青き虹色に心惹かれた幻想   作:プレシアンスグレム

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ラクトガール

 パチュリーは首を傾げる。

 

「……スナイパーって、そんな戦い方をするんだっけ?」

「しますよ、必要ならっ!」

 

 そういうマシロは、自身の愛銃を振り回して、パチュリーが繰り出す魔法の弾幕を防いでいた。

 いくつかの弾幕を防ぎ、躱し、弾幕の隙間を狙ってパチュリーを撃つ。

 

 パチュリーはそんな針に糸を通すような技を予想しておらず、多少の被弾を許してしまったが、あらかじめ用意していた魔法障壁によってダメージを軽減することに成功している。

 

 パチュリーは困惑している。

 明らかにパチュリーが本で読み覚えた知識とかけ離れた戦い方をマシロは見せていた。

 スナイパーとは、狙撃手とは、もっとこう、遠距離から敵を狙うことしかできないのでは……と。

 だからこうやって距離を詰めてしまえばもう手出しできないのかと思っていた。

 

「情報を覚えなおさないと。えっと、狙撃手について書かれた本は……」

「そんな本もあるんですか?」

「あったはずよ」

 

「──でも、今はあなたを倒す魔法を探した方が良いわね」

 

 パチュリーは困惑から頭を切り替えて、目の前で自分を打ち倒さんとする難敵に対処するための魔導書を図書館中から探し、取り出す。

 この動作をパチュリーはその場に立ったまま周囲に手をかざしただけで行った。魔法によりこの図書館中の書籍は管理されており、パチュリーが検索をかければ自動的に書物が本棚から取り出され、パチュリーの下へと飛んでくるシステムが組み込まれている。

 

 歩かずに本を取り寄せられる理想的なシステムだ。

 

「──ええ、これならどうかしら? 『アグニシャイン』」

 

 それによって取り出したいくつかの魔導書にパチュリーは目を通し、その魔法を行使する。

 

 アグニシャインは炎の魔法。

 火の玉がパチュリーの周りを旋回しながら、マシロを襲う。

 

「銃火器なら高温には耐えられないでしょう?」

 

 パチュリーの狙いは銃による防御を無力化させることだ。

 いくら頑丈で、取り回しが利くとはいえ、しょせんは火薬を用いる鉄の筒。

 

 熱してしまえば銃を扱えずに暴発の可能性が高くなる。

 

 マシロがいくつかの火の玉を防御していくと次第にパチュリーの思惑通りに、愛銃は熱を持ち始め、銃弾を放つことができなくなってしまった。

 これ以上火の玉を受けてしまえば、銃身が熱で曲がる危険性だってある。

 それは避けなくてはならない。

 

 マシロはその場を離れる選択を取った。

 

「一時撤退……っ!」

「逃がさないわよ」

 

 パチュリーは足元を数センチ浮かせて、歩く労力を割かずにスイーっと滑るように飛行してマシロを追う。

 3階から2階へと、2階から1階へと。ぴょんぴょんと飛び降りるマシロをパチュリーは吹き抜け部分にまるで透明な坂があるかのように斜めに降下して飛んで行く。

 

 もちろん、炎の嵐はパチュリーを中心に回り続けている。

 しかし、炎は器用に本棚に当たらず、本棚に沿うように動くのだ。それはパチュリーの器用な魔法制御というわけではなく、本棚にかけられた魔法障壁の結果。

 まるでワックスをかけたばかりの床のような光沢を瞬間的に放つ本棚は、魔法の一切を受け付けなかった。

 

 マシロはその光景を見逃さなかった。

 1階の本棚の迷宮を駆け回り、器用にマシロを狙う火の玉を避けながらパチュリーの追跡を切る。

 

 パチュリーが気が付いた時には、周囲にマシロの姿はなく、完全に見失っていた。

 

「くっ、ちょこまかと……逃げても結果は同じよ。あなたはすでに追跡の魔法を仕掛けられているのだから」

 

 しかし、マシロが小悪魔を誤射してしまったあのタイミングですでにパチュリーはマシロに離れていても居場所が分かる追跡の魔法を仕掛けていた。

 何時でも居場所が分かるという優れモノではないが、感じようと思えばすぐにでも居場所を理解できる魔法だ。

 魔力の消費が激しくなるから普段は使わないのだが、紅魔館の存亡にかかわるこの時にそんなことを考えるわけにはいかない。

 

 それによれば、マシロは今パチュリーから見て右側の本棚の向こう側にいる。

 よくもまあそんなところに行けたものだとパチュリーは感嘆する。この場所からあの場所までどれだけの回り道を要することか。いや、彼女の身体能力なら本棚をよじ登り超えた可能性は捨てきれない。

 パチュリーは風の魔法を用いて本棚を飛び越えようとする。

 

「逃げる、ですか……私はあくまで、安全距離をとっていたに過ぎません」

「え?」

「この()なら、炎に蓋ができるんですから」

 

 マシロが何をしようとしているのか、パチュリーには分からなかったが──ここにいるのはまずいことだけはすぐにわかった。

 即座にパチュリーはこの場所から離れようと考えるが、すでに魔法は発動準備に入っており、この状態ではマシロの方へと飛んでしまうことは避けられなかった。

 

 焦りながらもパチュリーは魔法を解除して、緊急回避用の魔法を発動を準備する──が、もう遅い。

 

 パチュリーは、向こう側にマシロがいる本棚に鈍い衝突音を聞いた。

 その音は次第に揺れに変わり、本棚は少しづつ傾き始める。

 

 炎に囲まれたパチュリーには、それを見ることが難しかった。それは幸いだったかもしれない。

 

 倒れゆく本棚に挟まれる光景を、直に見ることがなくて済んだのだから。

 なお、本棚に挟まれるダメージは実際にあるものとするが。

 

「──!?」

 

 唐突に体制を崩され、全身を大きな衝撃が襲う。

 魔法障壁によってダメージは少ないが、それでも何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 

「(──まさか、本棚を崩された……!? 地震対策に固定化の魔法を組み込んでいる本棚を……いや、そんなことよりも、このままだと居場所をなくした炎が暴発を──)」

 

 パチュリーが何が起きたか理解した時にはもう間に合わず、本棚と床との間で大きな爆発が発生した。

 

 爆炎が周囲を囲むが、本棚と本には一切の被害はない。倒されて散らばった本も同じだ。

 被害を受けたのは、本棚が倒れた周り数メートルの床と、観葉植物と、パチュリーだけだった。

 

「やった……?」

「…………やってくれたわね」

 

 パチュリーは倒れた本棚を本ごと浮かばせてどかし、起き上がる。

 その服装はところどころが焦げてしまい、至近距離で受けた爆発に防御しきれなかったことが伺えた。

 

「いくらあなたたちが特殊な人間でも、魔法を扱えない以上私が優位だと思っていた……でも、それはどうやら驕りだったようね」

 

 パチュリーは魔法陣を展開し、周囲の本棚から複数の魔導書を検索、取り寄せる。

 取り寄せた魔導書は即座に展開され、魔法陣構築の補助を行い始める。

 

「もういいわ。後のことなんて知ったことじゃない。紅霧なんかももう知ったことか」

 

 何が起きるのかはわからないが、敵が棒立ちでいるこの状況をマシロが狙わないわけがない。

 マシロは即座にスナイパーライフルを構え、パチュリーに向けて引き金を引く。

 

 しかし、弾丸はパチュリーの下に届くことなく、突如として床を破り突き出てきた翡翠色の巨大な岩によって防がれる。

 

「これは……!?」

 

「魔法混合……土と金の要素よ、交わり重なり──聳立せよ、『エメラルドメガリス』!」

 

 その詠唱により、図書館中に翡翠色の巨岩が地中から突き出してくる。

 

 現実離れした光景、しかしマシロは思考を回して回避をとるが──どこから現れるか分からない巨岩に戸惑いを隠せないまま、マシロは足元から屹立する巨岩に打ち上げられてしまう。

 

「くっ……巨岩が現れる位置が分からない……!」

 

 何かしら視覚的な情報は存在せず、感覚的にも分からない。

 唯一この魔法で感じられるのは地響きだけだが、それだけでは対応に難がある。

 周囲に一気に巨岩を用意させられれば、逃げ道がふさがれてしまうのだ。

 

 マシロは何とか本棚の上に着地することに成功するが、パチュリーは魔導書を遠隔操作して弾幕を放つため、ダメージの回復も狙うこともままならない。

 

 打ち上げられた際のダメージは思った以上にマシロを痛めていた。

 あばら骨の数本と、脚の骨に大分ダメージが入ったように感じるマシロは余計な回避をとることができなくなっていた。

 

 弾幕を銃身で防ぐが、先ほどまでの弾幕とは異なりこの弾幕は重い。

 魔法製の弾幕に強度というものが存在することに驚きながらも、その強度を受け続ければ銃にもダメージが加速する恐れがある。

 

 現状、パチュリーは四方をエメラルドの巨岩で囲み、身を守っているため狙撃して攻撃することもできない。

 もはや勝ち目はないのだろうか?

 

「(……いや、そんなことはない)」

 

 スナイパーとして敬愛するハスミ副委員長は言っていた。

『敵が最も油断するとき、それは敵が逆上したとき。そして──』

 

 マシロがこの言葉を今思い出したのは偶然に過ぎない。

 小さくないダメージが、マシロに走馬灯を瞬間的に見せたのかもしれない。

 しかし、その運命的な偶然が、マシロに活路を切り開いてくれた。

 

 

 

 

 

「あのスナイパー、今度は何をするつもり……?」

 

 マシロは床に下りずに本棚の上のみを使って移動を行っている。

 追跡の魔法によって居場所を感知したパチュリーは魔導書を遠隔操作して、弾幕により攻撃するが、マシロはやってくる魔導書の一冊一冊を丁寧に狙い撃ちして、弾幕の飛来を防いだ。

 

 いくら魔導書として分厚いからといって、本を正確に撃ちぬける技力にビックリしたが、ならリロードしても間に合わない規模で向かわせればいいだけだと考え、大量の魔導書を操作してマシロの下へと向かわせる。

 

「…………」

 

 マシロはそれを見て迎撃することなく逃げる選択を取る。

 しかしその時の表情は硬く、恐怖も何もしていなかったことをパチュリーは知らない。

 探知魔法では表情は読み取れない。

 あくまで居場所を探るレーダーなだけの魔法なのだから。

 そうなのだとマシロは考え、今の自分が見せた不審な表情から攻撃のパターンを変えなかったことにより、その予想は現実の物になった。

 

 だから。

 マシロはこの戦いに勝てると確信したのだ。

 

「(何なの?  この奇妙な違和感は……彼女は何を考えているの?)」

 

 無数の弾幕を背に逃げ回るマシロは、今何を考えているのだろうか。

 パチュリーは分からなかった。

 諦めることなく、屈することなく、ただただ勝ちを狙い続ける。もう、勝機は無いに等しいだろうに。

 

 パチュリーの四方はエメラルドの巨岩によって囲まれ、それにより狙撃の射線は切られている。

 少なくともこの状態でどうやって、自分を撃つというのだろうか。

 

 ……いや、できないという可能性に縋るのはやめるべきなのだろう。

 マシロは異常なまでに自分に都合のいい運命を掴んでいるように見える。

 先の爆発と言い、無数の魔法のトラップを潜り抜けて自分がいる書斎までたどり着くその隠密能力といい、運がいいでは済まされない、そんな運命的な力を感じる。

 

 ならば。

 だからこそ、彼女は全力で倒す。

 

 パチュリーは予備用の魔力を駆使してまた別の魔導書をマシロの前方に展開。

 マシロを追い詰める算段に出た。

 

 前方からも、後方からも無数の弾幕がマシロを襲う。

 

 そうなった以上、マシロはもう──逃げるほかなくなるのだ。

 本棚の下の──エメラルドの巨岩蠢く床板へと。

 

「(やはり、こうしてきた)」

 

 マシロが本棚の上を移動していたのは、そこが巨岩の生えない安置だと理解したからだろう。

 確かにそれはそうだ。本棚の上に巨岩は生成できない。根っことなるエメラルドの種を仕込んでいないのだから。

 だが、それをこちらも理解したうえでマシロの対処を行っている。しかも後の体調の悪化を考慮しない、全力で。

 

 そこまで全てを振り絞っているのだから、パチュリーには必ず掴めるのだ。

 勝利の運命を。

 

「同時魔法行使──金の要素の息吹、『シルバードラゴン』!!」

 

 同時詠唱。

 パチュリーの呼吸器により強い負担を与えるが、マシロを倒すためなら使うことを辞さなかった。

 

 複数の魔導書がマシロの頭上で円を組み、魔法陣を構成する。

 その魔法陣の模様は、まるで竜が口を開けているかのよう。

 

 この時、パチュリーの勝利は確実なものになった。

 上下に死角なし。もはやスナイパーとして必要な安置はどこにも存在しない。

 どこへ行こうとも巨岩と息吹はマシロを上下から執拗と狙う。

 

 パチュリーは、ぜえぜえと激しくなる動悸と荒くなる呼吸を耐えながら、魔力を上下に流し込む。

 

「私のっ……勝ちよっ!」

 

 それにより、エメラルドの巨岩は大波と化してパチュリーを襲い、上からは銀色の炎の息吹が降り注ぐ。

 これを避けることはどうやっても不可能。

 これから身を守ることも不可能。

 

 もう勝利はない。

 そのはずだ。

 

「(そのはずなのに……なぜ、胸がこんなにも騒ぐのよ……!?)」

 

 パチュリーは、自分の周囲を囲むエメラルドの巨岩を解除する。

 もはや勝利が決定的な今、容赦なくマシロを倒す必要があると考えたからだ。

 

 自分を守る壁として用いていた魔力さえもエメラルドの波に与える。

 それにより、波のごとき壁の規模は5割増しになる。

 

 狙われることもない。

 エメラルドの波はもはや壁として機能している。

 この壁は撃ち貫けない。

 

「そのはずなのに……」

 

「確実な勝利。正義を実現する、逆転の一手。それは──敗北の直前にあった」

 

 ──瞬間、パチュリーが異常な気配を探知する。

 

 目の前で徹底的に追い詰めたマシロの反応が急激に上がったのだ。

 演算処理の異常とも考える。だが、この期に及んでただの一つのエラーすらも見逃せないパチュリーは、自らの全ての魔力を用いて、銀の息吹の出力を300パーセント向上させた。

 

 そうした結果、マシロを探知していた魔法を制御できなくなってしまったがもはやどうでもいい。

 翡翠色の壁の向こう側にマシロがいることは明確なのだから。

 

 そして、銀のダウンバーストと翡翠色の巨大な壁が、マシロを襲った。

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……げほっ、ごほっごほっ!」

 

 のどが痛い。

 肺が痛い。

 頭も痛い。

 

 自分の喘息が反動として大きく貧弱なこの身に襲い掛かる。

 しかし、まだ安静にするわけにはいかない。

 この目の前の、埃の向こう側で倒れているスナイパーを確認するまでは、薬を飲むわけにはいかないのだ。

 

 もしここに妖精か小悪魔がいれば、話は別だったかもしれないが。

 

「──そう。逆上した敵は、徹底的に私を追い詰める。……自らの利点すら、かなぐり捨てて」

 

 もしここに妖精か小悪魔がいれば、自分の盾にできたのに。

 

 そう感じながら、パチュリーは銃声と、強い痛みを感じた。

 幸いにも、魔法使いとしての肉体は彼女の銃弾によるダメージを減らしてくれたが、それでもお腹を強く殴られたような激痛が奔る。

 

「い、いったい……なぜ」

 

 どうやってあの二つの魔法を乗り越えたのか。

 

 その疑問を解消するかのように、戦塵の向こう側から現れたマシロの手には、一冊の本が握られていた。

 

「──まさか、魔導書を……!?」

「勉強ができないわけじゃなかったけど……私の全力を魔法にするのは、だいぶ厳しかった」

 

 マシロは、自分が解放した神秘一文字を魔力に代替して、魔導書に刻まれた魔法を発動して見せたのだ。

 

 それはあまりにも想定していなかった状況。

 まさか、キヴォトスの生徒が魔法を使うだなんて、予想だにもできなかった。

 

「想定外、ね…………」

 

 パチュリーは倒れた。

 もはやこの状況、自分にはどうすることもできなかった。

 早いとこ自分に喘息薬を飲ませてくれる人が現れることを望みながら、パチュリーは気を失うのだった。

 

 

 

 

 

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