゃなかったな」
「そこまでは言ってなかったと思うけど……」
レイサは苦笑する。
チルノという妖精は、美味しいものに目がないのだと。
「でも……」
「うん?」
「……糸目って言っちゃったこと、謝るのを忘れてたな。あたいツーコンのミスだ」
「──そっか」
「次に会うときにはちゃんと謝らないとな! あたいのコケンに関わるから!」
「チルノちゃん……」
チルノという妖精は、とてもお転婆でお調子者──でも、それでいて何かと真面目で真剣で……とっても、いい子なのだ。
だからこそ、こうしてレイサは友達になれたのだろうと思う。
打算無しに真正面からぶつかって、挑戦状を叩きつけて、チルノはそれを受諾して、戦って──そうしてなれた友達だから。
「チルノちゃん」
「んー、なんだ、レイサ」
「いい子ですね」
「ふ、ふふん! 何をいまさら、当然だぞ! あたいは毎日いい子なんだぞ!」
レイサに褒められて照れながらもえへんと偉そうな顔をするチルノ。
それを見る大妖精は、お似合いの二人だなと心の中で思った。
そして願わくば、この友情は、途切れるようなものじゃないことを、心の中で願った。
「なるほど……その妖精には感謝しないといけませんね。イチカ、情報収集をしてくださってありがとうございます」
「そんなことないっすよ。ただばったり出会ったもんだったんで、ちょーっと話しただけっすから」
紅色の館の手前十と数キロ、そこに急遽建てられた異変対策本部。
そこで今回の作戦をイチカが持ち帰ってきた情報を込みで建てていた。
とはいえ、この会議で話し合われる議題は作戦と言えるような事細かなオペレートを要するものではなく、誰が誰を対処するのか、というシンプルなものだった。
「……門番は私がやる。その隙にみんなは館に入れ」
「ツルギ……それでは、肝心の吸血鬼との戦いが……」
「すぐに倒す。そしてすぐに向かう」
確かに、それが最も安全なのかもしれない。ハスミはそう考える。
イチカが妖精から聞いた情報によると、その門番は格闘家であり、そのパワーは計り知れない部分がある。
だが、格闘家である以上遠距離戦は不得手。ここはスナイパーであるマシロに任せるのが普通なのではないか、そうも考えた。
しかしながら、謎にも、不思議にも、門番にはツルギをぶつけること。それがハスミにとって最適解に思えて仕方がなかったのだ。
「……分かりました。ツルギは門番と接触次第交戦を開始してください。私たちはその隙に屋敷内に突入、各地点を制圧していきます」
「その際に要注意なのがメイドと魔法使い……魔法使いは図書館にいるんだよね?」
「その可能性が大いにある、という程度ですが……ここまで紅い霧を充満させるために魔法を用いていたのなら、その拠点ともいえる祭壇はおそらく、その図書館にあります」
「なら、そこは私がやってみる」
マシロが声をあげた。
「図書館なら遮蔽も多いだろうし、魔法使いとの交戦には一発でも鋭い火力が必要になる。それなら私が必然だと思う」
「マシロ……分かりました、図書館方面にはマシロが行ってください」
「じゃあ、私とハスミ先輩とでメイドの方を?」
「ええ、必然的にそうなりますが……」
「なら大丈夫っすよ。チルノちゃん……妖精との話でそのメイドの戦い方に対して何かしら思い当たるフシがあるんで、それで対処して見せますから」
「……分かりました。よろしく頼みます、イチカ」
「ええ、任せてください、ハスミ先輩」
「シスターフッドと救護騎士団のポジションはどんな感じなんですか、ハスミ先輩?」
「シスターフッド、救護騎士団は両者共に私たちと共に館の内部へと突入してもらいますが、基本的には道中の敵の排除と味方の治療・補給に専念してもらう形になります」
各部隊の行き先は決まった。
そして、肝心の吸血鬼。これは最初からどう相手取るのか決まっている。
「みなさん、改めて言いますが……今回の最優先の敵は吸血鬼です。メイドと魔法使いという危険因子を排除することもまた重要ですが、それ以前に吸血鬼を倒すことができればそれで良いのです。──吸血鬼を見つけ次第交戦、あるいは連絡し即座に撤退をお願いします」
「「「 はい! 」」」
その言葉に正義実現委員会のメンバーたちはそろって応答した。
みんなの言葉を聞き入れたハスミは、紅い霧の中心部、紅い屋敷へと身体を向ける。
ここは他の場所と違って一層紅い霧が濃いように感じるが、それでもハスミの巨大な体躯は見失うことはなく、いくら霧に姿を遮られようとも、その翼の雄大さは隠せない。
ハスミの翼が大きく広がった。
バサッ、と大きな音が鳴り、周囲の霧を一気に蹴散らした。
「──出陣です!」
「(……たくさんの気。ついに攻め込んできましたね、学園の生徒たちが……)」
紅い館を囲うレンガ造りの紅い壁、その中で唯一の門を守る門番は彼女たちの気を感じていた。
その門番の装いはこのキヴォトスにおいて山海経高級中学校の自治区で良く見られる類の恰好に近かったが、あまり見られないような構造をしているように思える。
その緑色のドレスのつくりは、どれも身体を動かしやすいように調節されており……言うなれば運動着に近い印象を受け取ることができた。
そんな服を着る門番は頭にベレー帽をかぶっている。
ベレー帽には星形のマークの上に漢字で“龍”と云う刺繍が施されており、その姿はまさに大陸の人なんだろうな、という印象を大きく与えてくる。
「(……数は約500。どれもあんまり妖精でも油断ができない程の強さを持ってますが…………あれはまずいですね)」
門番は目を閉じて視覚の代わりに気を用いて周囲を探り、ここへどんどんと近づいてくる学園の生徒たちの強さを探っていた。
その中で門番が一番注視したのは全部隊の最前列にいた者。
「(あれは……嵐? いや、爆弾のようにも感じる。あまりにも他の生徒たちとパワーが一線を画しすぎている……)」
まるで炎が渦を巻いているかのような激しさが、その生徒にはあった。
ただの一生徒がこんな気を、こんな強さを有しているとは。
門番はキヴォトスという世界の強さを改めて実感した。
「(──私がとにかく対処するべきはこの生徒でしょうね。それ以外に関しては……はあ、おとなしく咲夜さんに怒られましょうか)」
いくら門番が強い戦闘力を有する格闘家であったとしても、一気に抑えられるのは多くて十数人が限界だ。
しかしその余裕は今から近づいてくる炎の嵐のような生徒によって搔き消える。
できるなら、その生徒に打ち勝って屋敷内部のみんなの援護に駆けるという形が理想的なのだが……そううまくいかないのが人生であることを、この門番は知っていた。
「(はあ……まあ、ここまで来たらやるしかないですね──あれ、この気は……うちの妖精の気とも違いますね。野良の妖怪の気、ですか)」
あとは静かにゆっくりと、深呼吸をし続けて時を待とうかというところで、不自然な乱入者の気を感じた。
その乱入者は力の小さな野良妖怪で、全体の後方らへんを襲撃しそうな位置にいる。
部隊がその妖怪に気付かぬまま、通り過ぎようとしている。
どうやら妖怪はこの森の中でかなりの強い隠密性能のある能力を持っているようだった。
それにより、妖怪は気づかれることなく。──最後尾が妖怪の真ん前を通り抜けようとした、その瞬間。
妖怪は部隊に強襲を仕掛けた。これは思いがけない幸運だと門番は感じた。
まさかあんな大軍相手に食事を敢行しようとする命知らずな妖怪がいるとは思いもしなかった。
よほどの馬鹿か、それほど腹が減っていたのか……考える余裕はすでにない。
最前の部隊は後方の異変に即座に気が付いたが、それを後方の部隊に任せてこの屋敷──紅魔館へと向かう選択をした。
それであの妖怪は退治できるだろうから、その選択は正しい。
後方に残った部隊の中にも、前方の部隊の数名ほどの強さを持つ実力者がいるため、あの程度の妖怪なら難なく退治が可能だと思った。
それでも、時間稼ぎにはなる。
「──来ましたね」
あっという間、動揺したのはほんの一瞬だった。
彼らの顔には後続の部隊が起これていることに対して何にも不安を感じていない。
門番の目の前に立ち構える彼女たち以外は動揺しててもいいものなのに。きっと、この舞台の隊長か副隊長かが激励をかけたのだろう。
とっさの判断として満点だと思った。
そしてその行動を行ったであろう、冷たくも鋭い棘が激しく脈動している、荒々しい気を放つ女が目の前にいた。
「あなたたちが、この紅い霧の異変の実行犯ですね?」
大きな大きな、墨のように黒い羽根を広げる女はそう門番に問いかける。
それに対し、門番はもう隠す意味もないと思っているから、こう答えた。
「ええ、私はこの紅魔の館を、ひいては紅い霧をここキヴォトス中へと広げる大望を抱く吸血鬼レミリア・スカーレット様に仕える門の番人。紅美鈴である! お前たちは何用でこの館に訪れた!」
「私たちは正義実現委員会……いいえ、トリニティ総合学園の使者。あなたたちが引き起こした異変を──解決する者です!」
その言葉を言っているさなかに、女は後ろの部下たちにハンドサインを送っていた。
その指示を受け取った部下たちは、ウエストポーチから小瓶型の手榴弾を構え始める。
その手榴弾の数は20個を超える。
その数をこの屋敷を囲う壁に向かって投げつけられたらあっという間に壁は大破するだろう。
やはり、当初の作戦で間違いなかったのだと、美鈴は悟った。
「──もう、穏やかに終わる気配はない感じですね」
「ええ。これ以上トリニティの──私たちの自治区に害を及ぼす前に、あなたたちを拘束し、異変を解決します」
一瞬の緊張。
それは美鈴の目の前の女──炎の嵐のような女──黒髪を地に引きずられるほどに長く伸ばした四白眼の女の体制をだらんとさせるのに十分だった。
それはただの脱力ではない。
それは、スイッチを入れたという合図だった。
「……きひっ、ぎひゃひゃひゃひゃっ!!」
女は突然奇声をあげ、両手に持っていたショットガンを美鈴に撃ちかますこと──それをせずに、美鈴の頭上へと向かうように斜め前へと跳躍し、脚を上から美鈴の頭へと叩きつける踵堕としを決める。
しかし、それは防がれる。
美鈴は即座に腕を頭が守られるように構えて蹴りから守る。
その隙を狙ったかのように、女──ツルギは二丁のショットガンをようやく発射した。
ダァン、ダァンッ!
「ぐっ──」
「行げえっ!」
「今です! 手榴弾、投擲!」
「壁を破壊しろー!」
ツルギが作り出した大きな隙。
それを逃さずに正義実現委員会の部員たちは手榴弾を館への道を阻む壁の各地にめがけて投げつける。
そして、その手榴弾は大きな音を立てて爆発。
紅いレンガの壁は無数の爆発により土の粉末へと変わり、パラパラと乾いた音を立てるのみの壁の穴へと変わった
「進めーっ!」
「先輩たちのために館の敵を一体でも多く退治しろーっ!」
「ツルギ先輩、門番をお願いします!」
「先に待ってるっす!」
「ツルギ!」
「……ああ」
「……待ってます。館で」
そして、壁にできた大きな穴へと生徒たちが駆け込んでいった、
あっけなく、あっという間に紅美鈴は紅魔館への大規模な侵入を許すことになってしまったのだった。
「……くそっ、背水の陣か!」
「……あんた一人で、陣なのか?」
ツルギは地上へと着地し、美鈴は防御を解き、自らの得意とする格闘技を存分に活かせる構えをとる。
紅い霧が、まるでタンブルウィードのように二人の間を通り抜けていく。
そして、戦いが始まった。