破綻者に贈るアーカイブ   作:速達乖離剣エア

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ーー「こんな時間に客人とは珍しい……何か用かね。祈りか、それともーー懺悔か」

 

 日付も変わる深夜に強まる雨足を避けるために大聖堂へ足を踏み入れたミカを出迎えたのは、そんな声だった。

 落ち着いたようでどこか力強さを感じさせるその声は、声の主がいる祭壇付近から信者席の後方に立つミカを通り越して、静けさにつつまれていた大聖堂内部に響いた。

 シスターフッドが使う、嫌味ったらしいほど真面目で定型的な挨拶とはかけ離れたそれは、変に重苦しさを纏っていた。

 

「ずいぶん素敵なご挨拶をするんだね。いつもの建前(きれいごと)は昼間限定なのかな?」

 

 ふいを突かれた驚きと、少しの焦りを伴って絞り出した返答は、想定したそれより、ずっと毒のこもったものになっていた。

 しかし、相対する彼女は、慣れない嫌味を面白がるように、フ、と小さく鼻を鳴らして更に答えた。

 

「日常を享受する人にとっての願いとは、その平穏が続くことにほかならない。しかし、夜に祈りを求めるような者にとって、今手にしていない平穏を願う言葉など、呪いにしかならないだろう?」

 

 それは、どこまでも遠回りで、屈折した、当人なりの些細な心遣いのように感じられた。だからこそ、それに乗るのはミカにとって、ほんのすこしだけ癪に感じた。

 

「……わたし、雨が降ってきたからここに来ただけなんだけど?」

 

「おや、そうか。……まぁ、この時間に外にいること自体が問題ではあるが」

 

 わざとらしくとぼけてみても、彼女はミカの言葉を相手にしていないような、むしろより気にかけられたような気がして、その態度が余計にバカにされているように思えた。もっと単純に言えば、その見透かしたような態度が気に食わなかった。

 

「はぁ……。わたし、もう出ていってもいい?」

 

「おや、雨宿りをしに来たのではなかったのかね」

 

「あなたの、その、態度が、そう思わせてくれるんだけど?」

 

「そいつは失敬。怒らせたかった訳では無いんだ。許して欲しい」

 

「……まぁいいよ。許してあげる。で?あなたはどこのどなたなのかな?……あぁ、どこかは分かっちゃうか。どうせシスターフッド(胡散臭い秘密集団)でしょ?」

 

「これは手厳しい。まぁ、色々と秘密の多いところであるのは確かではあるのだがね」

 

そう言って、彼女は祭壇の周りを何やらごそごそと探し始めた。

すると、彼女はおもむろに祭壇のそばの床に狙いを定め、つかみだす。

重く、引きずった音が響いた後には、人一人がちょうど入れる程度の穴が、教会の床に、ぽっかりと空いていた。

 

「秘密の地下室、というやつだ。なに、秘密が多いのは、何も組織だけに限った話ではないということだ。もっとも、ここは私専用だがな」

 

 聞いてもいないことを愉快そうにつぶやきながら、彼女はミカに向かって嗤いかけてきた。

 

「ついてきたまえ。粗茶くらいなら出せる。あぁ、もちろん、気が乗らないのであれば断ってくれて構わないがね」

 

ーーーしばし、逡巡する。怪しすぎる時間に、怪しすぎる組織の、怪しすぎる人間から、怪しすぎる場所への誘い。普通であれば、にべもなく断るべきところなのだろうがーーー

 

(怪しすぎる……。でも、ここで引き下がったら、逃げたみたいだし……それに……)

 

 それに、そのことでいえばこちらのほうが上だ。なにせ、同級生を謀殺してしまう魔女なのだから。それならば、むしろ堂々と姿を現してやろうじゃないか。

 そう、ミカは半ば自暴自棄になりながら、彼女に近づいていく。

 月明りが降り注ぐ祭壇の近くに来て初めて、両者は、お互いの相貌を一見する。一瞬の交錯。しかし、彼女の反応はーーーミカから見えた彼女の顔は、軽く目が見開かれていた。

 どうやら、彼女はここにきて、今までの一歩的な会話の相手がミカであると気づいたようで、そう考えると、思わぬ意趣返しのようでミカはすこし気分がよくなって、先ほどの誘いに対する答えを言い放った。

 

「いいよ、案内してよ。ただし、粗茶じゃなくて、ここで一番いいものを出してもらわなくっちゃね?」

 

そう言い、言われた両者の顔は、さっきまでとは、対照的なものだった。

 

 

★★★

 

 

 午前二時、人も、街さえも寝静まるような深夜である。

 教会の中では、微かに聞こえていた雨の音も、ここ(地下室)ではまったくと言っていいほど聞こえず、彼女がティーセットをようする音だけが、時折ミカの耳に入ってくるのみである。インテリア代わりに机の上で煌々と輝いてある蠟燭と、湯を沸かす火のあたたかさが、春先の寒さが残る身体をほぐしてくれる。

 

「粗茶だが」

 

 そう言いながら、ティーポットから注がれた紅茶が淹れられたカップが差し出される。ミカは、おもむろにカップを手に取って、それに口をつけた。

 

「……美味しくない」

 

「言っただろう、粗茶だと。もっとも、天下のティーパーティーからすればこの世の大半の茶葉は粗茶になるのかもしれないが」

 

「……そうじゃなくて、あなたの淹れ方が下手だって言ってるの」

 

 実際、出されたものの茶葉自体は、いつも紅茶好きの友人が出してくれるものと、何ら遜色ない。つまりは、最高級品だ。

 

「それに、これでもわたし、ティーパーティーの一人なんだけど?わたし、まだあなたから名前だって聞いてないんだけど?」

 

 そう、彼女は不躾にもミカの正体を知って尚、不遜な態度を崩さないでいる。それは、ティーパーティーとして常に持ち上げられているミカにとって、久しく味わっていない感覚だった。もちろん、それがいい意味とは限らず、ではあるが。

 と、半ば照れ隠しのように吐いた言葉に答えるように、彼女は大仰に構え、言った。

 

「おぉ、これは失礼を致しました。久々の来客ということで、随分と舞い上がってしまったようです。何分、こんな深夜の来訪者など物珍く……改めて、シスターフッド所属、2年の言峰キレイです。以後、お見知り置きを。」

 

 ーーーそれは、見事なまでのトリニティ的言葉遣いであった。

 表面上はどこまでも慇懃無礼だが、その裏は何を考えているのか知れたものではない。オブラートに包みすぎて素材の味が消えた、必要以上に迂遠なその言い回しは、普段であっても御免被りたいくらいに思っていたのを、むざむざ自分から思い出させてしまった事を悔いつつミカはすぐさま前言を撤回する。

 

「やっぱり、元の喋り方にもどしてちょうだい。……あなたって、ひょっとして、とってもトリニティ的な人間なの?」

 

「何、その方が好みであれば、そう振る舞うことも出来るということだけということだーーーそれとも、やはりこちらの方がお好みでございますか?」

 

 その、彼女ーーーキレイーが時折見せる、人を食ったような態度のことを言っているのだという言葉が、喉の先まで出かかる。

 しかし、くっくっと噛み殺すような笑いが耳に入り、遊ばれているだけだったということに気づく。

 

「あぁ、いや、失礼。この問いは、いささか不適切であったようだ。」

 

 そう、先程までの笑いの余韻を残しつつ、謝罪するキレイに、やや口を尖らせながらミカは疑問を投げかける。

 

「……まぁいいよ、許してあげる。ーーそれで?あなたはなんで、こんな時間にまで教会に残っているわけ?」

 

「…………”見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない”」

 

 ミカの問いかけに、キレイは居住まいを正して、大仰にそう述べた。やけに芝居がかったそれは、ミカの頭の中の、片隅にではあるが覚えのあるものだった。

 

「……ヨハネの黙示録3章8節?」

 

「おぉ、よくご存知で……と言うのは見縊りすぎだったな。であれば、話は早い。神への道は、常に開かれている。であるのならば、たとえ万人が眠りにつく時であっても、1人くらいは祈りへの道を開いておくべきだろう。」

 

 ぽつりと漏らしたミカのつぶやきを抜け目なく拾ったキレイは都合がいいとばかりに、話を進める。

 その、変に真面目な信仰を聞いて、陰謀秘密主義集団(シスターフッド)らしくはないと、ミカはやや怪訝さをうかべる。

 しかし、そんなこともお構い無しに、キレイはひとりで続ける。

 

「以上が何故ここに、人がいるのかの説明だ。あぁ、それと、一応だが何故ここに、私がいるのかも説明しておこう。」

 

「ときに……教会に所属するひとりのシスターとして、この学園に暮らす生徒の悩みを解消するため、相談に乗ることも私の役目の一つだと言える。」

 

 確かに、シスターフッドの中には、多くの生徒から相談を寄せられているシスターもいる。だが、目の前の彼女がそうした相談に親身になって乗り、解決している姿を、ミカはどうにも想像することができなかった。

 

「へぇ、あなたに相談を寄せるような物好きもいる感じ?」

 

 口をついて出た疑問に、キレイはむ、と少し硬直するような様子を見せたあと、かぶりを振って答えた。

 

「いや、生憎と今のところ私にそういったものとは縁は無い。きっと、私に頼る価値など………このような不出来なシスターに話すことなどない、ということなのだろう。」

 

 そう言って、キレイはまるで自分が欠陥品であるかのように嗤ってみせた。それが、ミカにとってはすこし寂しいものであるかのように思えた。

 

「……ふーん。それで、それの何が今あなたがここに居る事に関係してるの?」

 

 咄嗟に、話題を変えるために出た言葉は、案外、的を射たものであるように自分でも思えた。

 

「ん?あぁ、すまない。おもしろい話ではないな。ただ、関係のない話でもない。まあ、見ての通り、シスターとして未熟の身である私は、こうして夜な夜な教会の番の傍ら祈りと鍛練を積むためにこそ、ここにいるというわけだ。」

 

 勿論、君のような来客をもてなすことも、役目の一つだがね、とキレイはそこで話を区切り、手付かずだった彼女自身のカップを手に取る。もう随分と冷めてしまった紅茶を口にして、彼女は少し残念そうに眉をひそめる。

 先程からへんに真面目な信仰を貫いている様子を見せる彼女が自分のことをシスターとして不出来とまで言う姿に、ミカはここで初めてキレイの人間らしい部分に触れたような気になった。

 それは、まさしく自らの弱さを告白する罪人のような重みの持った言葉だった。しかし、だからこそミカは、目の前の彼女にそうまで言わしめるほどの理由が何かほかにあることを予感した。自分を、もっと、壊滅的に諦めてしまうような理由を同じく持つミカだからこそ、そう思ってしまった。

 

「……つまり、あなたは普段誰にも話しかけられないのを気にして、こんな夜中まで修行してるってこと?」

 

 平静に、あくまでなんでもない事を茶化すようにミカは努めて返した。それが、キレイが吐露した弱さと隠した本質に報いる、ミカのできる精一杯だったから。

 

「……まぁ、要約するとそういうことだ。」

 

 茶化すようなミカの言葉に、やや呆れつつそうにしつつも頷いたキレイに、ミカは安堵を覚える。と、同時に彼女の話に真剣に向き合えないことに微かな罪悪感と申し訳なさを感じた。

 感情のるつぼとなっているミカを見据えたキレイは、つぎに手元の二人のカップをちらと見たあと、今度はやや襟を正してミカに告げた。

 

「どうだろうか。つまらない話だったかもしれないが、私だけ身の丈を話すのも不公平だと思わないか。ーーーよければ、君の話を聞かせて欲しい。」

 

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