居候がおやつ感覚でトンデモ能力渡してくるヒーローアカデミア 作:鳩胸な鴨
「…………まずい」
夏休み初日。ミオは焦っていた。
今日は出久が万由里の機嫌を取るためにデートに駆り出されているからと暇を潰していた彼女を焦らせたのは、世間勉強のために選んだ教材…もとい昼ドラ。
ドロっドロの愛憎劇を数時間ぶっ通しで見続けたミオの頬から冷や汗が垂れる。
内容としては、結婚後の生活に潜む苦悩を描いた、話題にもなってなさそうなありふれた作品。
夫に見捨てられ、不幸のどん底へと転落する主人公が何故か自分に重なる。
自分もこうなってしまうのではなかろうか。
そんな不安が頭から離れない。
無論、そんな可能性は万が一にもない。
そもそも主人公が転落した理由は、夫の不倫である。
クソナードにそんな度胸もなければ甲斐性もない。無駄な心配以外の何物でもないのだ。
ここに出久がいれば、「なんて参考にならないものをチョイスしてるの!?」と叫んでいたことだろう。
が。肝心の出久は留守。
続く緑谷家のツッコミ奉行、緑谷 引子も町内で開催される子ども向けイベントに駆り出されていて不在。
結果。意味のない彼女の焦りは加速し、無視できないほどの危機感となっていた。
このままではいけない。ただただ尽くし求めるだけの嫁でいては、いずれかの未来、愛想を尽かされてしまう。
完璧なる嫁にならねば。
そんな斜め上にも程がある決意を抱いたミオは拳を握り、スマホを操作した。
「……やるしかない…!花嫁修業…!!」
凄まじい速度で申し込み用のプラットフォームに個人情報を打ち込み、彼女は申請ボタンをタップした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やばいやばいやばいやばいまた失敗したやばいやばいやばいやばいやばい…」
「………あの、流子?怖いからやめて?」
その頃、とあるヒーロー事務所にて。
焦りを撒き散らし、残像が見えるほどの貧乏ゆすりをかますヒーロー…ピクシーボブこと土川流子に、チームメイトであるマンダレイ…送崎信乃が恐る恐る指摘する。
彼女らはワイルド・ワイルド・プッシーキャッツと呼ばれるヒーローチームの一員である。
そのキャリアは12年にも及び、山岳救助のスペシャリストとして名を挙げてきたベテランヒーローチーム。
が。ピクシーボブにとってその私生活は、同年代には決して言えないほどに惨憺たる有様だった。
全員が今年で31歳だというのに、浮いた話が一度たりともなかったのである。
殉職した従兄弟の代わりに、遺された従甥を支える道を選んだマンダレイ。
結婚に興味を持たないラグドール。
タイで女性を辞めた虎。
ここまではまだいい。自分の選択で結婚を選ばないだけなのだから。
問題は、焦り散らしているピクシーボブ本人にあった。
彼女には強い結婚願望がある。
ウェディングドレスを着て式場に立ちたい。自分の子供を抱っこしたい。
常日頃からそう思えるほどに、彼女は女性としての幸せが輝いて見える人間だった。
マンダレイの従兄弟がまだ生きていた頃は、彼らの家庭に羨望を向けたことも少なくはなかった。
それほどまでに、彼女は家庭というものに強い憧れを抱いているのだ。
が。その願望は今のところ、叶いそうにもなかった。
まず出会いがない。
社会人になると、ロマンチックな出会いなどはドラマの中だけで、出会いは自分から探すものとなる。
が、しかし。ピクシーボブはヒーロー。
婚活パーティーの日程に合わせて休みを取るのは至難の業である。
パトロールの傍で道行く人間に片っ端から連絡先を押し付けた方がまだ可能性がある。
次に、時間が取れない。
結婚したとて、ヒーローをやめるつもりはさらさらない。
昔よりも女に家事を任せるなどという風潮は薄れてはいるが、それでも何割かは女性に任せたいと思う男は多いだろう。
が、しかし。そもそも定期的に家に帰れるか怪しい上、いつ死ぬかもわからない職業の人間を伴侶にしたいと思う人間は少ない。
極め付けに、彼女は致命的なまでの肉食系であった。
焦るが故か、それとも往来の気質なのか。
タイプの男性を見るとなりふり構わず迫るため、男性の方がこぞって引いていく。
結果。彼女の婚活は全戦全敗という悲惨にも程がある有様だった。
「ゔ、ぅ、ゔぅうぅ…!!
こいつ、こいつ学生時代は一生結婚しないとか宣ってたのにぃいいい…っ!!」
「同級生に怨嗟の声漏らすのやめなさい」
同僚のみっともない姿に呆れを吐き出すマンダレイ。
どうやらSNSを覗いてしまったらしい。
無限に出てくる怨嗟に辟易していると、ふと、ピクシーボブが立ち上がった。
「決めた」
「…決めたって、何を?」
「花嫁修業よ…!!」
「…………結婚するわけでもないのに?」
「やらなかったら今のまま!やれば可能性くらいはできるでしょうが!!」
「あー…、まぁ、うん…。頑張れ…?」
「がんばる!!!!」
面倒くさいことになったなぁ。
そんなことを思いつつ、マンダレイはキーボードを叩いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「花嫁修業…ですの?」
その頃、八百万邸にて。
夏休みの宿題に励んでいた八百万 百は、突如として告げられた明日の予定にぱちくりと目を丸くする。
老齢のメイドは頷くと、淡々と続けた。
「ええ。百様もあと2年もすれば法的に結婚が許される年頃になります。
百様に婚約者などはいませんが…、それでも八百万家の女として最低限、嫁としての礼節を修めてほしいのです」
「は、はぁ…。あまり想像できませんわね…」
結婚と聞いて想起するは、仲睦まじく登下校する緑谷カップル。
あんな風に燃えるような恋をしてみたいとは思うが、結婚までは想像できない。
相手がいないからか、それとも自分がまだ子供だからか。
そんなことを考えていると、使用人の細い目がカッと開いた。
「これはばあやからの忠告でございます。
光陰矢の如し。時が過ぎるは早く、高校を卒業すれば、あっという間に適齢期など過ぎ去ってしまいます」
「は、はぁ…」
「だからこそ、少しでも幸せを掴める可能性を高めるため、花嫁修業をつけさせるのです。
どうか、その意図をご理解ください」
「………わかりましたわ」
ただ雇用主の娘であるというだけで、ここまで自分のことを想ってくれているのか。
溢れる感涙を拭い、頷く八百万。
使用人はそれに笑みを戻すと、「失礼いたしました」と言いながら部屋を後にした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「「「ふんっ!はっ!ふんっ!はっ!」」」
「ようこそ、花嫁修業の聖地、魂活寺へ。
歓迎しますよ、3人とも」
来る場所間違えたかも。
ブーケ片手に正拳突きを繰り返すウェディングドレス姿の女性らを前に、ピクシーボブと八百万は白目を剥いた。
恐らくは修業者なのだろう。
一糸乱れぬ動きには舌を巻くが、絶対に花嫁修業に関係ない。
そもそも花嫁修業の聖地ってなんだ。
彼女らを迎え入れた老人…、長老と呼ばれた女性を前に、八百万が問いかける。
「あ、あの…、ここはかの花嫁修業の聖地…なの…、ですのよね…?
なんというか、明らかに『修業』ではなく『修行』をしているような…」
「ホホホホ…。最初に来た方々は皆驚きますとも…。ですが、ご安心ください。
当寺では炊事洗濯などの家事から、茶道、華道などの芸事、そしていざという時に愛しい伴侶、子らを守るための護身術など、ニーズに合わせたカリキュラムを選択いただけます」
「し、しっかりしてますわね…」
「じゃあ、あれも護身術訓練なの?」
「今お見せしているのは、結婚式に
「……下手なプロヒーローより動きいいの、なんか居た堪れないわね…」
無駄と切り捨てられないのがなんとなくムカつく。
ピクシーボブが顔を顰めると、長老がそばに控えた修業者からパンフレットを受け取り、ミオたちの前で広げた。
「御三方は当寺の修業は初めてでしょう。
まずは初心者コースを経て、そこから徐々に修業に慣れていくのが花嫁への第一歩であり、近道でもあるかと」
「い、いろいろありますのね…」
「『余り物を余さず使え、家庭料理教室』か。これは気になるわね…」
幅広いニーズに応えたカリキュラムの数々に舌を巻く2人。
と。そんな中、険しい顔つきのミオが高らかに手を挙げた。
「私は『塔』に挑戦する」
沈黙。うち2人は怪訝に、長老と修業者は驚愕に顔を染める。
「……どこでそれを?」
「私には愛する人がいる。そのために、私は究極の花嫁とならなければいけない…!」
「…あなたはまだお若い。
まずは研鑽を積むことも、花嫁として大切な…」
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。
彼はどんな私でも許してくれる…。
でも、それじゃ私が私を許せない…!!」
並々ならぬ決意を見せるミオに2人が困惑していると、長老が笑みをこぼした。
「……………ホホホ。いいでしょう。
塔への挑戦、認めます。どうぞこちらへ」
一体、何が待ち受けているというのだ。
好奇心に負けた2人は長老とミオの後に続き、寺の外へと出た。
あとがきないよ