恋姫1/2 作:8192
とある山脈の畔に、若い娘が溺れたという悲劇的な伝説のある泉が存在した。
その泉に落ちた者はそれ以降、本人の意思に関係なく水を被ると女の姿へ変身するという伝承。
にわかには信じ難い話であるが、とある日に畔の近くを通りかかった一人の青年が落ちた。
そして伝承に漏れず青年は以降、水を被ると女の姿へ変身し、お湯を浴びると元の姿へ戻るという摩訶不思議な体質へと変貌を遂げた。
四百年続く漢王朝が乱れを予感させ早数年。
占い師の予言を信じ親元から離れた青年は、自らの運命に従い世直しの旅に出る。
街や村で困っている人を見かければ積極的に力を貸し、近辺に賊が居座れば退治する。
武芸・礼節を修め、生真面目な良い青年。
泉に落ちたという現実さえ前向きに受け止め、自らの力として活用していく。
この時代、というかこの世界は男性よりも女性の方が身体的に強い傾向があり、青年も男の姿よりも女の姿の方がより強い力を発揮出来ていた。
培ってきた技術。変身によって増す膂力。そんじょそこらの賊相手に後れをとることはない。多対一だろうが豪快になぎ倒していく青年。次第にその名声は広く知れ渡っていくことになった。
「────あら、貴女」
そんな青年の評判を聞きつけ、ある時に一人の領主が供を引き連れ勧誘にやってくる。
「男という話を耳にしたけど、所詮は噂ね」
「────え? いえ、僕は見ての通り……ということもないのか。そうか、困ったな」
「洗礼された佇まい。綺麗な顔。音に聞く武勇。民の評判。これほどの人材を逃す手はないわ」
【三傑を束ね外患を討てば太平の夢続かん】
とある占い師が青年に告げた。
国の荒廃を防ぐためには、三人の優れた傑物と力を合わせ難局を乗り越える必要があると。
「貴女の望みはなにかしら? 私の下へ来るというのなら、その全てを叶えて上げましょう」
青年は占い師の言葉を信じ受け入れた。
そして目の前の少女。金糸に揺れる蒼い瞳に射抜かれた瞬間、天命が始まったことを知る。
青年にとっての最初の主は曹操孟徳。
希代の傑物であり、その有り余る才覚を遺憾なく発揮しては領地を上手く統治していた。
麾下には当代でも屈指の猛将が揃い、曹操の薫陶を受けた文官陣営も着々と育っている。
先の世で確実に台頭する勢力。青年はそう評価する。才を愛し、民を守る理想的な領主だと。
ただ、どんな人間にも欠点の一つや二つはあるもので、曹操もやはりその例に漏れない。
「────ねえ、貴女はいつになったら私の誘いに応じて同衾してくれるのかしら?」
「一人じゃないと寝れない性質なので……」
曹操は生粋の同性愛者であった。
それを隠し立てることもせず大っぴらに示す姿勢はいっそ清々しいぐらいである。
曹操側近の二人。後に曹操軍の二夏と評される夏侯惇と夏侯淵を愛人として抱き抱え、そして新たに青年にも手を伸ばそうという手の早さ。裏を返せば気に入られている証でもある。
「問題ないわ。だって寝ないから!」
「それはもう、問題しかないですね……」
ただ、そのせいで青年は機会を失っていた。
初対面が女の姿であったことで、それ以降も継続せざるを得ない状況となっている。
勿論、曹操には事情を説明すれば受け入れてくれるだけの度量は十分にあるが、それも日を追うごとに難しくなっているように青年は思う。同性愛者であるという点が最大のネックであった。
愛人プレイを受け入れた後「実は男でした」とカミングアウトするのは死を意味すると。
ならば先に側近の夏侯惇と夏侯淵の二人に打ち明けるという手段もあったが、そちらも日を追うごとに難航を示していた。その理由は青年と側近の二人との距離が近いことにある。
着替え中にバッティングすること数回。
遠征訓練中、水浴びの場で二人の肌を見てしまうこともあった。青年も若く、異性の身体を見る機会があれば見てしまう。触れる機会があれば迷いながらも触れてしまうのが男の性。
「隠していても碌なことにならないよな……」
半ば自業自得の部分も強いが悩む青年。
ほぼ同時期に加入した猫耳フードの同僚は、生粋の女尊男卑ときた。こちらも相当厳しい。
さらには「お姉様」と懐かれてしまっていたことも、事態をより難しくさせていた。性別を反転させると、築き上げていた関係も反転する恐れがある。その可能性が高いと青年は考えた。
「三傑、か。華琳がそうだとして残りは二人。何処にいて、そして僕ごときに束ねることが……」
草木も寝静まる時間帯。
湯に浸かりながら今後の展望を考える青年。いつもの時間帯。自分しかいない時間帯。
男の姿を出せる唯一の瞬間であった。
最後に水浴びをしてから浴場を出るまでが一連の流れ。ただ、この日は事情が違っていた。
「────まったく、もうこうなったら強硬手段よ。春蘭。抜かりはないわね?」
「はっ! 一人で居ることは確認済です!」
「姉者と私は初めて見るわけでもないですが」
「私を差し置いて貴女達だけズルいわよ。そういう話を聞くと私だって見たくなるじゃない」
湯に浸かりながら、アレコレと今後の展望を巡らせる青年の耳にその声は届かない。
「華琳様とお姉様の柔肌……。生肌……。ふふ、ふふふっ。ダメよ私。お湯を血で汚しちゃ」
四つの軽快な足音が浴場へと近づく。
数分後、下手な戦場が可愛く見えるような修羅場へ発展することをこの時は誰も知らない。
翌朝、曹操領内含む州全域に高額の賞金首の情報を求む立て札が一斉に配られた。
罪状。窃視及び強盗。誘拐容疑。
懸賞金受取条件、生け捕り限定。情報提供料、別途記載。逃亡協力者の法定刑、死刑。
「………………………………」
その立て札を見て大いに騒ぐ民衆の中で一人、深いため息をつく生傷の新しい青年がいた。
その後も青年の旅は続いた。
出鼻を思いっ切り挫かれながらも歩みを止めず、次なる傑物との出会いを探す。
幸いにも青年には天運があった。青年が行く先々では必ず運命的な場面に遭遇する。
「お尋ね者? 高額な懸賞金?」
「ええ、逃亡協力者も……死刑だったかな」
「ふうん、そうか。元気があって結構じゃないか。オレは嫌いじゃないぞ。そういうの」
南下を果たした青年は褐色の楽園へと着く。
「若く強い雄は歓迎だ。娘やババア共にも良い刺激になる。オレの庭へようこそ、無法者よ」
孫堅治める南東は褐色の楽園。
右を見ても左を見ても巨乳の地。桃が犇めく桃源郷を青年は胡蝶の如く彷徨った。
「露出が多い? 知らん、その方が楽だ」
「そうねえー。美味しいお酒を持ってくれば、胸ぐらい見せてあげてもいいわよ?」
「お主も若い男じゃ。戦の後は我慢ならんじゃろう。どれ、儂がその滾りを鎮めてやろうか?」
「ここが地上の楽園だった……?」
服装一つとってもそうだ。
谷間が露わになっているコトなんて珍しくもない。横乳。下乳。中乳。なんでもゴザレだ。
この地で青年は、胸の大きさと心の大きさは比例関係にあることを悟った。
そして同時期に、孫家の主筋こそが三傑の一角を担う傑物であることを感じ取る。
棟梁である猛将孫堅。その娘にして後継者の孫策。次女孫権。このいずれかが有力であると。
「からかわれてるのよ、本気にしないようにね。変な気を起こさないか、私が監視します」
「そういうのもあるのか……!」
青年は褐色の楽園で栄耀栄華を極めた。
「連華様は入浴中だ」
「知ってる。本人から聞いた。覗くなとも」
「そうか。それで、貴様は何をしているんだ?」
「ん??」
「覗くなと釘を刺されようとも、好意があるなら思わず覗いてしまうのが男の性ではないのか!」
「んんん!?!?」
男の姿のまま余すことなく輝く日々を送る。孫家の面々に気に入られ充実した日々を過ごす。
このまま数年過ごしていれば、子宝にポンポン恵まれてもおかしくない環境下。
ただ、青年は修羅を背負う宿命。物事はそう都合よくばかり進んでくれはくれない。
「────彼の部屋に、見知らぬ女?」
「は、はい! お猫様を追いかけていたら薄着の綺麗な方が部屋へ入って行きました!」
「そっかそっかあ。孫家の女から男を横取りしようだなんて、命知らずも居たものよねえ」
「雪蓮。蓮華。今すぐその狼藉者をひっ捕らえて来い。四肢の一つ二つはないものとする!」
究極的にはドコもそうかもしれないが、中でも孫家の面々は特にその傾向が強かった。
虎は縄張り意識が非常に高い。
その縄張りを脅かす者には容赦がなく、気に入った雄を奪われようモノなら戦争も辞さない。
青年は孫家で過ごす中でその辺りの事情も感じてはいたが、深く知るには時期が浅かった。
暑いからと水浴びをし、呑気に女の姿で部屋へ戻るという行為が、獰猛な虎を刺激するという認識には至ってはいなかった。話せばわかるという主張は、あくまで人間同士のモノである。
「────しかし孫家では充実した日々を過ごせてるな。このまま順調に……って、アレは雪蓮と蓮華? 武器なんて持って何処へ向かう気だよ。まったく、お転婆な────え、こっち?」
そんなワケで曹操陣営に引き続き、孫堅陣営内においても修羅場へ発展した青年。
教訓を活かせていないと断じるのは不憫か。五体満足で生還を果たしただけ立派なものだ。
「────まさか問答無用とは……」
罪状。不法侵入及び強盗。誘拐容疑。
二度目となれば慣れたものであるが、自らの所持品や身柄を罪状に挙げられるのは不当だ。
そんなことを思いながら青年は次の地を目指す。アテはなかったが風の吹くまま歩を進める。
「おや、あれは…………義勇軍の旗?」
青年は中々に数奇な運命を辿っていた。
そして運命とは幾度も交わるもの。最も相応しい場所で青年達は再会を果たすこととなる。
「────────呪泉郷、ねえ」
連合諸侯の集う天幕には緊張が奔っていた。
中心に鎮座するのは葉巻にされた青年。
その周囲を囲む諸侯。その中で曹操が事実確認を行いながら周囲へ目を配らせる。
「この目で見てしまっては信じるしかないわね。まったく、そうならそうと早く言いなさいよ」
やれやれ、と呟き曹操は小さく微笑んだ。
どうやら怒っている様子はない。曹操麾下の将校達の雰囲気も柔らかく再会を喜んでいる。
ただ、目つきが異様に鋭かった。
その目つきは青年に向けられたモノではなかったが、葉巻にされた青年の首筋から汗が落ちる。
「それで彼のことで私から提案が────」
「ねえ、曹操。その前に一ついいかしら?」
「貴女は孫策ね。ええ、勿論。なにかしら?」
「うん、ありがとう。ちょっと気になっちゃって。どうして貴女が場を仕切ってるのかなって」
ニコリと微笑み孫策が口にする。
曹操も負けじと口角を上げた。戦場はルール無用。そんな言葉が青年の脳裏を駆ける。
「それは私が、彼の主君だからよ」
「おかしいわね。彼は私達の仲間だけど?」
「なら仲間としてこれからも彼と仲良くしてね。私の城に連れて帰るけど何時でも歓迎するわ」
これはアカン雰囲気だ、と青年は悟る。
そして周囲に助けを求め視線を向ける。関係ない諸侯は一様に沈黙を貫き、目を伏せていた。
そんな中で青年は孫権と目が合う。
孫権はこの張り詰めた空気の中、屈託のない笑顔を浮かべては小さく手を振ってきた。
この状況も織り込み済みか、と青年は察する。
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点という説がある。
今、この場で笑みを浮かべるは曹操陣営。孫策陣営。そして現在、青年が属する陣営の長。
「あはは、貴方も大変だね────」
その長たる劉備が人懐っこい笑みを浮かべながら、葉巻にされている青年に声をかけた。
周囲の鋭い視線が劉備に集まる。
劉備は一切気にする様子を見せることなく、ふわふわした空気を纏わせてはこう言い放った。
「────昔の女に言い寄られて…………ふふっ」
劉備の明確な挑発行為に場は熱を帯びる。
【三傑を束ね外患を討てば太平の夢続かん】
これは占い師の言葉を信じ、自らの運命に従い国を建て直さんとする青年の物語。
共に血と汗を流し、培ってきた仲間との絆で巨悪を倒す────となるはずだった物語。
「さて、倒すべき敵は決まったわ」
「よしっ。お母様にも報告しなきゃ」
「大丈夫。話し合えばわかってくれるよね」
「────アカン。このままじゃ国が割れる……」
とある泉に落ちたことから始まった青年の旅。
変身体質となったことにより押し寄せるトラブルの数々。煩悩とせめぎ合う日々。
三国鼎立待ったなしの流れから一転、漢王朝存続の使命を果たすことが出来るのだろうか。