「ごめんなさいアル様、その命令だけは聞けません」
ガチャリとブローアウェイのハンドグリップを動かし、ハルカは私から一歩ずつ離れていく。
「私は……幸せでした、アル様」
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「カヨコちゃん、後はよろしくね」
トリックオアトリックのマガジンを交換し、息も絶え絶えになりながら鞄を抱えるムツキ。
「生きてね、アルちゃん」
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「先生、社長をよろしく。後始末は、私の仕事だから」
片手をポケットに入れながら、デモンズロアをしっかりと握りしめるカヨコ。
「ごめんね、社長」
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管に繋がれ、酸素マスクをつけた先生は、ピクリとも動ない。
「回復の見込みはありません……蘇生は、不可能かと」
そんな言葉が、ベッドの側に座る私の耳へと届いた。
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全部、全部私のせい。
社長である私がもっとしっかりしていれば、もっと強ければ、こんな事態は起こりえなかった。時折暴走してしまうけど、いつも私の後ろを歩いてきたハルカも。いつもからかってくるけど、ずっと昔から私の側にいてくれたムツキも。いつもため息ばかりだけど、便利屋のために奔走してくれたカヨコも。こんな私の夢に、笑わずに向き合ってくれて、寄り添ってくれた先生も。
失うことは無かった。
先生が寝転ぶベッドの脇で、私は一人、嗚咽を漏らす。
《便利屋の皆が、先生がいないこんな世界、滅んでしまえばいい》
一瞬、本当に一瞬だけ、私は心の中でそう呟いた。呟いてしまった。その時、体の奥底の方から、どす黒い何かが浮かび上がって来る感覚を覚えた
「色彩が、ベリアルと接触した――」
「我々としてはアヌビスとの接触を望んでいたが――」
「これもまた運命なのであろう」
私の頭の中に、不快なノイズが流れる。しかし私には、はっきりと聞こえてしまっている。
「イレギュラーの介入もあったが、色彩を引き寄せられたのは僥倖だった」
「司祭は神を崇めるがゆえ、「崇高」を所有できる」
「ここに新たな「崇高」を迎え――手に入れるのだ」
「すべての魂を「無意味」へと導く最悪の王―――」
「「ベリアル」を」
何かが来る。心の奥底から、黒い何かが沸き上がって来る。
「憎しみこそ、恨みこそ、悲しみこそ、憎悪こそ、悲哀こそ、絶望こそ、破壊に必要な感情だ。その衝動に身を任せるのだ」
「その姿こそ、悪党である。その悪事こそ美である。無差別な暴力が、理不尽な破壊が、無秩序な殺戮が、悪事を際立たせ、美しさを増幅する」
この声に耳を傾けてはいけないと理性が働く。しかし、そう思えば思うほど、反発するように本能は続きを欲している。
「さあベリアルよ、今こそ、今こそ破壊の時。不要となったこの世界を、破壊し、お前は本物のアウトローとなれ」
その言葉が響いた時、私の中ですべてが吹っ切れたような気がした。もう何もかもどうでもいい、皆が手伝ってくれた夢さえ叶えて、皆の元に行きたい。
「これからお前は「色彩」によって顕著した己の「恐怖」で、この世界をぬりつぶしていくだろう」
「それまで、死も安息も、休息も許されぬ」
「「色彩の嚮導者」と成り、あらゆる存在が無意味へと還るまで―――」
「すべての時空の「忘れられた神々」が消滅するまで――」
「―――破壊を繰り返せ」
私は、愛銃を手に取った。いつのまにか私のポケットに入っていた、逆さ五芒星の刻印された銃弾を装填し、皆殺した。
連邦生徒会もゲヘナもトリニティもミレニアムも百鬼夜行も山海経もヴァルキューレも、一人残さず全員殺した。その過程で私は、色彩すらも殺した。
「理解できぬ。我らの干渉が、色彩の干渉が消えたと言うのに、なぜお前はベリアルを名乗る」
「そもそもあの者の行為も理解できぬ。あの者は「崇高」も「恐怖」も「神秘」のいずれも有していない。色彩が無価値な存在に接触する理由などないと言うのに」
「そして、なぜそのまま消滅することが出来たのだ。理解できぬ」「理解できぬ」「理解できぬ」
「貴方達の理解なんて要らない。私はただ、先生に貰ったこの時間を、有効に使いたいだけ」
「驕るな―――!」
「お前は色彩の嚮導者に過ぎないはずだったと言うのに」
「その力を私欲のために―――」
「あら、知らないの? 悪党って言うのは、つかえるものならなんだって使うのよ、それが例え他人の力でもね」
そう言って、頭の中からノイズを削除した私は、最後の仕事に取り掛かる。
最後に一人、一番殺さなくちゃならない人物がいるのだ。
それは―――
――――陸八魔アルだ。