恋姫1/2   作:8192

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1話

 

 陛下の御威光が行き届いた世は安定しており、民は飢えることを知らず豊かである。

 

 幼少期より青年はそう教えられ信じていた。

 それを誇らしくも思っていたが、やがてそれは便宜上の言葉であることを知る。

 浮世離れした家族はそれを信じ切っていた。だが実際、国は緩み堕落の一途を辿っていた。

 

 青年はその事実を知り変えようと奮闘するも、若く力のない男に従う者は少なかった。

 

「────内から変えることは困難だろう」

 

 やがて青年は親元から離れる決意をする。

 泉に落ちたことも、見方を変えれば好都合であった。お蔭でバレることなく出奔が叶う。

 そして青年は名を捨てる決意を固めた。全てを投げ捨て、ゼロから始めようと決意する。

 

「管路は言った。僕には果たすべき使命があると。ならばそれに従い役割を全うしよう」

 

 

 

 

 

 占い師の予言を信じ親元から離れた青年は、自らの運命に従い世直しの旅に出る。

 街や村で困っている人を見かければ積極的に力を貸し、近辺に賊が居座れば退治する。

 

 青年の旅は順調なことばかりではなかった。

 狭い世界を生きて来た青年は俗世の事柄について暗く、苦労することも多々あった。

 良心につけこまれ利用される。裏切られる。こうしたことは百あるうちの数回に過ぎないが、その数回が他の百近い出来事よりも強く印象に残る。人の心とは難しいものだ、と青年は思う。

 

「現実が、お伽噺のように都合良く進まないことなんて承知の上だ。それでも────」

 

 そう言って青年は自らの胸に触れる。

 道行く女性と見比べても見劣りしない、おおよそ標準ぐらいはあると思われる膨らみ。

 視線は一段低くなった。男のシンボルたる男根は消滅し、軽い股には違和感が拭えない。

 

「────まさか女になるなんて。外の世界というのはこうも波乱に満ちているのか……」

 

 始めて変身した時の衝撃は一生忘れない。

 聞いたことのない高い声。一回り縮んだ背丈。膨らむ乳房。未使用のまま無くした男根。

 戻る方法が見つかるまでの間、青年は人生を呪った。立て続けに不幸が重なっていた。

 

 一度心を落ち着かせようとお湯に浸かり、元の姿に戻った時は理解が追い付かなかった。

 自らの股間をまじまじと眺め、ニコニコと涙を零すのはおそらくは生涯一度きりだろうと思う。それほど感動的なことだった。納得できることなんて一つもなかったが、光が射していた。

 

 現在判明している法則はこうである。

 体調面や周囲の状況問わず、水を被ると女の姿へと変身し、お湯を浴びると元の姿に戻る。

 一定の時間経過で変身、または戻るということはなく、あくまで水とお湯が身体に触れた場合のみ変身条件が発生する。原因は、おそらく最初に変身した泉が関係していると青年は思う。

 

「だけど、そう悪い事ばかりでもないか」

 

 青年は今日まで泉のことを調べなかった。

 その理由はいくつかあったが、一番は変身することによる利点が大きいことにある。

 

 この時代、というかこの世界は男性より女性の方が身体的に強い傾向にあった。

 一般人や一般兵であれば差はないが、上澄みの将校クラスは女性の比率が圧倒的に高い。

 歴史を紐解いても同様で、それは広く周知の事実であった。それ故に、と繋がるのかは定かではないが、青年もまた女へ変身した姿の方が男の姿より強い力を発揮出来ていた。

 

「これも天からの贈り物。しかし────」

 

 青年はそう前向きに事を考える。

 好奇心からまさぐったこともあったが、自分の身体なんて触っても面白いものではなかった。

 違和感はあるが、それと引き換えに得た能力の向上。差し引けばプラスだろうと青年は考えた。さしあたって困ることもない。状況に応じて使い分けるのが良いのだろうと考える。

 

「────男共にジロジロと見られるのは気味が悪いな。僕も気をつけないといけない」

 

 時に迷いながらも青年は旅を続け、次第にその名声は知れ渡っていくことになる。

 青年は自らの名を名乗ることをしなかったため、広まったのは名ではなく外から見た風貌。

 

 紫の瞳。白い髪に白い肌。身に纏うは白い長袍と、一貫して白を基調とした姿。

 戦闘中に見せる鬼の如き強さも相まって付いた呼び名は白鬼。双剣の白鬼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────白鬼、ねえ」

 

 部下からの報告を聞いた領主は独り呟く。

 どうやら領主が治める領内に、近隣では名の通った人物が目撃されたらしい。

 

「白鬼。鬼って男よね。それも大男。髭がモジャモジャしてて暑苦しい感じの……アレよね」

 

 領主の名は曹操。字は孟徳。

 背丈は小柄ながら金色の髪。髑髏をあしらった縦ロールと派手な見た目をしている美少女。

 

 武芸に長け政治も十全にこなす完璧超人。

 小柄な背丈や胸を感じさせない風格を備えた曹操であったが、どうやら今は悩んでいる様子。

 

「才ある人材を見過ごすのは嫌。ただ、暑苦しい大男を招くというのも……嫌。ぶっちゃけ嫌」

 

 曹操は生粋の同性愛者であったが、それと同時に人材コレクターの一面も持ち合わせていた。

 

 同性愛者ではあるが、曹操に男女差別はない。

 優秀なら男であっても迷うことなく引き上げ、その才に見合った地位に就ける。

 それは統治者として欠かせない資質であると理解し、それを行わないことは恥ずべきと思う。

 

「人手は足りてない。今も、そしてこれからも使える人材はいくら居ても構わない……のよね」

 

 曹操が求める理想はまず美しい少女。

 尊敬に値するほど能力が高く、気高い思考を備えた子。自分を心から崇拝して従い、レズプレイにも嫌な顔せず、恥じらいながら応じてくれる上で、Mっ気があり良い声で啼いてくれる子。

 

 曹操はそういう困った性癖をもっていた。

 自らが理想とする百合の楽園に、筋肉モリモリの大男が紛れ込むとのは如何なものかと悩む。

 

 目を閉じて想像し「無理ね」と吐き捨てる。

 それでも結局は興味が勝った。後に曹操はこの時の決断を人生で三指に入る英断と評する。

 

「まずは一度、この目で見るしかないわね。こちらから呼びつけると断りづらいし、向こうが断っても顔が立たない。ここは巡視という名目でさり気なく、さり気なく見に行きましょうか」

 

 

 

 

 

 供を引き連れて城下町を見回る曹操。

 さり気なく目的の人物に該当すると思わしきワードを口にしながら聞き込みを進める。

 

「────白鬼? そう、初めて聞く名ね」

 

 領民からの情報に白々しく返事をする。

 平然を装いつつ詳しく聞いてみるも「一目でわかります」と返され「でしょうね」と思う。

 

 どうやら目的の人物は近くにいるようだ。

 さらに聞き込みを進めていくと、腰に剣を二本携えた人物がその対象と判明する。

 この時点で聡明な曹操は「アレ?」と何かを察する。想像していた反応と何か異なると。

 

 想像していた『巨大』『モジャモジャ』『怖い』というワードが真っ先に挙がらない。

 挙がってくるのは『雪のように白い容姿』『狐のように大きなつり目』といった特徴。

 

 さらに領民達は口にするのを躊躇する素振りを見せていると曹操は気づく。

 女領主を前にして差し障りがあると思われる言葉。対象の美を称える言葉であると曹操は察する。鬼を、男を褒めるには似つかわしくはない。「これは……もしや?」と俄然、興味が高まる。

 

「ふう、落ち着くのよ私。冷静に、威厳ある態度を示さないと。初対面の印象は重要だから」

 

 想定していた真逆の人物像に転がりそうな展開に、曹操は緩みそうな表情を正す。

 すぐ傍に控える護衛のことも忘れ、独り言を呟く曹操。数人の名もなき護衛達は「楽しみなんだな」と察する。そして声に出さずとも自分達もまた、楽しみにしていることに気づく。

 

 

「────あら、貴女」

 

 

 後日、曹操は当時を振り返って述懐する。

 まず、顔の造形が好みであった。次に良い香りがした。凛と正した姿勢と声が素敵だったと。

 鋭く反応する五感が順に好反応を示したことで、曹操の好感度は初期から高く設定される。

 

「男という話を耳にしたけど、所詮は噂ね」

「────え? いえ、僕は見ての通り……ということもないのか。そうか、困ったな」

「洗礼された佇まい。綺麗な顔。音に聞く武勇。民の評判。これほどの人材を逃す手はないわ」

 

 そして青年も当時を振り返っては思う。

 道を歩いていると、凄くニコニコした美少女が、めちゃくちゃ親し気に話しかけてきたと。

 

 

 

 

 

 今朝に降った雨の影響だろう。青年はその日、女の姿で過ごしていた。

 男女両方の姿に対応した衣服は女の姿では少し大きく、袖の先は爪まで届く。

 背丈が一回り変化するというのは厄介であった。男の姿では少し短く、女の姿では少し長い。

 

「貴女の髪って短いのね。秋蘭と同じぐらいかしら。ああ、でも凄く似合ってるわ!」

「は、はあ。そうですか」

「伸ばすと手入れが大変だけど、オシャレが出来て気分転換にもなるわよ。どうかしら?」

 

 髪の長さをとってもそうだ。

 男の姿では少し長いが、女の姿では少し短く映る。中庸というのは困難なことだった。

 どちらか一方に寄せると、もう一方の場面で不自然さが残る。それを個性と割り切るのであれば不足はないが、こだわりが無いなら無難に済ますのが当たり障りない。容姿も言動もそうである。

 

「それで僕……じゃなかった。私に何か御用でしょうか。お探しであったと見受けられますが」

「ええ、そうそう。貴女に用が…………あっ!」

 

 一人称も性別に合わせ使い分ける。

 まだ少し慣れない言葉遣いを正しては、目の前の少女に質問を投げかける青年。

 青年の言葉に曹操はうなだれ「しまった」と小さく零す。青年は頭に疑問符を浮かべた。

 

 後ろに控える護衛に目を向ける。

 護衛は丁寧にお辞儀をしてはそれに応じる。悪い用事ではなさそうだ、と青年は察する。

 遠目から興味深そうに、それでもこの場のやり取りに介入する素振りを見せない民衆。上位者に対する弁えた態度を示しているように青年には思えた。護衛を引き連れた少女は身分が高い。

 

 土着の豪族関係者の線も捨てきれなかったが、青年は護衛の装備に目をやった。

 この街に入る際、目にした門番の装備と酷似している。となると領主関係者が本線か。何度か耳にしたことがあった。着任して日の浅いが、評判の良い領主の名前。確か、と青年は口にする。

 

「────貴女は、曹陳留太守殿?」

 

 容姿の特徴も一致していた。

 街を歩いていて領主様が見回りに来ているという話も耳にした。おそらくは、と青年は思う。

 

「ええ、そうよ。ご明察ね」

「お初にお目にかかります。太守殿」

「畏まらなくていいわ。本当はもっと威厳ある感じで接したかったけど、まあ仕方ないわね」

 

 青年の言葉に曹操は顔を起こすと腰に手を当て、意味あり気に微笑んだ。

 

「要件を単刀直入に言うと勧誘よ」

「勧誘? 私のですか?」

「そう、貴女の勧誘。太守である私、曹孟徳が直々に勧誘にやって来たの。光栄に思いなさい」

 

 どうして、と青年は首を傾げる。

 思い当たる節がなかった。一郡の太守直々に声がかかるほどの功績を上げた覚えはない。

 

「さあ? 勧誘へ来た理由は忘れたわ」

「忘れたってそんな……」

「出会う前の理由なんてもういいのよ。私は貴方が気に入った。一目見て運命を感じたわ」

 

 出会った瞬間から押されっぱなしの青年。

 笑ったりうなだれたり、かと思ったら勧誘を始める。活発的な人だな、と青年は感心する。

 

「────運命、か」

 

 そして口説き文句に運命ときた。

 美少女にそう求められて悪い気がする男はいない。今の姿は女であるが心は男である。

 これが冗談の類でないことを、場の空気から察する青年。さて、どうしようかと考える。

 

 勧誘を断ること自体は簡単だった。

 一度保留にすることも可能だろう。一日、一月、一年。答えを出す猶予は貰えると思う。

 だが、そうしたところで向かうアテはない。自分の使命は世を正す傑物を見つけること。独りで旅をしようが拠点を持とうが続けられる。旅というのは終わりを迎えるもの。そして────。

 

「私には私の事情があるように、貴女には貴女の事情があるでしょう。その上で訊ねるわ」

「…………………………」

「貴女の望みはなにかしら? 私の下へ来るというのなら、その全てを叶えて上げましょう」

 

────目の前の少女には英傑の気質があった。万物を従える覇者の風格を感じる。

 

【三傑を束ね外患を討てば太平の夢続かん】

 

 とある占い師が青年に告げた。

 国の荒廃を防ぐためには、三人の優れた傑物と力を合わせ難局を乗り越える必要があると。

 

 青年はそれを自らの使命と捉えた。

 曹操の金糸に揺れる蒼い瞳に射抜かれた瞬間、自らの使命を思い出し天命の始まりを知る。

 

「貴女の瞳には、言葉には力がある。この出会いが運命であるなら、私もそれに殉じましょう」

 

 そう言って青年は礼を執る。

 

「以後、私のことは牡丹(ぼたん)とお呼び下さい」

 

 こうして青年は曹操軍への加入を決意した。

 曹操軍は実力主義の組織。その長たる曹操が百合の権化であることを青年はまだ知らない。

 

「私のことは華琳と呼びなさい。貴女の決断を、決して失望させぬことを、我が真名に誓うわ」

 

 内心うっきうきながらビシッと締める曹操。

 そして曹操もまた知らなかった。青年が、牡丹が変身体質であることを知らなかった。

 初対面である上、公衆の面前下でもある状況。お互いが共に「まあ、追い追いでいいか」と後回しにした結果、やがて大きな騒動に発展することを、この時の二人には知る由もない。

 

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