居候がおやつ感覚でトンデモ能力渡してくるヒーローアカデミア 作:鳩胸な鴨
「………あの、ミオちゃん?
この一週間、出久が職場体験先に泊まるってのは聞いてたんでしょ?」
職場体験1日目の朝。
既に出久が家を出て数分、寝癖まみれのミオがその髪を激しく揺らす。
キレてる。それもかつてないほどに。
引子がそれを宥めるように問うと、ミオは地の底から響くような声で答えた。
「初耳」
「………え?出久言ってなかったの?」
「聞いてない。今知った」
「出久ゥーーーーッ!!!」
あの息子のことだ。気まずく思ってるうちに言うタイミングを無くして朝を迎えたな。
今までに息子を怒鳴ったことは数えるほどしかないが、今回ばかりは怒鳴らずにはいられなかった。
なんでこんな見え透いた爆弾を押し付けた。
そう問い詰めようにも、当の本人は既に職場体験に行ってしまっている。
帰ったら久々に説教しよう。
そんなことを思いつつ、引子は荒ぶるミオを抑える。
「と、取り敢えずミオちゃん…。
しばらくは出久帰ってこないから…」
「一週間も…?」
「一週間だけだから…」
「無理。世界滅ぼす」
ああダメだ世界終わる。
大きすぎるポカをやらかした息子に呆れ混じりの怒りを向けつつ、引子はぐるぐると思考を巡らせる。
この状況を打破するにはどうすればいいか。
引子は寝起きの脳細胞を絞り出す勢いで回転させ、思考を回す。
〈
引子の脳細胞が一つの答えを弾き出した。
「ミオちゃん。出久との婚前契約書作らない?」
「聞かせて。詳しく」
拝啓、出久。母は今日、あなたを売りました。
緊張を胸に電車に揺られているであろう息子へ謝罪しながら、機嫌を持ち直したミオに胸を撫で下ろした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
(母さん、ごめんなさい…。
怖くて言えませんでした…。そっちでなんとかしてください…)
その頃、グラントリノ事務所前にて。
阿鼻叫喚の地獄絵図となっているであろう自宅に謝意を向け、扉に手をかける。
言っては悪いが、建物の劣化が目立つ。
手入れもされてないのか、看板がずり落ちてる。
ここがヒーロー事務所と言われなければわからないほどに悲惨な有様だ。
が、しかし。ここにいるのはあのオールマイトを育てた猛者。
気を引き締め、扉を開く。
そこに見えたのは、ケチャップらしい赤い液体とソーセージが床にぶちまけられ、その中心に老人が倒れている姿だった。
「……生きてますか?」
「生きとる!!」
「あ、よかった」
安っぽい偽装工作とかではなかった。
安堵に胸を撫で下ろす中、出久は万由里に聞かされたことを想起する。
────グラトリじいちゃんのことだから、最初は気を抜かせるためにボケ倒してくるわよ。油断してると腹に一発くるから、いつでも応戦できるようにしときなさい。
ここ数日で耄碌したとは考えにくい。
なら、今は自分の体つき、及びいつでも戦闘態勢に入れるかどうかを見られている。
「誰だ君は!?!?」と凄まじい音圧で問いかける老人に、出久は負けじと声を張り上げた。
「今日からお世話になります、緑谷出久と申します!ヒーローネームはデクです!」
「………なんて!?!?」
「デクです!!」
「…威勢よく吠えるじゃねぇか、受精卵」
老人の目つきが変わる。
と、と、と、と音もなく、かつ素早く出久の背後へと移動した老人…グラントリノ。
言い回しからして間違いない。
彼がオールマイトを育て上げた男。
出久はワン・フォー・オールを巡らせ、腕を作り変える。
(僕にあの機動力は捉えきれない…。
なら、部屋全体に〈
「天使とやらは使うなよ、小僧!
見てぇのはお前の個性の方だ!!」
「あぇ!?は、はいっ!!」
天使を知っている。
そのことに疑問を覚える暇もなく、グラントリノが出久を翻弄し、その背に蹴りを浴びせる。
小柄かつ老いた体から放たれた一撃だが、速度の分だけ重さが増している。
攻撃した後、相手の間合いから離れる速度といい、どれをとってもトップヒーローたちに引けを取らない練度だ。
縦横無尽に駆けるグラントリノを前に、出久は観察を続けた。
「ほらほらボーッと突っ立ってんな!
一発位撃ってこいやこぞ…」
「………今っ!!」
「うぉっ!?」
足の向きからグラントリノの軌道を読み、腕を掠らせる。
宙で身を翻された。反撃が来る。
その答えに至るより先に、出久の体は防御姿勢を取っていた。
「……?」
いつまで経っても、その体に衝撃は走ってこない。
出久が訝しげに目を開く。
まず視界に入ったのは、ボロボロになった事務所。
踏んづけられた電子レンジがへこみ、壁に亀裂が走り、そこかしこのタイルがめくれ。
嵐でも通ったのかと思うほどに惨憺たる有様である。
そんな中、いつの間にやら距離を取ったグラントリノが威圧感を霧散させ、からからと笑っていた。
「デケェ力に頼り切りってわけでもなさそうだな!気に入った!」
「えっと、実戦形式で鍛えるんじゃ…?」
「それもあるが、鍛える前にちっとばかしテストしてみたくてな。
読みは冴えとるし、個性もとしの…、オールマイトに比べたら見劣りするが、まぁ十全に使えとる。
読みはワン・フォー・オールを手に入れる前の技術として…、あいつじゃないだろ、個性の使い方教えたの」
この場にいないオールマイトに、グラントリノの矛先が向いた。
流石は恩師というべきか。
彼が碌に教師をやれていないことを見事に見抜いていた。
「は、はい。その、こっ、ここっ、こ、こ…、恋人がオールマイトの教えを噛み砕いてくれたというか…」
「ミオっちゅう子か?」
「………万由里から聞いてたり…?」
「何から何まで聞かされとる。
ラタトスクのことも、ウェストコットの遺産のことも、お前さんの立場も含めてな」
「すみません、厄介ごと持ち込んじゃって…」
「畏まらんでもええわ。
年寄りはな、若者から迷惑かけられると嬉しいもんよ。限度はあるがな」
懐が広い。
オールマイトは彼の何をあんなに怖がっていたのだろうか、と疑問に思っていると。
グラントリノの目が鋭くなった。
「ところで、お前。万由里ちゃんをフッたらしいな」
「万由里ちゃ…、え?あ、えっと…、はい」
「どこが不満だった?」
「いえっ!万由里に不満とかはなくて、むしろ僕にはもったいないなって思ったくらいなんですけど…、その…、僕にはもう好きな人が居たっていうか…。
人として、不誠実な真似はできませんし…」
「ふむ…。なるほど。男としては満点に近い答えだ。だがな…」
瞬間。出久の顔面に衝撃が走った。
「それはそれとして一発殴らせろォ!!」
「ぶぅっ!?!?」
────あ、そうそう。グラトリじいちゃん、私のこと結構気に入っちゃったみたいだから、気をつけてね。
あれ、こういう意味だったんだ。
顔面が陥没しそうな激痛の中、出久は納得を覚えた。
グラントリノ…万由里のことは孫ができたみたいに思ってるため、フッた男を殴ろうと待ち構えていた。非の打ち所がない誠実な男ではあったものの、フッたという事実が気に食わなかったらしい。
緑谷 ミオ…持ち直したものの、いまだにかなり不機嫌。婚前契約書を作り、完璧に外堀を埋めにかかってる。あとは拇印だけ。
緑谷 引子…息子を売って地球を救ったお母さん。彼女が居なければ地球は跡形もなく消し飛んでた。
緑谷 出久…気まずくて言い出せずにいたらタイミングを見失った大戦犯。母に全てを押し付けた結果、ミオが婚約者にレベルアップした。