Blue Archive -Document GUYS feat.LXXX- 作:LN58
初めての怪獣:クレッセントによって首都:D.U.とサンクトゥムタワーが大打撃を受けたXデー以来、学園都市:キヴォトスの行政府【連邦生徒会】は失踪した“連邦生徒会長”が準備していた下部組織【連邦捜査部
あくまでも避難先への一時的な退避なので首都:D.U.とサンクトゥムタワーの復興が終わり次第、【連邦生徒会】の機能は元の場所に戻されることが決定事項ではあったものの、
Xデーから始まった怪獣頻出期という未曾有の危機において怪獣退治の専門家として“連邦生徒会長”が赴任させていた“GUYSの先生”北条 アキラからの指導と連携を考慮して、現状でキヴォトスの実質的な政庁となった【シャーレ・オフィス】もしくはその近辺に機能を残していくべきではないかという声が上げられていた。
実際、Xデー以降も首都:D.U.やその近辺での怪獣災害が相次いだことや、避難先であった【シャーレ・オフィス】が第2の政庁として機能し始めたことで、D.U.地区から30kmも離れていた外郭地区は急速に昼間人口が増えることになったのだ。
そのため、避難者のための仮設住宅も兼ねた官舎が多く建てられることにもなり、サンクトゥムタワーの復興を見守るD.U.地区の臨時オフィスに通勤することが少ない【連邦生徒会】の生徒が移住してくることにもなり、XデーでD.U.地区から撤退せざるを得なかった店舗を呼び寄せたショッピングモールが出来上がるのも自然な流れだった。
結果、シャーレ地区と呼ばれるようになった外郭地区の一角は“連邦生徒会長”が怪獣災害に備えてキヴォトスの外から招いた誠実で頼れる大人である地球人:北条 アキラの先進的な防衛知識を積極的に取り入れた怪獣頻出期のモデル都市として開発が進められることになったのである。
対して、キヴォトス中のインフラ制御を担う絶対に失われてはならないサンクトゥムタワーの防衛機構を利用して怪獣を迎撃するようにD.U.地区は作り変えられることになり、対照的な2つの性質のモデル都市の開発が同時に進められることになったのである。
すなわち、キヴォトスにおいては国家と同義である学園の威信に賭けて怪獣を積極的に撃退する前提のモデル都市を復興するD.U.地区とし、そうではない場合の弱小学園でも取り入れることができるような怪獣災害に強いモデル都市というのをシャーレ地区で構築しているわけなのである。
そのため、現在のシャーレ地区の中心となる第2の政庁となった【シャーレ・オフィス】近辺は公共性が非常に強い街作りとなっており、割れ窓理論に基づいてポイ捨てには非常に厳しい罰則が課せられるように条例で決められているのであった。
その効果は覿面であり、今やキヴォトス史上最大の軍事力【キヴォトス防衛軍】の軍事顧問としてキヴォトスの頂点に立つ時の人:北条 アキラの御膝元ということもあり、D.U.地区であろうとも銃声や爆発音が絶えないキヴォトスにおいて完璧な秩序がもたらされたと評されるほどの安全地帯となっていた。
そうして【シャーレ・オフィス】への朝の通勤が安心安全快適というわけで今日も【連邦生徒会】の生徒たちが張り切ってシャーレ地区へと軽やかに足を運ぶのであった。
ジュー! ジュー! ジュー!
錠前 サオリ「よし、できたぞ。目玉焼き、30人前」
錠前 サオリ「あとはウインナーと温野菜を盛り付けて完成だ」
秤 アツコ「美味しそう」
秤 アツコ「それじゃあ、配るね」
錠前 サオリ「頼む」
北条先生「うん。味噌汁の味付けもこれでいいね」ゴクッ
ロボット職員「ご飯も炊けましたよ」
北条先生「よし、朝餉といこう」
いただきます!
七神 リン「……美味しい」ゴクッ
扇喜 アオイ「月曜日の朝はこれですね、先輩」
北条先生「だいぶ慣れてきたね」
錠前 サオリ「先生の指導のおかげだ」
尾刃 カンナ「………………」
ロボット職員「どうしました、カンナさん? あまり食が進んでいないようですが?」
秤 アツコ「もしかして口に合わなかった?」
尾刃 カンナ「あ、いや、そういうわけではありません」
尾刃 カンナ「ただ――――――」
黒舘 ハルナ「先生! 先生! これが噂に聞いた先生のお味噌汁! こんなにも美味しいのなら、毎日 お味噌汁を作ってくださいませんこと?」
槌永 ヒヨリ「あの、おかわりを! おかわりをください!」
北条先生「お行儀が悪いですよ、二人共」
北条先生「それに、黒舘さん。僕は毎日は作ってないですよ。定例報告がある月曜日の朝限定の味噌汁です」
ロボット職員「はい、ヒヨリさん。そんな慌てずとも今日はたくさんありますから」
槌永 ヒヨリ「あ、はい……」
尾刃 カンナ「いやはや、今週の
ロボット職員「それは、そうですね……」
秤 アツコ「ヒヨリ、別れてから【
尾刃 カンナ「ええ。身元は【アリウススクワッド】だと先生から教えていただけましたが、おそらく【給食部】愛清 フウカと同じで、巻き込まれてしまったのだとは思いますが……」
尾刃 カンナ「まあ、それも今週の報告に入っていますので、今は先生が用意してくださった朝食を味わわせていただきます」
ロボット職員「そうしてください」
尾刃 カンナ「ああ、先生の作る味噌汁は本当に天下一品です。このおかげで月曜日の朝から また1週間 頑張れます」ゴクッ
ウルトラマンの心を教育現場で実践しようと足掻く地球人:北条 アキラはキヴォトスにおける怪獣災害での経験から関係各位への連絡を密にするために、こうして1週間の勤労の始まりを告げるアンニュイな月曜日の朝を頑張れるようにウルトラマンも魅了された宇宙に誇る地球の文化である料理の腕を存分に振るう。
元々はXデーで避難所になっていた【シャーレ・オフィス】で炊き出しをしていた時から腕を振るう機会を狙っていたことなので、本当は月曜日の朝だけと言わずに三食分を用意してやってもいいぐらいなのだが、怪獣退治の専門家としての本業を疎かにするわけにもいかないということで、こうして一品だけ仕上げて後は監修と言う立場をとっていた。
とは言え、【シャーレ・オフィス】に避難してきたばかりの【連邦生徒会】と同じ建物で仕事をし始めた頃は、それこそ1日三食全て作っていた時もあり、会食を通じて【連邦生徒会】やシャーレ地区の避難者たちとの交流が深められていたのは言うまでもない。
実際、この時に大恩ある“GUYSの先生”北条 アキラが自ら腕を振るって作った地球の料理の味を覚えて、一般家庭や料理店でも模倣され始めて、シャーレ地区の名物料理になるぐらいには影響力はあったわけなのだから。
一方、この【シャーレ・オフィス】での月曜日の朝の会食は【
怪獣退治の専門家から言わせれば、強力な兵器さえあれば怪獣災害というものはどうにかなるわけではないため、被害を最小限に抑えるためにも官民一体の連携が不可欠であることから、キヴォトスの警察機構【ヴァルキューレ警察学校】には市民と政府をつなぐ安心と信頼の盾となれるように粘り強く指導する必要があった。
そうなったのも、キヴォトス中を震撼させたバム星人の幽霊列車による行方不明事件の捜査があまりにもお粗末だったことに北条 アキラが物申したことにより、キヴォトス中から情報が1つに集まるように体制の見直しが行われたからである。
怪獣退治は情報が命である。現在ではかなりマシとなったが、軍事顧問として【キヴォトス防衛軍】のように北条 アキラが好き勝手に手を加えることができるわけではないので、怪獣や侵略者の目撃情報を市民から逸早く吸い上げて【キヴォトス防衛軍】で対処できるように連携させる必要性を繰り返し教え込んだ。
その過程で【公安局】局長:尾刃 カンナとはこうして朝の食卓を囲むことにもなり、現場での苦労や要望を【連邦生徒会】に 直接 伝える機会を得られたことにより、具体的な問題の共有により職場や治安の改善のアイデアやヒントがもたらされることになったのだから、【連邦生徒会】としても非常に有意義であった。
尾刃 カンナ「――――――今週の報告は以上となります」
ロボット職員「昨日の音楽フェスティバルは本当に平和の祭典だったわけですね」
七神 リン「本当にね」
尾刃 カンナ「ええ。ここまでキヴォトス中で犯罪率が減ったとなると『キヴォトスから銃声が消えた日』と呼ばれるようになるかもしれません」
尾刃 カンナ「もちろん、一件も無かったというわけではありませんが、銃声や爆発音が聞こえないぐらいには異様に静かでした」
扇喜 アオイ「それだけに経済効果は凄まじいです。財政面でも良いこと尽くめです」
尾刃 カンナ「ええ。キヴォトス中がシャーレ地区のように平和になることを願うばかりですよ」
扇喜 アオイ「また先生のことを表彰しないといけませんね」
北条先生「この件に関しては個人的には僕自身もとても嬉しく思いますが、」
北条先生「怪獣退治の専門家としては、チルソニア遊星人のロボット怪獣:ガラモンにバム星人のロボット怪獣:メカギラスが手も足も出なかったことを憂慮しますね」
ロボット職員「メカギラスの正面装甲が引き裂かれるほどの装甲強度の差でしたからね。ラジコン操作という弱点がなかったら、本当に機龍丸ではどうしようもなかったです」
七神 リン「それに関しては
扇喜 アオイ「正面装甲の亀裂は塞がっていないけど、動かすことは問題なかったから、【万魔殿】にはまた一仕事していただきました」
尾刃 カンナ「本当にあの巨大隕石が一日で消えたのには驚きました。まるで最初からそこになかったかのように……」
北条先生「チルソニア遊星人からもたらされたことで“チルソナイト”と命名された新素材の加工の目処が立てばいいですね」
七神 リン「そうですね。メカギラス以上の装甲強度を誇るガラモンを構成する未知の金属:チルソナイトを利用することができれば、機龍丸や拠点の防御性能は格段に上がります」
ロボット職員「装甲に利用できなくても、光学兵器を反射する盾にするとか、並大抵の装甲を貫通する矛として利用するだけでも十分に強力なはずです」
扇喜 アオイ「その辺りは本当にキヴォトスが誇る技術者たちの頑張りに期待するしかないです。昨日今日の話です。良い報告を待ちましょう」
ロボット職員「先生、後夜祭の準備の方はどうですか? 公開授業に間に合いますか?」
北条先生「とりあえず、今週の公開授業の後夜祭の構成は決まりました。あとはビデオ編集のための素材の一気見ですよ、一気見。昨日は丸々一日出動でしたから」
ロボット職員「ほう、午後は音楽フェスティバルの鑑賞会ということですね」
北条先生「なので、怪獣災害が起きない限りは対応できませんので」
ロボット職員「わかりました。ごゆっくり」
北条先生「とりあえず、籠もる前に身体を動かしておきますか」
北条先生「……まあまあな味だな」モグモグ
尾刃 カンナ「先生? 毎週ご馳走になっている身ですが、こうやって先生の手料理を模倣した粗悪な店がキヴォトスで乱立するようになるのは問題ではないですか?」
北条先生「ウルトラマンも魅了された地球の食文化を紹介して、こうやって別天地でも広まるのは望むところですよ」
北条先生「音楽フェスティバルの開催はこうやって地球の文化を紹介してきた僕へのお返しとして、キヴォトスに住むみんなのことを知りたいとお願いしたから実現したわけですから」
北条先生「それだけのものを僕が差し出した成果が音楽フェスティバルなんですから、僕は惜しいとは思いませんよ」
北条先生「それに形だけ真似ても、それだけでは本物にはなれないからね」
尾刃 カンナ「どういうことです?」
北条先生「料理と同じですよ。これはカツサンドですが、僕が作ったものと比べたら雲泥の差でしょう。それが同じカツサンドと呼ばれるものになっても作り手によって良し悪しがあるわけですよ」
北条先生「そして、良い生徒がいれば、悪い生徒もいる。でも、それらはまとめて“ゲヘナの生徒”だとか、“百鬼夜行の生徒”だとかで実際の良し悪しに関係なく一括りにされている」
北条先生「つまり、実態には必ず形容詞がつくんだ。良いものか、悪いものか、本物か、偽物か、強いか、弱いか、見掛け倒しか。名詞だけでは本質は見抜けない」
尾刃 カンナ「…………そうですね」
北条先生「今のところ、僕が広めた地球の料理を一番美味しく作れるのは僕なのだから、商標的に問題がなければ気にすることはないです。それは売れるものだとみんなが認めてくれてた証なんですから」
北条先生「それで各地域で特色がついたもので食べ比べをするのも楽しいですよ。うどんやそばにしても関東風や関西風の出汁というものがありますし」
北条先生「豊かっていうのはそういうこと。文化にしても、生態系にしても、就職先にしても、比較する楽しみがあることを豊かと言うんだ。つまらないものがたくさんあっても豊かとは言わない。貧困に喘ぐ人や犯罪に手を染める者がたくさんいる状況を豊かとは言わないようにね」
尾刃 カンナ「はい」
北条先生「だからね、キヴォトス中の人間の全てが秩序を踏み躙る犯罪者だったら、僕はここまでキヴォトスのために尽力しようとは思わなかったんだ」
北条先生「僕がキヴォトスのために頑張ろうと思ったのは、命を懸けて守ろうと思えるだけの価値があったから」
北条先生「つまり、尾刃さんのような善良な人たちがいることがわかったから、可能性に賭けたんだ」
北条先生「これって矛盾かな? みんなを助ける条件として、見込みのある人が一定数いなければ、力を貸す気にならないってのは」
尾刃 カンナ「わかっています。私もそれを信じているからこそ、【ヴァルキューレ】の生徒になることを選んだのです」
尾刃 カンナ「……その、やっぱり、先生と話していると気持ちが落ち着きますね」
北条先生「そうでしょう。月曜日の朝という平日の初めに気持ちを盛り上げることができたら、1週間ずっとハッピーでいられるはずだから、キヴォトスのために誰よりも頑張っている人たちと朝食を摂る時間を設けているわけです」
尾刃 カンナ「おかげで、【ヴァルキューレ】の改革も少しずつ進んでいますので、本当に感謝しかありません」
尾刃 カンナ「……あの、先生? 先生は嫌ではありませんか?」
北条先生「何がです?」
尾刃 カンナ「その、今もこうして、私と一緒の時間を過ごされていますが、それは私が【ヴァルキューレ】の代表だからですよね? こんな強面の私と一緒にいるのは、負担にはなりませんか?」
北条先生「バム星人やチルソニア遊星人と比べたら、普通のキヴォトス人の顔だと思いますが?」
尾刃 カンナ「……さすがは先生ですね。そんな風に言われたのは初めてですよ」フフッ
尾刃 カンナ「それでも、私は【公安局】の人間として市民に対して威圧的に振る舞う癖がこびりついているのです。子供を安心させようとして何人も泣かせてしまっています」
北条先生「損な役割だよね。しかも、本人の資質と希望が噛み合わない不幸が起きているから尚更」
北条先生「でも、そうあることが効率がいいってことで、【公安局】局長にまで昇り詰めたわけなのでしょう?」
尾刃 カンナ「……ええ。そうでもしなければ、キヴォトスの治安は守れません。今も守れていませんが」
尾刃 カンナ「だからこそ、先生には助けられています。先生の手によって一部地域で犯罪率が大きく低下したことは奇跡としか言いようがありません」
尾刃 カンナ「ですので、私のような無能なんかと一緒にいるのは苦痛ではないかと思いまして……」
尾刃 カンナ「どうしてここまで気にかけてくださるのですか?」
北条先生「当たり前のことを当たり前にすることを頑張っていることへのご褒美です」
尾刃 カンナ「へ」
北条先生「当たり前のことを当たり前にするって言うほど簡単じゃないからこそ、怪獣退治の専門家の要請に頑張って従ってくれる人には報いたいと思っているんです」
北条先生「こういうのを『憐れみをかけている』ってことで反発を受けることがあるんですが、『地方自治は民主主義の学校』『学校は社会の縮図』だなんて言葉を真に受けて学園と社会を同一視した歪な環境で育っているキヴォトスの生徒たちの在り方を歯痒くても部外者の僕が変えるわけにもいかないからこそ、その中で同じ価値観に根差す理想や責任に生きる人たちを支えたいんです」
北条先生「僕だって怪獣退治の専門家としてキヴォトスに喚ばれましたが、最初から理想的な防衛体制が構築されてなかった以上、完璧には程遠い戦果しか上げられなかったですよ」
北条先生「だから、完璧じゃなくたっていい。そんなものは幻想だ」
北条先生「それでも、きみのような善良な人がいたからこそ、僕は怪獣退治の専門家としてキヴォトスを守ることを決心できたのだから」
北条先生「そういう意味では尾刃さんも僕の心の拠り所になっているのかな。尾刃さんは幻想じゃないんだ」
尾刃 カンナ「せ、先生……!?」
北条先生「まあ、学園都市:キヴォトスで公僕となった生徒たちに年頃の女の子らしい生き方をしてもらいたいと思うのは地球人である僕の偏見なのかもしれないけれど」
尾刃 カンナ「……そんなことは、ないです」
尾刃 カンナ「そう思っていただけているだけでも、今日まで頑張ってきた甲斐がありました」
北条先生「……うん。それはよかった」
尾刃 カンナ「…………先生?」
【公安局】尾刃 カンナはアメとムチを使い分ける審問の達人であり、担当すると決めた犯罪に対して『あきらめる』という言葉を放り捨てて真相を明らかにする姿勢から“狂犬”という異名を持つ【ヴァルキューレ警察学校】の顔役であった。
呼び名通りの威圧感を漂わせて恐れられている一方、その実態は粗暴なわけではなく、局長の座に昇り詰めるだけの力量と常識を持った組織人であり、その実績と在り方は後輩たちの憧れであり、同じくキヴォトスの平和を希求する先生とも強い信頼関係を築いていた。
ただ、これまで公安警察官としてキヴォトス中の様々な人間と向き合う機会があったからこそ、地球人であることを一番のアイデンティティとして明確にキヴォトス人と一線を引いている北条先生の考えや在り方がわからなかった。より近いところに行こうとして踏み込めずにいた。それは背景とする生まれ持った歴史のちがいからくる双方のカルチャーショックであった。
【キヴォトス防衛軍】の怪獣退治を遂行するにあたって関係各所との連携を強化するために警察機構【ヴァルキューレ警察学校】の代表として“ヴァルキューレの狂犬”尾刃 カンナと顔を合わせるようになったのはバム星人の視えざる侵略の頃からだが、
その尾刃 カンナから見た北条 アキラは常に生徒に対して憐れみの眼差しを向けており、児童労働*1の概念が存在する地球人の生まれで、なおかつ小学校の先生だったことから、子供が大人の真似事をさせられながら生徒とは別に存在するモラルのない大人たちとも渡り合わなくてならない学園都市:キヴォトスの現実に反感を抱いていたのだ。
けれども、そのことを口にすることは誇りを持って職務に当たっている【連邦生徒会】や【ヴァルキューレ警察学校】など青春を捧げて公僕の道を選んだ生徒たちの努力や意思を否定することになるので、生徒たちの名誉のために口を閉じていることを聡明な尾刃 カンナは察していたのだ。
そのため、互いに言いたいことや思っていることがわかっていても、互いに躙り寄るようにしか話せないでいたのだ。
とりわけ、【連邦生徒会】の生徒たちよりも【ヴァルキューレ警察学校】の生徒に対して憐れむのも、生徒会活動が学園の自治に必要だから地球のものとはスケールがちがっても違和感なく受け容れられた――――――。
しかし、かろうじて風紀委員会が取り締まりを行うのはわかるが、学校の委員会活動に警察の仕事を行う部署など存在しないのだから、本来は年頃の少女であるキヴォトスの生徒たちが警察官をしている【ヴァルキューレ警察学校】は北条 アキラの中では極めて難しい扱いとなっていた。社会の必要性として【警察学校】が存在することは納得できても理解ができなかった。普通の学校に警察委員会や公安委員会なるものは存在しないはずだ。
そして、民主主義の手続きに従って民意を反映すべき【連邦生徒会】の在り方に口を挟む余地はないが、【ヴァルキューレ警察学校】の仕事ぶりを根っこの部分で信頼できないのも、北条 アキラが小学校の先生として 子供たちに社会正義を示すべき警察官の大人の姿がない状況を安心できない;子供たちを親御さんから預かっている責任ある立場として当然の心理が働いているからでもあった。あるいは警察学校の生徒と本職の警察官をイコールで結びたくない偏見も入っている。
なので、小学校の先生である地球人:北条 アキラとしてはキヴォトス固有のもっとも理解できない概念である【ヴァルキューレ警察学校】の生徒との付き合い方にかなり頭を悩ませており、知れば知るほど【ヴァルキューレ警察学校】の生徒の扱いづらさに辟易してしまう。むしろ、破綻している概念とさえ言える。
なぜなら、【連邦生徒会】の構成員は各学園から選出されている公僕であるのに対し、【ヴァルキューレ警察学校】は公僕であることが前提の生徒であるのだから、【連邦生徒会】の役員たちへの饗応は所属する学園の生徒として扱うグレーゾーンで公務員の服務規律に抵触しないことになっているが、最初から警察官である【ヴァルキューレ】の生徒にはグレーゾーンはないのだから。
これはとても恐ろしいことである。【連邦生徒会】の生徒は役員を辞めれば公務員であることを辞められるが、【ヴァルキューレ】の場合だとそこの生徒である以上は公務員であることが宿命であるため、ご褒美を与えることが極めて難しい。
いくら建前上は公務員であることのメリットとデメリットを受け容れて【ヴァルキューレ】の生徒になったとしても、実態は思春期の多感な時期の女子生徒が大人の真似事をしているのだから、そこまで禁欲的に公僕を続けることができるとは到底思えない。ましてや日常的に銃犯罪を起こすことも厭わないキヴォトス人やそれを助長する環境であり、そうした生理的な不平不満から贈収賄が起きやすくなるのは自然なことではないだろうか。
一方、連邦生徒会長直属の法執行機関【SRT特殊学園】は任務で活躍すれば褒美を論功行賞でもらえるのだから、活躍の機会を与えるようにすれば不満は溜まりづらいが、市民と身近に接する日常業務が主である【ヴァルキューレ警察学校】だとストレスの発散先に恵まれないのだから、似ているようでちがう。扱いに困るというのはそういうことなのだ。
しかし、怪獣災害に強いモデル都市を完成させるためにはキヴォトスの警察機構【ヴァルキューレ警察学校】がまともに機能していないと片手落ちであるため、いろいろと【ヴァルキューレ警察学校】という概念に対して複雑な感情を抱きながらも“ヴァルキューレの狂犬”尾刃 カンナと粘り強く対話をする他なかった。
槌永 ヒヨリ「そうだったんですか。別れてからいろいろあったんですねぇ……」
北条先生「そうそう。今回の音楽フェスティバルの裏にあった怪獣災害:チルソニア遊星人の侵略にも敢然と立ち向かってくれたから、錠前さんには大変お世話になっています」
黒舘 ハルナ「先生! 先生がお作りになった地球の味を再現したと嘯く店がたくさんできていましたわ! 一つ残らず全て爆破しましょう!」
北条先生「止めてくれないか。広めるために黙認しているんだから、根絶やしにしないで欲しいんだけど」
北条先生「とりあえず、後夜祭はこのタイムテーブルに紐づけした映像を再生できる特設サイトを使って進めていくことにしましょう」
黒舘 ハルナ「まあ! 一日目の裏で先生はソロライブをしていらしたのですね!」
北条先生「そうそう。宇宙怪獣:ノイズラーの特性を知っていたからこその奇策でしてね。さすがに相手がノイズラーだとわかっていなかったら、こんなことは絶対にしていないです」
槌永 ヒヨリ「二日目の裏で隕石怪獣とセミ人間が暴れていたわけなんですねぇ」
北条先生「タイムテーブルで見るとわかるけど、この10分間がキヴォトスの興廃を賭けた激戦でした」
北条先生「それを報告する場が【ゲヘナ】の公開授業での後夜祭と言うわけです」
北条先生「ともかく、いつ起きるかわからない怪獣災害に怯えて経済が衰退する流れを止めないと。そのための音楽フェスティバルと危機管理体制の証明です」
北条先生「ところで、槌永さんは【アリウス】の人間ですが、怨敵である【ゲヘナ】の人間と一緒にいて大丈夫なんですか?」
槌永 ヒヨリ「だ、大丈夫じゃないですよ。【トリニティ】と【ゲヘナ】の征服のためにこれまでずっとがんばっていたのに、こうして【ゲヘナ】の人たちと一緒に食い倒れツアーだなんて……」
北条先生「仲間に襲われることを考えている割には声が弾んでいますね」
槌永 ヒヨリ「だ、だって! ハルナさんがこんな私のことを捕まえていっぱい食べさせてくれますし、【アリウス】に捕まったら、きっと――――――」
北条先生「槌永さん、【美食研究会】は止めておきなさい。いざと言う時にあっさり仲間を見捨てますから」
黒舘 ハルナ「まあ、心外ですわ、先生。ヒヨリさんもまた美食を探求している同志なのですから、見捨てるだなんてことはありえませんわ」
黒舘 ハルナ「それに、【アリウス】にはどんな美味しいものがあるのか、ヒヨリさんのお友達にもぜひ訊きたいと思っていますので」
北条先生「本当に羨ましいですよ、そのポジティブ思考」
北条先生「でも、槌永さんの対物ライフルは26kgもあって、分解しないで収納できるガンケースなんて嵩張るものを背負っていますから、逃げる時に一番の足手まといになりますよ?」
黒舘 ハルナ「その時はその時ですわ。ね、ヒヨリさん」
槌永 ヒヨリ「この先はもっと苦しいんですよね。どんどん辛くなるんでしょうけど、仕方ないですね」エヘヘ・・・
怪獣退治の専門家:北条 アキラにとっては【美食研究会】黒舘 ハルナは最大の敵であった。『食への冒涜は許せない』という信念の下に理性的に暴挙に及んでいる確信犯であり、食へのこだわりが人一倍強いことが高じて、たとえ高級料理店だろうと出されたコース料理や店員の対応がお粗末だったという理由でその店を爆破するという、息を吐くように銃声や爆発音を響かせるキヴォトス人の犯罪性の最たるものである。
同じテロリストでも公共事業にも呼ばれている裏稼業のプロである【温泉開発部】鬼怒川 カスミは卓越した頭脳と弁舌を持つのだが、【風紀委員会】空崎 ヒナにトラウマを植え付けられて取り押さえるのは容易なのに対し、
たとえ【風紀委員会】空崎 ヒナに完膚なきまで叩きのめされてもまったく悪びれもせずにケロッとしている不屈の精神を持っていることが黒舘 ハルナをはじめとする【美食研究会】の厄介な点であり、
大規模な組織的犯行に及ぶ【温泉開発部】に対して個々人の気の赴くままに日常的に爆破事件を引き起こすのが【美食研究会】の更に厄介なところであった。
実際、【温泉開発部】が鬼怒川 カスミに統率された犯罪集団なのに対し、【美食研究会】は個々人がそれぞれの目的のために利用し合う関係であるらしく、割と簡単に仲間を見捨てることもあり、それでいて懲罰後も相も変わらず同じ面々でつるんでいることから、美食のためなら何だってする者同士ということで恨みっこなしでサバサバとした関係であるようだ。
しかし、あそこまで我が道を行く在り方を貫いて酸いも甘いも噛み分けて好き勝手やれているのは自由と混沌を校風とする【ゲヘナ学園】の生徒の究極とも言えるものがあり、
それはつまり、ゲヘナ自治区のみならずキヴォトス中に悪名を轟かせている個人でもあるわけで、自身の知名度のなさを気にしていた【万魔殿】羽沼 マコトからすれば、実は【風紀委員会】空崎 ヒナに次ぐ嫉妬の対象でもあったと言う。
それでいて、ウルトラマンも魅了された地球の食文化を広めるために腕を磨いてきた料理人であることから“GUYSの先生”北条 アキラを心から慕っているのだから、やりづらいこと この上ない。同じ学園であるばかりに日頃から【美食研究会】のせいでひどい目に遭い続けている【給食部】愛清 フウカからも同情されている。
とにかく、自分が相手にどう思われているかなんて気にしない押しの強さは見上げたものがあり、自分の興味のあることじゃなければ基本的に無関心である典型的な【ゲヘナ】の気質で、裏返すと好きなことにはとことんのめり込むため、キヴォトスにはない地球の食文化の食レポの最前線に立つことを【美食研究会】の至上の命題と考えるようになっていたのだ。
そして、地球の料理を美味しいと言ってくれるのには悪い気はしないが、自分が紹介して広めた地球の料理を見様見真似で作った店を気に入らないからと爆破し出すようになる未来が目の前まで来ていたため、間接的に自分が原因でキヴォトスの犯罪率が上がることがないように【美食研究会】の手綱を握る必要がでてきたわけである。
自分を慕っている相手の好意を利用して行動を操ることに思うところがないわけがなく、自分の興味があることが絡まなければ良家のお嬢様として申し分ない立居振舞なだけに、非常にやりきれないものがある。
ただ、四次元宇宙人:バム星人を撃退した報酬の分け前を受け取って【アリウススクワッド】が実質的に解散した後に、槌永 ヒヨリが【アリウス学園】にとっては怨敵である【ゲヘナ学園】有数のテロリストグループ【美食研究会】に拾われることになったのは本当に意外な展開であり、
卑屈なようでいて非常に図々しい性格であり、珍しいものを収集する癖があり、特に捨てられている雑誌を好んで集め、そこから世俗の知識を得て強い憧れを抱いていた槌永 ヒヨリとは波長が合ったのだろう。
豪放磊落だが美食に関しては誰よりも真摯でシチュエーションにもこだわる黒舘 ハルナにとっては、外の世界に憧れを抱いていろんなことに胸を膨らませて語り合える話し相手が得られたのは幸運であったようである。
そして、槌永 ヒヨリからしても自身の図々しさを受け容れる度量を持つ黒舘 ハルナの存在はこれまで【アリウス】で抑圧されてきた日々から解放されて得ることができた いろんなことを何でも話すことができる相手であったのだ。
性質上、どうしても話の方向が美食に収束するわけなのだが、槌永 ヒヨリが拾ってきた本で知った外の世界での憧れのシチュエーションを叶えることが黒舘 ハルナの中での新しいトレンドになってきており、傍から見ても本当に仲の良い友人関係となっていた。
黒舘 ハルナ「ところで、先生?」
北条先生「何ですか? これから僕はハイライトの編集作業に入るのですが?」
黒舘 ハルナ「先生。幻のオムライスを所望しますわ」
槌永 ヒヨリ「……ま、『幻のオムライス』ですか?」
黒舘 ハルナ「ええ。お聞きしましたよ。先生は他の方には絶対にお出ししない幻のオムライスをお作りになっているのだとか」
北条先生「そんな大袈裟な。だいたい、存在が知れ渡っているなら、『幻』のはずがないでしょう」
黒舘 ハルナ「ですが、先生。とろとろ卵のオムカレーやボリューム満点のボルガライスをスペシャルメニューに出したことはあっても、オムライスを提供したことはなかったじゃありませんか」
黒舘 ハルナ「証言に拠れば、【キヴォトス防衛軍】の怪獣退治の後に必ずお食事になられていると聞いてます」
黒舘 ハルナ「そして、他の方にはオムライス以外の卵料理をお出しになった後、先生は怪獣退治の記録映像を確認するために一人で部屋にお籠りになる時に持って入るのがオムライスだと」
北条先生「……別に隠していることでもないからね」
黒舘 ハルナ「先生! つまり、これから幻のオムライスをお作りになるわけなんですね! 私にもオムライスをお願いします!」
槌永 ヒヨリ「わ、私にもください」
北条先生「じゃあ、条件があります」
黒舘 ハルナ「はい!」
北条先生「今後一切 何があっても【地球文化館】認定ラベルのついた店を爆破しないようにお願いします」
黒舘 ハルナ「………………!」
槌永 ヒヨリ「え、何ですか、それって?」
北条先生「皆様から好評をいただいて僕の故郷の料理がキヴォトスでも取り入れられてきているのですが、僕が作ったのと比較して不味いという理由で店を爆破されてしまったら、黒舘さんの罪状が際限なく増えるだけじゃなく、忌むべきものとして定着しなくなる可能性がありますので」
黒舘 ハルナ「そ、そんな……」
黒舘 ハルナ「わ、私はそんなつもりじゃ――――――」
槌永 ヒヨリ「………………」
北条先生「黒舘さん。きみの美食に懸ける情熱はまさしく一所懸命で素晴らしいものがありますが、今はそうでなくても いずれはそうなると信じて投資することも大切ですからね」
北条先生「せめて、武力行使に出るのではなく、これまで培ってきた肥えた舌で言葉を紡いではどうでしょうか。どこがどのようにいけないのかを説明することができれば、次からは美食にめぐりあう可能性も増えるのではありませんか」
北条先生「ともかく、この【地球文化館】認定ラベルのついた店に関しては手出し無用でお願いします」
北条先生「それが条件です」
信念の人を止めるためには妥協を覚えさせる必要がある。
つまり、自分だけの物の見方ではなく、別の視点も考えさせることで、自分が信じていた道を突き進むことで起こり得る受け容れがたい現実を想像させることがこの場合では効果があった。
その上で、従来のやり方を全否定するのではなく、少しやり方を変えるように方法を示すことも大事であり、そのためにこの状況を作り上げたと言ったら――――――、あなたは信じるだろうか。
別にオムライスそのものに特別な仕掛けはない。ケチャップをかけたり、デミグラスソースをかけたり、はたまた醤油ダレをかけたベーコンエッグ包みみたいなのも作っている。
あるいは、料理人としての腕が鈍っていないかの指標としてオムライスを作っている意味合いもある。怪獣退治が終わった時に自覚していない不調を五感で探り出すのだ。ウルトラマンになって怪獣と真っ向勝負できるのが自分しかいないからこその大事な健康管理の一環だった。
しかし、それなら怪獣退治が終わったらオムライスでみんなで祝ってもいいような気もするのだが、たしかに怪獣退治が終わったら他の卵料理を作っておいて、自分一人でオムライスを食べているのは何か秘密があるように思わせるところがあるのは事実だ。
――――――なぜなら、“ウルトラマン先生”矢的隊員の好物がオレンジジュースとオムライスだったからなのだ。
つまり、ウルトラマン80に変身した後は一人で部屋に籠もってオムライスを食べながらオレンジジュースも飲み干しており、映像で振り返りながらウルトラマンとして恥ずかしくない戦いだったかを反省するのが習慣となっていたのだ。
験担ぎと言えばそうだ。地球に降り立った光の国の戦士たちの中で無敗を誇ったのは他ならぬウルトラマン80だけなのだ。その不敗神話を背負って戦っている以上は何が何でも負けられないものがあり、ウルトラマンとしての力の大きさや怪獣と立ち向かうことの怖さに震えながらも誰にも言えないものを背負って戦い抜く覚悟であった。
だからこそ、その孤独のグルメには不思議な力が宿っていた。部屋に一人で籠もって【アーカイブドキュメント】を振り返ると、そこには遠くの星から来た男が伝えた愛と勇気が籠もっていたのだ。
パクッ
黒舘 ハルナ「あ」
北条先生「どうですか? 普通のオムライスでしょう?」
槌永 ヒヨリ「お、美味しいです!」
黒舘 ハルナ「うぅ……」グスン・・・
槌永 ヒヨリ「え!? ど、どうしたんですか、ハルナさん!?」
北条先生「想像以上に普通の味でしたか?」
黒舘 ハルナ「ち、ちがいますの……」ヒッグ
黒舘 ハルナ「たしかに見た目は普通のオムライスでしたけど、この濃厚で包み込む味わいは牛乳! 中のチキンライスがトマト粥、いえ、トマトクリームリゾットなんですわ!」
北条先生「うん。チキンライスもピラフの一種なんだし、リゾットに変えてもいいよね」
黒舘 ハルナ「それで、口にした瞬間に広がったのは、太陽が赤く沈む地平線を見つめている男の人の背中でした……」
槌永 ヒヨリ「え? ええええ?」
北条先生「ワインテイスティングみたいなことを言い出してきましたね」
黒舘 ハルナ「それで、一人遠くを見つめていると、微かに笑っていましたわ、その男の人は……」
黒舘 ハルナ「きっと、その男の人は悔しさを胸に抱きながらも、それに堪えながら生きているにちがいありませんわ……」
黒舘 ハルナ「――――――先生もそうなのですか?」
北条先生「感受性が豊かな生徒のことは嫌いじゃありませんよ」
黒舘 ハルナ「先生ッ!」ガバッ
北条先生「黒舘さん!?」ドキッ
槌永 ヒヨリ「わ、わあ……」
尾刃 カンナ「せ、先生……?」ガクッ ――――――食堂に足を運んで目にしたものは北条先生の胸に顔を埋める黒舘 ハルナであった。
槌永 ヒヨリ「わ、わああああああああ!?」
北条先生「……黒舘さん」
黒舘 ハルナ「私、知らなかったですわ、今まで、こんなの……」
黒舘 ハルナ「美食への道のりはやはり険しいものですわね……」
黒舘 ハルナ「美味しいとは一体何なのでしょう? 私たちにとってそれは、どのような意味なのかしら?」
北条先生「………………」
黒舘 ハルナ「美味しい――――――、それは尊いものですわね」
黒舘 ハルナ「でも、美味しいのにこんなにも切ない気持ちで満たされるのは初めてですわ……」ヒッグ・・・
黒舘 ハルナ「先生。教えてください。先生のオムライスからもたらされたこの感情はいったい何と呼ぶのでしょうか」
北条先生「はあ?」
尾刃 カンナ「………………」ゴクン
黒舘 ハルナ「先生……」
槌永 ヒヨリ「あ、あの、早く食べないと冷めちゃいますよ? そうなったら、美味しくなくなっちゃいます……」エヘヘ・・・
黒舘 ハルナ「あ」
北条先生「う、うん。槌永さんの言う通りですよ。温かいうちにお召し上がりください」
黒舘 ハルナ「あ、はい……」
黒舘 ハルナ「美味しい……」パクッ
北条先生「まったく、何だったのかな」
北条先生「あ、尾刃さん。時間通りだね、いらっしゃい」
尾刃 カンナ「あ、先生……」
北条先生「ほら、席に就いて。今日は黒舘さんの要望でいつも僕が一人で作って食べているオムライスだけど、別にいいですよね?」
尾刃 カンナ「え、ええ。ごちそうになります」
黒舘 ハルナ「カンナさん、気を付けてください。このオムライスは一人で地平線に沈む赤い太陽を見つめて微かに笑う
尾刃 カンナ「は?」
槌永 ヒヨリ「あ、あの、ハルナさんのように深く味わえなかったですけど、とっても美味しいですよ、これ」エヘヘ・・・
尾刃 カンナ「……そうですか。そんなにも美味しいのでしたら、これは楽しみですね」
北条先生「はい、どうぞ」
尾刃 カンナ「では、ありがたく、いただきます」
パクッ
尾刃 カンナ「え」ジワ・・・
北条先生「え」
槌永 ヒヨリ「え」
尾刃 カンナ「え、あれ……」ポタポタ・・・
黒舘 ハルナ「どうですか? 先生の味でしたよね?」
尾刃 カンナ「わ、わからない。ただ、たしかに夕焼け空に一人佇むイメージが浮かんできた気がする……」
尾刃 カンナ「なんだか遠くにいるような感じがして、美味しいと思った瞬間に切ない思いがこみ上げてきて……」
槌永 ヒヨリ「え、えええ……」
北条先生「ど、どういうことなんだ、これは?」
――――――それが北条 アキラに感じていた距離感や心象風景なのだろう。昇る太陽が希望の象徴であるなら、沈む太陽は希望とは対極となる象徴を意味することになる。
そう、その背姿が似合う異性などキヴォトスにはたった一人しかいないのだから、何の変哲もないオムライスと言い張ってオレンジジュースを添えて出してきたものから連想したものがそれだとするなら、それを突きつけられた時に浮かび上がった感情とは何と呼ばれるものとなるのか――――――。
結局、感極まって泣いてしまうほど美味しいという評価の『幻のオムライス』のことを【美食研究会】黒舘 ハルナは自慢することもなければ話題にすることもなかった。普通に美味しいと思ってペロリと平らげていた槌永 ヒヨリも同じく。
だから、残るは【公安局】尾刃 カンナが喋らなければ『幻のオムライス』の秘密は守られたのだが、オムライスというごくありふれた料理を見る度に切なそうにする“ヴァルキューレの狂犬”の姿が徐々に噂になっていったのだ。
いや、あの“狂犬”が先生が広めた地球の食文化がブームになっている中でオムライスとオレンジジュースだなんてお子様メニューをレストランで注文した時から何かがあったのではないかと噂が持ち切りになるほどだったのだ。
そして、目は口ほどに物を言う――――――。
ジュー! ジュー! ジュー!
錠前 サオリ「よし、できたぞ。だし巻き卵、30人前」
錠前 サオリ「あとは切り分けて小鉢もつけて完成だ」
秤 アツコ「美味しそう」
秤 アツコ「それじゃあ、配るね」
錠前 サオリ「頼む」
北条先生「うん。味噌汁の味付けもこれでいいね」ゴクッ
ロボット職員「ご飯も炊けましたよ」
北条先生「よし、朝餉といこう」
いただきます!
七神 リン「……美味しい」ゴクッ
扇喜 アオイ「月曜日の朝はこれですね、先輩」
北条先生「だいぶ慣れてきたね」
錠前 サオリ「先生の指導のおかげだ」
尾刃 カンナ「………………」
ロボット職員「どうしました、カンナさん? あまり食が進んでいないようですが?」
尾刃 カンナ「………………」
ロボット職員「……カンナさん?」
扇喜 アオイ「あら、どうしたのかしら?」
七神 リン「……カンナさん?」
尾刃 カンナ「ハッ」
尾刃 カンナ「すみません。考え事をしていました」
尾刃 カンナ「いただきます」
扇喜 アオイ「……そうですか。まあ、今度の怪獣もかなり手強かったわけで、キヴォトス中がウルトラマンの勝利を祈るような状況でしたからね」
ロボット職員「でも、ついに完成した【ミレニアム】の新兵器の活躍もあって、戦術の幅が広がりましたよ」
七神 リン「それで市民感情がどう動いたのかを聞かないといけませんね」
尾刃 カンナ「ええ」
尾刃 カンナ「――――――」チラッ
北条先生「次は何を練習しようね? 茶巾寿司に挑戦してみるかい?」
錠前 サオリ「――――――『チャキンズシ』? 何だ、それは?」
秤 アツコ「先生、もしかして、また卵料理?」
尾刃 カンナ「………………」
七神 リン「……今日、彼女、大丈夫かしら? 何だか上の空みたいだけど」
ロボット職員「本当ですね。もしかしたら、戦力が充実してきたことで安心して緊張の糸が解けたのかも……」
扇喜 アオイ「なんでもないですよ、先輩」
扇喜 アオイ「ほら、冷めないうちに食べちゃいましょう」
七神 リン「……あ、アオイ?」
扇喜 アオイ「先生も先生です。寄りかかれるものなんかなかった人たちの、幼気な乙女心というのをわかって欲しいものですね。ズルい人」
扇喜 アオイは胸焼けがしそうな思いを堪えながら、月曜日の朝の食事を掻き込んだ。
地球人:北条 アキラは怪獣退治の専門家として失踪した“連邦生徒会長”が呼び寄せた人物だが、同時に本職が小学校の先生であることでしっかりとした大人であるため、子供が大人の真似事をしなければならないキヴォトスの生徒会役員にとっては良い手本となっていた。
そう、扇喜 アオイは知っている。北条 アキラとて自分がどうやってキヴォトスに来たかの記憶が抜け落ちているため、謎の超巨大学園都市:キヴォトスという異邦の地でたった一人の地球人としての孤独を抱えていることは来て早々の動揺ぶりから知っている。
というより、【連邦捜査部
しかし、北条 アキラはその孤独感を自己をウルトラマンと同一視することで克服しており、ウルトラマンとしてみんなを守る立場になった自分と、そうではない脆弱な地球人としての自分を使い分けることで、キヴォトス人たちとの交流を深めていることを扇喜 アオイは理解していた。
――――――先生にはウルトラマンがいるから一人でも大丈夫。それ故の“超人”だ。
けれども、そういった縋るべき対象を持たない幼い我々にとっては先生の存在に救いを見出す他なかったのだ。
そういう意味では北条 アキラは小学校の先生だったこともあり、何かあるとすぐに銃器を取り出して発砲するキヴォトス人の気性を理解して上手く乗せることに長けており、論理的に子供の感情を意のままに動かすことが得意なズルい大人の一人ではあった。
そのため、そのことをよく知っている扇喜 アオイはみんなが慕っている北条先生がキヴォトスの平和という大きな目的のために学園と学園の架け橋となれる相手を選別していることを理解しているため、もっとも身近で頼り甲斐があって誰の心にも寄り添える魅力的な異性との関係に
第一、扇喜 アオイは自分がそうなることを望んでいない。ただ欲しいと思っている人の手に渡るよりももっとも必要としている人に寄り添ってもらえるよう、応援する側になることを最初に決めていたのだから。
けれども、頭では理解していても北条 アキラが念入りに
実際、キヴォトスでも悪名を轟かせるテロリストである【美食研究会】黒舘 ハルナがそうだ。北条 アキラが地球の食文化を紹介したことでキヴォトス各地でブームの兆しが起きていたのだが、そこで粗悪なコピー品が出回ることを美食の道を極めようとするあまりに爆弾魔となっている黒舘 ハルナが良しとするはずもない――――――。
結果、地球の食文化を紹介したせいで【美食研究会】の悪行が加速することや、それによって地球に対するイメージダウンを危惧して、悪い意味でキヴォトスで影響力が強い【美食研究会】黒舘 ハルナに首輪をつけようと考えていたことは、【地球文化館】認定ラベルという制度を【連邦生徒会】に審議を持ちかけてきた時点でわかっていた。
そして、やはりというか、怪獣退治の専門家として『怪獣退治は情報が命』と言って情報収集能力の強化を最優先にしていたことから警察機構【ヴァルキューレ警察学校】の顔役である“狂犬”尾刃 カンナとも懇ろになるのは時間の問題だった。
そもそも、北条 アキラが最初に友好関係を結んだ生徒会長というのがキヴォトス屈指の犯罪率を誇る【ゲヘナ学園】羽沼 マコトなのだから、最低最悪をも手懐けた卓越した人間性の魔力に誰も抵抗できるはずもないのだ。
いや、ちがった。前提がちがった。そもそも、こうなることが決められた道だった。
――――――なぜなら、あの“連邦生徒会長”が【連邦捜査部
ここにいる誰よりも先に出会って“連邦生徒会長”が惚れ込んだ人物なのだから、きっと、
そう思うと、
先生は『料理人としての基本を確認する意味合い』というもっともらしい理由をつけて、みんなには他の卵料理を決まって振る舞うのだが、裏返すと『自分の核心となる部分に触れさせない』という明確な意思がそこに感じられた。
そう、月曜日の朝の味噌汁だけは先生が作ることを譲らないように、先生の中では明確な線引がされており、誰も先生の後を継ぐに足る人物がいないからこその万民に対する公平な接し方なのかと思いきや、本当の意味で素質のある生徒を見つけ出して教育を施しているのだ。
――――――そして、先生に選ばれた生徒というのが【アリウススクワッド】錠前 サオリだった。
その理由もわかっている。先生は人類同士の争いが終結した世界の生まれだからこそ、同じキヴォトス人同士で気軽に銃を突きつけて傷つけ合う世界を大嫌いだと公言していたのだから。
ただ、彼女だけが、【アリウススクワッド】錠前 サオリだけが、正しい選択を先生の前でできたからこそ、一番近い位置に居ることができていた。
たしかに話してみれば、そこまで面倒見がいい方だとは思わない自分でもわかるぐらいに錠前 サオリには透き通ったものを感じられた。
そのことがわかっているだけに応援する側としてもつらいものがある。誰よりもみんなのことを考えて 己を律して 公平な判断を下す先生のすることに口を挟むことなんてできない。
そうだった。ただの小学校の先生だったはずがない。“連邦生徒会長”が見込んだ小学校の先生だったのだから、こんな子供みたいな安っぽい思いで欲しいものを強請るワガママな子の相手なんて――――――。
扇喜 アオイ「先生。たまにはリン先輩のことも食事に誘ってあげてくださいよ」
北条先生「そうですね。一通りの対怪獣兵器が揃ったことで僕としても一安心ですし、何かしらの慰労は必要ですよね」
扇喜 アオイ「先生。いくらスケジュール管理が大変でも、そんなふうに公然と機械的な対応をされるのは傷つきます」
北条先生「それは、申し訳ないです。知らず知らずのうちにぞんざいな対応になっていましたね」
扇喜 アオイ「ですから、今一度 これまでお世話になってきた人たちのことを振り返ってくださいね」
北条先生「そうします」
北条先生「今日もありがとうございます。本当に扇喜さんには助けられてきました」
扇喜 アオイ「………………ッ!」
扇喜 アオイ「先生は誰にでもサービスし過ぎです……」
北条先生「怪獣災害を何とかするのに比べたら、ちっぽけなものですよ、これぐらいのリップサービスは」
扇喜 アオイ「そうね。本当にちっぽけなものだわ」
扇喜 アオイ「でも、そんなちっぽけなものに一喜一憂しながら生きているのが私たちです」
北条先生「なら、ちっぽけなものから幸せになるものを集めていけばいいんじゃないんですかね」
北条先生「はい、キヴォトスで集められる最高級素材で作ったチョコレート菓子です。その試作品です」
扇喜 アオイ「か、かわいいですね!」
北条先生「開けてみて」
扇喜 アオイ「あ、凄いです。花の香が開けた瞬間に広がって……」
北条先生「花弁をラングドシャクッキーで形作って、その中にバラの花を埋め込みました」
扇喜 アオイ「外側はチューリップで、中はバラの花ってことですね」
扇喜 アオイ「どうして急にチョコレート菓子を?」
北条先生「まあ、これも【美食研究会】を更に封じ込めるために話題性のあるスイーツの開発をしてましてね」
北条先生「それと、恩師:大山キャップが大の甘党で板チョコを一度に何枚を食べていた話を思い出しまして、チョコレートで攻めることにしたんです」
北条先生「そこから、キヴォトスのパティシエ界に喧嘩をふっかけるつもりで、見た目通りの名前の銘店の味を再現を目指したものがこちらになります」
扇喜 アオイ「……他の人には?」
北条先生「まだ配ってませんよ。まあ、チョコレートクリームやラングドシャの味の選定には後夜祭のケーキ作りに託つけて錠前さんたちに手伝ってもらいましたが」
扇喜 アオイ「……販売戦略については? 生産体制は? 品質管理は?」
北条先生「何も決めてませんよ。まずは試作品の味見をしてもらおうと思ってまして」
北条先生「そうですね。一般販売までにはいかないでしょうから、式典の記念品として配布できればいいと思いますね」
扇喜 アオイ「そう」フフッ ――――――半ば無意識に口元が緩む。
扇喜 アオイ「なら、先生、モニターの選定をこちらでしておきますから、絶対に表に出さないでください」
北条先生「難しいと思いますよ。新しく買った業務用冷蔵庫には鍵がついてないですし」
扇喜 アオイ「由々しきことね」
北条先生「まあ、今は味の感想を聞かせて欲しいかな」
扇喜 アオイ「もう……」
――――――こうして先生のチョコレート工場の秘密が生まれた。