また、この回の終盤部分は手直しが必要と判断したため、一旦消して再投稿しました。
ここまで長くなってしまったのは作者の筆が遅いことに加えて、危うくお題目から外れかねない事態が起きたことも関係しています。
勘が良い人なら、途中まで読んで気付くかもしれません……。
※2023年7月4日追記……主に、ストーリーの中盤の船橋レース場のバックヤードでのシーンと、ららぽーと船橋でのシーンなどを大幅に加筆修正したため、再投稿いたしました。主な原因はららぽーと船橋をもう一度見て回った際に、西の広場よりは中央広場の方がミニライブ会場として適しているように思えたためです。次の話を投稿し終えたら、タイトル修正を予定しています。
※本作品は本編にて2023/07/04 10:06に投稿したものを再掲載したものでございます。
───シンボリルドルフが無敗三冠を獲得した菊花賞から三週間ほど後の日曜日のこと。
「どこへ行くの?」
「ちょ、ちょっと、友達と船橋のららぽーとへ……」
昼食を食べ終えてボクが出掛けようとしたら母に行き先を尋ねられ、「ららぽーと」へ行くと答えてから家を出た。
「……夕飯までには帰ってきなさい」
「は、はーい。行ってきますお母さん」
そう言って見送ってくれた母にボクは少し罪悪感を抱いた。
……というのも、ボクがこの日向かったのは、確かにららぽーと船橋*1が歩いて10分も掛からないところにある船橋レース場駅。
改札をくぐり、南口の階段を降りて、そのまま歩道橋を渡り、南方向に歩けば、高速道路と京葉線の南船橋駅があり、その手前にららぽーと船橋、高速道路を挟んだ向こう側にはSSAWSも見えた*2……が、ボクはららぽーと船橋のさらに手前、道路の真向かいにビビット南船橋が見えてきたら駐車場の入り口に差し掛かったので、ここで
目の前には緑の屋根と受付を備えた出入り口。そこには大きく白く「船橋レース場」と描かれていた。
「あら、アイリちゃん?」
「お姉さん、今日も良いよね?」
「もちろん良いわよ」
受付のお姉さんに一言断りを入れてから、ボクは
すると、外側の1400mの白いコースと、内側の1250mの茶色いコースが見え、その1250mのコースの所々で駆けているウマ娘たちの姿が見えた。
(この前来た時は「外側は本番用のコースだから走っちゃダメだ」っておじさんに注意されてたなぁ)*3
などと考えながら、他のウマ娘が通ったらしき
船橋、浦和、大井、川崎といった南関東の地方レース場では、重賞やレースは平日に行なわれているため、休日中は、正面スタンド前のモニターや屋内施設に設置されたテレビなどに中央で行なわれているレースの中継が流れている。また、レースが無く、天候が良い日に限って、一般のウマ娘に練習用トラックとして使われている内側コースが開放されてもいる*5。
このことを教えてくれたのは伯母さんだった。
そして、走って休憩、走って休憩を何度か繰り返してから2時間ほど経った時。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
あれは何度目かの休憩に入るため、タオルと何本目かのスポーツドリンクを置いた内バ場のベンチに座った時だった。
『ワァァァァァッ!』
スタンドや屋内施設から突然に歓声が響いてビックリした。
何事かと思ってスタンドの人たちに目をやると、みんな正面スタンド前にある巨大モニターに釘付けになってる様子だった。
「……そろそろ始まる時間だね」
先に休憩していたウマ娘たちの内の一人がペットボトルに入ったお茶を飲んでから言った。なお、彼女たちのジャージには、「県立宮本高校」という刺繍がされていた*6。
【さぁ、二人の三冠バと世界の強豪大集結の今年のジャパンカップ。14人のウマ娘たちが今全員ゲートに収まりまして……スタートしました! おっと、10番カツラギエース、一気に飛び出していった!! 】
正面スタンド前の巨大モニター。内バ場に行くと距離が近くなる分、そのスケールも大きく感じた。
まるで目の前のレースをレース場のスタンドで実際に見ているかのように。実際、船橋レース場のスタンドからも歓声と声援が飛んでいて、商店街の電気屋さんで菊花賞を見た時とは段違いの臨場感だった。
先頭を突き進んでいくのは、前髪に流星が入った黒鹿毛のウマ娘。勝負服は水色と黒のインナーの上から黒のジャケットを羽織っていた。
そんな中、中団に控えている緑色の勝負服に身を包んだウマ娘の姿がボクの目に入った。
ボクと同じ鹿毛。前髪は黒く、白い流星が入っている。
カメラがそれより後ろにフォーカスを合わせると、
「あ……!」
中団にいたのは、菊花賞で執念の差し切りを見せたシンボリルドルフ───大伯父さんが担当していたウマ娘の人だった。ボクにとっては何故かこの時からシンボリルドルフが一際目立って見えていた。
【中団に4番人気シンボリルドルフが控えてる、後方には1番人気のミスターシービー、ここにいた】
「ミスターシービーもよう頑張ってるわ。この勝負、ミスターシービーなら勝てる!」
「行っちゃえー、ミスターシービー!!」
高校生のウマ娘の人たちも、思い思いに自分たちの推しウマたちに声援を送っていた。
【向こう正面に入りましたが、カツラギエース、2番手との差はおよそ10バ身! そのまま第3コーナーに入る!!】
「「「「「「行けー!!」」」」」」
スタンドで、屋内のテレビで、内バ場で見ていたボクを含めたみんな、絶叫のような声援が、レースの開催日ではないはずなのに飛び交っていた。
先頭を突き進むウマ娘に、後続のウマ娘たちは追いつこうとするが、
【後ろから、イギリスのベットタイム、アメリカのマジェスティーズプリンス、日本のシンボリルドルフらが迫る、ペースをあげていく! だが、だが、だが、届かない!?】
スタンド前の直線を突っ走っていくウマ娘たち。
その先頭を全く誰にも明け渡すことなく。
後続からの猛追すらも振り切って、ゴールしたのは───。
【ゴール! 大判狂わせが出た、来た、勝った! 今年のジャパンカップの勝者は、カツラギエースだ! カツラギエース、三冠バ二人と海外から集まった強豪たちを下し、今年の世界の頂点に立った!!】
「「「「「「うおおおおおおおっ!!」」」」」」
「凄い……ルドルフさんからあの人、逃げ切っちゃった……」
「んぁ? 何々お嬢ちゃん、貴方の推しは
「え、あのすみません、
「あれぇ? 知らんの? クラシック無敗三冠を日本のレース史上初めて達成したでしょ、シンボリルドルフって」
「しかもあの人、実はトレセン学園で生徒会長もやってるんだって。だから付いた渾名が《皇帝》ってわけさね」
「で、そんな無敗三冠をキメた《皇帝》と、去年
「……ん? なぁなぁ見てみ、みんな」
高校生ウマ娘の一人がボクを含めて他の二人にも「前を見ろ」と正面スタンド前のモニターを指差した。
すると、先ほどのレースで後続のウマ娘たちを悠々と突き放してゴールを駆け抜けたカツラギエースというウマ娘が、ウィナーズサークルに立つと、トレーナーらしき人物があるものを手渡すと。
【よっしゃぁぁぁぁぁっ!!】
【ワアァァァァァァッ】
ガッツポーズをしながら、カツラギエースは、ゴールパフォーマンスとして、自身の名前が大きく刺繍された旗を掲げて雄叫びを上げる。
観客席でも、テレビの前の観衆も、そのボルテージが最高潮に達していた───。
───ボクにとって、船橋レース場という存在は特別なものだ。
初めてウマ娘のレースを生で見たのもここだったし、父の死をずっと引き摺っていたボクの人生を変えてくれた。
地方レース場が土日の休場日は、ウマ娘であればコースを走る運動場の代わりに使っていいことを教わったのもここだった。
船橋レース場の近くの学校に通っているウマ娘の人たち。ボクにとって伯母以外に間近で見て接して、年が離れた友達になってくれた初めてのウマ娘たち。
それからレース場の向こう側に見えていたSSAWSが無くなっても、ボクはここに毎週のように通い続けた───
それ以来だった。ボクが船橋レース場に再び足を踏み入れることになった上に───。
【───G1かしわ記念、スタートしました! おっと、デルマキングオーがゲート出走後に転倒、競走中止です。序盤スタンド前で先行争い始まりました、チトセシャンハイとスイングバイが激しくハナを奪い合いますが、外からカガヤキローマン上がって行きました。それに続くはサプライズパワー、
序盤から波乱の展開になり、観客席からは困惑の声と若干の悲鳴も上がったG1かしわ記念───しかもこれは録画でも、中継でもない。ボクは今、
話はほんの数日前に遡る。
チーム[ライジェル]は、天皇賞・春をメジロパーマーが二着のメジロマックイーンに大差を付けての完勝。
学園に帰ってきて早々、矢萩はこう言った。
「パマちゃん、ヘリオス、アイル、ゴールデンウィークどこか行くのか?」
「え?」
その問いに驚きを隠せなかったのはアイルこと、アイルトンシンボリ。
「パマちん、パマちん」
「うんうん、ヘリオス」
「「5月4日に
お互いに顔を見合わせて驚くヘリオスとパーマー。まさかのダブルブッキング(?)である。
「ちょ、パマちん、兄貴と行ってきなよ!?」
「い、いやいや、ヘリオスこそトレーナーと家族水入らずで行ってきなって!?」
「パマちゃん、ヘリオスさぁ、これじゃぁダ○ョウ倶楽部じゃねーか……」
「「だって
「い、いや、あのぉ……えぇー……? あ、あの、先輩、トレーナー、トレーニングとかは……?」
目の前で繰り広げられてる爆逃げコンビのコントに何故か矢萩の肌艶は良さげであるが、そこに恐る恐る挙手して意を決して質問を捻り出すアイル。
すると、ヘリオスはこう答えた。
「いいのいいの。たまにはパーッとやらないとね!」
「そそっ! ウチら一週間はレース漬けだったじゃーん。暇さえあれば登山とプールトレーニングで、気が休まらなかったっていうかー」
「あー……」
言われてみれば確かにそうだ。
京都に着いてホテルにチェックインして、すぐ次の日には京都レース場でダイタクヘリオス出走のマイラーズカップ。
それからは雨の日か地面が泥濘んでいた日はホテル備え付けのプールで泳ぎ、晴れの日は稲荷山で千本鳥居を何周も早歩きした。ヘリオスの言う通り登山にも近いハードなトレーニングも兼ねていた。
晴れた一日だけは、京都観光で祇園四条を歩いたり、とある老舗中華料亭でちょっと豪華な夕飯を食べたりもした。
そして、京都滞在最終日が、再び京都レース場に戻って天皇賞・春という、ある意味ではハードな9日間だったと思う*9。
しかし、アイルにとっては不完全燃焼が否めなかった。
ヘリオスとパーマー、あの二人と違ってアイルは
「そんな顔するな、アイル。お前さんだってまだ入学して1ヶ月、このチームに来て二、三週間しか経ってないだろうに。気を張りすぎると後々疲れるぞー?」
「そうそう! オンオフは大事だよアイル」
「あー。アイルちゃーん、お姉さんたちと一緒にデズニー行くぅー?」
「「フウーゥ!」」
「い、いや、その……うーん……」
どうしようかと考えあぐねていたアイル。
さらに、チームルームの目の前のテーブルにはヘリオスとパーマーがそれぞれで二人分購入した日付指定のパークチケット計4枚。
それらを見た矢萩は、あることを思いついた。
「……あっ、そうだ。ついでにあそこに行くか?」
「「「あそこ、って???」」」
「ちょいと待ってくれよ……」
矢萩が提案し、直後内線で駿川たづなを呼び出し、そして───。
───迎えた5月2日。
京葉道路を千葉方面へ行くとある一台のスズキ・イグニス*10の車内では。
「千葉キター!」
「船橋フゥー!!」
「「ギャルウィーク始まったし! ウェーイ!!」」
「おぅおぅ、2人ともはしゃいでるなぁ」
矢萩が運転し、テンション高めな爆逃げコンビ2人は後部座席に。助手席に座っているアイルもどこか興奮気味であった。
Headin' for an open field,Runnin' through a chute of loneliness.You can hear the sound of whispers,Blowin' in your ear.
Hangin' on the edge of time,As if you're holdin' on,To your memories.In a world of empty promises,Open up your heart And let your feelings go.
Baby, just let 'em go.
Oh, baby, will you shake my day? Baby, come my way day by day.Oh, baby, won't you come on down? Baby, move my ground.So come on down.
Shake, shake, baby, shake my day,Baby, come my way day by day.Oh, baby, won't you come on down? Baby, move my ground,Woman, shake my soul.
車内でGreen OlivesのShake My Dayという曲の冒頭部分が流れ始めたタイミングで花輪インターチェンジを降りた。
すると、彼らを待ち受けていたのは。
「ゲゲッ、渋滞だ……」
「「Oh……」」
今日はダートG1、かしわ記念の日。
開催は平日のナイター。
ゴールデンウィークがカレンダー通りの社会人であれば、有給休暇を取らないとどうしても生で見れなくて
……冗談はさておき、平日のまだ午前9時だというのに、船橋レース場前の道路は大混雑していた。
高速道路ではハイテンションだったウマ娘たちも、先ほどから渋滞の列にハマった一行の車は一向に進まないためにテンションも駄々下り。ヘリオスはシュンッと冷静になってしまい、こんなことを矢萩に尋ねた。
「……ねえ、兄貴ぃ、なんでわざわざレース場の駐車場に車を駐める必要あるん?」
すると、矢萩はあっさりとした答えを述べた。
「そりゃ、帰る時すぐそこに車があった方が楽だろ?」と。
結局、高速道路を降りてから15分後。
ようやく船橋レース場の駐車場に辿り着いた。
ここは隣のスーパー*12との共用で使用されているために、かなり広い駐車場である。
渋滞に揉まれながらも、イグニスを漸く駐車場の一角に駐めると、緑の屋根が特徴の正面入り口を有する船橋レース場へと4人は足を向け……る前に。矢萩はヘリオスとパーマーに対して
「お前ら、ちゃんと変装したな?」
「とーぜん!」
「バッチグーだよトレーナー!」
テンションの高い爆逃げコンビと興奮気味のアイルのすぐ向こうには、正面入り口の左側の投票所*13へと続く長蛇の列が見えた。
正門の開場まではあと1時間以上あるというのに、まるで彼らが翌日行く予定の某デズニーパークのよう。
「おぉ、見ろよアレ」
「「おぉ〜……!」」
その投票所の上側には、
《特別企画! 爆逃げコンビのサイン会!》
《ダイタクヘリオスとメジロパーマーが船橋にやってくる!》
そう本当にデカデカと描かれた横断幕が掲げられていた。
アイルは素顔のまま(ただし、トレセン学園の生徒であることが一目では分からないように私服姿であるが)。
その一方で、ヘリオスとパーマーの二人は普段とは少し趣の違う私服を着て、ウマ耳と尻尾を隠して変装している。
パーマーはいつもの「何処かの令嬢らしさ」が漂うグリーンのシャツとチェックのズボンではなく、グレーの生地に青く「CD NOW」と描かれた簡素なシャツに、青いスカートを履き、ニット帽と眼鏡を掛けていた。
一方のヘリオスは逆に、普段のパリピ系メイクを落として、白いワンピースに麦わら帽子という、夏の令嬢らしさが何故か漂う……要は、二人の雰囲気を単純に入れ替えるコーディネートを行なっていた。
「何故こんな大掛かりなことをする必要があるの?」
この変装コーディネートを施す前にパーマーは矢萩にそう質問したのだが、それに対してこう答えた。
「そりゃ当然、バレたら揉みくちゃにされちまうからだよ」と。
無理もない。
メジロパーマーとダイタクヘリオスの名は、今シーズンのトゥインクルシリーズを見ている人々の間ではほぼほぼ知らぬ者がいないほどの知名度にまで上り詰めていた。
ちなみに、凄まじく今更な話をして申し訳ないのだが、トゥインクルシリーズを現役で走ってるウマ娘たちというのは、この世界の世間では、アスリートであると同時にアイドルでもある。
これは、今のウマ娘たちのレースが事実上、レース後に行なわれるウイニングライブのセンター争いとして行なわれていることも関係しているのだが。
ということはそんな有名人がある日突然、お忍びとはいえ目の前に現れたらどうなるか。
それも、地方レース場に出入りする観客たちなら尚更彼女らのファンが混ざっていてもおかしくない。そんな二人を見つけたら路上で突発的なサイン会が勃発してしまい、ららぽーと船橋に向かうどころか、船橋レース場へ移動するだけでも一騒ぎ起きかねないものだ。
では何故わざわざこんな危険を冒してまで船橋レース場までやってきたのか?
確かに息抜きも目的の一つであるが、
「お? あれもいいな」
矢萩が指差した先にあったのは、右側の指定席窓口の上に大きく掲げられた横断幕。
《日本ダートG1 かしわ記念 本日開催!》
「アイル、そこに立ってみ?」
「あ、うん」
その横断幕が背景に全部収まるようにアイルを被写体の中央に置き、
「はい、チーズ」
写真を撮るときのお決まりのセリフ。
そうしてスマホで撮影したアイルは小さく右手でピースをしていた。
「うーん……アイル、もっと堂々としていいんだぞ?」
「ど、堂々と? どうやって、トレーナー?」
「そうだなぁ……」
暫し悩んでから矢萩は何かを思いついたかのように、アイルに耳打ちした。
すると、アイルは「は、恥ずかしいです!」と頬を少し赤くして抵抗するのだが。
「いいから。やってみ? もしかしたら何年かしたらお前もこのレースを走ってるかもしれないんだぜ? だったら今の内にイメトレしても良いんじゃねぇか?」
「えー……?」
「何々? トレーナー、アイルに何させちゃう気なの?」
「いいから。アイル。ポーズとってみ?」
「え、えぇと……」
そうしてアイルはキリッとした表情で左手を腰に当て、右手を天井に突き上げて、指を
「おぉ、良いぞ。はいチーズ!」
「「ほぉ〜……」」
「うぅ……」
ちょっと恥ずかしい思いこそしたが、そのポーズの
「良いぞ。さっきよりも自信有り気でカッコイイじゃないか」
「……」
改めて写真に収まった自分の姿を見て、先ほどまでの恥ずかしさはいつの間にか鳴りを潜めており、
「……えへへ」
「あ。笑った」
「アイル、良い顔してるね」
アイルは思わず笑みが溢れた。
そんな表情をしてる彼女を見たのは、ヘリオスもパーマーも初めてだった。
「……ところでトレーナーさん。これって一体何処から入手したんですか?」
ふとアイルが思い出したようにポケットから取り出したのは、
同じものはヘリオスもパーマーも矢萩も、それぞれ鞄やポケットに忍ばせている。
ダートとはいえG1の盛況ぶりは船橋であろうと変わりがない。
しかもナイターであるにも関わらず、午前10時半を回って既に正門左側の人気投票所も、右側の指定席券売り場の窓口も混雑し始めている。
そんな状態で、果たして出走するわけでもないチームのトレーナーとウマ娘が指定席からレースを観戦できる券を当日発売で手に入れられるか、と言われれば怪しい。
「あぁ。
「
「それなんだがな」
と、そこに。
【船橋レース場からのお願いです、只今、当レース場は再来年を目処とした改築工事を実施中です、そのため、船橋レース場の現施設は大変狭くなっております。混雑緩和のため、投票所にて整理券も発行させていただいております。また、今日ららぽーと船橋西館1階で開催予定の特別サイン会とミニライブへお越しの方は当施設を一旦ご退場いただき、南船橋方向へ。ららぽーと南館2階入り口にて、ライブ券を午後12時より販売いたします! ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします!】
拡声器を持ってアナウンスをする、一見すると中肉中背の中年の清掃員。
普通、こういう仕事はレース場の運営スタッフか、警備員がやるもんじゃないか?
などと思っていた矢萩だったが、その男性が話しかけてきた顔を見て、すぐに
「おぉ、矢萩くんじゃないか」
「あ、おっさん、こんちわ」
「え?誰?」
「……何処かで見覚えがあるような……?」
一見すると誰だか分からない未確認中年男性。
メジロパーマーはその顔にどこか見覚えがあった。
「ほっほっほ。メジロのお嬢ちゃんもすっかり大きくなったなぁ」
そう言いながら中年男性が何処かから取り出した黒縁眼鏡を掛けると……。
「……あ! 千葉県ウマ娘競技組合の会長さん……!」
「シーッ。……お静かに」
何と、このおじさんの正体は千葉県のウマ娘レース協会を束ねる会長である。
清掃員の姿に扮しているのは、なまじ彼も知る人ぞ知る有名人故に。揉みくちゃになるのを避けるために変装中のヘリオスとパーマーと同じ目的であった。
「矢萩くん、チーム[ライジェル]の
そうして4人は清掃員に扮した千葉会長の案内によって、一旦、正門前から離れて、南船橋駅の方向へ続く道を行き、ちょっと先で、《千葉県ウマ娘競技組合》という表札がある門を抜けて、バックヤードの建物に入ることを許された*14。
この建物の応接室に通されると、そこにいたのは。
「矢萩さん、今日はよろしくお願いしますね!」
「「ライトハローさん!?」」
アイルだけは「この人は誰?」と言いたげな顔をしていたが、ヘリオスとパーマーはよく知ってる。
「こちらこそ。ちょっと無茶なお願いでしたが、通していただいて恐縮です」
……普段の田舎者丸出し(矢萩本人談)のぶっきらぼうな態度とは一線を画して、ライトハローに対しては紳士的な態度で臨む矢萩。
そのギャップにはアイルだけでなく、ヘリオスとパーマーも内心驚いていたのだが。
「それとこちらが、ららぽーとの運営会社からいらっしゃったエリアマネージャーの中林さんです」
「中林です。今日はよろしくお願いします」
名門メジロ家の生まれであるパーマーにも、その「中林」という人物には見覚えがあった。
目は三白眼で、赤い縁取りの眼鏡を掛けている。顔立ちは中性的で、死んだ魚のような目をしている*15。
「中林さん、お初にお目に掛かります。この度は……」
「いえいえ、そう畏まらなくても。こちらとしても、今話題のスターウマ娘さんをお招き出来て正直なところ興奮してます」
と、軽く打ち合わせをした後。
そのまま千葉会長の案内で千葉協会の建物を後にしてそのまま従業員専用通路を通り、まだ観客が入っていない、船橋レース場のスタンドの方へと向かったチーム[ライジェル]の一行。
エスカレーターに乗り2階に上がると、右側には出店のような小屋二つ。
左側を見るとすぐ下にパドックがあった。
今日の第1
そのまま2階のエントランスへ向かう途中、船橋レース場の正門前の様子が見えた。
入退場ゲートの開門まであと30分ほど。正門前には隣のスーパー近くまで人気投票と入場券を求む人の列が見えた。
一方、その正門を挟んだこちら側では。
入退場ゲートから入ると恐らく左側に見えるはずの場所には、正面スタンド前の観客席に繋がる道すがらで店を広げている焼きそばやフランクフルトなどの屋台が見え、屋台の準備に追われてる人たちの姿が遠目からでも見えた。
それ以外に特筆すべきものはないが、敢えて言えば、更地になっていたり、工事中で未完成の施設などが散見された*16。
間もなく正面エントランスで千葉会長がスタッフに声を掛けると、そのままチーム[ライジェル]の4人は関係者専用通路を通り、あっという間に4階へとやってきた。
「では、私は組合に戻りますので」
「ありがとうございました会長」
千葉会長に案内されたこの階のフロア一帯は、いわゆる「関係者以外立ち入り禁止」のトレーナーたちの専用ルームとして用いられている。
それは同時に、ここにはレースに出走するウマ娘のトレーナー、もしくはそのウマ娘が所属するチームメイトたちがレースを観覧するために集まっているとも言える。
「あ、あの……どうもすみません、あ、ははは……はぁ……」
故に、今日ここで出走する予定が無いチームのトレーナーとそのメンバーがこんなところにいたら場違い感は半端ない。
それも、ここにいる大半が恐らくは南関東レース協会(SKAU)所属で、横浜トレセンかさいたまトレセン学園のトレーナーかウマ娘たちだろう。
中央から顔を出した矢萩たちのアウェー感は凄まじく、「針の筵とはこういうことを言うのだろう」と、アイルはどこか暢気にそう思っていた。
……早く荷物を置いていこう。
4人がそそくさとららぽーと船橋に用意されたというサイン会とミニライブの会場に向かおうとして、4階のフロアを横切ろうとした時だ。
「お? タカシくんとさっちゃんじゃないか?」
「「え?」」
呼ばれて矢萩とダイタクヘリオスが振り返ると、恰幅のいい中年の男性がいた。
黒縁メガネを掛けており、体重が100kgは超えている感じの巨漢の男性。
「「幹二郎おじさん!?」」
「え? トレーナー、ヘリオス、この人はお知り合いなの?」
「知り合いもなにも、俺たちの伯父さんだよ!」
「えぇー、幹二郎おじさんがここにいるってことは……」
「えっと、その、つまりどういうことでしょう……?」
関係性はわかった。
問題は何故ここにいるのか。
「あ、あの、ダイタクヘリオスはんどすか?」
幹二郎という矢萩の伯父のそばに寄ってきて、ヘリオスにそう話しかけてきたのは黒髪のウマ娘。
方言は……恐らく京都弁だろうか。
にも関わらず、白地の長袖に、パステルブルーの襟が付いたセーラー服を着用している。その制服の左胸に描かれていた校章と、小さくアルファベットで「YOKOHAMA T.C.S」と刺繍されていた。*17
これが意味するのは、目の前の京都弁の少女は《横浜トレセン学園》所属のウマ娘ということ。
声を掛けられたダイタクヘリオスは笑みを浮かべながらそのウマ娘に応対する。
「もちのロン。どったの?」
「あ、あの、ご来店、おおきにどした!!」
そう深々と頭を下げる横浜トレセン生のウマ娘であるが、発せられた言葉はどこか場違いなものであり、一瞬、その場が静寂に包まれる。
「……あぁっ! いつものクセで間違えたぁ……」
恥ずかしさで一気に顔が真っ赤になる黒髪京都弁のウマ娘。
「はっはっは。ヤマちゃん、実家のクセがまだ抜けてないのか」
「ち、ちゃうでトレーナーはん! 実際にこの人たち、うちの実家に来てくれたって、おかんたち言うとったんやさかい!」
「おや、ホントかい」
いつものクセと揶揄う栗毛のウマ娘に反論する黒髪京都弁の横浜トレセン生……もはや属性特盛で何て呼べばいいのだろうか。とりあえず、幹二郎トレーナーは「ヤマちゃん」と呼んでる辺り、それが彼女の名前に由来する呼び方であることは想像に難くなかった。
「ということは、その子のトレーナーは幹二郎伯父さんで、かしわ記念に出るんですか!?」
「あぁ、ちょっと違う。この子が出るのはオープン戦なんだ」
「え?」
「第5レースのサンサンエッグ記念に出すつもりなんだが……あぁ、ちょうど戻ってきたか。かしわ記念に出るのはあの子だよ、ハセノ、ハセノちょっと来てくれ」
「なぁにトレーナー……?」
幹二郎トレーナーが4階の専用ルームに入ってきた栗毛のウマ娘に声をかけた。
「紹介しよう。うちのエースのハセノガルチだ」
「……よろしく」
「ハセノ。彼は矢萩トレーナー。私の甥だ」
「……え!? トレーナーの甥ってマジ?」
「あ、あぁ、そうだけど」
「はぁ〜……世界は狭いもんだわなぁ」
「で、こっちが」
「うっちの名前はダイタクヤマトいいます。よろしゅうおたのもうします!」
「京都の、確か祇園四条の……」
「東華亭*18?」
「あぁ、そうだ、東華亭だったな。そこの女将さんの娘さんだとか。な?」
「そうそう!」
「へぇ〜……女将さんが自慢してたよ?」
「あ、あはははっ、いざ言われると恥ずかしおすなぁ」
東華亭を訪れた時にふと、女将さんと大工の旦那さん、そんな彼らと一緒に幼いウマ娘が写ってる写真が飾ってあった。
夕食をたらふく食べさせてもらった後、その写真をたまたま見ていたら女将さんが、
「この子、今横浜のほうのトレセンに通っているんですよ」と、話してくれた。
そこでふと思った。
「……ん? それにしても何故横浜に? 京都に近いなら兵庫に西脇や淡路にも地方トレセンはあるし、中央なら分校の栗東トレセンが滋賀にあるのに」
どうしても引っ掛かったのはそこだった。
横浜トレセン学園は戦後に出来た中央よりも遥かに歴史が深く、その基盤となった根岸トレセン学園は幕末から明治の初期には既に横浜の地にあったという。
戦後は施設や校舎の老朽化などから移転を余儀なくされ、ホームグラウンドも川崎レース場となっているものの、それでも100年以上の歴史がある。
「あぁ、それは、その……」
少々言い淀んだダイタクヤマトの態度を見て、慌てて矢萩はフォローする
「あ、あぁ、すまんな、言いにくいなら今の質問は無かったことに……」
「
「憧れ?」
「聞いてくださいよぉ、こいつ、部屋にイナリワンの写真や雑誌の切り抜きとか、ぱかプチとかいっぱい置いてるんですぜ?」
「へー、イナリワンかぁ、なるほどな」
「はい! ただ、イナリワンはんのいた大井は、彼女の大活躍が全国区に知れ渡ってもうた結果、募集枠も瞬殺されてもうて……」
やや気不味そうにダイタクヤマトは事情を告白した。
そりゃそうだ。「人気者に憧れて同じ舞台に立ちたい」と願う者は古今東西老若男女ウマ娘問わず誰でもである。
「そやけど、横浜トレセンの募集枠は何とか空いとったさかい、中華街もあるさかいこっちに!ってなりました」
そんな言葉を聞いて、気のせいかハセノガルチが苦い顔をして目を背けた。
中華街があまり好きではないのだろうか?
そんな時、矢萩の電話が鳴った。
「失礼、電話だ。……もしもし?」
『あっ、矢萩さん! 今どちらにおられるんですか!?』
「ライトハローさん? 一体どうしました?」
『待ち合わせの時間過ぎてますよ!』
「……あ!」
体感時間はあまり経っていなかったが、案内してくれた千葉会長が組合の方に戻って行ってから、ダイタクヤマトやハセノガルチとそのトレーナーである幹二郎伯父さんらと話をしていたら、あっという間に40分も過ぎていたようだ。
そのライトハロー女史が言ってた待ち合わせの時間はとうに10分も前のことである。
「……マズイなぁ。ハローさん、あと10分ほど待っていただけませんか?」
『それはいいですが、今度はちゃんと来てくださいね』
電話はそこで切れた。
「ヤバない?」
「あぁ。ヤバいな。急ごうか。……すみませんね、ちょっと行ってきます……」
「おおう、いいって。早く行ってきな?」
矢萩が一礼してから、チーム[ライジェル]の面々は船橋レース場を一旦後にする。
千葉県ウマ娘競技組合のある建物の出入り口から4人は駆け足でららぽーと船橋に向かう。なお、駆け出しは矢萩と同じぐらいのスピードに合わせていたパーマーとヘリオスだったが。
「兄貴ぃ、場所どこだっけ!?」
「ららぽーと船橋の北館、中央広場だ。あそこを曲がれ!」
vivit南船橋を越えた先にある道を右へ曲がる。道路を挟んだ向こう側には建設中のららぽーと船橋北館の一部があり、歩道の一部が通れない。
なので、一旦このまま道を走る。
しばらく行くと横断歩道があったので、次に矢萩は、
「あれを渡ったら建物に沿って西館の方向へ行くんだ! その先にあるバスターミナルから北館入り口に入ったら左へ。車に気を付けろよ」
「りょ!」
「うん、先行くねトレーナー!」
矢萩の意図を先読みしたヘリオスとパーマーは、スピードをウマ娘が歩道で出していいレベルにまで引き上げる。
ウマ娘専用道路*19ほどのスピードこそ出せないが、それでもウサイン・ボルトよりは速い。矢萩やアイルを大きく引き離していき、あっという間に二人の後ろ姿は見えなくなる。
暫くして軽いランニング程度のスピードに徐行した矢萩とアイルの目の前に、道路を挟んだ右向こう側に船橋警察署浜町交番、左にバスターミナルが見えてきた。
バスターミナルに面しているのは北館の入り口である。
ここから入り、総合案内所が見えたら左へ曲がる。
そこから少し走った先。
正面に「中央広場」という看板の下に横断幕が掲げられているのが見えたかと思えば、簡易的なライブ会場の設営が既に整っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……おぉ……良いじゃないか……!」
そこにはららぽーと船橋備え付けのイベントスペースがあり、舞台とバックに大きなスクリーンを備えていて、そして、スピーカー、マイクなど、ミニライブを行える仮設の舞台が完成していた。
舞台の前には折りたたみ式の仮設ベンチが置かれており、その舞台の上では、ヘリオスとパーマーが会場のスタッフやライトハロー、中林らと打ち合わせ中である。
正面から見て舞台の左側の2階の梁部分に中央広場という看板があるが、その下に横断幕が二つ掲げられていた。
《特別企画! 爆逃げコンビのサイン会!》
《ダイタクヘリオスとメジロパーマーの限定ミニライブ開催!》
片方は船橋レース場の正門に掲げられていたものと同じであった。
「あぁ、矢萩さん、やっと来ましたね」
「すみませんねライトハローさん、中林さん。二人はもう来てますよね?」
「えぇ。それで今日の日程なんですが……」
サイン会は13時、14時15分、15時15分、16時20分、19時35分の計5回。
ミニライブは13時45分、14時45分、15時45分、17時25分、そして……最終が19時か。
休憩は16時半から1時間と、17時35分から18時台丸々で、20時台には片付け、といった具合か。
「うわぁ、すごい……」
アイルはそのびっしりと詰まった予定表を見て唖然とする。
「そんな顔してる暇なくなるぞ」
「え?」
「デビューしたらこういう風にライブやサイン会で忙しくなるぞ? 例えば、お前さんが……G1を勝利したら、とかな」
「うっわぁ……」
「それにな、見てみろよ。これ」
「え?」
矢萩は近くにミニライブとサイン会の予定表や曲目が書かれたポスターも貼ってあるのをアイルに指差して見せた。
そこにはサイン会とミニライブの時間だけでなく、今日の船橋レース場の日程表も一緒に張り出されていた。*20
「この二つを見比べていて気付かないか?」
今日の船橋のレースは第12Rまであり、最終レースは20時50分になっている。
「あ」
「お前も気付いただろ? そう。レースの合間合間にサイン会かミニライブか、どちらかを見られるようになっているんだ。休憩時間もちゃんと用意されてる。さすがはプロ」
素直に矢萩は感心していた。
今日の船橋レース場の予定とすり合わせてみると、サイン会とミニライブはそれぞれレースとレースの合間に設定されていて、ミニライブもサイン会も1回10分程度。
これなら明日一日休憩に充てれば明後日のデズニーは元気一杯で迎えることができるだろう。
アイルに予定表を見せていた矢萩から良い評価を貰えたライトハローは喜ぶのだが。
「ありがとうございます! ……ただ……」
「……ただ、どうしたんです?」
ライトハローが何か言い辛そうにしている素振りを見て、何事かを尋ねようとした矢萩だったが、中林はこう言った。
「お客さんからの要望で、「ライブの背景にレースを流せないのか?」って言われてしまいまして……」
「あー……なるほど」
確かにこれだけのイベントスペースであれば、ライブだけでなく、実際にレースの中継映像を流して応援する観客も集められるだろうし、盛り上がりそうだ*21。
難点は、西の広場のフードコートが少し遠いことぐらいだが、それにしたって、レース中継とミニライブとサイン会の合間を縫って行けば問題はないだろう。
だが、問題は何故ライブ中にレースも同時に上映する必要があるのか。
そこで矢萩はあることに気付く。それは
「……お客さんはもしかして、かしわ記念をバックスクリーンに映した状態で二人にライブをしてほしいとか。そう言うことですか?」
「そうなりますね……」
「難題だな……」
生中継のレース展開に合わせて歌わせる?
矢萩がかつて行おうとしたこととは微妙に異なっているが、つまりはそう言うことだ。
これまでも動画編集とかで80’sのユーロビートでレースをミュージッククリップ風にまとめた事はぶっちゃけ無くはない。
だが、生の映像と合わせるなど至難のわざだ。
実際、矢萩は自分のカメラで撮ったヘリオスのメイクデビュー映像を叩き台にミュージッククリップ風の動画を最愛の妹にプレゼントしようと試みたものの、尺が足りない、撮った映像だけでは躍動感を得られないし曲とも合わない。
URAが収録した映像記録も使ったがそれでも厳しかった。
そこに2本目、ヘリオスの次走になった小倉ジュニアステークスの映像を交えて、さらにパーマーのメイクデビューと京都ジュニアステークスの映像も混ぜて……といった具合で、未だにこのミュージッククリップは完成の目処が経っておらず、ヘリオスやパーマーの誕生日を既に一周過ぎてしまってるという有り様だった。
発走時刻がズレるかもしれない、それどころか一瞬の間で雰囲気全てが崩れるかもしれない。
どうするべきか。選曲も悩むところだ。
「……レース映像の中継をバックスクリーンに映すのは悪くないアイディアですが、曲とレース映像を合わせるのは厳しいですね」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます。こればかりは仕方ないですね」
中林もこれが無茶振りだと分かっていたらしく、しつこく勧めてくることはこれ以上はなかった。
それから数時間後。
中央広場で始まったサイン会兼ミニライブ、合間にバックスクリーンにレースの中継映像を流しながらの開催は大盛況であった。
そんなこんながあって1回目の休憩(16時半頃)。
「「うへぇ〜……疲れたぁ〜……」」
「お疲れさん」
舞台裏で休んでるメジロパーマーとダイタクヘリオスにスポーツドリンクを差し入れる矢萩。
「あれ? アイルは?」
「さっきべn……じゃなくてお花摘みに行った」
「お? 兄貴も少しはデリカシーを分かってきたん?」
「うるせー」
ぶっきらぼうで不器用で、一昔前までは我が道を行く
そんな時、アイルが慌てた様子で戻ってきた。
「トレーナーさん!」
「アイル、一体どうした?」
「レースの中継見てください。ヤマトさん出てます!」
「え?」
そう言われて、矢萩だけでなく、同じ「ダイタク」冠を名乗るヘリオスと、それに釣られてパーマーもバックヤードから出て、ミニライブ会場のバックスクリーンに映ったレースの中継映像に釘付けになる。
【今日の第5Rサンサンエッグ記念、出走ウマ娘は10人。各ウマ娘、ゲートに収まり……スタートしました。1番手は───】
出走したウマ娘たち、先頭から順に実況が解説をしていくが、
【ダイタクヤマト、最後方からのレースになりました】
【追い込みを行なうには良い位置に着きましたが───】
実況が何やら言い淀んでいたため、ヘリオスとアイルがレースに集中し、矢萩が苦虫を噛み潰したような渋い顔をしているのを尻目に、パーマーはスポーツドリンクを飲みながら片手でスマホを操作。
「ダイタクヤマト 成績」
と検索をかけてみると、
(あ、やっぱり出た!)
パーマーが気になったのは、ダイタクヤマトの走り方と成績だった。
(……え。この子……)
そこに記されたダイタクヤマトの戦績は目を覆いたくなるほどだった。
そんなパーマーの仕草に気付いた矢萩が声をかけた。
「どうしたパマちゃん?」
「トレーナー、ヘリオス、これを見て」
「「?」」
未だにレースを観戦中のアイルを除き、パーマーは自身が呼び出した情報を二人に見せると、やはり二人もパーマーと同じ反応を見せた。
ダイタクヤマトの戦績はそれは散々たるもの。
なんと、去年の9月からメイクデビュー戦をしてるが、なんとここまでで
【決まった! 一着は───】
実況が一着から三着のウマ娘たちの名前をコールするが、それは矢萩の耳には入らない。
それよりも、彼の視覚は10番のゼッケンをつけたダイタクヤマトが五着でゴールした事実を捉えており、矢萩にはどうしても気になったことがあった。
「……バ場と、走り方に原因があるかもな」
「トレーナーもそう思う? 私はあの子には芝が似合うと思う」
「うちもそう思う! あの娘は追い込みなんて合ってない、きっと先行だと思う!」
「え?え?え?あ、あの、一体何が?」
ダイタクヤマトの走り方を見ていて、矢萩と、担当ウマ娘たち(約一名除く)の意見は一致していた。
「……あとで伯父さんと話す必要がありそうだ」
「そうだね……」
「うん……」
「あの……トレーナー、一体何があったんです?」
「そうだなぁ……」
一応レースは走り切ったものの、最下位になってしまい、息も上がっているダイタクヤマトの姿が中継で映っている。
それを指して、矢萩は言う。
「……アイル。チームメイト、増やしてもいいか?」
「……え?」
その問いの意味をアイルが理解するのに、そう長い時間は掛からなかった。
冒頭のジャパンカップのレースの回想シーンは、本来なら前回、電気屋さんのテレビの前で見ているレースの話として使うはずでした。
ただし、ロケーションの問題から、急遽菊花賞の内容に作り替える必要が出たため、ここで使うことにしました。
ちなみに、前回は伏見稲荷や祇園四条などを描写するつもりでしたが、ロケハンできなくて断念……今年のお盆休みに京都旅行チャレンジしてみます。
また、ダイタクヤマトとのファーストコンタクトも今回折り込みましたが、ぶっちゃけるとダイタクヤマトのキャラクターはまだ定まっていませんでした。
しかし、京都弁のキャラクターとして動かしてみると、案外いい感じにキャラ付けが出来そうな感じになりました。
順次、ダイタクヤマトの登場シーンは修正していくつもりです。
ただ、ダイタクヤマトに今回使った京都弁は、実はネットで見つけた方言変換をほぼそのまま使ったにわかなので、「ここがおかしい」とかご指摘、もしくは誤字報告をいただければ幸いに存じます。
ちなみに、ハセノガルチとダイタクヤマトにはとある共通点があります。