Blue Archive -Document GUYS feat.LXXX- 作:LN58
今度の【ゲヘナ学園】での公開授業は音楽フェスティバル後夜祭であり、土日の2日間の音楽フェスティバルの裏で起きた怪獣災害の報告も兼ねて特設サイトはタイムテーブルで動画が再生されるようにしてあった。これを同時視聴するのが公開授業の内容となるだろう。
一通りの映像素材を確認した後はハイライトを編集し、映像素材がない箇所の補足資料の作成も公開授業まで少ない日数で完遂しなければならなかった。終わったら監修に回して次の仕事である。
後夜祭は公開授業がある【ゲヘナ学園】での夜のパーティーへと続くため、そこでお出しするメニューの一部を受け持つことになり、メニューの考案と監修をする羽目になっていた。
悪戦苦闘しながらも勝利を掴んだ対怪獣兵器:機龍丸の祝勝会と健闘を称えた表彰式も兼ねており、【ゲヘナ学園】ひいては【万魔殿】の威光を更にキヴォトス中に広めるために盛大なものが企画されていたのだ。
北条先生「それでは、明日の後夜祭で【ゲヘナ学園】に納品するスイーツの準備をしようと思います」
ロボット職員「規模と予算に関しては採算度外視と言ったところですね」
北条先生「すでにメニューとレシピは完成していて材料は手配済みです。新鮮なものが午後には届くことでしょう」
北条先生「集まっていただいたみなさんにしてもらいたいことは、祝勝会でお出しするスイーツの選定となります。そして、それをみなさんの手でレシピ通りに作ってもらうことが今回の【シャーレ】としての依頼となります」
ロボット職員「というわけで、こちらのパーティーテーブルに15種類の試作品を用意させていただきました」
ロボット職員「ここにあるものはいくらでも食べてもかまいません。そこから1人3つずつ投票してトップ3をパーティーでお出しすることにします」
ロボット職員「さあ、遠慮なくお召し上がりください。それが前報酬です」
北条先生「では、“ここだけケーキフェスティバル”開始です」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ドタバタドタバタ!
北条先生「おっと、スタートと共に生徒たちが一目散に駆け出しましたね」
ロボット職員「事前に15種類のスイーツのお品書きを配って分散配置したおかげで うまいこと バラけてますね」
ロボット職員「さて、あらためまして実況は私、ロボット職員:マウンテンガリバーと、今をときめく“シャーレの先生”であり“GUYSの先生”北条 アキラ氏を解説にお送りしています」
北条先生「会場ではなく実況席からお送りしているのは、冗談半分で戦争になると言われたため、安全な場所からの実況とおります」
北条先生「まあ、解説と言ってもお品書きに書いてある通りなのですが」
ロボット職員「みなさん、概要欄にあるリンクからお品書きをご覧になってください」
ロボット職員「では先生、どれもこれもキヴォトスでは見たこともない色とりどりのスイーツばかりですね」
北条先生「ええ。記憶にある限りのケーキの銘店のスイーツの再現を行いました」
ロボット職員「こうして見るとかなり詳しいですね。スイーツ巡りが趣味だったんですか?」
北条先生「ちがうんです。僕の恩師:大山キャップが大の甘党で、可愛がってもらったついでにいつもいつもご馳走になっていたんですよ」
ロボット職員「では、どうでしょうか? キヴォトスのスイーツと比べて」
北条先生「キヴォトスはかなり現代日本風の文化圏なので、普通にモンブランがあるのには驚きましたね」
北条先生「ただ、それだけに日本では流通していないようなケーキとなると、あまり見かけなくなりますね」
北条先生「ですので、メレンゲで膨らませたものばかりがケーキ屋に並ぶスイーツだという固定観念を吹っ飛ばして差し上げようと思いまして」
北条先生「あ、No.1
ロボット職員「シュヴァ……、何ですって?」
北条先生「邦訳すると、“黒い森のサクランボケーキ”です。ただし、かなりアレンジを加えたものになりますが」
ロボット職員「サクランボが使われているんですか?」
北条先生「正確にはサクランボの蒸留酒を生地にもクリームにも使っているのが本当なんですけど、サクランボの蒸留酒がキヴォトスになかったので、本物の
北条先生「ですが、もう1つの特徴であるカットした際の断面;スポンジと生クリームを交互に挟んだ断層の模様が美しい点は再現してますよ」
北条先生「まあ、そういう感じのチョコレートスポンジケーキです」
北条先生「No.2ミルクレープケーキです。クレープ生地を何枚も重ねてます」
北条先生「No.3シャコティスです。木の幹みたいで驚いたでしょう。飾りつけも意のままですが、今回はそのままお出ししてます」
北条先生「No.4さつまいもとりんごのタルトです。さつまいものフィリングで濃厚な味わいとりんごの甘さのコラボレーションが魅力的です」
北条先生「No.5まるごとスイートポテトです。要するには素材のままのさつまいもをスイーツとして加工したものですね。先程のさつまいものタルトと食べ比べしてみるといいですよ」
北条先生「席に戻って試食を始めた生徒たちから感想を聞いてみましょう」
ロボット職員「レポーターの方、試食中のモニターの方たちにインタビューをしてください」
――――――――――――
錠前 サオリ「こちら、レポーターの錠前 サオリだ」
錠前 サオリ「先生が用意したスイーツの感想を頼む。食レポというやつだ」
杏山 カズサ「トリニティ総合学園【放課後スイーツ部】の杏山 カズサ。えっと、よろしくお願い、します」
杏山 カズサ「モニターの抽選で当選したということで【放課後スイーツ部】を代表してここに来ましたが、とにかく凄いですね」
杏山 カズサ「これ、本当に“シャーレの先生”が作ったの?」
杏山 カズサ「見ただけで美味しそうだってのが伝わったし、今 食べた
錠前 サオリ「……お、おお。凄いな、私でも正確な名称が言えるか自信がないのに一息に言い切ったぞ」
杏山 カズサ「あ、今のは、その……」
錠前 サオリ「そうか。でも、気に入ってもらえて何よりだ。サクランボの蒸留酒がないということで代わりになるものをいろいろと試してきた甲斐があったというものだ」
羽川 ハスミ「先生、今日は素敵な催しにお招きいただきありがとうございます! トリニティ総合学園【正義実現委員会】の羽川 ハスミです!」
羽川 ハスミ「今日は先生からのご厚意を無下にしないためにも、一つ一つをしっかり味わっていこうと思います!」
羽川 ハスミ「早速ですが、このミルクレープケーキは今まででありそうでなかった新食感の、それでいて正統派な装いで非常にいいですね!」
羽川 ハスミ「あと、こちらはシャコティスを切り分けたものなんですけど、バウムクーヘンの一種だったんですね! そこから外側の木の幹をリアルに再現したのがシャコティスということで見て楽しめるものがあります!」
錠前 サオリ「ああ。シャコティスは木の幹の部分と枝の部分でちがった味わいを楽しめるし、枝を利用して飾りつけもできるから、バリエーション豊かな見て楽しめるスイーツになると思うぞ」
錠前 サオリ「しかし、随分と早食いのようだが、本当に味わえているのか? 全部食べる必要はないが、投票するまでがモニターとしての仕事だからな」
羽川 ハスミ「あ、はい! 問題ありません! 全身全霊で職務に取り組みます!」
錠前 サオリ「そ、そうか……」
錠前 サオリ「む、たしか お前は――――――」
赤司 ジュンコ「美味しい! あれもこれもそれも全部 美味しーい!」
錠前 サオリ「ゲヘナ学園【美食研究会】の赤司 ジュンコだな。インタビューに答えろ」
赤司 ジュンコ「えっ!? あ、インタビュー!?」
赤司 ジュンコ「あ、先生! ケーキが無制限に食べられる素敵なパーティーを開いてくれてありがとう! もう先生ってば、最高にいい人だね!」
赤司 ジュンコ「それでね、えと、あ、そうだ! さっきスイートポテトのケーキを2つ食べたんだけど、どっちもちがったスイーツなのに、どっちもスイートポテトだった! でも、どっちも美味しいー!」
錠前 サオリ「そうか。それはよかったな」
――――――――――――
ロボット職員「好評のようですね」
北条先生「寝る間も惜しんで試行錯誤して作った甲斐がありましたね」
ロボット職員「しかし、15種類ものスイーツを用意するのは大変じゃありませんでしたか?」
北条先生「そうですね。最初のキルシュトルテのようにサクランボの蒸留酒が手に入らないこともありましたから、そこは僕の好みにアレンジしてますけど、」
北条先生「基本的にはまずは素材が良くないと意味がないですから、キヴォトス中の有名店がどこで仕入れているのかを聞き出して取り寄せるところからでしたよ」
ロボット職員「え、それでよく15種類ものスイーツを用意できましたね?」
北条先生「普通は無理ですよ。ただ、音楽フェスティバルが土日であったじゃないですか」
北条先生「それでキヴォトス中でお祭り騒ぎになって、注文キャンセルとかの在庫処分で良いものがたくさん仕入れることができたわけですよ」
ロボット職員「なるほど、後日の後夜祭のためにこうやって音楽フェスティバルでの余り物が有効活用されたというわけですね。非常にエコです」
北条先生「それでお得意様になったので、こうやってケーキフェスティバルで後夜祭でお出しするものを決めてから材料を用意することができるわけですよ」
北条先生「あとは記憶を頼りにレシピを作って、今日のケーキフェスティバルのための分を用意するだけです」
北条先生「手作りですから、これが一番大変で、これからケーキフェスティバルの参加者にトップ3を手分けして大量生産してもらうことになるんですけどね」
北条先生「No.6ロールケーキですね。これ、巻いてないロールケーキなんですよ。クリームをスプーンですくって食べるという食べ方をすることで大ヒットになったコンビニスイーツを再現してみました」
北条先生「No.7シュークリームです。ウソです、食べている途中で形が崩れることがないクッキー生地で包んだクッキーシュークリームです」
北条先生「No.8フルーツケーキです。パウンドケーキと言った方が馴染み深いですか。そうですか。ドライフルーツの凝集された味がアクセントになっています」
北条先生「No.9クレイジーケーキです。別名:第二次世界大戦ケーキ。その実態は卵や乳製品を使用せずに簡単に作ることができるココア味のスポンジケーキです」
北条先生「No.10スフレパンケーキです。メレンゲでふわふわに膨らませた食感が絶品で、喫茶店の主力商品になっていたものを再現してみました」
北条先生「No.11アイスクリームケーキです。ただのチョコレートケーキじゃ満足できないでしょうから、高級チョコレート店のものを再現してみました」
北条先生「No.12フルーツサンドイッチです。フルーツパーラーの人気メニューをそのまま再現しようとしましたが、キヴォトスで手に入る中での最高の組み合わせとなりました」
北条先生「No.13バナナオムレットです。こちらもフルーツパーラーの人気メニューを再現したものですね。スポンジの使い方はケーキだけじゃないということを示した一品です」
北条先生「No.14フルーツタルトです。キヴォトスで手に入るフルーツの盛り合わせというわけです。まあ、見栄え重視だから、実際に切り分ける時は周りとよく相談してください」
北条先生「No.15クリームあんみつです。こちらもフルーツパーラーの人気メニューを再現したものです。器に盛るだけなので作るのが一番簡単です。でも、容器が専用のプラスチックだからコストも割高で悩ましいですね」
こうして音楽フェスティバル当日から後夜祭までのごくわずかな期間に立ち上げられた“ケーキフェスティバル”に目聡く応募して選ばれたモニター60人の誰もが舌鼓を打ったあとに一人3つずつ投票を行い、夜のパーティーで提供されるトップ3が決定となった。
ただし、途中から甘いものに目がない女子生徒たちによる激しい争奪戦の様相を呈し、やはりというか、こうなるのは目に見えていたというか、気軽に銃器を取り出して軽い戦争状態になりかけていた。
もっとも、現場にはレポーターとして送り込んでいた【アリウススクワッド】錠前 サオリがいて、更には【正義実現委員会】羽川 ハスミに、【放課後スイーツ部】杏山 カズサ、【美食研究会】赤司 ジュンコといった強者が揃っていた。
その上で、【救急医学部】氷室 セナがその場に居たため、神聖なる不戦条約を破った裏切り者への制裁は迅速に行われたのだった。
しかし、その付き人が意外な人物だったことに【アリウススクワッド】錠前 サオリは驚きを隠せなかったのだった。
錠前 サオリ「ミサキ、お前もいい人に拾ってもらえたんだな」
戒野 ミサキ「おかげさまでね。まさか、人のことを“死体”呼ばわりして救急車の中に投げ込んでベッドに縛り付けてくるような人間がこの世にいるだなんてね……」
錠前 サオリ「随分と面倒を見てもらっているようだな。包帯やマスクも清潔なものに毎日替えてもらっているのがわかるぞ。ピアスもピカピカに磨いてもらって、身体も洗ってもらえているようだな」
戒野 ミサキ「余計なお世話だよ、全部」
錠前 サオリ「それとも、お前のことを看取ってやりたいとでも思っているのかな? 私もお前の悪癖にはさんざん苦労させられたからな」
戒野 ミサキ「………………」
錠前 サオリ「しかし、意外だな。ミサキもケーキフェスティバルに応募していただなんて」
戒野 ミサキ「それは、セナが無理やり……!」
戒野 ミサキ「というか、ほとんど【ゲヘナ】の病室に監禁されているような扱いなんだよ、今の私って! これ見よがしに監視カメラやバイタル機器で囲ってさ!」
錠前 サオリ「だが、何だかんだ言って、最後の当たりは随分と仲良さそうに食べていたじゃないか、似た者同士で」
戒野 ミサキ「――――――『似た者同士』って、あんな頭のおかしいゲヘナの生徒と一緒にしないでよ、リーダー」
錠前 サオリ「それでも、お前のことを理解しようとしているし、お前も彼女に合わせようとしている」
戒野 ミサキ「そ、そんなこと――――――」
錠前 サオリ「見てればわかるさ。お前との付き合いはだてに長くはないんだぞ。それで氷室 セナのこともなんとなくわかったということは、そういうことだ」
錠前 サオリ「それはそれとして――――――、偉いぞ、ミサキ。ちゃんと自分で選んでスイーツを食べきったし、自分で考えて投票もして、しっかりとスイーツの製作にも取り組んでくれて鼻が高いぞ」
戒野 ミサキ「いや、だってさ、そうしないと、セナにまた何されるかわからないし」
錠前 サオリ「本当に良い友人を持ったな、ミサキ」
戒野 ミサキ「いや、本当にそんなんじゃないんだってば、リーダー……」
氷室 セナ「先生、今日は本当に楽しい催しに招待していただき ありがとうございました」
氷室 セナ「およそ【万魔殿】が要求している豪勢さには程遠い手軽に食べられるスイーツをたくさん用意してくださったお気遣い痛み入ります」
北条先生「まあね。氷室さんには最初の頃は本当にお世話になってましたし、仕事柄 そんなに糖分も摂れないでしょうから、チートデイのご褒美スイーツですよ」
氷室 セナ「懐かしい味です。先生が【ゲヘナ】を襲った天変地異の正体を突き止めるべく奔走していた頃の。またいただけるだなんて思いもしませんでした」
北条先生「そんなに昔じゃないはずなのに、懐かしいですね。【温泉開発部】と地底探査を強行して異常現象の正体が地底怪獣:クレッセントによるものだと突き止めるまでの地道な活動を支えてくれたのは氷室さんでした」
北条先生「そこから【セミナー】調月 リオさんと協力体制を結んで【キヴォトス防衛軍】の結成まで進めることができましたが、信用も実績もない“シャーレの先生”に最初に【救急医学部】が協力してくれた時のことを昨日のことのように思い出せますよ」
氷室 セナ「いえ、震災で大量の
氷室 セナ「
北条先生「まあ、Xデーを迎えてから怪獣退治の専門家の“GUYSの先生”として注目を浴びるようになったからね。それまでのことはそこまで……」
北条先生「やっぱりね、女の子はスイーツが大好きだからね。気休めでも、あったら嬉しいものには変わりないから」
北条先生「それにヒーリングミュージックがあるように音楽の力も侮れない。慰問ライブは地域再生には必要不可欠」
北条先生「そうこうしているうちに地球にも現れた怪獣:クレッセントの存在を感じて、氷室さんの紹介で【風紀委員会】と顔繋ぎしてもらって、最終的に【温泉開発部】に行き着いたわけです」
氷室 セナ「まあ、先生は元々チナツとも顔見知りでしたから、先生の実力はこれで保証されたわけです」
氷室 セナ「でも、先生と二人で毎晩のようにお話することはもうないと思うと、本当に寂しかったです」
氷室 セナ「たとえ、先生が毎週【ゲヘナ】で公開授業をしてくれていても、怪獣退治のためにキヴォトス中を駆け回る先生は本当に偉大な方になってしまいましたから」
――――――だから、またこうして二人でお話する夜が来たことが本当に嬉しいです。
別れの後の再会を喜び合う関係は尊い。やはり、よく似ている――――――。
【キヴォトス防衛軍】に参加してバム星人から大切な仲間を取り戻した【アリウススクワッド】は解散となってしまい、それぞれが今後の生き方をあてもなく探し求める日々を送っていた。
そんな中で【アリウススクワッド】槌永 ヒヨリは明日の我が身を思いながらも最後に受け取った分け前で最後の晩餐になるかもしれないと豪勢な食事を思い切って楽しもうとしていた時、【美食研究会】黒舘 ハルナが起こした爆破テロに巻き込まれてしまっていた。
それでお先真っ暗だと泣き崩れていたところ、他ならぬ爆弾魔の黒舘 ハルナがそれを自分と同じように美食への冒涜を嘆いての涙だと一方的に勘違いし、お口直しに鯛焼きを分け与えたことから槌永 ヒヨリは成り行きで【美食研究会】の一員となってしまっていた。
一方、【アリウススクワッド】戒野 ミサキもまた口喧しく自傷行為を止めてくる母親代わりのようなリーダーから解放されたと同時にリーダーから与えられ続けていた生きる指針を失ったことで、とにかくどこか遠くへと彷徨い続け、すぐに行き倒れてしまっていた。
しかし、流れ着いた先は【アリウス】にとっては憎悪の地:ゲヘナ自治区でありながら、通りがかったのが【救急医学部】氷室 セナだったのが戒野 ミサキの運の尽きであり、氷室 セナの口癖で“死体”呼ばわりされたのに腹を立てたところで掴み上げられて救急車の中に放り込まれるだけであった。
そこから【アリウス】の思想をもっとも体現した退廃的で自傷癖がある戒野 ミサキは身包みを剥がされて【ゲヘナ】の病室に監禁されて氷室 セナに甲斐甲斐しく身の回りの世話をされる日々を送ることになった。
もちろん、脱走を考えなかったわけではないが、武器を取り上げられた上に土地勘のない場所で孤立していたわけなので可能な限りの情報を得ようとして、氷室 セナにされるがままの状況を甘んじて受け入れていた。決して1日3食付きの安心安全快適な生活に心が揺らいでいたわけではない。
その間も自分を連れ去った張本人である氷室 セナから外の情報を引き出そうと感情を隠すのが下手なのを自覚しながらも話し続けているうちに、氷室 セナに連れられて【ゲヘナ】の温泉街や海水浴場に繰り出すようになり、戸惑いながらも行く先々でツーショット写真を撮ることになっていた。
更には人手不足で手伝って欲しいと言われて【救急医学部】の活動に紛れ込むようになった戒野 ミサキは氷室 セナに促されるままに
そうやって病室の外を自分で視て聴いて感じてきたことにより、自分を監禁して連れ回している憎きゲヘナ生:氷室 セナが自分に対して特別待遇もとい妙な執着心を抱いていることが周囲の反応からわかったものの、毎日のように一緒にシャワーを浴びて包帯を替えてもらう生活をし続けているうちに自分自身も変な方向に変わっていっていることを自覚するようになっていたのだ。
具体的には一人の時間に思うことが変わった。虚しくて死にたくなる気持ちから自傷行為に及ぼうと盗んできた刃物を光らせる度に、傷跡に包帯を巻いてくれる氷室 セナが今も救急活動に取り組んでいる様子が頭に浮かび、経過観察で一緒にシャワーを浴びる時に新しい傷跡が確実にバレて面倒なことになるので思い止まるようになった。
そこから【アリウススクワッド】での日々を振り返るようになった。その度に思い出すのは辛いばかりの日々であり、そんな日々から逃れたくて身についた自傷癖を咎める口喧しいリーダーの存在がいつもあった。
そして、幼い頃から仲間を守るために何だってやってきたリーダーが怪獣災害を前にして完全に弱音を吐いたことにより、【ゲヘナ学園】と【トリニティ総合学園】への復讐のために暗躍していた【アリウススクワッド】は活動停止に追い込まれてしまっていた。
自分を死なせないために抑圧してきたリーダーから解放されて自由になった時、特に何かが変わることがなかったことに気づく。それは念願叶ってリーダーの元から離れることができたというのに、必死の形相で死ぬことを絶対に許さなかったリーダーの面影がずっとついて回ったのだ。
なので、戒野 ミサキは自分で死ぬことも選べないまま彷徨い歩くことになり、気づけば【救急医学部】氷室 セナに捕まって彼女の仕事の手伝いをする日々を受け容れるようになっていたのだ。
どうしてそうなってしまったのかを考えていると、自傷癖を持つ戒野 ミサキに対して、氷室 セナは理由や立場はちがってもリーダーと同じように慈しんでくれていたのだと気づく時がくる。リーダーの愛情の深さについても。
他にも、口下手で誤解されやすい性格だけれども、仕事熱心で実力は確かで仲間から頼りにされている面などいろいろと共通点を見出すことができた。
だから、戒野 ミサキは氷室 セナに従った。いろいろ斜に構えた物言いになってしまう気難しさは変えようがないが、氷室 セナと一緒にシャワーを浴びて包帯を巻いてもらう日々を否定することはもうしなかった。
なにより、【救急医学部】氷室 セナの救急活動を通して戒野 ミサキは自分が知らなかった世界を目の当たりにすることになったのだ――――――。
――――――一方で、氷室 セナから見た戒野 ミサキはちがったものであった。
【アリウススクワッド】戒野 ミサキは歴史の闇に葬られた【アリウス学園】の所属であるため、【連邦生徒会】にも登録されていない団体である以上、どこかの学園を抜け出して行き倒れていた身元不明の浮浪者に過ぎない。
しかし、一度は別れを切り出した【アリウススクワッド】リーダー:錠前 サオリだったが、後から【キヴォトス防衛軍】軍事顧問:北条 アキラにどこかで仲間たちに出会うことがあれば手を貸して欲しいことを懇願しており、
一方で、氷室 セナが病室に入れた身元不明者がどうやらバム星人との戦いで活躍した【アリウススクワッド】の一員であるらしいという証言を得られたため、【アリウススクワッド】との繋がりを確実に持っているはずの“GUYSの先生”に連絡を入れたのだ。
そのため、氷室 セナが北条 アキラに戒野 ミサキの身元確認をさせた後、錠前 サオリから力になって欲しいと頼まれていた北条 アキラが戒野 ミサキのお世話を氷室 セナに頼み込んでいたのだ。
そうして氷室 セナは戒野 ミサキのお世話を通じて Xデーを迎えて“GUYSの先生”として連絡を取りづらくなった北条 アキラと二人で話し合える夜をビデオ通話などを通じて再び味わうことができていたのだった。
だからこそ、氷室 セナは間接的に保護者の錠前 サオリの願いを受けて戒野 ミサキの良き理解者として振る舞うことができたわけであり、多少なりとも自分に似た雰囲気の戒野 ミサキに親近感を覚えていたことも大きい。
勘違いしてはいけないのは、ずっと介護するようには北条 アキラは指示していないため、一緒に温泉に入ったり、仕事現場に連れ回したりするようになったのは完全に氷室 セナの意思によるものである。
よって、それを労うためのケーキフェスティバルであり、女の子だったら大好きなスイーツをたくさん食べられるイベントを開催した目的の1つには、そういった個人的な付き合いもあったわけなのだ。
というより、“GUYSの先生”でもなく“シャーレの先生”でしかなかった時期の北条 アキラを支えたのが【ゲヘナ学園】というのは周知の事実だが、その中でも最初に手を取り合うことができたのが【給食部】【救急医学部】というのはあまり知られていない。
毎週の公開授業の中でフードイベントを共催する【給食部】とは毎週のように顔を合わせているのだが、キヴォトス屈指の犯罪発生率を誇る【ゲヘナ学園】では常に大忙しの【救急医学部】とはなかなかに顔を合わせる機会がとれなかった。
なので、今となってはキヴォトスの頂点に立つ存在にまでなった北条 アキラとはかつては毎日のように語り合った夜の思い出を胸にその活躍をニュースを通じて嬉しく思うだけの日々となっていたが、
そんな時に先生のお願いとして戒野 ミサキのお世話を頼まれたとなったら、氷室 セナとしては張り切って取り組む他なかったのだ。
その報酬としてケーキフェスティバルに招待されて、思い出の味のスイーツがたくさんパーティーテーブルに並べられているのを見て、あの頃の思い出が完全に忘れ去られたわけではないのを確かめることができ、再び救急車の狭い車内で語り合う夜を迎えることになった。
だからこそ、“シャーレの先生”の栄達を嬉しく思う一方で、“GUYSの先生”としてキヴォトス中の怪獣災害の対策に東奔西走する日々に追われて、長らく【ゲヘナ】のためだけに力を尽くしてくれる奇跡はもう起こらないことを静かに受け容れるしかなかった。大事な瞬間瞬間を取り逃したくなかった。
それは怪獣退治の専門家:北条 アキラが【キヴォトス防衛軍】を結成するにあたってキヴォトス
要するに、キヴォトス最強と名高い【風紀委員会】空崎 ヒナであっても、卒業を控えている高等部3年の生徒はこれからの新時代の中核を担う戦力からは除外されていることになるのだ。それは怪獣災害および怪獣頻出期の終焉がいつになるかもわからないからこその将来を見越した持続的な防衛体制の構築であった。
そのため、北条 アキラは各学園が誇る最強戦力を【キヴォトス防衛軍】に登用しない大胆な人事に対し、怪獣退治の適性のこともあるが『これまで通りの秩序の維持』『生徒たちが帰る場所を守ってもらうのが役割』というもっともらしい理由で言い包めている一方、言外に高等部3年には将来性がないから無理に部署異動させて無用の混乱を招きたくないという冷静かつ冷徹な割り切りもあったのだ。
最初の怪獣:クレッセントによるキヴォトス中を襲った異常現象の正体が怪獣災害であるという確信を得た頃から【キヴォトス防衛軍】の構想を練り始め、裏稼業のプロである【温泉開発部】鬼怒川 カスミを積極的に登用したのも、彼女がまだ高等部2年生だったことも非常に大きい。
つまり、Xデー到来と【キヴォトス防衛軍】設立までの過程と北条 アキラの人柄をよく知っている【救急医学部】氷室 セナもまた自身が高等部3年ということで将来性がないという扱いで【キヴォトス防衛軍】の医療班に喚ばれることがないことを悟っていたわけである。
こういった人事に氷室 セナが納得しているのも、他ならぬ北条 アキラを赴任させておきながら失踪した“連邦生徒会長”が推進していた【ゲヘナ】と【トリニティ】の平和条約で結成される【エデン条約機構】での配属の話が持ち上がっていたからであり、そこと人材の奪い合いにならないように【キヴォトス防衛軍】では各学園の主力となる高等部3年の生徒の引き抜きを絶対にしないようにも配慮していたのだから、異議を唱えるわけにもいかない。
それは氷室 セナたち【救急医学部】の面々が自分たちが住んでいるゲヘナ自治区のために 日夜 救急出動しているからこそ、キヴォトス全土のために怪獣災害と立ち向かう北条 アキラは声を掛けなかったわけでもあり、互いのことを理解しているからこその必然の別離でもあった。
それでも、怪獣退治の専門家:北条 アキラの初期の活動を大いに支えた功労者であるため、また会いたいと思う気持ちに互いに嘘はなかった。
北条先生「――――――あれが北極星で、ウルトラの星はどこにあるのかな?」
氷室 セナ「………………」
北条先生「今日は本当にありがとう。みんなのおかげで、納品するスイーツは完成しました」
戒野 ミサキ「いや、ここはキヴォトスなんだよ、先生? 運んでいる途中で奪われる可能性だってある」
錠前 サオリ「ああ。いつもいつも【ゲヘナ】ばかり良い思いをしているように思われているから、それをおもしろく思っていない連中が襲撃をかけにくる可能性が大いにある」
ロボット職員「その不満を発散させるためのケーキフェスティバルが功を奏せばいいですがね……」
ロボット職員「まあ、音楽フェスティバル本番から後夜祭までの超短い募集期間に応募できた目敏い60人の中に招待客が紛れ込んでいても誰も文句は言えないですよね」
北条先生「これも供応接待・供応買収になっちゃうのかな? 【正義実現委員会】や【美食研究会】といった要注意人物たちに対する、ね」
秤 アツコ「またね、ミサキ」
錠前 サオリ「私たちも先生と一緒に【ゲヘナ】に向かうから、その時はまた【アリウススクワッド】の4人で会場の警備でもしよう」
戒野 ミサキ「本当に変な話。【ゲヘナ】憎しの【アリウス】だったのに、【ゲヘナ】のパーティーを守ることになるだなんて」
秤 アツコ「でも、みんなイキイキしてる」
ロボット職員「…………綺麗になったね、みんな」ボソッ
戒野 ミサキ「は、はあ!? な、何を言っているの、コーイチ!?」
ロボット職員「あ! ごめん! 変なことを言った!」
秤 アツコ「照れることはないよ、ミサキ。綺麗になったのは事実なんだし」
錠前 サオリ「ああ。見違えるぐらいに血色が良くなったし、表情も柔らかくなっているぞ」
戒野 ミサキ「それを言ったら、リーダーも別人みたいじゃん……」
氷室 セナ「もうそろそろで出しますが、早く言ったらどうですか、ミサキ? ――――――『また みんなと会えて楽しかった』って」
戒野 ミサキ「…………せ、セナ!」
錠前 サオリ「いや、いいさ。ミサキが元気にやれているのはわかったから」
北条先生「じゃあ、気を付けて お帰り」
氷室 セナ「先生、会えないかもしれないけど、また明日」
北条先生「うん、また明日」
ブッブウウウウウウウウウウウン!
北条先生「………………」
秤 アツコ「行っちゃったね」
秤 アツコ「本当に不思議なめぐり合わせだよね」
錠前 サオリ「ああ。ヒヨリにしてもミサキにしても、意外な相手と絆を深めることになっていたとはな」
錠前 サオリ「まあ、たしかにゲヘナ生の危なさはキヴォトス屈指なのは疑いようのない事実だったが、そんな最低最悪の環境にあってなお、他者を慈しむ心に生まれも育ちも関係ないことがわかるな」
錠前 サオリ「私たちは相手のことをよく知らずに一方的に憎んできて傷つけようと準備してきた…………」
錠前 サオリ「けど、先生からしてみれば、そんなのはキヴォトス人全体の傾向から外れていない行為でしかないと…………」
錠前 サオリ「ただ、先生が私のことを一番に褒めてくれたのは、劣悪な環境の中で私が教官になるほどの早熟した才能に加えて、仲間想いなところも評価の対象だったけれど――――――、」
錠前 サオリ「私がアツコのために銃を後ろに置いて頭を下げたことが他のキヴォトス人にはなかった素養だったらしい」
秤 アツコ「たしかに、降伏の仕方なんて一応は学んだけど、実際に使うだなんてことは誰も考えてなかったよね」
北条先生「そう、まさしくそれなんだ」
錠前 サオリ「先生」
北条先生「――――――最終的に武器を捨てられるかどうかなんだ、平和を築くには」
北条先生「もちろん、今すぐに武器を没収することはテロリストたちに利を与えることになるから、考えなしにやるわけにはいかないけど、それならそれで刀を抜かないための武士道のような精神文化がキヴォトスで生まれることを切に願っている」
ロボット職員「……その可能性を開くのがサオリさんだと?」
北条先生「そうなのかはわからないけれど、たぶん誰も一生のうちにするだなんて思っていない降伏の作法を実践してみせた利他の精神は錠前さん以外で見たことがないし、衝動的に人を撃つような真似を絶対にしないのも自制の精神が抜きん出ている証だよ」
錠前 サオリ「……先生」
秤 アツコ「うん。やっぱり、サッちゃんは凄い」
ロボット職員「――――――かえって【アリウス】の劣悪な環境が銃犯罪が当たり前のキヴォトスの常識に染まらない良さを生み出したというわけか」
北条先生「それはそれで、世間知らずにもなるけれどもね。それに、錠前さんが
ロボット職員「難しいものですね、人というのは」
北条先生「そうだよ。そういう意味では【アリウス】の教えじゃないにしても人の世は虚無だ」
北条先生「正直に言って、銃器なしの生活を考えられない 命を容易く奪う銃声と硝煙の匂いが染み付いたキヴォトス人とやっていけるか、ずっと思い悩んでました」
北条先生「でも、虚無という価値をつけるのもまた人なのだから、虚無であると自覚したのなら自分の心が満たされる方向性を他から見つければいいだけのこと」
北条先生「だから、僕はこのキヴォトスで一から怪獣や侵略者に立ち向かえるだけの防衛体制の構築をすることに不安や虚無感を抱いても前を向いて進められる」
――――――光の国から僕らのためにやってくるウルトラマンがそうなんだから。
七神 リン「――――――あらためて、本当にいつもおつかれさまです、先生」
北条先生「いえいえ、こちらこそ、七神さん。いつもお世話になっているのに、あまりこういった饗しができなくて歯痒く思っていました」
七神 リン「まあ、一応は公務員ということで供応を受けるわけにはいかないですからね」
北条先生「今日という日までに迎えることができたのはたくさんの人たちのおかげなんです。僕だけが頑張っても意味がない。みんなが立ち上がって一丸となって掴み取った結果です」
北条先生「――――――これがキヴォトスが持つ可能性なのだと、一体感を持ってもらえたはずです」
七神 リン「そうですね。私もここまでのことができるようになるだなんて思ってもみませんでした」
七神 リン「でも、やっぱり、それは怪獣退治の専門家である先生の的確な指導や教育の賜物であるし、失踪した“連邦生徒会長”がキヴォトスに喚んでくれていたからでもありますね……」
北条先生「まだ“連邦生徒会長”に固執しているんですか? 新たな代表を立てるべきではないのですか?」
七神 リン「そう簡単には割り切れないわ……」
北条先生「僕は憶えてないんです。どうやってキヴォトスに来たのか、“連邦生徒会長”との出会いさえもどうだったのかも……」
北条先生「だから、薄情だとは思いますが、怪獣頻出期に突入した天変地異の時代で舵取りができる【連邦生徒会】を新たに樹立しなくてはいけません」
北条先生「僕は怪獣退治の専門家として喚ばれただけの“先生”なんです。少なくとも民主共和制で【連邦生徒会】が成り立っている以上、選挙権のない異邦人の僕がどうこうする立場じゃないんです」
北条先生「なので、失踪した“連邦生徒会長”が提案した【ゲヘナ学園】と【トリニティ総合学園】で締結することになっているエデン条約についても責任を持って【連邦生徒会】が見届けるべきです」
北条先生「そして、“連邦生徒会長”不在によって閉校となってしまった【SRT特殊学園】の生徒たちの抗議運動があったことも憶えておいてください」
北条先生「抗議運動については僕が軍事顧問になって【キヴォトス防衛学園】に生まれ変わらせる裏技で解決しましたが、最高責任者の僕がいなくなって機能不全になったら、また同じことになりますよ?」
七神 リン「わかっているわ、そんなこと……」
七神 リン「ただ、誰もが“連邦生徒会長”のような超人ではないのよ……」
七神 リン「知っているでしょうけど、“彼女”の失踪で各自治区では犯罪が急増し、違法な兵器の流通量が2000%は増加、七囚人の脱走といったトラブルが多発している……」
七神 リン「たった一人抜けた穴、その埋め合わせだけでも【連邦生徒会】の処理能力は限界だったのよ……」
北条先生「だからこそ、一部の人間の才能に人類の全てを委ねる専制政治のごとき社会システムは終わらせるべきなんです」
七神 リン「でも、そんなことは本当にできるの? 誰もが認める超人であった“彼女”でさえも備えを残すことができなかったのが今のキヴォトスなのよ?」
北条先生「地球は地球人の手で守られるべきであるように、キヴォトスはキヴォトス人の手で守られるべきです! ウルトラマンにいつまでも守られているのが当然だと思われても困ります!」
北条先生「まずは各学園から選出されているのが【連邦生徒会】なんですから、母校との結びつきを見直した方がいいんじゃないんですか?」
北条先生「その名の通り【連邦生徒会】はかつて【キヴォトス連邦】の加盟国が結束を誓いあった神聖な場なんです。その原点を見忘れてないですか?」
七神 リン「………………」
北条先生「まあ、これは【キヴォトス防衛軍】軍事顧問として、みんなの命を預かる立場からの主張です。頭の片隅に置いてください」
北条先生「ここからは小学校の先生としての知見から話させてもらうよ、七神さん」
北条先生「七神さん、僕としては別に【連邦生徒会】の運営なんて破綻してもいいと思っているよ」
七神 リン「せ、先生!?」
北条先生「正直に言うと、地球での生徒会活動なんてものは内申点を稼ぐためのものでしかないし、たとえ生徒会長としての輝かしい肩書を持っていたとしても、進学したらピカピカの新入生の一人に戻ることだしね」
北条先生「だいたい、生徒会活動だけで学園の改革が劇的に進んだ事例なんて見たことがない」
北条先生「だから、生徒会活動なんてものはそんなものだと思っているし、国会や県議会、市議会だって問題は山積みで一向に成果が上がることはない。目に見える形で報告されたこともない」
北条先生「でも、民主共和制は政治の失敗を自分たちが選んだ代表のせいにしちゃいけないんだ」
北条先生「だから、民衆が責任を全て【連邦生徒会】に押し付けるのなら、【連邦生徒会】の崩壊と共に民衆も一緒に破滅を受け容れるべきなんだ。それが反省につながる。そうじゃないと進歩がない」
七神 リン「………………」
北条先生「つまり、七神さんたちはよくやっている方だと思うよ? たぶん、60点ぐらいだと思うけど、“連邦生徒会長”がいたところで100点満点だったのかな?」
七神 リン「あ……」
北条先生「問題は常に起こり続けて、完璧なんてありえないことを知っているのだから、もうちょっと肩の力を抜いてもいいと僕は思うな。理想を追求することをあきらめることとは別で」
北条先生「だから、僕はこうやって七神さんを個人的に招いて
北条先生「まあ、ともかく、今は仕事のことなんか忘れて、美味しいものに舌鼓を打つことです。マシーンじゃないんだから、人間らしいことを仕事の合間にするべきなんです」
七神 リン「そうですね、先生。今は思い切り楽しませてもらいますね」フフッ
七神 リン「でも、そうなると、先生はどうなんですか?」
北条先生「――――――僕? 僕はずっと一人だよ?」
七神 リン「…………『一人』ですか」
北条先生「いや、ちがった」
――――――僕にはウルトラマンがいるから大丈夫だよ。
恐るべき超古代怪獣を撃退した後、扇喜 アオイの助言に従って連邦生徒会長代行:七神 リンとの二人きりの時間を過ごしていた。
Xデー以来 避難先の【シャーレ・オフィス】に機能移転をした【連邦生徒会】の面々とは毎日のように顔を合わせてはいるが、こうやって慰労の機会を設けることはこれまでなかった。
ただ、【キヴォトス防衛軍】の戦力が充実し、サンクトゥムタワーの復興と防衛体制の構築がある程度まで進み、Xデーからの激動が一区切りついたということで、功労者を労うことは絶対に必要であった。
なので、会ったことも話した憶えもない“連邦生徒会長”なんかよりも 現在 キヴォトスの代表として悪戦苦闘の日々を送ってきた七神 リンを個人的に招いてコース料理を振る舞うのであった。
高級レストランでの食事でも良かったのだが、あまり人前で目立つようなことをしたくないという七神 リンの希望により、人払いをした【シャーレ・オフィス】の一室で この時のためだけにセットを組んで互いに着飾り、ドレスを着た七神 リンはタキシード姿の北条 アキラに手を引かれてエスコートされることとなった。
この会合の名目も北条 アキラのテーブルマナー練習という非公開の【シャーレ】の依頼であり、本来は【連邦生徒会】役員なので供応接待を受けてはならない身だが、それに対して ただの一生徒である七神 リンが依頼を引き受けた形となっていた。代行とは言え、実質的なキヴォトスの代表である以上はテーブルマナーにも精通していなければならないという理論武装つきである。
とは言え、キヴォトスには獣人やロボットが社会人の役割を果たしている一方で、ヘイローのある男子生徒がいない摩訶不思議な生態であるため、こうやって男性にエスコートされるテーブルマナーが周知されていること自体がある種の奇跡であり、結婚式と並んで殿方に手を引かれてエスコートされることはキヴォトスの生徒たちにとっては憧れのシチュエーションなのだそうだ。
そのため、何とかして激務の連邦生徒会長代行:七神 リンを労うためにテーブルマナー練習を名目に食事に誘うことにした時、誘うように助言した扇喜 アオイが一瞬固まることになり、直後に物凄い剣幕でエスコートすることの意味を問い詰められることになったのだ。
しかし、北条 アキラは教育者として生徒たちにテーブルマナーを教え込む必要や、代表者である七神 リンにそういった経験が必要であると理路整然と説明したが、そういう名目でしか食事に誘えそうにないことを白状すると、扇喜 アオイは呆れたような安心したような表情でホッと息を吐き、セッティングに協力することになったのだ。
なので、【シャーレ】の依頼としてのテーブルマナー練習は一通り確認して撮影を終えた後は北条 アキラが用意したコース料理を楽しみながら気の済むまで二人きりで話し合うことになった。
とは言え、雰囲気作りのためにBGMを調整して練習風景を撮影するカメラマンが必要なように、コース料理を都度持ってくる係も要るわけであり、その係はロボット職員:マウンテンガリバーと錠前 サオリが担当していた。扇喜 アオイも秤 アツコと一緒に先輩にドレスを着せた後は別室でコース料理を食べながら終わるのを待っていた。
近くに給仕が控えているとは言え、【シャーレ・オフィス】の一室での秘密の食事会での会話は議事録をとらない非公式なものであり、コース料理の美味しい食べ方や蘊蓄を披露する合間に、実質的なキヴォトスの軍事の頂点と行政のトップの秘密会議が繰り広げられていく。
また、本来はコース料理に合わせたワインを両者に提供するべきであったが、未成年者の飲酒はよろしくないということで、実物のワインの飲み方を一人で実践するだけに留めたが、肥沃な大地の【ゲヘナ】の赤ワインが非常に上質であることに驚きを禁じ得なかった。この赤ワインの上質さと同じぐらいに【ゲヘナ】の治安が良いものであったらいいなと思わず口にしてしまう。
そう、国家に相当する各学園の自治区には一通りの産業が揃っているわけなのだが、キヴォトスで一二を争うマンモス校【ゲヘナ学園】とそのライバル校【トリニティ総合学園】はそれだけの人数を養える農地面積を誇っているわけであり、たしかにこの2大学園が結ぶエデン条約が只事ではないことが伝わってくる。
しかし、わからないのはエデン条約を推進していた“連邦生徒会長”にはどれだけの効果があると見込んでいたのかだ。野心家であることを隠しもしない【万魔殿】羽沼 マコトが素直に平和条約に従うだろうか。自由と混沌こそが【ゲヘナ学園】の真髄ならば、【トリニティ総合学園】をも巻き込んだ更なる自由と混沌を目指そうとしていることを見抜けないはずがない。
それとも、失踪以前に“連邦生徒会長”の手足となって犯罪抑止の要で在り続けた【SRT特殊学園】による介入と統制を更に強化してキヴォトス史上最大の軍事組織となるはずだった【エデン条約機構】にも対応が可能だと踏んでいたのだろうか――――――。
七神 リン「おそらくですが、“連邦生徒会長”は【エデン条約機構】という成功例を生み出して、【キヴォトス防衛軍】のようなキヴォトス中の生徒たちを集めた防衛組織を立ち上げようとしていたのではないでしょうか?」
七神 リン「これは怪獣災害に備えて怪獣退治の専門家である先生を喚んでくれていたことを踏まえると、です」
七神 リン「しかし、“連邦生徒会長”は失踪することになり、怪獣災害に備えて立ち上げようとしていた【エデン条約機構】の設立も 事実上 頓挫することになりました」
七神 リン「ところが、先生は一からキヴォトス中で人脈を作り上げ、Xデーを迎えて【キヴォトス防衛軍】の設立にまで漕ぎ着けたのです」
七神 リン「これも先生にキヴォトスの未来を託した“連邦生徒会長”の予測通りの展開だったのか、あるいは予測を超えた展開だったのかは本人に訊かないとわからないことですが……」
七神 リン「本当にありがとうございます、先生。キヴォトスを代表してお礼を申し上げます」
北条先生「本当に最初の頃は何をすればいいのかわからなかったし、怪獣災害が起きたとしてもこれまでのキヴォトスの歴史に対怪獣兵器がなかったんだから本当にどうしようもない状況でしたね」
北条先生「でも、怪獣や侵略者たちの脅威をみんなの力で跳ね除けて、その力を自分たちのものにして戦力の充実を図ってきたのがついに実を結びました」
北条先生「どんなに知識や勇気があっても僕一人だけでは成し得なかったことです。こちらこそ、ありがとうございました」
北条先生「ですので、そろそろ未調査領域にも着手しなければなりません」
七神 リン「――――――【アビドス】の件ですか」
北条先生「キヴォトス最大の版図を持つ最北端の僻地【レッドウィンター連邦学園】の未調査領域もそうですが、ハザードマップの提出すらしていないのは【アビドス高等学校】だけです。万全の状態で怪獣退治をするのにあたって重大な障害となります」
北条先生「しかも、再三の【連邦生徒会】からの招集にも応じないことから、【アビドス高等学校】という学園組織そのものが砂漠に呑まれてしまったのでしょうか? 連絡はしているのですよね?」
七神 リン「それはもちろんです。ただ、度重なる移転や離散によって組織が崩壊していき、提出されている在籍者数の推移を見るに2年前にたった2名となって音信不通となっています」
北条先生「…………2名だけか。普通に考えたら組織は消滅したも同然だ。2人だけで国が回せるものか」
北条先生「――――――いや、待て。これはおかしいぞ」
七神 リン「……何がですか?」
北条先生「かつて【ミレニアムサイエンススクール】が台頭する以前のキヴォトス
北条先生「それについて“連邦生徒会長”は何の手も打たなかったのですか? 学園組織が自然消滅した場合の土地の所有権や住民の保護はどうなっているのです?」
七神 リン「…………“連邦生徒会長”も滅びゆく運命の【アビドス】なんかよりも現存している【ゲヘナ】と【トリニティ】の和平を優先したんだと思います。自然消滅するにしても その最期の瞬間を見届けられるほど【連邦生徒会】にも余力はなかったのです」
北条先生「本当に? もはや自然消滅は免れないほどに自治区が形骸化した空白を横取りしようとしない輩が本当にいないのか? ブラックマーケットなんて闇市を取り締まれないキヴォトスで?」
七神 リン「いや、待ってください。かつての【アビドス】を筆頭にした旧キヴォトス
七神 リン「もしかしたら、【アビドス】の自然消滅の頃合いを見計らって【ゲヘナ】と【トリニティ】に空白となった【アビドス】の委任統治を求める構想があった――――――?」
北条先生「どういうことです?」
七神 リン「先生の話を聞いて少し思い出したのですが、“連邦生徒会長”は【ゲヘナ】と【トリニティ】の平和条約であるエデン条約以前に、【アビドス】を筆頭にした旧キヴォトス
北条先生「本当に?」
七神 リン「もちろん、かつては栄華を誇っていましたが、今では見る影もない【アビドス】のことに意識を割く余裕も必要もなかったので、“連邦生徒会長”は取り止めにしたようなんですが、失踪した直後の捜索でその草稿が発見されていたのを思い出しました」
七神 リン「たしか、その草稿に書かれていた条約名なんですが――――――、」
――――――ティガ条約。旧キヴォトス
北条先生「…………『ティガ条約』? あまり聞いたことのない響きですね。『
七神 リン「なんというのか、やっぱり先生は“連邦生徒会長”が見込んだだけのことはあります」
七神 リン「会ったことも話したこともないはずなのに、私よりも“彼女”のことをわかっていますね」
七神 リン「――――――それが私の限界みたいです」
北条先生「……七神さん?」
七神 リン「あ、すみません。本当は先生が仰るように『キヴォトスのことはキヴォトス人でやらなくちゃいけない』のにこんな…………」
北条先生「それもしかたがないことです。『学校は社会の縮図』でしかないのに『学校を社会そのもの』と同一視した誤った社会通念が罷り通っているのですから」
北条先生「地球人と同じ年齢で思春期を迎えるキヴォトス人の青少年の健全育成のためには、まずは学業に専念できるように大人が社会システムの管理運営を司るべきなんです」
北条先生「とは言え、今日はお小言を言うために食事に誘ったわけじゃないんです」
北条先生「さあ、改善点が見つかったのなら後はなくす努力をするだけなんですから、今は笑って。歓談の席では楽しい話題をしないと。ね」
北条先生「もう少しだけマナー練習ということで、僕と踊っていただけないですか?」
七神 リン「はい、喜んで」
ロボット職員「…………『ティガ条約』か」
ロボット職員「…………きみはずっと信じてくれていたのに」
ロボット職員「…………シロコ、ホシノ、みんな」
錠前 サオリ「……コーイチ?」
らしくないことをしているのはわかっている。自分に向いていないことは最初からわかっているし、代わりが務まるだなんて一度たりとも思ったことはない。
それでも、残された者が何とかしなくちゃいけない。残された者の中で一番偉い首席行政官が代行しなくてはならない――――――。
けれども、代行という肩書がついたところで、誰も“彼女”の考えていたことなんてわからないのだから、国家元首の失踪と共に方向性を見失った行政府がたちまちのうちに行き詰まってしまうのは少し考えればわかることだった。
誰か、助けて欲しい。“彼女”の下で全てが上手く回っていたと嘯き、現実から目を逸らし“彼女”に甘え続けていたツケが一気に伸し掛かる。
そんな時にキヴォトスの新たな方向性を示してくれたのが、“シャーレの先生”あらため“GUYSの先生”を通称にする地球人:北条 アキラ先生でした。
最初の怪獣:クレッセントによる首都:D.U.とサンクトゥムタワーが大打撃を受けたXデーから存在感を発揮して本格的に歴史の表舞台に現れたように思われがちだけれど、
実際には“連邦生徒会長”が用意した【連邦捜査部
ただ、キヴォトス各地での怪獣:クレッセントによる異常現象の調査に乗り出して【ゲヘナ学園】の被災地を中心に“シャーレの先生”から“GUYSの先生”へと人々の見る目が変わっていくことになる期間――――――、
その前の時期;キヴォトスに来訪してから謎の超法規的組織【連邦捜査部
それもそのはずで、北条先生は人類同士の戦争が過去のものとなった地球で生まれ育った小学校の先生であり、怪獣退治の専門家としても、銃犯罪や暴力事件が絶えないキヴォトスの惨状に心を痛めていたのです。
なので、“シャーレの先生”としてまず最初に【連邦生徒会】に要求したのは『犯罪ゼロ地区』の確立で、そのために【シャーレ・オフィス】がある外郭地区:シャーレ地区の開発促進と条例制定を迫ったのです。
この時は即決には至らなかったものの、安心安全快適のモデル都市を一から築いて経済の活性化やモラルの普及を促すという意義が認められたため、北条先生が掲げた理想の街作り自体は予算や設計の承認待ちになってしまいましたが、
結果としてはXデーで【シャーレ・オフィス】に機能移転を迫られた【連邦生徒会】の新たな拠点となったため、ちょうどよくシャーレ地区の開発計画があったことで『怪獣災害にも強い』ことも盛り込まれ、『犯罪ゼロ地区 第1号』は速やかに実施されることとなりました。
また、“連邦生徒会長”失踪により責任者不在で閉校となった【SRT特殊学園】の生徒たちの一部が【ヴァルキューレ警察学校】への編入を拒んで各地でデモ活動した際も迅速に鎮圧し、逮捕した生徒たちを【シャーレ】で預かり、生徒たちが持つ技術と知見を『犯罪ゼロ地区』の確立のために役立たせたことで反感を抑えることにも成功しました。
実際、Xデーを迎えたことで責任者不在で閉校となった【SRT特殊学園】が北条先生を軍事顧問に迎えることで【キヴォトス防衛学園】へと再編された時にも多少の不満の声は上がったものの、大半の生徒が諸手を挙げて歓迎できたのも、【SRT特殊学園】の生徒たちの想いを真摯に受け止めた北条先生への大恩あってのものでした。
このように北条先生の最初期のキヴォトスの惨状を憂えた活動の数々がXデー以降に大きく実を結ぶことになり、同時に【連邦生徒会】の運営もまた非常に風通しが良くなりました。笑顔も綻ぶようになっていったのです。
――――――ただ、それ以前から北条先生の存在が【連邦生徒会】で大きいものとなっていたのは地球が誇る食文化の担い手だったからなのです。
一言で言うと、疲れた身体に先生が手土産に持ってきたスイーツがよく効くのです。見たこともないスイーツを手作りで持ってきて第三者として冷静な意見を交わせる時が癒やしをもたらしていたのです。
ですので、北条先生が“シャーレの先生”になったことでサンクトゥムタワーの制御が取り戻され、“連邦生徒会長”失踪後の混乱が収束へと向かうことになりましたが、
それでも、組織の柱を失って意思統一も果たされないまま方向性を見失って迷走し続ける【連邦生徒会】の激務の中で、大人としての立居振舞と確かな助言をする北条先生の存在にいつからか安心感を覚え、仕事の手を止めて紅茶を用意して個室で先生の手作りのスイーツを味わう時間が多くなるのも自然な流れでした。
あるいは、会議が終わった時にそのままみんなで一緒に先生のスイーツをいただくこともあり、元から汚職の疑惑があってXデーでついに失脚した元防衛室長:不知火 カヤでさえも北条先生のことは声を大にして称賛してスイーツのおかわりを要求するほどでした。
実際、逮捕された後も先生はカヤのことを気遣って『美味しい』と言ってくれたスイーツの差し入れを【矯正局】まで持っていっているらしく、そこまでのことをするぐらいにカヤのことも日頃から愛情を持って接していたようです。
それに応えるように在りし日のカヤもまた、先生がスイーツを手土産に【連邦生徒会】を訪れた時に目を輝かせて出迎えていた光景をはっきりと思い出すことができます。
あのカヤでさえも裏表なく慕うぐらいなのだから、最初から【連邦生徒会】のみんなは“連邦生徒会長”に代わってキヴォトスで指導的立場になった“シャーレの先生”に夢中だったわけです。
でも、最初の怪獣:クレッセントによるキヴォトス中で異常現象が始まり出すと、怪獣退治の専門家としてキヴォトス各地の調査に乗り出すようになり、最終的には【ゲヘナ学園】を中心に活動するようになって、今までのように【連邦生徒会】に顔を出すことが少なくなっていきました。
そして、先生がついに地底探査で“
そこからなんだと思います。これまで先生の助言やスイーツもあって職務を全うしてきたカヤでしたが、先生の要求を拒んでしまったことで顔を合わせづらくなり、それ以降は完全に精彩を欠くようになって、Xデーで訪れた怪獣災害という未知の脅威への対応力の無さが露呈して周囲の信頼を完全に失って逮捕に至ったわけです。
もちろん、カヤだけに限らず、キヴォトス中の異常現象の調査で【ゲヘナ学園】に出向くことが多くなったことで必然的に【連邦生徒会】に足を運ぶことが少なくなった先生との間に距離感ができることにもなりました。
怪獣退治の専門家として万全の態勢を整える要求に【連邦生徒会】が応えられないことで両者の間の溝が広がることになり、怪獣災害などこれまでキヴォトスの歴史に存在しなかった以上、過度な要求どころか誇大妄想にしか思えない対怪獣兵器の開発に反対票を投じた一人として、私も以前ほどの距離の近さは感じられなくなっていました。
だからこそ、本当に“
結果、サンクトゥムタワー防衛のために各学園の戦力が集結したものの、戦車や戦闘機の攻撃も諸共せずに目からビームを放つことができる地底怪獣:クレッセントの猛威に屈することになり、サンクトゥムタワーは大打撃を受けることになりました。
――――――今でもはっきり憶えています。怪獣:クレッセントの殺意と憎悪に満ちた赤い目を。
本当はもう終わってもよかった。致命的に選択を誤ったことで今の状況を招いてしまった責任の重さに苦しくて苦しくて消えてなくなりたかった――――――。
けれども、私の命が赤い目に握り潰される前に赤と銀の巨人:ウルトラマン80が駆けつけて怪獣を倒してくれたことで、私は生き永らえることができました。
そして、私が退避するように言って私以外に誰もいなくなったはず場所に真っ先に駆けつけてくれたのが先生だったんです。
――――――先生は私の前からいなくなったりはしなかったんです。
一度は“彼女”を失って崩壊しかけたキヴォトスを立て直してくれた恩人からの忠告を無視して遠ざけてしまったというのに、先生はこんな私の許に真っ先に駆けつけてきてくれたんです。
もう二度と放したくない。誰にも渡したくない。一人になりたくない――――――。
でも、邪魔したくない。間違えたくない。見捨てられたくない――――――。
だから、今度は間違えないように、一緒に居られるように、ずっと逞しい背中の温もりを感じられるように、カヤが目を輝かせて出迎えていた頃と同じように――――――。
七神 リン「今日は本当にありがとね、アオイ」
扇喜 アオイ「楽しんでもらえたみたいで何よりです、リン先輩」
七神 リン「ねえ、アオイ?」
扇喜 アオイ「はい。何です、リン先輩?」
七神 リン「カヤも先生のことが好きなのよね?」
扇喜 アオイ「は」
扇喜 アオイ「……まあ、そうでしょうね。何だかかんだ言って、先生の前だと綺麗な自分を見せるように努めてましたし、逮捕されてからも大好きだったスイーツを持っていってもらえてますから、【矯正局】でちゃんとおとなしくしているみたいです」
扇喜 アオイ「先生は“シャーレの先生”としての領分から食み出すことを絶対にしなかったし、現職の小学校の先生としての経験を活かして聞き上手でしたし、誰とも偏見なく接して適度に褒めることも欠かさなかったわけですから、」
扇喜 アオイ「自分のことを“連邦生徒会長”に取って代われる存在だと自惚れていた元防衛室長じゃなくても、みんなが先生との時間に居心地の良さを感じていたはずですよ」
七神 リン「そうよね。みんな、そうよね」
扇喜 アオイ「……先輩?」
七神 リン「ねえ、アオイ? 先生は【アビドス】に行くと言っているのだけれど、私はどうしたらいいと思う?」
扇喜 アオイ「……先輩」
七神 リン「――――――言えない。『行かないで』なんて」
七神 リン「でも、また“彼女”のように居なくなってしまったらと思うと、不安でしかたがないの」
扇喜 アオイ「……そうですね。キヴォトス全土のハザードマップを完成させるためにも音信不通の【アビドス生徒会】と接触しなければならないし、もしも【アビドス高等学校】が自然消滅していたのなら、自分たちでハザードマップを完成させなければならないです」
扇喜 アオイ「ですので、ハザードマップ作成の現場指揮を執れる代行を用意できれば、適度に【シャーレ・オフィス】に戻ってくることもできるはずです。あるいは、週休二日制にして土日は引き上げるようにするとか」
七神 リン「なるほど。ありがとう、アオイ。それがいいわね」
扇喜 アオイ「ええ。私も先生にはできるだけ【シャーレ・オフィス】を居て欲しいですから」
扇喜 アオイ「ともかく、もう遅いですから、詳細はまた明日にしましょう」
扇喜 アオイ「――――――本当に綺麗でしたよ、先輩」
七神 リン「ありがとう。今度はきっとアオイの番ね」
扇喜 アオイ「……そう、ですね」
七神 リン「……本当に楽しかったな」
――――――先生、ずっとキヴォトスに居てください。お願いですから。