時計塔の螺旋階段を昇った先、大きな時計盤の裏側にたどり着いた。
いくつもの歯車が噛み合い、チクタクと時計らしくも大きく時を刻む音が螺旋階段中に響き渡っていた。
「吸血鬼はどこに……」
「こっちよ。いらっしゃい」
声は時計塔の外へと繋がる扉から聞こえてきた。
「この扉……構造が確かなら、もう屋敷の屋上でしょう」
ハスミは腕時計で時間を確認する。
時刻はすでに19時を回っており……この時期だともう日は沈んでいる頃合いだろう。
紅い霧によって空は包まれているとはいえ、日光を浴びせて倒す戦法は使えない。
やはり真っ向から打ち倒すしか策はないのだろう。
「──行きましょう」
ハスミの言葉に他の4人は頷く。
その意思を受け取ったハスミは、勢いよく扉を開けた。
そこは紅魔館の屋根の上で、紅色に染まった満月の空が浮かび上がっていた。
その月光の下に佇む、優雅ながらに威圧感のある少女の影。
「綺麗な月夜ね。硝煙臭い空をしているかと思っていたけど、そんなことはなかったのね」
「あなたが──吸血鬼、レミリア」
「ええ。こうして顔を合わせるのは初めてね。いかにも、私がレミリア・スカーレットよ」
淡いピンクのドレスに同色のモブキャップ。
それらを印象強くするような、赤色のリボンがそれぞれに付けられている。
背中には蝙蝠のような、悪魔のような、吸血鬼らしい羽が付いており。
紅い空でも映えるような、水色のショートヘアーを夜風に靡かせ、髪の隙間から紅い瞳を向けていた。
「時にあなたたちは、この紅い月を綺麗だと思わないかしら」
「不気味ですね。今まで見てきた月の浮かぶ空とはまるで違いますから」
「ちょっと赤みが強くて見てられないっす」
「夜空を紅色に染め上げるその独創性には感激しますが……少々近所迷惑です」
「正義に相反した行いですので、嫌いです!」
「仮に染め上げるとしても、もう少し救護をしやすい明るい色にはできませんでしたか?」
「多様なご意見、ありがとう。でもみんな一貫してこの空は嫌いなのね」
「先ほども言いましたが、あなたはこのトリニティ自治区の農作に強い影響を及ぼすほどの異変を行ってるっす。それほどの行為で出来た月夜を、綺麗だなんて言えないっすよ」
「そう……」
レミリアは月を見上げる。
紅色に染まった満月は、夜空をより紅色に染めている。
その光景は、レミリアにとってとてもとても、美しいと思えた。
「私は好きなのだけどね。この空」
「この空も、トリニティ自治区も、あなたの好き勝手にはさせません」
「ここは私の城よ? そしてこの空は私の城の真上にある。つまり、ここ一体の空の所有権は私の物なのよ」
「そんな屁理屈言っても、現に自治区全域に紅い霧が充満してるじゃないっすか。それはどう説明する気で?」
「見過ごせないでしょ? 先の吸血鬼異変で、あなたたちは吸血鬼より強いと驕ってしまっている。そんな現状、烏滸がましくって許せなくって──だから解らせてあげるのよ。──私たち吸血鬼の、本当の実力を」
レミリアはそう言って、空に浮かび始める。
パチュリーも使っていた魔法だとマシロは認識し、そして先ほどから感じていたこの鋭い威圧感から、レミリアという吸血鬼が強敵なのだと悟った。
その姿を見て、生徒5人も同じように武器を構え始める。
「……相当な覚悟ですが、ここはトリニティ自治区。苦しんでいる人々を作ってしまったからこそ、あなたには徹底的な『救護』が必要なようですね」
「──私を倒せると?」
「倒します。どんなに強大な敵であろうとも、私たちはトリニティを護る者ですから。行きましょう、皆さん」
「へえ……こんなに月が紅いのに──」
レミリアは5人の覚悟を決めた瞳を見た後、月を見上げて呟く。
それに返すように、ハスミは言う。
「……こんなに月が紅いからこそ──」
「……楽しい夜になりそうね?」
「──厳しい夜に、なるでしょう!」
その一言を最後にレミリアは魔法の弾幕を放つ。
紅色の巨大な弾幕の間を埋めるように放たれる青色の弾幕を前に、5人はそれぞれの手段で弾幕を避けていく。
走り避け、跳び避け、撃ち壊す。
各々が持つやり方で弾幕を攻略していき、それぞれの愛銃がレミリアに火を噴く。
当然レミリアは弾丸を魔法の結界で防ぐ。
「あの感触……やみくもな射撃では破壊できそうにありませんね」
「彼女の隙を見つけ一斉攻撃、これ以外に攻略法はないと思う」
「それができれば苦労しないんすけどねえ……!」
「ずいぶんやるのね。さすがは吸血鬼異変時に妖怪を一番多く倒していた学園の生徒。その実力は割とあるのね」
「当然です。あなたのような吸血鬼に倒されるほど、私たちは甘くはないですよ」
「ふふふ、そうかもしれないけど、あなたたちはちょっと勘違いしてそうね」
「何をです?」
「今私が使っている力は、まだ全体の1割にも満たされていないのだから」
「それは──!」
「サクラコさん、危ないっ!」
瞬間、魔法により巨大なレーザービームがサクラコへと放たれる。
サクラコを庇うためにミネはシールドを構えて前に立ち、レーザーを防いだ。
「ミネ団長、感謝します」
「気にしないでください。それより──」
「見せてあげるわ。吸血鬼の力を!」
レミリアはそう告げ、周囲に複数の青色の魔法陣を展開した。
そして手のひらからレーザーを放ち、魔法陣に当てると──たちまち、レーザーは幾筋にも分裂と反射を行い、それが魔法陣の数だけ繰り返された。
レミリアの至近距離にいる5人にはわからなかったが、そのレーザーの形状は六芒星。ヘキサグラムと呼ばれる形だった。
「レミリア。お前は将来、王になるのだ」
レミリア・スカーレットの人生。
それは悪魔であることから始まった。
どこかも覚えていない、薄暗くて陰気な屋敷で産まれ育ったレミリアは、ことあるごとに周囲からそう呼ばれ、畏怖された。
「きゅ、吸血鬼だ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
「誰か助けてー!」
吸血鬼であるということ、吸血鬼でいるということ。
レミリアは僅か2ケタにも満たない齢で、自分がどれほど高貴で畏敬の念を払われる存在なのかを悟った。
「レミリア。お前は紅の王になるのだ。紅の夜の王になるのだ……!」
そうしてレミリアの覇道は始まった。
人間という愚かなるスターオブダビデの悉くを支配する者として。
──幼きデーモンロードの、一歩目を踏み出した。
「…………」
「吸血鬼が出たぞ!」
「血を啜りぬかれて殺されてしまうぞ!」
「落ち着け! 教会が助けてくれるはずだ!」
そう泣き叫んだ者たちは、あっという間に命を終えた。
レミリアは無数の屍を見た。
その屍を赤色で染めた。
レミリアは血を吸い飲むことが苦手だった。
せっかく着た、綺麗なドレスは赤色に汚れてしまった。
誰かから聞いたことがある。
吸血鬼に殺された者の魂は、決して天には還らない。還ることができないのだ、と。
地獄に堕ちて、無数の苦しみを味わうのだろう、と。
彼らは、紅色の冥界で、千本の針の山に刺され苦しむのだろうか。
「…………」
吸血鬼の始祖、ブラド・ツェペシュ。
彼が自分たちスカーレット家の先祖であり、自分たちは由緒正しき吸血鬼の本家なのだと、誰かは言った。
だが、彼が遺した呪詛──ブラド・ツェペシュの呪いは一族を吸血鬼として更なる強みを与えたが、それと同時に吸血鬼としての強い制約を課せられることになった。
それは、日光の下を歩けない、という呪い。
歩いてしまえばたちまち皮膚は焼け、灰と化してしまう呪い。
「わーい!」
「待て待てー!」
「きゃははは……」
レミリアは日の下を歩けない。
翼を隠し、都市を見て回るこの行為にも、分厚い日傘が必要だし、服も暑苦しくてたまらない、厚手の物にしなければならなかった。
「…………」
──それを見て、レミリアは……
「……そんなこと、ありえないのよ。吸血鬼幻想なんて、そんなもの」
「ここまで耐えるなんてね。さすがと褒めてあげる」
「はぁ……はぁ……う、ううっ」
「イチカ、マシロを連れて下の階へ」
「……すいませんっす、お先に撤退させてもらうっす」
無数の弾幕、無数のレーザー、それらによって戦闘が続行不能になったのはマシロ一人だけだった。
だがマシロもただでは倒れずに、被弾する直前に自身の神秘を総動員した一撃をレミリアに撃ち放っていた。
レミリアは被弾した左手を見ると、そこには十字の痣が刻まれていて、自らの妖力を流せなくなっていた。
少なくともマシロは、自身のやるべきことを成し遂げたのだった。
「……むしゃくしゃしてきたわ。こんな人間風情に良いようにあしらわれるなんて」
なぜ今、あんなにも昔の出来事を思い出したのだろうか。
左手は何かの暗示とでも言わんかのようにズキズキと痛み始めた。
その痛みを知らんものとするかのように、レミリアは右手に妖力を集め、槍を作り出した。
紅色の槍。
迸る光が作り出した槍を構え、レミリアは巨大な魔法陣を目の前に展開する。
その光景を見たミネは、戦いの衝撃によりヒビついてしまったシールドを構えて大地を強く蹴った。
「私が突貫して隙を作ります! そこを狙って集中砲火を──!」
「ミネ!?」
ミネの突貫を、レミリアは槍で抑えて防ぐ。
「ずいぶん焦ってるね。怪我人が出たからかしら?」
「……それは、あなたの方ではないですか?」
「なんですって?」
「先ほどまで下等だと思っていた人間からの攻撃で左手を封じられたあなたこそ、焦っているのではないですか?」
「……私が、焦っていると? 100年も生きてないガキ風情が生意気なことを言うわね……!」
レミリアがミネをシールドごと弾き飛ばし、今の隙を狙って放たれた銃弾を空へと飛翔することで回避する。
「(焦っている……はずがない! 私がこのような負傷で焦る──はずが、ない!)」
「レミリアさん……やはり、あなたは……」
「ミネ団長! 無事でしたか!?」
「ええ、ですが……思っていた通りでした」
「はい?」
「やはり私はレミリアさんに……より強烈な『救護』を行う必要があるようです」
「私は吸血鬼だ。吸血鬼として、誇り高き姿を……見せなくては!」
レミリアが魔法陣に力を注ぎ、魔法が発動する。
スカーレットマイスタ。
大量の紅色の弾幕がまるで大砲の砲弾のように、一直線に放たれる。
吸血鬼としての素質が作り出した弾幕魔法。その制圧範囲は尋常ではない。
「避けきれないっ……、各自、防御を!」
「……」
「ミネ団長、あなたも向こうの屋根の傾斜へ。そこが恐らく一番安全な場所ですから」
「……いえ、そこにはお二人だけで向かってください」
「はい? 今なんと──ミネ団長!?」
ミネは足元に強く力を籠め、青き翼を広げ、そのヘイローを金色に輝かせて──紅色の弾幕へと、突貫した。
シールドは先ほどの攻撃時に全損したため、生身での突貫となった。
弾幕に当たり、ぶつかり、そのたびに小さくない負傷を負いながら、レミリアの下へと飛んだ。
レミリアはそんなミネの姿を確認して苛立ちを隠さずに言い放つ。
「──またお前か!」
「あなたには『救護』が必要だと判断しました。それも、相当に重い『救護』を」
「いい加減しつこいわね……とっとと落ちろ!」
レミリアは至近距離まで飛んできたミネに対し、紅い槍で攻撃を行う。
ハスミとサクラコはその光景は下から見ていた。なんて無茶なことを、と両者ともに思いながら。
ミネはレミリアの槍を躱し、その柄の一部を掴んで離さずに、レミリアにその真っすぐな黄緑色の瞳を向けた。
「あなたは……自分を見失っています。吸血鬼のあなたと子供のようなあなたの二種類があなたの中に混在しています。あなたが苦しめば苦しむだけ、その二つの自分は軋轢を生じさせている」
「……そんなことがあるか……私は私だ! 他の誰でもない、レミリアは私だ!」
「レミリアさん、あなたは大切なことを忘れているのではないでしょうか! ご自身の人生の中で失ってしまった、大切にしておきたかった願いが!」
「黙れっ……!」
「レミリアさん、あなたは──人間と、友達になりたかったのではないですか!?」
「ねえお姉さま。どうしてお姉さまはそんなに──寂しそうなお顔をしているの?」
「……そんなこと、あるわけがないっ!」
レミリアはミネを吸血鬼のパワーで引きはがし、屋根へと投げ飛ばした。
ミネは神秘を解放した反動で動くことが難しい状態に陥っていた。
「ミネっ!」
「なんて無茶を!」
「私は、私は吸血鬼として──1人孤独でも、誰も味方でなくとも、フランのために、王にならなくては──ならないのよ!」
「ハスミさん……サクラコ……さん」
「ミネ……」
「忘れないでください……彼女は『救護』が必要な……患者、です。──然るべき場所に、迅速な、『救護』……を……」
「ミネ団長……畏まりました」
ミネは負ってしまった深いダメージの結果、気を失ってしまったが、最後に告げた言葉をサクラコは胸に受け止め、立ち上がった。
「彼女が──レミリアが、苦しみを抱えて日々を生きる迷える子羊であるというのなら……私は彼女を導いてあげようと、思います。例え、吸血鬼だとしても」
「サクラコさん……」
「協力をお願いします。ハスミ副委員長。──レミリアを止めて、この異変を──解決させましょう」
「…………はい、勿論です!」
「私は、この地に! 吸血鬼のための楽園を作る使命があるのよ!!」
「え……嘘……」
「どうしたんですか、フランドールさん……?」
「お姉さまの魔力が……限界点近くに……まさか、本気に……?」
「(お姉さまが本気を出すなんて……そんなにこの地の生徒さんたちは強いの?)」
「(……もしかしたら、お姉さま……いいえ、あるはずがない。そんなこと、あるわけがない)」
「(お姉さまは吸血鬼の頂点。吸血鬼の中の吸血鬼たるお姉さまが、負けるはずが……)」
「……心配なんですか……お姉さんが?」
「──! ……ちょっと、ね。今までお姉さまが本気になる場面なんてどこにもなかったから。でも大丈夫よ」
「お姉さまは、誇り高き吸血鬼なんだから」
「……私よりも、ずっと」