「パチュリーもやられたのね。色々魔法が使えるはずなのに……ああ、だからこそかなあ。魔法以外の可能性を分からな過ぎたんだね。パチュリーらしい負け方」
「え、えっと……」
そんなことを聞かれても、レイサには誰がやられたのかなんて知ることができなければ、そのパチュリーって人が誰なのかを知ることもできないのだが。
レイサは目の前でキャハハふふふと子供のように笑うフランドールとお茶を飲んでいた。
ボロボロの家具の中でも壊れていない、他の家具や雑貨の色とは打って変わって明るい白い円形のテーブルと白い椅子。
それに座って、レイサたちはフランドールが用意してくれた結構高品質な紅茶でお茶会を行っていた。
「その、パチュリーっていう人は……フランドールさんの、お友達……ですか?」
「そうね。お友達……というには向こうが割とツンツンしてるけど。魔法を教えてくれたりしてもらっているわ。どちらかというと師匠? でもあんな陰険ニートを師匠扱いしたくないかなあ」
「そうなんですか?」
「そうよ。パチュリーってば、いくらここが吸血鬼用のお屋敷だからって図書館の灯りまで暗めにする必要なんて全然ないのに! あれだと私の眼が悪くなっちゃう」
「へえ。図書館って暗めなんですね」
「そうなのよ。それを言ってみたらなんていったと思う? 『目は悪くならないわ。暗闇の中で本が読めるように、進化するのよ』だって! 私知ってるわよ、進化ってそんな短期間で起きるものじゃないって!」
フランドールの子供じみた愚痴話にレイサは言葉を返していく。
その首筋には冷や汗をかいていて、内心ビクビクしまくっている。
どこまでがこの吸血鬼にとって聞いていいラインなのか、レイサには分からない。
レイサは傍から見れば元気溌剌で不思議な印象を受けるかもしれないが、その実態は他人との距離感を測れない、友達との付き合い方を知らない無知な少女なのだ。
自分の目の前にいるのが吸血鬼。
レイサはその恐ろしい現状でうまく口が回らなくなっていく感覚がするのだ。
それでも、レイサは怖気ないでフランドールと対話を試みる。
そうするべきだと、レイサは心のどこかで思っていたから。
この少女が扉越しに呟いた言葉、あれが胸に引っかかっている今は、絶対しないといけないと、そうレイサは感じたのだ。
フランドールはテーブルに突っ伏して、溜息を吐いた。
「あーあ、あとお姉さまの他に頼れそうなのは咲夜だけかー……」
「咲夜というのは……?」
「メイド長なのよ。とても有能で、お姉さまの傍にいる許可を頂いているわ」
「メイド長……!」
チルノと大妖精が言っていた、不思議な力を持っているであろうメイド。
おそらくその人のことだろう。
ちなみにチルノと大妖精は椅子に座ってから今の今まで、おとなしく身動きすらしていない。
大妖精はともかく、チルノが動こうとしないのはよっぽどだった。
吸血鬼からお茶会のお誘いを受けて、断れるだけの勇気はなかったのだろう。
二人はティーカップに指を付けず、膝に手を置いたままで身体は震えていた。
「咲夜と戦う人は可哀そうだね。咲夜の力なんて、簡単に対処できるものじゃないんだから。初見殺しもいいところよ」
「その力って、いったいどんなものなんですか?」
「時を止める力よ」
「え……えええっ!? 時を止める力ですか!?」
叫ぶように言った直後、さすがに声が大きすぎたかとハッと感じてレイサは口を手で塞ぐ。
フランドールはその言葉に一瞬呆気にとられたが、その後面白いものを見たかのように笑った。
「そうね。それぐらい変なことなのよ。ただの人間が時空の操作権を手に入れるなんて」
「……」
「でも……止まった時間だからこその突破法もある。そう私は思うのよ」
「……」
「さっきの大声。あれがあなたの素なのね」
「そ、それは……大きい声で、ごめんなさい」
「いいわ、気にしてないもの。──むしろ、新鮮過ぎて驚いたの。そんな風に応えてくれる人、ずっと見たことがなかったから」
そう言って、フランドールは静かに紅茶を飲んだ。
その所作自体はまさにトリニティでも通用するレベルの優雅さだ。
それなのに……フランドールのもろもろの所作からあふれるこの違和感はなんだろう。レイサは不思議に、不穏に感じる。
トリニティの生徒会、ティーパーティの一人にはフランドールのように子供らしい一面があったというが、それでも心に強い意思を持っていた。……ゲヘナ許すまじというものではあったが。
だが、目の前にいるフランドール・スカーレットには……ティーパーティのような高貴な印象も、妖精たちのような子供らしい印象も、どちらもあって、それでいて、それでいて、何かが足りない感じがした。
まるで割れた鏡のように、フランドールには何かが欠けていると、レイサは感じてしまっていた。
「銃弾、当たりません!」
「あの女、回避能力も半端じゃないぞっ!」
「くっ……」
「いやー……」
面倒な相手だと、イチカは目の前に先ほどまでいたメイド、咲夜をそう感じる。
「また時を止めたっすね!」
「今度は背後から……っ!」
咲夜は飛び交う銃弾を優雅に躱しながらナイフを投げて、そして時を止めて背後や廊下の角といった死角に隠れ、そこからまたナイフを投げていた。
ナイフのダメージは単体ならどうということはない。正実の特訓で鍛えられた防御力ならその程度怖くはない。
だが、それが何回も死角から迫ってくるのは恐ろしいものであった。
周囲を警戒しながら咲夜のみを狙い続ける。
その行動が正実のメンバーに想定以上の疲弊を強いていた。
「無様な物ね、いかに強い武器を使っていたところで、狙わなければ当てられないのだから」
「くっ、舐めるな!」
部員の一人が時を止めて移動した咲夜に狙いを澄まして一発を放つ。
しかし、そこにいた咲夜は虚空に消え、また別の地点から姿を現した。
「それに代わって私は別に狙う必要なんてない。無駄のない余裕。私とあなたたちにはこれほどの差があるのよ」
次に現れた咲夜の頭上に浮かんでいたのは、正実たちに切っ先を向けたまま空中で静止しているナイフの山だった。
その数、優に50本を超えている。
「総員、個室に退避を!」
ハスミの言葉により、すぐそばにあった部屋の扉を開けて、部員たちはそこに逃げるように隠れていく。
「ハスミ先輩は!?」
「私は耐えます!」
「無茶言わないっすよ! ハスミ先輩が一番ダメージでかいんすから!」
ハスミは翼で自身を守る姿勢になるが、その翼は投げられたナイフによりズタズタになっていた。
他の正実の部員を死角から投げられたナイフから庇ったダメージだ。
「しかし、入り口を守らなければ──」
「そんなのこれに任さればいいっすよ! ほら!」
まもなくナイフがやってくるという直前にイチカはハスミを何とか部屋に押し込め、扉を閉める前に発煙筒を投げ捨てた。
扉の向こうからは何十本ものナイフが床と壁に刺さる音と、発煙筒が煙を吹く音が聞こえてきた。
「危なかった……」
「ですが、このままでは削り倒されるばかりです。何とかしてこの場を抜け出さなければ──」
「あんまり逸らないことっすよ。ハスミ先輩」
イチカが焦るハスミを止める。
「きっとメイドも焦ってるんすよ。全然やられない私たちに。さっきの攻撃なんて、最序盤にやっとけばあっという間に私たちは瓦解しそうな物だったのにそれをしなかった。それは、私たちの実力を見誤っていたからに過ぎない。そう思うっす」
「それでも、形成は未だ不利のままですよ。何かしら逆転の手段がないことには」
「あるっすよ、逆転の一手なら」
「本当ですか? イチカさん」
イチカは咲夜の行動についてただ神出鬼没な存在としてではなく、その仕組みを見極めようと観察していた。
その結果、気が付いた一つの可能性。
イチカはそれを説明して、大きな賭けに出ることを提案した。
「それは……そんなことをしてしまえば、私はともかくみんなが危険です!」
「いいえ、やりましょう副会長!」
「このまま何もできずにやられたくはないんですよ!」
「私たちも正義実現委員会だってところ、あのメイドに見せてやりますよ!」
「──あなたたち……」
「みんな、やる気みたいですよ、ハスミ先輩?」
「……分かりました。私も、その作戦を受諾します。──必ず成功を果たしましょう」
扉の向こう側では、発煙筒の煙が晴れていく最中だった。
咲夜はナイフを撃ちだした跡地を確認し、彼らが隣の部屋に逃げたことを把握する。
「無駄よ。いくら逃げたところで、私はあなたたちを狙い続ける……なぜなら、私は時間だから。時は何時でもあなたたちの傍に付きまとうのだから」
咲夜はナイフを回収し、扉に対峙する。
やることは簡単だ。扉を開ける。時を止める、ナイフを投げる。
もはや疲弊しきった彼女たちを追い詰め、チェックメイト一歩手前まで来ているのだ。
今更手を抜くわけにはいかない。
「さあ、あなたたちの無駄な足掻きに終止符を打たせてもらうわ」
咲夜は扉のノブに手をかけ、少しづつ扉を開いていく。
そうしていくと、扉の隙間から煙が漂い始めた。
「この煙は、先ほどの煙と同じ──」
咲夜は勢いよく扉を開ける。
そこは、四方を煙に満たされた密室と化していた。
灰色のスモークが壁から天井までを広く覆い、内部に隠れているであろう正実の部員の姿を綺麗に隠していた。
「(煙幕に身を隠して……でも、それも結局無駄なこと)──冥途の土産に見せてあげるわ、私が紅魔館のメイド長たる、その実力を!」
咲夜は懐から金色の懐中時計を取り出し、ボタンを押す。
その瞬間、懐中時計が止まり──同時に、世界も止まった。
「ザ・ワールド。世界を幻世に変える技」
そして。
「これが、私のメイド奥義!」
咲夜は部屋のどこに隠れていようとも、必ず当たるように計算された角度にナイフを中空へと投げ置く。
ピタリと静止したナイフの数は、百本を超えた。
「殺人ドール。360度どこに隠れていようとも、このナイフは必ずあなたたちを刺し貫く」
咲夜は優雅にスカートを持ち上げ、止まった世界の中でお辞儀をした。
「それでは、優雅に最後をお楽しみくださいませ──時は、動き出す」
そして、全ての世界の時は動き始めた。
止まっていたナイフは次第に元々あった加速度のままに加速を始め、部屋のいたるところを刺すために飛来を開始する。
このナイフの全てが部屋に刺さったその時、咲夜は『お掃除』を完了する。
その予定だった。
『──あのメイド、なんでナイフしか使わないと思うっすか? それはきっと、ナイフに刻まれていた文様がカギになってるっす』
『も、文様が? よく見えましたね……(私の視線からだとそんなの見えなかったですが……)』
『おそらくですが、本来あのメイドだけしか止まった時の中に入れないのだと思うっす。それ以外の物質は、なんであろうと止まっていて、外部の影響を受けない。恐らくそれが止まった時の世界。だから今メイドはここに攻め入れないんすよ。煙幕がまだ張られてあるから』
『止まった時の中では、煙幕を払えない、と?』
『たぶんそうっす。そしてそれこそが、あのメイドを攻略する大ヒントなんっすよ』
瞬間、咲夜の視界が橙色に染まった。
耳に入ってきたのは轟音、体で感じるのは大量の熱と風。
それから導き出される答えは──爆弾。
「煙幕の中に、爆弾をっ!?」
「今っす! 総員、撃てっ!」
そしてその一瞬を狙っていたかのように、正義実現委員会は爆風によって勢いを失い落ちゆくナイフの雨の中、煙幕から飛び出して銃により咲夜を撃っていく。
爆発に巻き込まれた結果軽くない怪我を負いながらも、イチカの神秘のサポートによって威力を増した弾丸が咲夜を襲う。
咲夜はとっさに結界を張り、防御を行うが──咲夜は結界に関しては不得手な方。
「バカな……こんな、ことがっ!」
「あんたの最大の敗因は、たった一つっすよ!」
「──あなたは
そしてハスミの神秘によって7.7x56Rmm弾丸はアーマーピアッシング弾へと変容し、咲夜の結界を穿つ一発の正義の弾丸となった。
その衝撃は咲夜を吹き飛ばし、廊下の外へ、屋敷の外の庭園へと落ちていった。
「……そう、咲夜もやられてしまったのね」
「……結局こうなるのね。分かりきっていたことだけど、望むような運命にそう都合よく成るわけない」
「……最初から、わかっていたことだったのに」
「やはり、信じられる運命は……私が創り出さないといけない」
「待っていて、フラン。……今からあなたが、笑える幸せな吸血鬼の世界を作ってあげるから」