今回は、冒頭の回想シーンはありません。
ちなみに、今回の話を完成させるにあたって、前回のアイルトンシンボリ④について、加筆修正を行なっています。
前後編を通しで見た方がわかりやすいかもしれません。
※2023年7月13日追記……射手園トレーナーとマヤノトップガンの互いの呼び方について、作者のおおはがり様からご指摘をいただいたので、修正いたしました。
※2023年10月3日追記……ケイエスミラクルの育成シナリオをやってみたので、そのフィードバックによる細かい変更を加えました。ついでに、某所の影響を受けて歌詞を中央に寄せる構文を使用してみました。
※本作品は本編にて2023/07/11 23:55に投稿したものを再掲載したものでございます。
日が傾き始め夕暮れが迫る空を飛行機雲が駆けていく。
16時35分出走の第5Rが終わり、それから15分ほどして、矢萩は船橋レース場のスタンドの4階に上がった。
ズンズンと床を踏みしめながら早歩きで向かった先に居たのは。
「青江トレーナー!」
ハセノガルチとダイタクヤマトの担当トレーナー、つまり、青江幹二郎トレーナーのもとへ。
「タカシくん?」
「ちょっとお話があります。内密に」
「……上に上がろうか」
青江トレーナーは矢萩を船橋レース場スタンドの5階に連れてきた。
ここはスタッフ以外立ち入り禁止だが、混み行った話をするにはここしかないと青江トレーナーは思ったようだ。
しばらくの沈黙の後、青江トレーナーはポツリポツリと話し始めた。
「……あのレース、見ていたのか」
「もちろんです。中継でだけど」
「となると、タカシくんも気づいたか。ヤマトの走りに問題があることに」
「えぇ。何でわざわざ合わないバ場に出走させたんですか? 脚質も追込向きじゃないのに……」
「……わかってる。私がなんでこんな問題を放置していたのか。気になるんだろ?」
「えぇ」
「……実はな、私は引退するつもりなんだ」
「……え? 何故? 地方トレーナーの給料もそう悪くないはずなのに」
「……君にはこれを見せた方がいいかもしれんな」
そう言って、青江幹二郎トレーナーは、自身の持ち物から、ある封筒を取り出した。
B5サイズの大きい封筒だった。
その封筒には「健診センター」の名があり、青江は中身を見るように目線を矢萩に送る。
そうして中身を見た矢萩は……。
「……これって、本当に?」
「あぁ……自覚症状が無いのは厄介だ……最初は、加齢による老化現象だと思っていた。だが、今年の冬に一回倒れちまってな……」
「待って? 倒れたなんて聞いてない」
「お姉ちゃん……つまり、君のお母さんには黙っておくように言ってたからな。何とか騙し騙しやってきたが、トレーナー業を続けるのはいよいよ難しい感じになってきた……」
「ハセノガルチは? ダイタクヤマトは? 伯父さん一体どうするつもりだよ?」
「どうするもこうするも……ハセノは引退まで面倒を見るつもりだ。だが、ヤマトは……」
「ヤマトは……どうするつもりだったんだ?」
「……君にこれを渡しておく」
そう言って、青江は自分のカバンからノートを二冊出してきた。
一冊には「ダイタクヤマト・データ」とマジックで題名が書かれており、もう一枚は……、
「《凱旋門賞対策》?」
「私と、さいたまの河西トレーナーとで生み出したレースプランだ。尤も、地方のトレーナー二人による妄言に過ぎないかもしれないが……」
「でもこれって……」
「そうだ。だからこそ、私はヤマトをダートで勝たせてやりたかった」
「……確かに、イナリワンは一昨年と去年の
「ヤマトもそれを望んでいた。アメリカやヨーロッパでイナリワンのように勝つことを。……だが……私は、もしかすると、ヤマトに大きすぎる夢を背負わせすぎていたんだろうな。私が指導する最後のウマ娘になるだろうからと……」
「え!?」
どこからか、女の子の声がした。
その声がした方向に矢萩と青江が視線をゆっくり移すとそこにいたのは、黒髪で160cmの長身でナイスバディ、勝気な目はショックで見開かれたまま。10番のゼッケンをつけた体操服姿のダイタクヤマトが、ショックを受けたような状態でその場に立ち尽くしていた。
「……ヤマちゃん……」
「トレーナー、一体今の話……!?」
「「……」」
ダイタクヤマトが、矢萩と青江の会話をどこからどこまで聞いていたのかは皆目わからない。
でも、これなら隠さずに一から全部話したほうがいいだろう。
なるべくショックを受けないように(難しいが)。
淡々と青江は事実を語った。そして、自身の体が病魔に蝕まれていて、トレーナー業を続けるのはそろそろ難しいことも。
それらを全て聞いたダイタクヤマトの頬を涙がつたい、目からは大粒の涙が決壊し始めた。
「そんな……トレーナー……酷いで……何でそないな大事なこと今まで黙っとってん……!?」
「……ヤマちゃんのそんな顔を見たくなかったからだよ」
「……え?」
「ヤマちゃんは、太陽のように笑顔でいる方が似合ってる。ひたむきに、憧れを追いかけて、例えレースの結果が悪くても、めげないしょげない諦めない。だからこそ、私は君が最後の教え子になるのならと。いつかは世界でも走れるように。ダートと芝、両方を勝てるように指導してきたつもりだった」
「そないな……ごめん、トレーナー、うちの……うちの努力足らへんせいで……」
「それは違う。……そもそも私が悪かったんだ。君がダートが苦手で芝ならもっとまともに走って戦えること。追込ではなく先行策で行かせること。それをもっと早くちゃんと教えて、芝路線への転向をもっと強く勧めるべきだった。なのに……」
事情は分かった。
自分も、もしヘリオスやパーマーが「このレースに出たい!」って言い出したら、場合によっては止められないだろう。
しかも、ダイタクヤマトがわざわざダートに拘るのは、
「……だから追込で勝とうとヤマトは執着していた。イナリワンと同じ道筋を辿りたいと思っているから。ですね?」
その矢萩の問いに、ヤマトと青江は互いに頷いた。
その上で、青江は言った。
「……だからだ、ヤマちゃん。タカシ……矢萩トレーナーのチームに移籍してほしい」
「え……それって……?」
「そうだなぁ。中央トレセン学園に転入することになる」
「え……えぇ!? いや、それって、可能なんどすか?!」
「編入試験を受けてもらわなきゃならないことと、チームトレーナー級の誰かさんの署名が必要になるが……あぁ。出来るぞ」
「そ、そやけど、中央って、
そう言ってヤマトが手で示したのは、「お金」のハンドサイン。
「奨学金制度があるからその点は心配しなくていいぞ。レースで勝って返せばいい」
「で、でも……」
「ダイタクヤマト。やっぱりお前さんには芝が合ってる。自分でも気付いているだろう?」
「……」
「……それに。イナリワンは芝を走ってるだろ?」
「!」
「あとな。お前さんの走り方を見ると、短距離からマイル向きと見た。イナリワンが苦手な距離をお前さんなら勝てるんだぞ?」
「でも……」
「俺が何とかしてやる」
そう言って矢萩はダイタクヤマトに手を差し出し、
「憧れは大事だ。でも、お前はお前にしか走れない道がある。そろそろ殻を破って良いんじゃないか?」
真っ直ぐと見つめる自称ブサメン。
普通なら「キモイ」とか言われて終わりそうだが、ダイタクヤマトはそんな悪態を一言も吐くことなく、矢萩の手を握り返して、
「……はい! これからよろしゅうおたのもうします!」
憧れに自分が届かない。
それでも新しい道があることを、この新しいトレーナーが示してくれるかもしれない。
涙を拭い、ダイタクヤマトはそうしてもう一つの道を歩むことを決意した。
矢萩はららぽーと船橋に戻って、改めてヘリオス、パーマー、アイルらとダイタクヤマトの顔合わせをさせることにした。しかし、その道中。
南船橋駅の方面から、ららぽーと船橋に入る際に矢萩はある人物に電話をした。
『もしもし、駿川です』
「あぁ、もしもし、たづなさん? 矢萩です」
『矢萩さん? 今日からゴールデンウィーク休暇では? 船橋でのイベントの件も申請届いてましたが』
「あぁ、はい。今回は急に申し訳ないです。申し訳ないのですが、もう一つお願いが」
『何でしょうか?』
「実はゴールデンウィーク明けになるかと思いますが、編入試験を受けさせたいウマ娘がいまして……」
『編入試験ですって? ……学年は?』
その電話の内容が気になったのか。
ダイタクヤマトのウマ耳はこちら側にピンと張っているのが矢萩にも見えていた。
ウマ娘の優れた耳はしっかりとその会話の内容を拾っていたため、矢萩が視線を送ると、ダイタクヤマトは答えた。
「中学2年生どす」
「……中学2年生だそうです」
『中学2年生……うーん、一応、何人か席は空いてますね……ちなみに、編入前はどちらに?』
「横浜トレセン学園ですね。……本人に代わりますね?」
「え?」
「先に理事長秘書に話を通しとく方が後々楽だろ?」
「……え!? 理事長秘書!?」
先ほどから矢萩の通話相手である駿川たづなという人物。
声からは物腰柔らかな女性という印象こそすれど、その正体がまさか中央トレセン学園の理事長の秘書だなんて事ここに至るまでダイタクヤマトは全く認知していなかった。
(そないな話は聞いてへんのどすけど!?)
ダイタクヤマトは目で矢萩にそう抗議を送るが、
「いいから早く。……今、代わりますねー」
そんな抗議は軽くあしらって、半ば強引に矢萩はダイタクヤマトに
「わ、っとっと! お、お電話代わりました、ダイタクヤマトと申しますぅ……」
京都弁のイントネーションが残った慣れない言葉遣いで駿川たづなからの電話を受けるダイタクヤマト。
「はい……はい……えぇ、確かに……え、は、はい……え? ほんまどすか!? お、おおきにですぅ! では、来週の火曜日、お伺いいたします! はい、……はい! ありがとうございましたぁ! ……あ、はい、矢萩トレーナーに代わりますね……」
そう言われてヤマトから矢萩は電話を受け取り、
「はい、矢萩です」
『矢萩さん、ゴールデンウィーク明けに理事長室へ来てください。横浜トレセンでダイタクヤマトさんのトレーナーさんをされている方も一緒に』
「あ、はい」
『そのトレーナーさんにも、改めて転入手続きに必要な書類を書いていただきます。今日はもう難しいでしょうから、ダイタクヤマトさんが横浜トレセンのトレーナーさんといらっしゃる日に。その日は面接試験を受けていただきます』
「いきなり面接試験ですか……?」
「え?」
『当然です。筆記試験はまた後日改めてという形になりますが、この時期は夏前の追い込みでG1も多いんです』
「あぁ……そうでしたね……」
かくいう矢萩も、パーマーとヘリオスが宝塚記念に出走登録をしているのをド忘れしていた。
……そこで日本ダービーのことをふと思い出したのはまた別の話だが。
『いくら在校生の席に空きがあるとはいえ、こう急に転入となると手続きなどが大変になるんです。あとは寮の部屋も空きがあるかどうか。あったとしても、中央トレセン学園の寮生は基本的に一部屋二人のルームシェア型ですから……』
「あー……確かに……改めて申し訳ないことを」
『えぇ。こういうことはもっと手順を踏んでこれっきりにしてくださいね?』
「あぁ、……はい、申し訳ありませんでした」
一応謝ってから電話を切った矢萩。
「……矢萩はん、今、「試験」って?」
「あぁ……ゴールデンウィーク明けに面接だってさ」
「うわあぁ……あかん、緊張してきた……」
「大丈夫。明後日を除いてゴールデンウィーク中は勉強や面接の練習を見てやるから」
「明後日? なんかあるんどすか?」
「あぁ、それがな……」
明後日に遊園地へ行くことを今更ながら話さなければならないことに気付いた矢萩。そう、やや言いづらそうにしていたちょうどその時だった。
「……あれ!? 矢萩さん!?」
声をかけられ振り返るとそこに居たのは───。
───17時25分から始まったミニライブも終盤戦に差し掛かっていた。
ちなみに、ミニライブで用いてる曲は、メジロパーマーもダイタクヘリオスも、ウイニングライブで歌ったり踊ったりした曲ばかりがチョイスされているのだが、これは、前以て用意した照明や音響のプログラムを使い回せて楽なことと、観客が知ってる曲の方が注目を集めやすいと考えた矢萩とライトハローのアイディアによるものだ。
……と言っても、矢萩は「Euro beatや80’&90’の洋楽なら分かるが、ウイニングライブの曲に関しては、俺はさっぱり分からん」という状態だったので、選曲はほぼライトハローが担当した。
また、ミニライブの会場としてチョイスした舞台が狭いことやバックダンサーの手配までは手が回らなかったこと、……いや、「そもそもヘリオスとパーマーがメインのイベントなので、バックダンサーはむしろ必要ないのでは?」という矢萩の提案で、非常にこじんまりとしたライブになった。
とはいえ、タダでは起きないのも矢萩流。
そもそもウイニングライブとはどういうものか。
それは直前に行なったレースで一着を勝ち取ったウマ娘をセンターに、二着三着のウマ娘たちで前面を構成して、バックダンサーのウマ娘たちも踊るのが本来のウマ娘のライブである。
だが、世の中にはとても珍しい事例ではあるが、ウイニングライブでは、「同着」……つまりは一着が二人以上出た場合のパターンでの振り付けや曲のパート分けも準備されている。
そう、今回、メジロパーマーとダイタクヘリオスが開催しているミニライブは、曲こそウイニングライブでお馴染みであるが、その全てが、二人をセンターに置いた「同着パターン」の開催だった。
「「「「ハイハイハイハイ!」」」」
「「「「Fu〜!」」」」
「「「「ハイハイハイハイ!」」」」
「「「「ワァァァァァァッ!」」」」
観客たちの合いの手も入り、「これが本当にミニライブか!?」と疑いたくなるほどの盛況ぶりを見せた。
「みんな! 私たちのミニライブ、来てくれてありがとう!!」
「船橋レースもよろしくぅ!!」
「「「「オォォォォォォッ!」」」」
パーマーとヘリオスの挨拶と宣伝に、観客たちは声援と、パチパチパチッと拍手を送る。
……そんな時だった。
「……あ!!」
ヘリオスにはすぐに「あるもの」が視界に入り、即舞台を駆け降りて、
「ヘリオスぅ!?」
虚を突かれたパーマーは驚きながら釣られて舞台を降り、ヘリオスの後を追いかけた。
この状況に観客たちは騒めきながらもパーマーとヘリオスのために道を開ける。
すると、だ。
「お嬢ぉー!」
即座に目標へロックオン、ならぬ、ハグアタックを試みようとしたヘリオス、その「対象者」と、兄に阻まれて……。そう、つまりはだ。
「ヘリオスさん、近いです……」
「あ、トレーナー、戻ってきたん……だ?」
パーマーは矢萩が戻ってきたことに思わず尻尾を振っていたのだが、思わぬ
「ルビーちゃんに、マヤノに、射手園くん!? それにケイくんも!?」
正体に気付いたパーマー。それを聞き逃さなかった観客たちの騒めきはさらに大きくなってしまった。
その観衆の反応を見て、パーマーは思わず自らの口を塞いで、(マズッ、あたしったら何やってんだろう!?)と思った。
何故なら、ルビーことダイイチルビーと、ケイエスミラクルの2人は変装していたからだ。
まず、ダイイチルビーの場合は伊達眼鏡*2を掛けているのだが、それ以外は普段彼女が着ている私服であり、ヘリオスやパーマーのようにその姿を見たことがあるトレセン学園生であれば即バレてしまうだろう。
一方でケイエスミラクルの場合は、ハンチング帽を被ってウマ耳と尻尾を隠し、側から見たら長身のイケメン少年に見えるようなコーディネートだった。
偶然か必然か。
そんな事は知ったこっちゃないが、今、自分たちの目の前にいるのは、チーム[セントーリ]のみんなだ。
ダイイチルビーと、マヤノこと、マヤノトップガン。
チーム[セントーリ]に所属するこの二人とは度々他チームとはいえ一緒にトレーニングすることが多いためにパーマーともよく知ってる仲である。
一方、チーム[セントーリ]のチーフトレーナーであるはずの
ちなみに、ケイエスミラクルについては、パーマーとヘリオスのクラスメイトなのだが、中学三年時に転入してきたことと、儚げな雰囲気に反してスラッとした長身故に、矢萩が元々彼女を「くん」付けで呼んでた影響もあってか、周りの「ミラクル」呼びでも、ヘリオスの「ミラクルん」ではなく、パーマーの中では「ケイくん」呼びが定着してしまっていた。*3
「どうしてこんなところに?……って、聞くまでもなさそうな感じかぁ」
その射手園トレーナーの右腕に縋り付くマヤノと、対して左腕を掴んで離そうとしないルビー。
そして、その射手園トレーナーが目線で「助けて」とヘルプを飛ばした先にいたのも、彼の担当ウマ娘であり、儚げで幸薄そうな銀髪のミラクル。
そのミラクルもどうしたら良いのか分からずに苦笑い半分な困惑顏をしていた。
それら全てを見て、メジロパーマーは全てを察したようだった。
それに対して、まずはルビーが言った。
「偶然です」
これにマヤノは即抗議。
「そんなわけないじゃん!」
そんな二人に挟まれた状態の射手園トレーナーは困った様子で、
「……どうしてこうなったんだろ……」
と、一種の諦めを悟ったような目で虚空に呟く。
「すっげー! 本物のダイイチルビーだ!」
「ケイエスミラクルもいる!
「ということは、彼が射手園トレーナーなの?」
「いや違うだろ。ヘリオスを抑えてるあの男じゃ?」
「あれはチーム[ライジェル]の矢萩トレーナーだろJK」
いけない。
今、自分たちはファンに囲まれていることを忘れていた。
自分たちも恐らくはルビーたちも、そもそもはファンに気付かれないように変装してきたというのに、これでは台無しだ……。
「皆様! ここで人集りを作ると他のお客様のご迷惑になってしまいます、お下がりくださいませ」
ライトハロー女史の呼びかけと、ららぽーと船橋の警備スタッフに囲われて、メジロパーマーとダイタクヘリオス、それにチーム[セントーリ]の全員がそのままバックヤードへ案内された。
その後を静かに付いてくアイルも含めて。
「いやはや、あわや揉みくちゃになるところだったぜ……」
バックヤードに無事避難できた矢萩は水を飲みながらそう零しつつも、ライトハローさんを呼びに行って自分たちをこのバックヤードに無事避難させた功労者を褒めた。
「サンキューな、ヤマト」
「いえいえ」
「……あれれ!? ヤマトんいつの間に!?」
「どうしてヤマトちゃんがこんなところに?」
「えっとその……インターン、みたいな? あははは……」
言い得て妙だが、ヤマトの言うように「インターン」というのもあながち間違ってない。
矢萩はその補足として先ほどの青江トレーナーとのやり取りを説明すると。
ヘリオスとパーマーは2人とも腕を組み、
「はぁー、なるほどねー……」
「兄貴ったら全く……」
先ほどの出来事を掻い摘んで説明した矢萩に対して、待機シャトルみたいな表情とモーションをして、感心したような呆れたような声を漏らした。
さて、その一方。
「……それで。なんで君らがここにおるん?」
改めて射手園くんたちチーム[セントーリ]の面々に事情を聞くと。
「ねぇ聞いてよ、矢萩トレーナー! イルちゃんとのデートの予定だったのにぃー!」
「抜け駆け禁止*4です、マヤノトップガンさん」
「ぶーぶー!!」
何でこうなったのか。
何々。
まず、射手園くんは今日のかしわ記念に親戚が出走するからそれを応援しにきた。
するとマヤノちゃんは成田空港に用事があったから射手園くんと一緒に行ってきた、と。
マヤノちゃん曰く、彼女のパパさんは航空会社に勤めるパイロットで国際線の機長をしてるんだとか。
そのお見送りの帰りに船橋レース場へ行くついでに買い物デートと洒落込もうとしたら、何故かダイイチルビーとケイエスミラクルがいた、と。
……明らかに先回りというか待ち伏せだなこれ*5。
ただし、ダイイチルビーは中央で活躍し、尚且つ、G1も複数勝利していて、その知名度はまさに、今を時めく何とやら。
デビュー前のマヤノや、職業上、担当ウマ娘に比べてあまり前に出ない射手園くん、それにウマ耳と尻尾を隠したケイエスミラクルも、変装すればある程度本人だと気付かれない誤魔化しは利くほうだった。
そんな彼ら彼女らに比べると、ダイイチルビーは目立つ存在だ。
……なので、射手園くんたちを見つけるまでは、変装し、「一人で行かせるのが不安だった」というケイエスミラクルにエスコート役をしてもらっていたわけか。*6
フジキセキ寮長とマジックショーをしていたら他の女子生徒から黄色い声援が飛ぶほどだったし*7、そりゃ、ウマ耳と尻尾を隠せば、ケイくん、イケメンに見えるもんな。
「どうしよう……しばらくは変装してもルビーだとすぐにバレちゃいそうだし……」
何とかライトハローさんとダイタクヤマトのお陰でバックヤードに避難できた一行。
だが、ケイエスミラクルの言う通り。騒ぎが収まるまではとてもショッピングモールで買い物デートするどころではない。
「ごめんミラクルん、お嬢、ホントにごめんなさい!」
「ホントにごめん! あたしもつい驚いちゃって……!」
こんな状況を生み出してしまった原因の一端は爆逃げコンビにもあったため、2人はチーム[セントーリ]の4人にひたすら平謝りを繰り返すしかなかった。
「……もう結構ですから、お二人とも。お顔を上げてください」
そのダイイチルビーの無機質な声は、一見怒ってるようにも感じられた。
だが、その顔は眉毛をハの字に曲げて困ったような表情を浮かべてもいた。
「……元はと言えば、私がマヤノさんの抜け駆けに反応して、先走ってしまったせいでもあります。……皆様をも巻き込んで、大変ご迷惑をお掛けいたしました」
そうしてダイイチルビーも深々と頭を下げて謝った。
その一方で、依然として不機嫌さを隠そうともしないマヤノはツーンとしていたのだが。
「……マヤちゃん。ルビーもこう謝ってることだし、許してあげてよ。ね?」
未だに膨れっ面だったマヤノを、射手園トレーナーが優しく頭を撫でた。それに対してマヤノは射手園を抱き返した。
「わっ、ま、マヤちゃん!?」
それを見ていたパーマーとヘリオス、ケイエスミラクルや、アイル、ヤマトたちは各々顔を赤くしたり、驚いたりする*8。
ただ一人、ルビーは内心穏やかではなく、眉をピクピクとしていたが、それでも何とか感情を表に出さないように必死に抑えていた。
次第にマヤノの腹の虫も収まり、気持ちも落ち着いてきた。
「……わかったよ。イルちゃん……」
経緯がどうあれ、状況的にはマヤノと射手園は災難に巻き込まれたようなものだった。
そんな2人の様子に若干の甘酸っぱさを感じつつも、矢萩はこの後どうするべきか。
足りない頭でも必死に回して解決策を考え中だった。
(さて、どうしたものか……)
まだバックヤードの外では観衆の騒めきと人の気配を感じる。
ある程度エチケットやマナーを守るファンたちもいるのだが、それでもあの騒ぎだ。
これでチーム[セントーリ]の面々と別れるのは不安がある。
……そこで矢萩はあることを思いついた。
「……そうだ。射手園くん」
「はい?」
「君らの予定を聞いてもいいか?」
「えっと、今日は……」
「むー……イルちゃんと買い物デートの予定が……」
「あと、今日のかしわ記念に親戚が出るからレースを見にいくつもりでした……」
「そういえばそんなこと言ってたよな……ん? ところで射手園くん、その親戚って? 名前は?」
「あぁ、コスモネビュラって言います」
「コスモネビュラはんどすって!?」
「コスモネビュラ」。その名が出てきて真っ先に反応したのはダイタクヤマトだった。
「知ってるのか?」
「さいたまトレセン学園の人どす。うっちよりも年上で、あのクロスクロウはんと走ったこともあるってよう自慢してました」
「クロスクロウ」。その名が出て次に激しく反応したのはアイルだった。
「……えっ、クロスクロウって……まさか、イギリスG1、
アイルがそう尋ねたのは、その場にいた全員、と言えたかもしれない。
その問いに、その場の全員が頷いた。
「そう、そのクロスクロウはんどすえ。その同期やったコスモネビュラはんは、今日が現役最後のレースや言うてました」
「それマジか?」
矢萩が射手園トレーナーにそう問うと、射手園は頷いた。
「……となると、どうしたもんか」
矢萩はスマホを取り出して今の時間を確認する。
そろそろ17時45分になるところだった。
気付けばミニライブが終わってから10分以上は経っていた。
「かしわ記念は……20時05分出走。それまで2時間はあるから、その間に熱が冷めてくれれば……よし、ミニライブの時間は最終の19時と、サイン会は19時35分の回が残ってるだけで済むか」
「でも兄貴ぃ、この状態だとおちおちご飯も食べに行けないよ?」
「それに、最終ライブの方がお客さん多いだろうし、これから嫌でも混雑してくるはず」
「
「そうなるね、アイル……」
猶予が2時間あるとはいえ、移動する隙間を見つけるのがとても難しく感じた。
運が悪いことに、今回のバックヤードは出入り口が一箇所のみ。
今、出て行こうとしたら揉みくちゃにされるだろう。
どうするべきか。
……その場のほぼ全員が悩んでいたその時だった。
「……ならば、私が行きましょう」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
その声の主に、他の8人の視線が集まった。
「ルビー、一体どうする気?」
「……観客の皆様は、ヘリオスさんとパーマーさんのサイン会とミニライブを目的にここへ足を運んでおられるはず。ならば、そこに私も加わって、皆様の注目を集めて引き付けましょう」
「なるほど……サプライズ企画で、「ダイイチルビーのサイン会」と「ミニライブ」も開催するわけか」
「私たちが観衆を引きつけている間に、……射手園トレーナー。あなたは……アイルさん、と言いましたね?」
「あ、はい」
「……私としては癪ですが、マヤノさん、とアイルさんのお二人にトレーナーさんを船橋レース場まで連れて行って頂きましょう」
「射手園くん、指定席の券はあるかい?」
「あ、はい。ネビュラさんが送ってくれたものがお財布の中に」
「よし」
「ねぇねぇ、それなら最終ライブの曲、変更せん?」
「良いかも。ルビーちゃんがライブに加わるなら……」
「待って」
「ミラクルん?」
「……おれも、ライブに参加していい?」
「なら、うっちもやりますえ! ちょうど勝負服持ってきてますし!」
「5人でライブか……となると、あの曲がいいかもしれないな……あ!」
「どしたの兄貴?」
「……あぁぁっ、中林さんが言ってたやつ、解決方法見つけたかもしれん……」
「確かあれだよね? 実際のレース中継の映像をバックスクリーンに流しながらミニライブは出来ないものか?って言われてた」
「そう、アレだ……はっはっは……良い事思い付いたぜ……」
とそこへ。
「ひぃー……疲れたぁ……」
有名人が現れて興奮状態だった観衆を何とか鎮静化して戻ってきたライトハローら、ミニライブの運営スタッフ。
彼らが戻ってきたのを見て矢萩は一連の騒動について代表して頭を下げた。
「ライトハローさん……申し訳ない。ご迷惑をお掛けしました!」
「あぁ、矢萩さん。頭を上げてください。何も悪くないです。こういうのも私たち裏方スタッフの役目ですから」
そんな真摯な矢萩の姿に慌てて、ライトハローはフォローする。
……が。矢萩が頭を下げたことには当然、別の理由もあったわけで。
「いえ、もう一つご迷惑をおかけすることになりそうでして……」
「!?」
矢萩が何やら説明を続けようとした辺りで、ライトハローは只ならぬ雰囲気を感じとり、ウマ耳が思わずビクッと跳ねてピンッと張った。
「……矢萩さん、話を聞かせてください」
先ほどまで顔に浮かんでいた疲れは一瞬にして吹き飛び、ライブプランナーのプロとしての真剣な眼差しを矢萩たちに向けるライトハロー。
果たして、チーム[ライジェル]とチーム[セントーリ]の合わせ技が実現可能かどうか。今ここで緊張は最高点に達しようとしていた───。
───そうして19時を迎えた。
1時間ほど前に比べると熱気はある程度冷めていたが、それでもここにいるのは、そのほとんどがダイタクヘリオスとメジロパーマー、そこにダイイチルビーとケイエスミラクルが現れたと
ファンたちが注目する中、バックヤードから舞台へと元気良く現れたのは、
「「爆逃げコンビ、ウェーイ!!!」」
「「「「ワァァァァァァッ!」」」」
ダイタクヘリオスとメジロパーマーが一気に壇上へ上がり、
「おぉっ!?」
「凄いなぁ……!」
その二人にワンテンポ遅らせる形で、ダイイチルビーがバックヤードから現れてさらに盛り上がる。
しかも、ルビーはその後ろに、右にケイエスミラクル、左にダイタクヤマトを引き連れた状態で。
5人とも、勝負服姿での登場により歓声が盛り上がっていく。
「いぇーい、パーリーしてっか!!?」
「ふぅーっ! 今日の最終ライブには特別ゲスト、チーム[セントーリ]のみんなも参戦だよ!!」
「「「「オォォォォォォッ!」」」」
「え? あんな娘いたっけ?」
「ケイエスミラクルと……もう1人は今日ダート走ってなかった?」
ダイイチルビーのエスコート役のポジションにいたケイエスミラクルと、特にダイタクヤマトの姿が目に入った観客のどこかからかそんなヒソヒソ話が聞こえてきた。
「チーム[セントーリ]の新メンバーか」「あの子は何者?」といった声も漏れている。
すると一気に会場が暗くなる。
「さ、イルちゃん、今のうちに行こ」
その暗くなった瞬間を狙って、射手園はマヤノとアイルの案内でららぽーと船橋からの抜け出しを試みる。
その最中に、ウマ娘のファンたちであれば聞き覚えのあるギターの伴奏が聞こえ、観客たちの歓声が上がり始める。
それは、WINnin' 5 -ウイニング☆ファイヴ-。
アオハル杯の決勝後のライブでのみ披露される曲であり、ちょうど5人集まったのだから、と、矢萩が本来の曲目から変更して追加したものだった。
ダイイチルビーを舞台の中心に添え、参加人数が増えた事でミニライブは華やかさを増すことになり、観客たちはこのサプライズに当然興奮を隠せなかった。
しかし、この隙に先頭をマヤノ、射手園、そしてアイルの順番で、北館から外に出てハーバー通りを東側に駆けていく。
人混みもスルリと交わして、間も無く「ハーバーゲート」と呼ばれてる通りの出入り口を超えていき、運良く横断歩道が青だったのでそのまま通りを渡れば、船橋レース場の正門前だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……何とか着いたぁ」
「イルちゃん、大丈夫? マヤ、また飛ばしすぎちゃった?」
「だ、大丈夫……息、整えさせて……はぁ……はぁ……はぁ……」
ウマ娘と人間の種族差が出るのは大抵こういう時だ。
ららぽーと船橋の北館、中央広間からここまでは歩いたら大体10分掛かる。
その距離をウマ娘にとってはかなり抑え目とはいえそれでも時速15km前後で走ってもいれば、ウマ娘はこの程度の距離、この程度の速度では走り切っても平然としているが、人間ならその速度についていくだけでも大変なことであり、息切れするのは必然だった。
「よし来たな。君らを待ってたぞ」
「え?」
「あの……どちら様ですか?」
「あぁっ。青江さん!」
そして、正門では矢萩からの連絡を受けた青江トレーナーが待っていた。
「タカシくん……矢萩トレーナーから頼まれたんでな」
青江は自身のスマホを取り出して指差した。
そこには着信履歴が残っていた。
再び、中央広場のバックヤード。
スマホの画面には差出人が「幹二郎おじさん」となってるメールが表示されており、
題名には「着いたよ」という一言。
内容に文はなく、代わりに、アイルとマヤノ、それに射手園トレーナーの3人が船橋レース場の三階の指定席に無事着席出来た写真を送ってきた。
メールの中身を見ていたら、ちょうど中央広場で行なわれたミニライブは大盛況のうちに幕を閉じようとしていた。
「「「「ワァァァァァァッ!」」」」
最後に5人揃った決めポーズで、観客からの歓声と拍手が沸く。
そのまま速やかにバックヤードへと戻っていくウマ娘たち。
「みんな、お疲れ様」
「やったね……!」
「即興だけど上手くいったね」
「ヤマト、よく頑張ったぞ」
「うん! おおきにトレーナー!」
「お嬢、カッコ良かったし可愛かったよぉ!!」
「ヘリオスさん、近いです……」
いつもの塩対応気味な言葉を呟きながらも、ルビーの表情には微かに笑みが浮かんでいた。
「射手園くんたち、無事あっちに着いたってさ」
「おぉ。やったね」
すると舞台の方向から。
「「「「アンコール! アンコール!」」」」
観客からアンコールが湧き上がった。
「……そういや、あの事まだ伝えてないんだっけ?」
そう矢萩に問われたヘリオスとパーマーは頷いた。
すると矢萩は溜め息を吐きつつ、いつもなら「しょうがないなぁ」と溢すところを、
「分かった。俺に任せてくれ。サイン会の後も
そう言うと、矢萩は、拡声器を手に、舞台へと向かって行った。
19時25分出走の第10レースがちょうど終わったタイミングで射手園トレーナーとマヤノは青江の担当ウマ娘であるハセノガルチ同伴で特別に4階へ立ち入ることを許された。
そこで彼が探していたのは、次の第11レース、今日の大一番であるかしわ記念に出走する親戚。
「ネビュラさん!」
そこに特徴のある白、ピンク、紫の三色を基調とした勝負服を着たウマ娘の姿を見つけた。
「おぉ、ユウ、来てくれたんだ!」
「はい。ご無沙汰してました!」
そう挨拶すると、
「わっ!?」
「あーっ!?」
「あはははっ、ユウったらぜっんぜん変わってない。ちゃんと食べて寝て運動してるのかー?」
コスモネビュラというウマ娘は、身長が160cmほどだが、体躯ががっしりしている。特にダートのウマ娘らしく太ももの太さも目立つ。
それに対して射手園トレーナーの身長はマヤノトップガンと同じぐらい*9であり、彼と
そんな彼をネビュラはヒョイッと何の気なしに持ち上げてハグする。
その状況に真っ先に抗議の混じった驚きの声を上げたのはマヤノである。
「んー?」
そんなマヤノの反応を見て少々悪戯心がくすぐられたネビュラはニヤリとして、マヤノをさらに茶化した。
「ふっふっふ、君がユウの担当ウマ娘ちゃんだね?」
「そ、そうだよぉ!」
「やっぱり。羨ましいでしょ? それともあたしがあなたを高い高いしてあげようか?」
「ぶーぶー! イルちゃんは私の……私だけのトレーナーなんだから! 返してよ!!」
「ま、マヤちゃん……」
顔を真っ赤にして抗議するマヤノ。
「私だけのトレーナー」と言われたせいなのか、それとも自分が抱きついているせいなのか頬を赤らめる射手園を見たネビュラは。
「……あっはっは、冗談さ。あたしはユウを奪うつもりはないよ。あ、奪うというよりは
そう言ってネビュラはハグしていた射手園を優しく地面に下ろした。
「むー……イルちゃん、満更でもないような顔してた」
「そ、そんな事ないって……」
「そもそも! あの人って、イルちゃんの何なの!?」
「親戚だってば……しかも伯母さん」
「……え!?」
「あっはっは。ここでネタバラシ。そう。ユウのお母さんはね、私のお姉さんで、13歳差なのさ」*10
「……えぇーっ!!?」
まさかの事実にマヤノはまたもや驚く。
「いやぁ、伯母さんは嬉しいよぉ? あの引っ込み思案で人見知りだったユウくんが、中央のトレーナーやってて、しかもこんな可愛い子が担当で」
「か、可愛い……!?」
「ちょ、ネビュラさん……!」
「……あれ? でもおかしいな。ユウくんが担当してる娘にG1バがいたはずなのに。今日は来ていない?」
「え、えぇっと……まぁ、その、はい」
話が色々と複雑になって面倒なので、この場では射手園はダイイチルビーが来ていないことにした。……今更だが、その肝心のダイイチルビーは今日一日、船橋レース場に足を踏み入れたことすらないのであるから、まぁ、半分は事実だろうか。
「ね、ねぇねぇ、
「ちょ、マヤちゃん!?」
「あら? なら、レースまでのちょっとの時間だけでも良かったら教えてあげる。ダメでもメアド交換しよ?」
「うん!!」
「マヤちゃーんっ!?」
なおこの後、射手園トレーナーの
なお、1階下でも
「遅いですね、2人とも」
「そうだなぁ。まぁ、ハセノがいるし、迷うことは無いだろうが……あれ?」
4階と繋がってる階段のほうを見た青江幹二郎トレーナーは首を傾げた。
何事かとアイルも同じ方向を向くと、勝負服姿に着替えたハセノガルチが何故か
「あれ? ハセノ。2人はどうした?」
「あぁ……それが……」
ハセノガルチは
すると。
「なるほど。で、2人の同伴をコスモネビュラにバトンタッチして、君は降りてきた、と」
「……何か不味い事をやっちゃいました?」
「いいや。特に興味のない長話なら付き合う必要もない。……それに、これから控えているのは地方レース場が舞台とはいえダートのG1レース。そんな大きいレースを前にしたら、緊張もするだろうし。その緊張の取り方は人それぞれ。ハセノの場合は作戦のおさらいを含めた雑談だろ?」
「そうですね。……で、トレーナー。作戦はいつも通りでいいんですよね?」
「そうだ。先団に付けての先行策。最終直線で纏めて全員差し切る。以上」
「……え? たったそれだけですか?」
「そうだよ。シンプルなのが1番良い」
「ある意味ではマンネリ化してるとも言えるけどね」
「……容赦ないな君は」
「……」
作戦のおさらいと雑談があっという間に終わってしまった。
時計を見たら19時半だ。レースまで35分、パドックでのお披露目にしてもあと20分空白の時間が出来てしまった。
3階の指定席に座った観客たちの会話も小さいが聞こえる。
そんな時だ。
「……トレーナー、何してるの?」
「あ、いや、そのな……」
「?」
ハセノが青江を注意した時、何事かと顔を上げたアイル。
彼女が向いた先には、何故か自分に視線を向けてきている青江トレーナーと、呆れ顔のハセノがいた。
「……あの、何か?」
「いや、すまんな。ちょっと失礼かもしれんが聞いてもいいか?」
「え? えぇと……いいですよ?」
質問に質問で返されたが、困惑しながらも承諾したアイル。
すると、青江はこんなことを聞いてきた。
「君の脚……ダート向きに見えるな」
「!!?」
「トレーナー、それセクハラだよ! ほら、引いちゃったじゃんか」
「い、いえ、そうじゃなくて……やっぱり地方のトレーナーさんとはいえ、それってわかるんですね?」
どこか棘のある言葉を無自覚ながら返すアイル。
一歩間違えばセクハラ発言とも取られかねない事を言ってしまったのだから無理もないことだと、青江は何かが胸に刺さったような感覚を覚えつつも何とか納得して飲み込んで、こう言った。
「……そりゃ、タカシくんや射手園くんのようなG1バを多数輩出してる連中にこそ劣るが、私もトレーナーだからね」
「まぁ、……そう、ですよね、愚問でした」
「いや。そのな。あのタカシくんがダート馬を担当にするとは。
「……え?」
青江トレーナーが「あいつ」というのは、当然、矢萩トレーナーのことであるとアイルはすぐに理解した。
しかし、
「青江トレーナー、その、矢萩トレーナーの夢って?」
「え? なんだ? 聞いた事ないのか?」
「え、あ、その……はい。ボクが覚えてる限りは」
「そうか。……実はな、あいつは子供の頃からここに脚繁く通っていたのさ」
「え? ここ、って、船橋レース場に?」
「そうだ。あいつ、小学校の頃の社会科見学かなんかで大井レース場を見に行ったらしくてな。一時期は『トレーナーになりたい!』って
「は、はぁ、へぇ……?」
アイルは自分のトレーナー───矢萩トレーナーにもそんな時期があったのを知り、感心した。
「そしたら、あいつ、妹。……まぁ、つまりはまだ幼かったヘリオスとここに来たもんでな。ある日、あいつはこんなことを言っていたよ。『俺は大人になったら、
「え?」
そんな夢を矢萩が抱いていたことなどアイルにとっては覚えがないどころか初耳だった。
「まぁ、あいつも
「あっ……確か矢萩トレーナーは……」
「ん? その口調からすると君も知ってるのか?」
「知ってるも何も、矢萩トレーナー自身が言ってました。『俺がトレーナー業を辞める時は、ヘリオスとパーマーが引退する時だ』って。最初、ボクがチーム[ライジェル]に入ろうとしたらそう断られましたから」
「ははは。やっぱりな。……あいつ、さっちゃん……つまり、ヘリオスかパーマーに芝とダート、両方を走ってほしいっていう希望を抱いていたんだろうな」
「え?」
「あの子らの戦績をちゃんと見たことあるか?」
そう問われてアイルは首を横に振った。
「見たらわかると思う。まぁ、あえて掻い摘んで言うと、あいつは自分の担当ウマ娘のあの2人に全部を賭けていたんだ。でも、2人がダートでのレースが不得意だと知ると、2人を責めるでもなく、
「夢のひとつを……諦めた?」
「そうさ。「船橋レース場の重賞を担当ウマ娘に勝たせる」という夢よりも、「担当ウマ娘たち2人が大活躍する」という夢をあいつは優先していたわけさ。まぁ、でも、その切り替え自体は別に悪いことじゃない。むしろ、妹のヘリオスと幼い頃からトレーナーと担当ウマ娘ごっこで二人三脚していた頃から本質はずっと変わっていないように思える。ただ、実際にトレーナー業をしていて、現実を見ちまったんだろうな」
「「……」」
……何とも言えない空気になった。
「夢を諦める」。
字にすればたったの5文字。しかし、それがこの
話が耳に入ってきて聞き流すつもりだったハセノガルチも、それがのし掛かってくるような錯覚を覚えた。
そんな空気を変えて現実に引き戻したのは。
「ハセノガルチさん。お時間です」
レース場スタッフによる出走予定者への声掛けだった。
ハッと我に返ったハセノガルチは、「はい、わかりました」とだけ返事をし、青江トレーナーに「じゃぁ、行ってきます」と告げて階段を降りてパドックへと向かって行った。
ららぽーと船橋の時計が、20時03分を示した頃。
舞台の一角に、黒いベールが被せられた
『イェーイ!! 今宵最後のミニライブ、急に決まったけど、みんなテンションあげてっか!!!?』
「「「「ウェーイ!!!!」」」」
舞台の上でMCを務めるはダイタクヘリオスと。
『誰かさん、というか皆さん思わなかった? 「さっきのライブはWinnin’5をやってたけど、じゃぁ最初に予定していた「うまぴょい伝説」はどこ行った!?」てね?』
「「「「ブーッ!!!!」」」」
ブーイングを受けるのは同じくMCを務める、頭にタオルを巻いてサングラスを掛けた自称「Mr.DJ」。しかし、その正体がヘリオスたちのトレーナーである矢萩であることはバレバレである。
なお、ヘリオスはマイクを使っているが、矢萩は拡声器を使っていた。
もちろん、観客たちも本気でブーイングをやってるわけではなく、パフォーマンスの一種だった。
『まぁ、待て待て。もちろんちゃんとこれから「うまぴょい伝説」やるよ? けどなぁ、その前に段階踏まなきゃならんよな。というわけで、これを用意させてもらったんだわ!』
矢萩は舞台の一角に用意された黒いベールを剥ぎ取った。
そうして現れたのは、
『じゃーん、DJには必須のDJブースだ!』
これには歓声と共に、笑い声も上がる。
『おー? じゃぁ、ウチがDJやっちゃう? やっちゃうYO!』
『いやいや、俺がやるって』
『なしてー!?』
『俺が歌って踊るなんて誰得だよ!?』
その兄妹漫才でついに観客たちは吹き出した。
『なぁ、みんなもそう思うだろぉ!?』
「「「「イェーイ!!!!」」」」「ブーッ!!!!」
『ほら、みんなもお前の歌が聞きたいってさヘリオス』
『うっそぉ。20パーぐらいの人からブーイング聞こえたんだけどー?』
『まぁ、良いから。パマちゃん、カモーン(屮゜Д゜)屮』
矢萩がそう振るとバックヤードから勝負服姿のメジロパーマーがマイクを手に現れた。
『はーい、トレーナー、呼んだ?』
『パマちゃん。「うまぴょい伝説」やる前に、ヘリオスとデュエットお願いしたいんだ』
『えぇー? トレーナーが歌わないのー?』
『俺が妹とデュエットしても誰得だよ? さぁさぁさぁ、今日のラストミッション、盛り上げて参りましょうじゃないの!』
矢萩は駆け足でDJブースに向かい、電源を入れた。
すると、ライブ会場に響き渡るインストゥメンタル。
若干テクノが混じったサウンド。
ライブ会場の天井からはミラーボールが吊り下がり、照明が少し暗くなると、パーマーとヘリオスは背中合わせになってポーズを取る。
この間、約47秒。
『行くぜ、SHAKE MY DAYだ!』
矢萩のコールと共に、ここから本格的に音楽が始まる!
矢萩がバックコーラスで「Wuwuwuwu-wuwu」と歌いつつ、ヘリオスとパーマーがダンスを始める。
そして。
パーマーがヘリオスに向かい合ってそう歌うと、ヘリオスはこう返した。
そこから始まる2人の合唱。
このサウンドは、オリジナルのGreen OlivesのSHAKE MY DAY(Extended Version)の音源を使いつつ、西城秀樹版の歌詞をこの2人のために合わせたものであった。
この曲を知らなくても、2人のファンたちは、聞いたことのないサウンドをあの2人がデュエットで送っている現状に胸を高鳴らせる。
そうこうしているうちに2番を今度はヘリオスが歌い出し、彼女にだけスポットライトが当たる。
続いてパーマーにスポットライトが当たり、ヘリオスの周りを歩きながら歌う。
2人は観客たちに一瞬向いたと思ったら、背中合わせになり、
ここでパーマーとヘリオスは互いに向かい合う。
「よしいいぞ、ここからだ!」
矢萩の声が小さくしたかと思えば、間奏が始まった辺りで、一瞬照明が落ち、スポットライトがバックスクリーンに向けられた。
そして表示されたのは、船橋レース場で行なわれたと思わしきウマ娘たちのレースの映像だった。
【G1かしわ記念、スタートしました! おっと、デルマキングオーがゲート出走後に転倒、競走中止です。序盤スタンド前で先行争い始まりました、チトセシャンハイとスイングバイが激しくハナを奪い合いますが、外からカガヤキローマン上がって行きました。それに続くはサプライズパワー、
そこに実況の音声も入り、それが今日のかしわ記念だと見る者全員が瞬時に理解する。
【第2コーナー、各ウマ娘カーブに入った。さぁ前に2人並んで13番カガヤキローマン先頭、アタマ差のリード、2番手にスイングバイ。そこから3バ身ほど離れて10番コスモネビュラがこの位置!? どうでしょうこの展開】
【ちょっと掛かり気味かもしれません、一息つけるといいのですが】
【残り1000m、コスモネビュラから1バ身ほど後ろから4番手に8番サプライズパワー、14番ハセノガルチ、5番チトセシャンハイ、ゴールドプルーフも上がっていきます、タマモストロングは外側から。3バ身差ほど空いて7番ゴールドティアラ、残り800mを切りました。内に4番インテリパワー、そこから2、3バ身切れましてプリエミネンス、ドバイ帰りのノボトゥルー、12番グランプリクン最後方からのレースになった】
ここまでで約1分。本来ならここで間奏が切れるところを矢萩が編曲して、間奏を追加する。
【第3コーナーに入ります、先頭争いはスイングバイとカガヤキローマンですが、ここで外からタマモストロングとコスモネビュラとゴールドティアラが早くも上がってきた! 今度はタマモストロングとコスモネビュラの激しい先頭争い! ゴールドティアラも3番手に追随! さぁ3人並んで残り400mの標識を通過してそのまま第4コーナーカーブから直線コースへ。後続勢ですがノボトゥルーも先頭を狙っているぞ、ジワジワと上がっていく!】
そのままスタンド前の直線に入り、ウマ娘たちの激しい叩き合いが続く。
【さぁ、最後の直線コースに入った! 先頭を駆けますは内にタマモストロング、最内からコスモネビュラ、しかし、その後ろからゴールドティアラ、外からノボトゥルー、ノボトゥルー来る!! 最内を突くコスモネビュラですが、先頭はタマモストロング変わらない、外からノボトゥルー捉えるか、間を突いてゴールドティアラ、内、タマモストロング、外からノボトゥルー、最内からコスモネビュラ、今3人並んでゴールイン!】
そのゴールの瞬間を見届けた観客たちから熱い声援と拍手が届く。
そして、引き伸ばしていた間奏が終わり、ヘリオスとパーマーが歌い出す。
ここでまた間奏に入るが、その瞬間に矢萩はまたまたミキシングして、一瞬、Hi-NRG版のうまぴょい伝説が流れたかと思えば、そこにバックヤードからダイイチルビー、ケイエスミラクル、ダイタクヤマトたちが飛び出してきて歌いだした。
「「「「ワァァァァァァッ!」」」」
ミニライブもレースも終わり、船橋に静けさが戻りつつあった時間帯。
時刻は11時半。
疲れたヘリオスとパーマー、それに、中央への編入試験対策を矢萩の自宅で行なうためにダイタクヤマトも後部座席に。
生でG1を見て未だに興奮の収まらないアイルは助手席に座っていた。
矢萩のイグニスは夜の高速道路を東京方面へと向かっている。
矢萩は、ふと尋ねた。
「アイル。どうだった?」
「……え?」
その質問の意図が分からずに一瞬キョトンとするアイルに、
「G1を現地観戦してみてどうだった?」
そう矢萩は改めて尋ねると。
「……最高でした。コスモネビュラさんもハセノガルチさんも……一着には惜しくも届かなかったけど、芝のG1レースにも劣らない、熱いレースでした」
「そうか……それは良かった」
高速道路の黄色いライトが前から後ろへ、現れては消え、また現れては消え。
それが幾度か繰り返された静寂の後。アイルはこう絞り出した。
「……トレーナー。正直言って、ボクはまだ、有馬記念や菊花賞やジャパンカップを諦め切れません」
「諦めろなんて言ってないぞ」
「……確かにそうですね。でも、トレーナーさん。ボク……」
これを認めたり、宣言したりすることに若干の恐怖と戸惑いはあった。
しかし、それらを振り切って、ついにアイルはこう言った。
「……ボク。かしわ記念に出たい。出て勝ちたい。頑張りたいんです。ダートでも芝でも。……欲張りですか?」
「……んなこたぁないさ。お前さんのやりたいようにやるのが1番だ。ただし、怪我しないようにな。そこはちゃんと俺が頑張る。どうだ? やるか?」
そう言って矢萩は片手を拳にしてアイルの目の前に出すと。
「……うん。もちろん!」
アイルはその手に自身の拳をコツンと当てて、決意を新たにした。
分かりづらいかもしれませんが、ミニライブでは誰が歌っているかをこのように色分けしています。
オレンジ色はメジロパーマー。
青はダイタクヘリオス。
水色はケイエスミラクル。
薄紫はダイタクヤマト。
赤はダイイチルビー。
深緑は合唱部分です。
……恐らくはみなさん気付いているかと思いますが、この5人はちゃんと
しかし、悲しいことに、このライブはウマ娘の配信が終わる頃になっても多分、再現不可能だと思います。
100万円賭けてもいい。
ちなみにここだけの話。
青江幹二郎トレーナーのキャラクター像は、筆者の叔父(父の弟)と伯父(母の弟)が大半を占めています。
Q:矢萩が中林の無茶振り(ライブ曲のタイミングに合わせてバックスクリーンに実際のレースの中継を映せないか?という難題)をどうやって解決した?
A:生放送をそのままライブに織り込むのは結局無理だった。なので、会場が離れてる事を利用し、バックスクリーンには(ライブを行なうほんの少し前に終わった)レース映像の録画を流して、それが間奏の間に終われるように(間奏に色々と継ぎ足して)時間を調整していた。(矢萩命名「時間差作戦」)