大抵デートというものは若い男女がするものだ。
恋に浮かれ、愛を求め、舌で嘘を弄ぶ、大人になれない少年少女のお遊び。
服を着飾って、慣れないカフェで食事をして、それでいて相手に盲目な、そんな日を過ごすものだ。
「アントニオ! こっちのドレスなんてどうかしら!」
大抵、子供というものは15歳程度で大人ぶり、20歳を過ぎれば世界を知ったふうに口をきく。
30歳など、そんな時期を越えて、自分はただの人であると自覚する頃合いであるが。
どうやら自分の前にいる女性はそういう“大抵”に収まらないらしい。
アントニオ・クルーズは、もう30になる自分の妻が服屋で浮かれている様に、呆れるでもなくそういう考察をしていた。
オリヴィア。30歳の女性だが、その美貌は衰えを知らない。こうして服を選んでいるだけでも、様になる。
並び立つ自分の姿を見下ろせば、なんとも三十路の男らしい、くたびれたスーツだ。
「ちょっと~、アントニオ。こっち見てよ! 私が嫉妬している姿をみたいのかしらあ?」
そんな言葉を向けてくる妻に謝罪し、向き直る。
なるほど、ドレスなどさして変わらないだろうと考えていたが、着る人と見せ方でここまで雰囲気が変わるものかと称賛する。
自分には服飾の心得はないが、確かに美しいと思う。
「ふうん。褒め言葉としては二流だけど、まあいいわ。ね、旦那様?」
まったく、とぼけるのが上手な妻だ。いや、女性だといったほうがいいだろう。
偽装結婚。アントニオとオリヴィアがいまここにいる唯一の理由。
アントニオは研究のために。オリヴィアは自由のために。
互いの利益のために結婚という体を取っているだけの、偽物の夫婦。
さて。
そんな二人が今日という日にデートをしているのは、先日の酔の間違いのせいだ。
宵の最中、乱れてしまったドレスを口実に、二人はいまここにいる。
まるで少年少女のように道行く二人は、夫婦と言うには幼気で、逢引というには清楚だった。
「なあ、オリヴィア。ドレスを買うのに俺はあまり適していないんじゃないか? 学生に確か詳しいやつがいたよな」
お昼前のカフェ、オープンテラス。彼はコーヒーとオープンサンド。私は紅茶とケーキ。
せっかくのデートだというのに、彼はどうやら誘い文句を嘘だと思っていたらしい。
今日はエイプリルフール。嘘をついても良い日。断られても受け入れられても私には得しか無い。
それでもついてきたから、受け入れてくれたのかと思っていたのに。
さっきの褒め言葉も嘘なのかと疑いたくなってしまう。
「なぜだ? 嘘をつく必要なんて無いだろう」
わかってはいたが、そうだ。彼はそういう人なのだ。
正面から人を見てくるくせに、自分自身を偽らない男だ。
変人とは言われているものの、魅力に気づく人も少なくない。
事実、結婚を疑っていた親戚のおじさんも、彼も面白い人だとか言って食事に誘っていたのを聞いた。
私は同席させてくれないくせに。
「さて、この後はどうしようか。どこか寄りたいところでもあるかい?」
そう! 私の顔の変化にだって気づかないくせに!
こんな旦那様は、ケーキを口に入れても甘いなあ程度にしか思わないのでしょうね。
きっと私が今日の嘘をついたとしても、はいそうですかと受け入れてしまうのでしょうね。
それとも、本当のことを言っても嘘に受け取られてしまうのかしら。
「オリヴィア。いくら今日がエイプリルフールだとしても、俺でもわかる嘘をつくものなんだな」
ほうら。私の愛の言葉にだってこう返してしまうんですもの。
それなら、デートの最後はいつもは行かない場所にしましょうか。
そう、たとえば。
「指輪を買いたい? 確かに結婚の体を取るためにはあった方がいいかもな」
結婚している夫婦なのに、指輪をつけていないなんて不自然だもの。
ふふ。その鉄面皮も鈍感な瞳も、私に見惚れさせてあげるから。
エイプリルフールと言う日が大好きになりそう。
だって、このどうしようもない旦那様が私の言うことをまともに受け取ってくださらないんですもの!
「指輪のサイズ、材質、デザイン……。難しいわね」
オリヴィアは並ぶ金細工の前で唸っている。
あくまで結婚を偽るためにつけるものだから気にしなくていいとは思うが、それを口に出せるほど俺は学を修めていない。
街の中でも上等な店に来たが、彼女が見ているのは一層出来の良い品々だ。
なるほど、レディとともに未来を歩むためには懐の寂しさを愛しなければならないらしい。
「アントニオ! これなんかどうかしら、私達にぴったりじゃない?」
腕を掴まれて見せられたのは、シンプルなデザインながら美しさを表現している、素晴らしい出来のリングだった。
思わず感嘆の息を零す。これは、ただの付加価値として着けるだけではなく、服飾としても素晴らしいものだ。
アクセサリーというものの価値を見直す必要があるかもしれない。
「ふふ、私のセンスもなかなかでしょう? これで決定ね!」
ああ。これなら問題ないだろう。
ドレスと食事で薄くなった財布を取り出しながらそう答える他なかった。
次からはオープンサンドは頼まなくてもいいかもしれない。
「ずいぶん気に入ったみたいだな、オリヴィア。確かによいデザインだが」
勿論ですとも。あなたからの贈り物なんて数えるほどしかないものね。
あら、旦那さまは目を逸らしてどこを見るつもりなのかしら。
最愛の妻はここに居るというのに?
「オリヴィア。そういうからかいはやめてくれ。そもそも俺達は偽物の夫婦だろう。贈り物は…確かにするべきだったが」
一歩前進を確信する。夜の、アルコールが入っている中とは言え、彼から贈り物の気持ちを聞くことが出来たのだ。
リングを買ってから、着けては見るを繰り返して、もう何時間も経っている。
ワインも飲んで、ソファで横になって。ネグリジェ姿の私にもなにも言わない旦那様。
「エイプリルフールなのに嘘をつかないのかって? ふむ、嘘は苦手だからな」
そう、嘘でもこの人の口から愛の言葉を聞いてみたいのだ。
顔を赤くして恥ずかしく言うのか、真顔でこちらを向いて言うのか、それとも、口を塞いで…?
ふふ、想像するだけで面白くなってしまう。
でも、こっちから言うのはだめ。昨日はそれで失敗してしまったもの。
焦るのはまだ早いわ。
「顔が赤くなっているぞ。そろそろ日も越す頃合いだ。ワインも飲んだことだし、寝たらどうだ」
そう言って逃げるつもりなのはわかっているわ。
ねえ、旦那様。私は酔っているばかりに嘘も本当も言うけれど、あなたはなにも言わないじゃない。
手を取って、私の目を見て、私に言うべきことがあるんじゃないのかしら?
「オリヴィア、やっぱり酔っているだろう。手を取ったということは案内してほしいのかな、レディ?」
へええ。そこまでして言いたくないのは恥ずかしいから? 私になにも思っていないからかしら?
それならお言葉通り案内してもらおうかしら。私をベッドに連れ込んで、どうしたいのかしらね。
それとも、これも嘘?
「嘘じゃないんだがな。さて、行こうか」
ベッドに寝かされて、指輪もとられてしまった。
机の上に飾られているが、なんだか距離が離れてしまったように思う。
ああ、こんな様子じゃ期待できそうもないわね。彼の手の温かさが逃げる前に寝たほうが良いかも。
枕に頭をあずける。彼が扉を開けるのが見える。
目を閉じて、力を抜いて、夢の世界へ。
「オリヴィア、愛しているよ」
柱時計の音が聞こえた。