「ふふん、私たちにかかれば、こんなの簡単よ」
ご機嫌に髪をかき上げ、腕を組む便利屋68社長の陸八魔アル。その後ろでため息をつくのは、課長のカヨコ。
「簡単、ね……もうお昼過ぎてるけど……今日の朝までには終わらせるはずだったのに」
「くふふ~アルちゃんずっと任務中お腹鳴りっぱなしだったね?」
両手を後ろで組み、上目遣いでのぞき込む室長のムツキ。
「昨日の夜も、今日の朝も、何も食べてないですから……そんな中でも仕事を完遂してしまうなんて、流石アル様です!」
変な角度からアルを褒める平社員のハルカ。
「私も、もうへとへとだ……この後シャーレに戻って、ひと眠りしてから仕事に戻るとするよ」
そして、そんな四人で構成される便利屋68の経営顧問たる先生。
五人はDUシラトリ区の裏道を歩きながら、便利屋オフィスへと歩みを進める。
「先生もありがとう。先生の指揮のおかげで、今回の依頼を達成できたわ。今度ご飯でも奢ってあげるわね」
「はは、それはいいな。楽しみにしてるよ」
何の変哲もない便利屋の日常。無茶をしつつも依頼を達成し、貰えるのか分からない依頼料を回収しに行く。
こんな日常が、いつまでも続くと、五人はそう思っていた。
「ん? 何、あれ」
最初に気づいたのはカヨコだった。
依頼主の元へ行くため、廃工場の一角を抜けようとした時、突如空中に、赤黒い歪のようなものが生まれた。
「……歪?」
先生も興味深そうにその歪の方へと視線を向けた。
「……気を付けて、何か来る」
声を低くし、警戒心を高くしたムツキがそう警告し、銃を構えた。
それに倣って、他の三人も銃を構えるとほぼ同時に、歪は大きく揺らぎ、まるで空間にぽっかりと穴が開いたような漆黒を見せた。
五人が唾を飲んで見守る中、その漆黒から、一人の人影が姿を現す。
「……え?」
現れた人物の姿を見て、思わずムツキは銃口を下に向けた。
腰まで伸びたピンクの髪、真っ黒な肩出しのドレス。そして、一部が欠損し、赤黒く光るヘイロー。手に持つ銃は、くすんだ赤色のスナイパーライフル。
歪から現れた人物は、ゆっくりと目を開け、光の無い瞳で五人の姿をゆっくりと見渡す。
「ああ……皆」
ぼたぼたと、色の無い瞳から、大粒の涙が零れだす。
「っ!? 君!」
思わず先生はそう声をかけるが、彼女はゆっくりと歩き出し、一番前に居たハルカへと手を伸ばす。
「こ、来ないでください! 撃ちますよ!」
怯える様にハルカは銃口を向けるが、歩み寄る足は止まらず、そのままハルカの身体に腕を回した。
「うええ!? えええええ!?」
ハルカの表情には困惑と動揺が浮かぶ。
どうして自分は引き金を引けなかったの、どうして抱き着かれているのか、何一つ理解できず、ハルカはただ困惑する。
「ハルカ……」
抱きしめたまま、彼女はゆっくりとハルカに尋ねる。
「ハルカ、元気にしてる? 毎日は楽しいかしら?」
今にも消え入りそうな、かすれた声。その声に、ハルカは聞き覚えがあった。
「は、はい……アル社長のおかげで……」
返事を聞くと、彼女はそっと離れ、次にカヨコを抱きしめる。
「カヨコ、便利屋の後始末、大変じゃない? 疲れたりしていない?」
「う、うん。確かに大変だけど、嫌じゃないって言うか、それも楽しいから」
そしてムツキ。
「ムツキ……元気?」
「……まあ、ね」
そして先生。
ゆっくりと近づき、抱きしめるのではなく、彼女は先生の手を取った。
「先生、お疲れ様。クマが酷いわ、最近眠れていないんじゃなくて?」
「そう、だね。でも、全ては生徒のためだから」
「……先生らしいわね」
アル以外全てのメンバーと言葉を交わした彼女は、涙を拭い、天を仰ぐ。
「良かった、最後に皆に会えて」
しびれを切らしたアルは、一歩前に出て、彼女へと尋ねた。
「ねえ、さっきからうちの社員と経営顧問に、何をしているの? 貴女は、一体誰なの?」
しばしの沈黙の後、彼女は手に持ったスナイパーライフルを持ち上げ、答えた。
「私はベリアル、アウトローの王よ」
「アルちゃん避けて!」
ムツキの叫びは、コンマ数秒遅かった。
持ち上げたスナイパーライフルの銃口は、アルの頭を捉えていた。彼女はためらうことなく引き金を引く。
「アハッ、命中よ」
発砲音、鋭い飛翔音。吸い込まれるように銃弾はアルの脳天へと突き刺さる。
「アル!」「アルちゃん!」「社長!」「アル様!」
反動で後ろへと倒れるアルに追い打ちをかける様に、命中した銃弾が爆発した。
手から滑り落ちるアルの愛銃、ワインレッド・アドマイアー。仰向けになって倒れ込むアル。その頭上のヘイローは、まるで電池が切れたように、掠れ、姿を消した。
「あ、あ、ああ! 許さない許さない許さない許さない許さない許さない!」
ブローアウェイを構え直し、彼女へと走って行くハルカ。
「アル様を、よくもよくもよくもッ! 死んでください死んでください、死ね!」
目にもとまらぬ速さでブローアウェイを連射し、肉薄する。
しかし、彼女はそんなハルカの銃弾を避けようともせず、その身で受け止める。
「お願い皆、邪魔をしないで」
彼女はライフルのマガジンを交換すると、ハルカへ銃口を向け、引き金を引いた。
「あああっ!」
至近距離でスナイパーライフルの弾丸を受け止め、ハルカは思わず後退り、座り込む。
「ハルカ! ムツキ、援護して!」
「分かってる!」
血相変えてカヨコはデモンズロアをコッキングし、彼女へと向かっていく。その後ろで、いつもとは違い、全開の殺意が籠った瞳で、トリックオアトリックを乱射するムツキ。
「お願いだから、邪魔しないでよ!」
二人の攻撃も、彼女にダメージを与えることは叶わず、逆に返り討ちにされる。カヨコはハルカを庇うように膝をつき、ムツキは、アルを抱える先生を庇うように立ちふさがる。
「私の殺したい相手はただ一人、陸八魔アル。その愚か者さえ消去できれば、私は他に何も望まない。貴方達を傷つけたくはないの」
アルを庇うムツキへと銃口を向ける彼女。
「はっ! アルちゃんが愚か者? バカにしないで!」
対抗するようにムツキも銃口を向ける。
「確かにドジでお調子者で、不器用で抜けているところもあるけど、アルちゃんは愚かなんかじゃない。そうじゃなかったら、私は……私たちは、アルちゃんに付いてなんて行かない!」
にらみつけるムツキ、憐れむような目でそれを見つめる彼女。
「……そう、なら」
彼女が再び引き金に手を掛けたその瞬間。
「先生! 頭下げて!」
凄まじいスキール音と共に、廃工場の中へゲヘナの救急車が突入してくる。窓からは、白い髪をはためかせ、羽で車に体を固定する空崎ヒナが、デストロイヤーを構えていた。
慌てて立っていたムツキを強引に座らせると、紫色のオーラを纏った銃弾が、頭上を翔け、彼女へと突き刺さる。
「ック!」
流石に効いたのか、彼女は銃を下ろし、後退る。
「乗ってください!」
運転席からは火宮チナツが顔を出し、そう手招きする。
「私が引き付けているから、早く!」
車を止めると、ヒナが飛び出し、彼女の方へと向かっていく。
「風紀委員長……やっぱり私を止めるのは、貴女なのね」
そんな言葉を零すと、ヒナへと銃口を向ける。
「カヨコ、ハルカ! 乗って!」
アルを担架に乗せて、救急車の中へと収容すると、便利屋全員、先生も救急車へと乗り込む。
「委員長! 全員乗りました!」
「退くわよ!」
余裕のない表情で弾をばら撒くと、ヒナは再び助手席へと飛び乗る。
ヒナが乗り込むのを終える前に、チナツは車を走らせる。
残された彼女はスコープを覗き、救急車の車輪へと照準を合わせる。
「……ダメね」
しかし、引き金を引くことは、出来なかった。
♦
「ヒナ、ありがとう。本当に助かった」
助手席に座るヒナへ、先生は後部席から話しかける。
「モモトークで急に『救急医学部の準備を』『助けて』って座標と必要な人員だけ短文で送るんだもの、来ない訳にはいかないでしょう。先生に何かあったらと思ったら私……」
ブルっとヒナは身震いをする。
便利屋の皆が彼女と交戦している間、先生はモモトークを使って、ヒナへと連絡を取っていた。先生は、明らかにバケモノじみた強さを持つ彼女を抑えられるのはヒナしかいないと考えたのだ。
それに、ゲヘナには救急車を持った医学部がある。ヒナ伝いに用意してくれると信じ、ヒナだけに用件を送信した。そのかいあって、こうして駆けつけてくれている。
「セナ、アルの様子は?」
「……まだ死体にはならなそうです。頑丈ですね」
救急車の担架に乗せられたアルは、医学部部長の氷室セナから応急処置を受けている。
「脳天に一発、何か強力な弾丸をくらった跡が残っていますが、脳事態には影響がないようです。出血もさほど酷くなく、どうして意識がないのか、傷からでは察することもできません。単純な脳震盪ならもうすぐ目を覚ますと思いますが……」
担当が外科と言うこともあるのか、現状これ以上の処置のしようがないと言うのがセナの判断だった。
「チナツ、急いでシャーレへ。早急に検査し、様態を把握する必要があります」
「はい! 飛ばします!」
元救急医学部、現風紀員のチナツは、救急車のアクセルをべた踏みし、ヴァルキューレに見つかったら逮捕されるレベルの速度で、救急車はシャーレへと向かった。
シャーレにつくなり、待機していた救急医学部の生徒らとセナ、チナツが担架を下ろし、シャーレ内部にある休憩室へとアルを運ぶ。そこには、セナが手配した検査キットが揃っており、簡易的な医務室となっていた。
休憩室で検査を受けるアルを、ムツキとハルカはじっと見つめていた。検査も終了し、アルの命の無事も確認された。しかし、昏睡状態から目覚めることは無く、ベッドへと寝かされたままだった。
その間、先生とカヨコは、シャーレの執務室にて、七神リン行政官と面会していた。
「どうしてリンちゃんがここに?」
ゲヘナの生徒たちは、ヒナ伝いで駆けつけてくれたのは分かる。しかし、何故連邦生徒会のリンがシャーレに来ていたのか、先生は知らなかった。
「ちゃんはやめてください……ここに来たのは、色彩の反応をキャッチしたことを伝えるためでした」
「色彩!?」
思わず先生は大きな声を上げる。頭の中に過るのは、プレナパテスとの闘い、成長していたシロコの姿。
「あの時の事件と似たような空間の歪みを察知したため、早めにご報告しておいた方が良いと考え、こうして出向いていました」
そっと眼鏡を外し、リンは続ける。
「しかし、その報告も無駄になったようですね」
「……どうゆうこと?」
側で話しを聞いていたカヨコが首を捻る。
「あぁ……私たちが出会ったのが、今回の色彩の嚮導者だったから、だね?」
静かに頷くリン。カヨコの動揺は、火を見るより明らかだった。
「社長が……?」
「……はい、便利屋の皆さんが交戦した彼女は、別世界の陸八魔アル。前回のシロコさんと、似たような存在になります」
アルの頭を撃ち抜き、ヒナと互角に渡り合った彼女の正体。あれは、別世界で色彩と接触したがために、神秘が反転してしまったアルだった。
「でもリンちゃん、今回はあの時みたいに空も赤くなってないし、虚構のサンクトゥムも出現していないよ?」
「はい、前回と違って、キヴォトス崩壊の予兆は一切ありません。そのため、あの別世界の陸八魔アル、アル・テラーの目的が推測できない状態です」
そうして話している間に、執務室の扉が開いた。
「ムツキ……大丈夫?」
開いた先には、いつもより凛々しい顔つきをしたムツキが立っていた。あまりにもいつもと違う雰囲気から、カヨコはそう声をかける。
「くふふ~私は大丈夫だよカヨコちゃん……それより、あの黒いアルちゃんの目的、だっけ?」
ムツキは話を聞いていたらしく、先生たちの会話に割って入る。
「何か、見当がついているのですか?」
「まあ、ね。自分で言ってたし」
カヨコもムツキと同意見らしく、ため息をつきながら答える。
「それで、その目的とは?」
リンは恐る恐る二人に尋ねる。
「「陸八魔アルを殺すこと」」
ぴったりと重なった二人の言葉。先生も、静かに頷く。
「それは……どうゆうことでしょう。アル・テラーの目的は、アルさんの殺害? なぜわざわざ世界を飛び越えて自分を殺しに来るのですか? 色彩がキヴォトスの破壊を望むのなら、そのような部分的な願望は、適応されないのでは……?」
「……詳しいことは分からない。私たちは、色彩がどんなものなのかすら、はっきりとわかっていないのだからね」
先生はそっと話始める。
「シロコの時、絶望や死に反応して色彩はやって来た。ならアルもきっと、何かしらの形で死や絶望に触れたのだと思う。そして、アルにとって一番の絶望はきっと、便利屋の皆への被害。私が生徒のためならなんだって出来るように、アルも、便利屋のためならなんだって出来る。あの子は、そうゆう子だよ」
「さっすが~先生はなんでもお見通しだね」
ムツキはいたずらっぽく笑う。
「向こうで何があったのかは分からない。でも、何か失敗して、私たちが危ない状態にでもなったんじゃないかな? それで、そんな目に合わせる自分を許せない、だから消しに来た……そんなところじゃない?」
「そう、だね。私もそう思う。社長、ああ見えて責任感は強いから、何かを背負い込んでいるのかもしれない」
二人の言葉を受けて、リンは顎に手を当て、少し考え込む。
「アルはその思いが先行して、もしかしたら色彩の意向を無視してまで、自分だけを殺害しようとしているんじゃないかな」
先生の一言で、一先ず納得することにしたのか、リンは小さく頷く。
「……分かりました。しかし、そうすると、アル・テラーの次の出現場所は―――」
リンが言葉を言い終える前に、シャーレの玄関で大きな爆発音が響き渡った。
「た、大変です! 私の仕掛けた爆弾が!」
シャーレ執務室へと、顔を青くしたハルカが飛び込んでくる。
「え、爆弾?」
「は、はいっ! またアル様を狙いに来るんじゃないかと思って、シャーレの入り口付近に、爆弾を仕掛けておいたんです! それが起爆したみたいで……」
「やはり、来たのですね」
リンは眼鏡をかけ直し、窓から外の様子を窺う。
「ヴァルキューレを呼んでおいて正解でした。しかし、突破されシャーレビルに入って来るのも時間の問題ですね」
ハルカのしかけた爆弾が、幸いなことにヴァルキューレを援護する形になってはいるが、アル・テラーは止まる様子を見せない。ヴァルキューレの生徒たちの果敢な攻撃も、ほとんど効果が出ていない。
「すみませんすみませんすみません、仕掛けるなら、もっと効果的に大量に、辺り全てを吹き飛ばすようなものを置くべきでした! 私のせいです、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「落ち着いてハルカ、むしろ君の爆弾のおかげで助かっている。ありがとうハルカ」
いつもの発作を抑えようと、先生はハルカにそう声をかけながら、策略を練る。
「先生、入るよ」
執務室の扉がノックされ、新たな生徒が入って来る。
「ヒナ……それに、イオリにアコも」
ヒナの後ろには、風紀員の主要メンバーである二人、銀鏡イオリと天雨アコが立っている。
「委員長に呼ばれたから仕方なく、仕方なくだからな!」
「私も、わざわざ先生のために出向くことはありませんが、委員長の頼みとあれば、全てを投げ出してたとえ火の中水の中―――」
「アコうるさい」
そっぽ向きながらも尻尾はブンブンと左右に揺れるイオリに、ヒナに窘められるアコ、いつもの風紀員が、シャーレへと揃った。
「先生、私たちが協力する。詳しい事情は分からないけど、便利屋は一応うちの部活だったものだし、私を頼ってくれたこともある。最後まで、手伝うよ」
手袋をはめ直し、頷くヒナ。静かな言動だが、その立ち姿には並々ならぬ覇気を感じた。それは、強者と交戦できる興奮か、先生に頼られたことによる喜びか。
「ありがとう、ヒナ! 後でお礼に、一杯なでなでしてあげるからね!」
その発言に、ヒナは顔を真っ赤にして慌てる。
「せ、せんせい!? そうゆうこと言うと、皆が勘違いしちゃうから! そのその、えっと……あうぅ」
へなへなと静かになっていくヒナ。その姿を見て、リンは大きくため息をつく。
「こんな時だっていうのに、たらし癖は健在ですね、先生」
「んん? 私何か変なこと言った?」
全員から冷たい目で見られながらも、先生はシッテムの箱を起動し、指揮する姿勢を整え始める。
その間に、生徒たちはシャーレ玄関へと移動、防衛体制を整える。
「先生! 本当に大丈夫なんですか?」
メインOSであるアロナが、起動するなりそう先生へ訪ねる。
「相手は、テラー化してしまったアルさんなんですよね!? シロコさんの時もでしたが、危険なんじゃ……プラナちゃんも、何か言ってあげてください!」
プレナパテスに託されたもう一人のアロナ、プラナも姿を現し、躊躇い気味に先生へと話しかける。
「先生、彼女は危険、です。シロコさんの時とは違って、彼女自身が嚮導者になっています。それに、今回やって来た色彩の概要も、はっきりとわかっていません。もう少し、慎重になるべきです」
プラナとアロナはそう言いながら先生に詰め寄る。
「二人の気持ちは嬉しいよ。でも、私は先生だから……」
そこまで言うと、二人は大きくため息をつく。
「分かっていますよ。先生なら、そう言うって」
「ええ、先生は、そういう人ですから」
二人は手を繋ぎ、先生の目を真っすぐ見つめる。
「二人で、先生をサポートします!」
「アロプラのコンビネーション、ご期待ください」
ふんすふんすと、二人は胸を張る。
そんな様子に先生はクスリと笑い、二人の頭に手を乗せる。
「ありがとう、二人とも。行ってくるね」
「「いってらっしゃい、先生」」
♦
「全員配置に付いた。先生、指示を」
無線機を通じてヒナの声が届く。
「うん、それじゃあ、始めようか」
先生の指示の下、状況は動き出した。
「イオリ、ハルカ、攻撃開始!」
先生の第一声に合わせて、茂みに隠れていたハルカとイオリがアル・テラーへと肉薄する。
「行きます!」
「覚悟しろ!」
ハルカのショットガンとイオリのライフル、二方向から放たれた弾丸を、彼女はその身で受け止める。
「頑丈な奴だ!」
一旦距離を取ったイオリは、再度射撃体勢を整える。
しかし、すかさず彼女はそこを狙って銃を構える。
「ハルカ、カヨコ!」
「うん」「はい!」
先生の号令で、カヨコはサイレンサーを外したデモンズロアを発砲。音に一瞬気を取られたアル・テラーへ、ハルカはショットガンを連射しながら肉薄、狙いをイオリから外す。
「ゲヘナ風紀委員会のスナイパーを、舐めるな!」
その隙を縫って、イオリは狙いすました三発の銃弾を、彼女へと叩き込む。
「っく」
さすがに効いたのか、彼女は一歩後退り、改めて銃を構えた。
「うっ!?」
一番部隊の先頭に立っていたハルカへと、彼女の銃弾が、一発、二発と命中する。
「チナツ頼む! ムツキ、援護を!」
その様子を見ていた先生は次の指示を出す。
「びっくりさせてあげるからね?」
ムツキは手に持っていた鞄を、彼女の足元へと投げつける。すぐにそれが何か察したのか、彼女はさっと後ろに飛び退いた。それと同時に大きな爆発。煙が辺りを包む。
「痛いですか? ではこちらを」
その間に、チナツは前線へと移動、負傷したハルカを連れて後退すると同時に、ハルカへと痛み止めを打った。
「きゃははは、さっすがアルちゃん、すごいすごーい!」
爆炎の中をかき分けるように、ムツキは軽機関銃の弾をばら撒く。向こうも、爆炎でこちらが見えないはずだが、確実にムツキ周囲へ着弾する。
「ヒナ、イオリ、構えて!」
そうしてムツキが暴れている間に、ヒナは射撃ポイントを確保する。リロードを終えたイオリもその隣でライフルを構える。
「敵の弾道から大まかな位置を特定しました、それから、マガジンサイズも把握。次の攻撃の後、リロードに入ります」
そんな二人へと、後方で先生とともに情報分析に当たっていたアコが計算したデータが届けられる。
「ターゲットは確認した。どれくらい耐えられるか見物ね……」
「これでトドメだ!」
「撃て!」
先生の号令で、二人は引き金を引く。
紫色のオーラを纏ったデストロイヤーの弾丸が、銀色の衝撃波と共に飛翔するクラックショットの弾丸が、爆炎の中に立つアル・テラーへと殺到する。
二人が発射するのに合わせて、全員がありったけの弾丸を叩きこむ。
やがて全員のマガジンが空になると、辺りは沈黙。爆炎がそっと風に流されて行き、視界が晴れたその先には――
「なっ!?」
思わずイオリが声を上げる。
「これだけ叩きこんでも倒れないの?」
ヒナも慌ててリロードを始める。
視界が晴れた先には、ボロボロになりながらもその場に立ち続ける彼女の姿があった。決して無事と言えるような雰囲気ではないが、戦闘力を失ったようには一切見えない。
「強いわね……」
ぼそっと、彼女は言葉を零す。
「でも、そうやって皆、中途半端に強いから……」
乱暴に新しいマガジンを差し込む彼女。
「あんなことになるのよ!」
「警戒して! 来るよ!」
先生の言葉と、彼女が動き出すのは同時だった。
彼女の脇に空間の歪が生まれると、そこから拳銃を取り出した。それは、カヨコの持つデモンズロアだった。
宙に向けて一発。辺り一帯に轟音をかき鳴らす。
「うっぁ!」
「っく!」
「耳が!」
一同その音に怯み、その場で足を止める。すかさず彼女は再び歪に手を入れると、今度はムツキの鞄とトリックオアトリックを取り出す。
「ハルカ、カヨコ、下がって!」
その動きを見た先生が慌てて指示をするが、耳をやられていた二人は反応が遅れる。気づいた時には、足元へと鞄が転がっていた。
「しまっ――!」
カヨコが咄嗟にハルカを連れて飛び退くが、間に合わず爆風に巻き込まれる。その中へと彼女は無慈悲に軽機関銃の弾丸を叩きこんだ。
煙が晴れるとそこには、満身創痍となったハルカとカヨコが横たわっていた。
「このぉおおおおおおお!」
激情に駆られたのか、ムツキはグレネードを片手に持ち、軽機関銃を乱射しながら彼女へと向かっていく。
「ムツキ待て!」
先生の制止も聞かず、ムツキは彼女へと肉薄した。しかし、今彼女の手にあるのはハルカのショットガン、ブローアウェイ。
「やばっ―――!」
まず一発、左腕を撃ち抜く。
「きゃぁ!」
悲鳴と共にムツキの手から、ピンの抜かれたグレネードが後方へと吹き飛ぶ。
そして二発、三発、四発と、ムツキの腹部へゼロ距離から弾丸が叩き込まれる。
「グッ、ハッ!」
いくらギヴォトスの人間とは言え、ゼロ距離で無防備な姿勢、しかも腹部へ何度もショットガンを食らえば、只では済まない。
ムツキは口から胃の中の物を吐き出し、力なくその場に倒れ込む。
「ムツキっ!」
ムツキを心配する先生。しかし、自身にも脅威が迫っていた。
「アコ、グレネードが!」
ムツキの持っていたグレネードが撃たれた反動で後方へ飛翔、先生の方へと向かって落下していた。
「先生伏せてください!」「先生伏せて!」
後ろにいたアコとチナツが二人掛りで先生を押し倒すように覆いかぶさる。直後、爆発。
「きゃあぁ!」「っくぅ!」
熱風と破片が、先生を庇った二人を傷つける。
「先生! アコちゃん! チナツ!」
イオリが慌ててた立ちあがり、倒れている三人の方へ向かおうとするが、それを彼女は見逃さない。
「イオリ! ダメ!」
ヒナの制止も間に合わず、彼女は愛銃ワインレッド・アドマイアーの引き金を引く。
「貴女なら、一撃で十分よ」
放たれた弾丸はイオリの背中へ突き刺さり、盛大な爆発を起こす。
「くそ……」
悪態をつきながらも、イオリはその場へと膝をつき、倒れ込んだ。
「イオリ!」
近くに居たヒナも、爆風の被害を受けたが、それでも被害は最小限で済んだ。
「ちぃッ! 陸八魔アル!」
全員戦闘不能になったことを見て、ヒナは遮蔽物を飛び出し、彼女と向き合う。
「もういいでしょ、邪魔しないで」
「良いわけない! どうしてこんなことする必要があるのよ! 貴女は、そんな人間じゃなかったでしょ!」
目から炎がでそうなほど激情を表に出すヒナは、そう叫ぶ。
「……ええ、きっと陸八魔アルは、こんなことはしない。できないでしょうね」
物悲し気にマガジンを交換し、既に装填されていた弾を抜く彼女。
畳みかける様にヒナは声を荒げる。
「だったら!」
「でも私は、もう陸八魔アルじゃない」
改めてコッキングレバーを引く彼女。そして、銃口をヒナの頭へと向ける。
「私はベリアル。最悪の王、ベリアルよ」
返答と同時に彼女は引き金を引く。逆五芒星の刻まれた銃弾は真っすぐヒナの頭目掛けて飛翔するが、咄嗟にヒナは頭を倒し、その弾丸を回避する。
「こっのぉ!」
一発目を回避したヒナは、躊躇うことなくデストロイヤーの引き金を引いた。ガガガガガと一定のリズムで弾は吐き出され、着実に彼女の身体を傷つける。
「っく!」
しかし、合間を縫って彼女の弾丸も、またヒナの身体を傷つけた。
「痛い? この私が……?」
たとえスナイパーライフルの弾丸を頭に受けても、大した痛みを感じないヒナだが、今日ばかりは、何故か掠るだけで火が出るほど被弾箇所が痛む。もろに肩に食らった時は、肩が吹き飛ばされたのかと錯覚するほどだった。
「一体どんな弾薬を使ってるのよ」
物陰でリロードを終えると、再びヒナは彼女へと接近。遠距離から撃って当てても大したダメージにならないと悟ったヒナは、ゼロ距離で弾丸を叩き込むしかないと判断。無茶を承知で、重機関銃装備で接近することを選んだ。
彼女の武器がスナイパーライフルであることも、選択の理由には含まれる。
「確かに判断自体は正しいと思うわ」
しかし、彼女はそれを既に察していた。
「でも残念。私は近距離戦闘でのライフル運用に慣れてるの」
便利屋メンバーは四人で戦線を張るため、スナイパーとは言えアルもかなり前線に近い位置で戦うことが多い。そのため、肉薄された場合への対処法もしっかり身に付いていた。
彼女の懐に潜り込もうと姿勢を低くし、滑り込んだヒナに対して、彼女はライフルのストックをその背中に叩き込む。
「くっあ!」
地面へと突っ伏す形で倒れ込んだヒナに、彼女はマガジンに残っていた二発の弾をゼロ距離から打ち込む。
「がッ、ッグ!」
まるでエデン条約の時受けた巡航ミサイルの攻撃を、至近距離から受けたのかと思うほどの激痛が全身を襲った。
内臓にもダメージが行ったのか、ヒナはたまらず体の中からこみあげて来た胃液を吐き出す。吐き出された胃液は真っ赤に染まっていた。
「……本当に頑丈ね」
マガジンが空になったからか、彼女は一旦ヒナから距離を取り、新たなマガジンを装填する。
「でも、その傷じゃあもう戦えないでしょう」
うつ伏せに倒れるヒナを無視して、彼女はシャーレビルへ進もうとする。
「まっ……て……」