だいぶ遅くなってしまったが、シスターフッドと救護騎士団が紅魔館に増援として攻撃を開始した。
これにより、紅魔館の戦いにおける勢力は一気に好転を始め、トリニティの勝利は目前近くにまでなっていった。
「大丈夫ですかー?」
「あ、セリナ先輩、ハナエさん、こっちです」
「マシロさん、よかったあ……無事で」
「私は無事……なんだけど」
「はい?」
「げほぅ、ごほっ、ごほごほっ」
「パチュリー様! お気を確かに!」
「ううっ……小悪魔……薬……薬、は……」
「探しましたけど在庫が切れてましたよパチュリー様! 紅霧や他の魔法の生成と研究に夢中で調薬をサボってたんですよねパチュリー様!?」
「…………げほっ、ごほっ、ごほっ!!」
「パチュリー様あああっ!」
「あっち、何とかしてあげてほしいかな」
「わかりました、ハナエ、行きましょう!」
「はい、セリカ先輩! これも『救護』ですね!」
「ハスミさん、ご無事でしたか……!」
「サクラコさん。ええ、なんとか……」
「翼が……なんてことに……!」
シスターフッドの増員により、紅魔館の約50%の制圧が完了している。
この攻勢の状況下でも負傷者は多く、正義実現委員会の半数以上が軽傷、2割は戦闘続行が不可能な負傷を負っていた。
紅魔館のホールでは、臨時の拠点が仮設され、そんな負傷者たちの治療をおこなっていた。
「私のことは平気です。それより、ツルギは」
「ツルギさんは神秘の解放による後遺症で門前に建てたテントで一時療養中です」
「そんな……ツルギ、あなたがいなければ吸血鬼への決め手が……」
「イチカ先輩……すいません、私たちはこれまでのようです……」
「うんうん、むしろ今までよく頑張って私たちと戦ってこれたっすよ。すごいっす」
「帰ったら……新発売のパフェ……食べたいな……」
「割と余裕あるじゃないっすか。奢ってあげるっすから、そんなこと言わないでほしいっすよ」
「ハスミさん、その吸血鬼との戦い、私たちシスターフッドが全面的に協力します。この戦いは必ず決着を付けなくてはいけないのですから」
「……もちろんです。吸血鬼異変の二の舞には、必ずさせないために」
吸血鬼異変がもたらした、甚大に成りえた被害。
それは二度と引き起こしてはならない災害の小波。
その同じ意思の下、ハスミはサクラコと手を組んだ。
その瞬間、紅魔館の入り口の大きな扉が勢い良く開いた。
「何事ですか!?」
「あれは……」
「もう……敵がこんなに……」
まるで殴り飛ばされたかのような激しい衝撃を共に開いた扉の向こうから、紅い霧と共にそのふらつく身体を引きずって、咲夜は屋敷内に戻ってきた。
「なんていう執念……!」
「倒さなくては……お嬢様の負担を……減らす、ために……!」
咲夜はおぼつかない動作で、息を絶え絶えにしながらも、ナイフを構える。
その傷を受けた身体では、もはや歩くことさえ厳しいだろうに──ハスミはその忠義心の深さに驚愕する。
だが、目の前にいる咲夜は時を止めるメイドであり奇術師でもある。
例え負傷していても、彼女の力を使えばここにいる人々を半数近く処理できてしまうだろう。
それを防ぐため、ハスミは銃口を咲夜に向ける。
「エターナル──「救護っ!!!」」
しかし、咲夜の頭上からのしかかる様に背後からシールドでのプレスをミネが行い、咲夜の時止めを停止させた。
「なんて無茶を。そんな体で戦おうだなんて」
「離しなさい! この……」
「あなたが今最も行うべきはその怪我の治療です。それなくしてお嬢様の援護などできるでしょうか」
「……それを決めるのは私だ!」
「……どうやら、あなたにはしっかりとした救護が必要なようですね」
治すために、壊す。
それを是とするミネは咲夜の救護を迅速に行うために更なる救護の一撃を見舞おうとしたが、それをハスミが静止した。
「待ってください、ミネ団長。そのメイド長には聞きたいことがあります」
「あなたは……」
「これから私たちが戦う吸血鬼。その能力を教えてください」
「お前たちが、お嬢様に勝つと言うのか……!?」
「もちろんです。勝たなければ、トリニティ自治区は永遠に紅い霧に包まれるのなら、私たちは戦います。正義実現委員会として……トリニティの生徒として」
ハスミの論弁に対し、咲夜は嗤う。
ふふふ、くくくと、認めないと嗤った。
「あなた達にお嬢様は倒せないわ! お嬢様は運命を見通す高貴なるお方! すでに、あなた達の運命はお嬢様の掌の上にあるのよ!」
「運命を……?」
「あなた達のような軽い人生を送る人間が──お嬢様の理想の運命を妨げることはできないのよ!」
「──やめなさい、咲夜。それ以上、その者たちへの罵倒をするのは」
咲夜の言葉を窘めるように、大きくもそれでいて落ち着いた声が、屋敷中にいる人々に聞こえた。
一体どこからと見渡してみるも、四方には他の人影はなく、紅い霧が周囲を漂っているばかり。
「いえ……この紅い霧から!」
「お嬢様……」
「こんなになるまで無茶をして……下がりなさい。もうあなたの助けはいらないわ、咲夜」
「そんなこと! 私は──」
「咲夜」
「あ……」
「……お願い」
「──……分かり、ました。ご武運をお祈りしています」
長い葛藤の末に、咲夜は優しく伝えるお嬢様の意見を聞き入れ、一瞬のうちにミネの拘束を解き、このホールから姿を消した。
「──っ!? まだ、動ける余力を……」
「放っておきなさい。今はこの声に用心するべきです」
「あなたがこの異変を引き起こした吸血鬼で間違いないですか?」
「ええ。私こそが
敵意を見せる刺々しさを隠さずにいながらも、優雅さを醸し出す明るめな声色で、レミリアという吸血鬼は語る。
「さて……あなた達、よくもまあ、この紅魔館をここまで好き放題荒らしてくれたわね」
「どの口が言いますか……!」
「先に荒らしたのはあなた達の方です。このトリニティ自治区への紅い霧による環境被害。到底許せるものではありません」
「そう……でも、仕方のないことなのよ。だってここ、今は冬だって言うのに夜が短いのだもの」
「そんな理由で」
「そもそも今は冬は冬でも春に近づいているっすから、当然夜は短くなりつつあるっすけど」
「こんな世界じゃ、私たち吸血鬼が優雅に暮らすなんて夢のまた夢よ。だから、あなた達から空を奪うのよ。私の象徴でもある、紅い霧で!」
「それがどれだけの被害を生んだと思っているっすか? トリニティの農業地区の約70%がその機能を大幅にダウンせざるを得なくなって、春先に行うはずだった農作を一時中断せざるを得なくなったんすよ?」
「そう。でも私、小食なのよ。このあたりの食材の70%も食べられないわ」
「我儘っすねえ……」
「その我儘で一体どれほどの市民を困らせたと思ってるんですか!」
ハスミの怒りを含んだ質問に対し、レミリアは当然のようなあっけらかんとした口調で答える。
「あなたは今まで食べたパンの枚数を覚えているの?」
「13枚、私はヘルシーな和食派ですので」
そう、ハスミは日々をその大きすぎる身体の減量に注ぎ込むダイエット家。
カロリーの塊のようなスイーツだらけの洋食なんて食べるわけがない。
そんなハスミの最近のトレンドは和食。そのヘルシーさに目を付けて、最近の学食はもっぱら和食一択だったりする。
「──本当っすか? 確かこの前、見回りが夜のスイーツ店で美味しそうにワッフルを4枚も食べるハスミ先輩を見たって報告が……」
「シスターフッドからも、あなたが夜のトリニティ自治区で限定品のサンドイッチを美味しそうに3つほどを一気に頬張る姿が目撃されてますけど……」
「ほ、本当です!」
しかし、和食ではお腹が空いてしまう。
それに誘惑をかけるように洋風のスイーツは美味しいのだから食べてしまう。
ハスミは食べ盛りの女の子であった。
「──もう話すのも疲れてきたわ。さあ、時計塔を昇って来なさい」
レミリアが軽くため息を零しながら言うと、紅い霧が一斉に動き出す。
まるで操られているかのように、ぞろぞろと一か所に向かって動き始めた。
紅い霧がホールの何もない壁に集合すると、たちまち紅い霧は姿を変え、大きな扉の姿を露わにした。
「扉が……。隠されていたのですか」
「さあ、いらっしゃい……ふふふ」
まるで子供のような幼い笑い声を最後に、レミリアの声は聞こえなくなった。
ハスミとイチカ、サクラコとミネは扉の前に集まる。
「……どうするっすか?」
「もちろん行きますよ」
「ツルギ先輩を待たなくっていいんすか? ツルギ先輩のことですから、そんなに時間をかけずに復活すると思うっすけど」
「あなたは怪我人に戦えと言うのですか?」
「いやそんなことはないっすけど」
「ツルギさんは確かに自然治癒速度が高いですが、それでも現状は安静にしておくべき身です。少なくとも現場に残した団員たちがOKを示すまでは、絶対に」
「……あのツルギさんがそんなものを受け入れるとは到底思いづらいですけどね」
「その時は──私が殺してでもベッドに寝かせます。神秘の解放は、それほどに重い負担なんですから」
その言葉は、先ほど神秘を強めに使ったハスミとイチカにも矛先が向けられていた。
神秘の解放は効果こそ大きいが、代償として還ってくる反動が大きく、平常運用は一切敵わない諸刃の剣。救護騎士団的には使うことを認めていない、違法な戦法なのだ。
「そういえば、マシロさんは──」
「先ほど図書館へと向かわせたハナエさんとセリナさんがマシロさんを発見したと通信がありました。大した怪我も負ってなく、今こちらに向かっているとのことです」
「マシロは無事でしたか……よかったです」
「それじゃあ、マシロさんが来たらこの扉を開ける。その算段でいいっすかね?」
一同は頷く。
それから数分後、マシロが元気な姿で駆けつけ、現行のトリニティ最高戦力が終結した。
共に思うことは一つ、トリニティを守るため。
その意思を抱きながら、5人は扉を開き、時計塔最上階へと続く螺旋階段を昇り始めたのだった。
「い、今の声は……」
「……お姉さま。そっか、咲夜もやられちゃったんだ」
当然よね。
咲夜は自らが奇襲に向いているからこそ、初撃で倒せなくなってしまったらそれ以降での攻撃が弱い。
そのタイミングで向こうからどんな形でも奇襲をされてしまえば、 あっという間にやられてしまうのは当然だった。
「親切に言ってあげたのに、直さなかったなんて……」
目の前では今の声──伝達の魔法の応用技術に戸惑っているレイサの姿。
「落ち着いて、むしろあなた達からすれば戦況はいい方向に進んでいるのよ」
「そ、それはそうみたいですけど!」
「──でも、最後にはみんな負けちゃうかもだけどね。お姉さまは、強いから」
その言葉に、レイサはポカンとした顔をして、その後、フッとにこやかなほほ笑みを見せた。
「そのお姉さんのこと、信じているんですね」
「……信じる? 私が?」
「違うんですか?」
信じるって、何?
相手のことを分かればいいの?
相手のことを知った風にすればいいの?
相手のことを何から何まで肯定すればいいの?
そんなのじゃ、ない。
私とお姉さまの関係は……そのはずだ。
「私にとって、お姉さまは一番吸血鬼として誇らしい……カリスマを持っている。それは信用とか信頼とかじゃなくって、ただ一つの真理なのよ」
「だからそれのことを信じているって言うのでは……?」
「え……」
「どんな形でも、その人ならこうするだろうなって思えるのは、きっと、信じているってことだと私は思いますよ」
「…………おかしなことを言うのね。吸血鬼に信用なんてないでしょうに」
「だから、信じさせてください!」
「信じ……させて?」
「はいっ! あなた達吸血鬼が、どんなことをするのが普通なのか、どう接するべきなのが普通なのか! ぜひとも、教えてください!」
「……知らないと、だめなの?」
「ええっ! なぜならっ! 私は、あなたたちのことを何にも、知りませんから!」
「知らない、から……」
「知らないから、知りたいんです。吸血鬼とのふれあい方を。吸血鬼と──友達になる方法を」
「……正気? だって、吸血鬼だよ?」
その問いに、レイサは笑顔で答える。
まるで吸血鬼を怖がっていないとでも言いたげな、満面の笑みで。
「だって、私は現にこうして妖精とも友達になりましたから! ねっ、チルノちゃん、大妖精ちゃん!」
「は、はい……」
「お、おう……」
「……そう、変な人なのね、レイサは」
「えっ、き、気持ち悪かったですか? すみません……」
「そこまで言ってないから心配しないで」
……あ、紅茶がなくなっちゃった。
代わりのティーパックなんかもないし、お茶会はこれで終わりかなあ。
「そういえば、さっきフランドールさんはお姉さんが勝つって言いましたけど、私はそうは考えていませんから」
「え……」
「だって、みんなに迷惑をかけた人が勝つなんて、あり得ないじゃないですか。最後は何があっても、正義が勝つんですから!」
「……正義」
──あなたたちの掲げるその『正義』には、私たち吸血鬼の『正義』は含まれていないんだよ。
その氷のような言葉は、呟こうとしても、叫ぼうとしても……決して、喉元から出ようとはしなかった。
まるで、何かが引っかかっているかのように。
……なんで?