パウラ視点
イシュヴァール現地時間の19:50時
イシュヴァール人約5000名が住んでいるダリス地区殲滅作戦のため、私は部下を引き連れて馬で殲滅の済んだイシュヴァール北西部から前線のイシュヴァール中央部へと進んだ。
道中で、ライフルを手に待ち構えていたイシュヴァール人数名の奇襲に遭い、発砲を受けて部下の一名が殉職。その後は問題なく早朝までにフェスラー准将の陣地へと合流することができた。
彼の立派なテントへ向かうと、小太りのフェスラー准将はいかにも苛立っている様子で座って、傷だらけの部下を怒鳴りつけていた。
「丸一日かけてまだダリス北部攻略の足がかりも掴めんのか!一体何をしていた!?」
「准将閣下…イシュヴァール人の数がとりわけ多いダリスを我々だけで先んじて攻め落としにかかったのは無理が…。」
「黙れ!…む、来たか。パウラ少佐だな?」
どうやら私とキンブリー少佐の隊を始めとした戦力が集まる前に、准将の本隊だけで特攻させたようである。
これは無能だな。そう思いながらも、私は敬礼して彼に挨拶をした。
「はっ!パウラ少佐であります!御命令に従い、ダリス北部攻略のためこれより貴官の指揮下に加わります!」
そう私が丁寧に答えると、彼は私の様子をジロジロと見た後、ため息をこぼして答えた。
「…子供でも錬金術師か。よし!キンブリー少佐は既に戦線に向かっている!さっさと合流して攻め落とせ!失敗は許さん!」
「…はっ!」
…夜間ぶっ通しでここまで来たのに休ませもしないのか。私は軽くテントを出るとため息を吐きながら、部下達に指示を出して前線へと足早に向かう。
既に銃声と爆発音が響いている。私達は瓦礫に身を隠しながらも、街から離れた場所にあるテントから、戦闘音の響く街中へと進んでいった。
すると、建物の物陰に隠れて味方の一個小隊が、道の向こうの対面のイシュヴァール人達を睨んでいた。
…数的にはあちらが圧倒的に優位だな。
おまけに、向こう側には4階建ての住居があり、その屋根から機関銃でこちらを狙っている。
圧倒的に不利だ。
私はその味方達と素早く合流し、同じく瓦礫に隠れながら、少佐階級の肩賞をしている長髪をポニーテールに纏めている男性…キンブリー少佐に素早く声をかけた。
「こちらパウラ少佐です。戦況は?」
彼はチラリとこちらを見ると、今も銃弾の雨霰がこちらに降りかかっているとも思えないほど涼しげな表情で答えた。
「芳しくありませんね。私が爆弾を錬成して戦線をこじ開けるにしても、数が違いすぎます。来てくださって助かりました。」
「貴女は"風塵"ですね?お噂はかねがね。私がここら一体の瓦礫を爆弾に錬成しますので、貴女はその爆弾を敵方まで突風で吹き飛ばせますか?」
「ええ。ついでに相手の視界を砂嵐で封じます。」
「結構。では仕事といきましょうか。」
そう淡々と彼は手順を確認すると、ゾッとするような笑みを浮かべ、目の前の瓦礫を次々と両手の錬成陣で爆弾へと錬成し始めた。月と太陽の錬成陣か。力の陰陽を表しているのだろうな。
私は同時にイシュヴァール人と私たちを横切っている道の間に突風を発生させ、砂を巻き上げて視界を完全に封じた。これで数の不利も辛うじて補えるだろう。
「……すみません。」
私は小声で小さく謝罪すると、空気を掴んで流れを再構築し、凄まじい勢いの風で自分達を守っていた瓦礫を吹き飛ばした。
その瓦礫達はイシュヴァール人の固まっている場所へと押し流される。
そしてキンブリーは砂埃の中で高笑いしながら爆弾製に変えた瓦礫を、一斉に起爆した。
ドドドドドドドドンンンンン!!!!!
低く鈍い連続した爆発音が一斉に前方から響いた。
イシュヴァール人達の悲鳴と断末魔が響く。
そして私は障害物の無くなった前方のイシュヴァール人達に向かって、一気に風と砂利で錬成した無数の刃を放った。
「うぐあっ!?体が!?切れる!?」
「た、助けっ…!!」
そんな悲鳴がつんざく中、私は相手の視界を封じていた砂埃を解除する。
私とキンブリーの部隊の軍人達が一斉に立ち上がり、残ったイシュヴァール人達に向けて発砲した。
「今だ!撃って撃って撃ちまくれ!!!」
「GO!!GO!!GO!!!!」
イシュヴァール人達の大部分がキンブリーの爆弾と、私の風と砂利の刃で消し飛んだ瞬間の速攻だ。そしてキンブリー少佐は追い討ちと言わんばかりに向こう側の地面を爆弾製の物質に錬成し、爆発させて四階建ての建物を綺麗に倒壊させた。
こうなってしまえばこちらの物だ。爆弾と暴風が吹き荒れ、結果的に言えば私たちの大勝だった。
後に残ったのは、無数のイシュヴァール人の屍の山だけ。切り刻まれた者、爆発に巻き込まれて焼けこげ、死んだ油を空気中に撒き散らす者。
私はその空気がとてつもなく苦手だった。
錆びた鉄のような血の匂いと、肉の焼けこげる香り。
私は思わず勝利に叫ぶ部下達の前で、また地面に胃の中身をぶちまけて前のめりに倒れ込む。
…最低だ。最悪だ。何で私は被害者ぶってるんだ?私にはもうそんな権利もないのに…。
私を気遣って部下達が慌てて駆け寄ってくる。すると、キンブリー少佐がつかつかとこちらに歩み寄ってきて、不思議そうに私に手を差し出した。
「大丈夫ですか?立てますか。」
「…ええ。大丈夫です。お手数おかけしました。」
彼はその言葉とは裏腹に、酷く冷たい目線でこちらを見下ろしていた。
「辛いのですか?人を殺すのが。」
「…………いえ。大丈夫です。」
そう答えると、彼は探るような瞳でこちらを見つめ、ため息をついて言葉を続けた。
「この場で子供のように駄々を捏ねないのは結構。ですが、まだ心構えができていないのでは?これは兵士に課せられた任務です。」
「任務を忠実に果たすのが兵士の本分です。ふむ…後で少し私と話しましょうか。」
「はい?」
私は突拍子もない提案にきょとんとして彼を見上げる。すると、彼は淡々と答えた。
「任務に支障が出ても困りますから。共に仕事をする身ですし、仕事の意義を再確認するのも良いでしょう。」
この人は、私を子供扱いはしない。
ただ、淡々として仕事の相手として見ている。
それが何とも、少し奇妙で、心地よかった。
********************
その日の夜のキャンプ前で、私たちはまた大して味気のない、または普通に不味い軍用食料を食べていた。
今日は大規模な隊での集まりなので、それなりにまともな味であったのが唯一の救いだ。
…本当は甘いお菓子が食べたいんだけどな。人気のコーヒーは苦くて飲む気がしないし。
それでも戦場の遺体の腐敗臭と硝煙の匂いは何ともならないらしい。私が不快そうにスプーンでトマト缶の中身をかき出していると、上の軍服を脱いだタンクトップ姿のキンブリー少佐が歩み寄ってきた。
「お隣、失礼しますよ。」
「ええ、どうぞ。」
コーヒーの入った鉄製のコップ片手に、私の隣に座ったキンブリーさんは、じっとこちらを見つめると、淡々と問いかけてきた。
「…ふうむ。貴女、人殺しが嫌なのですか?」
「………そうですね。好きではないです。」
そう疲れて正直に私が答えると、彼は心底不思議そうに私に問いかけた。
「…理解できませんね。ではなぜ軍服を着たのですか?軍人とは人を殺す仕事です。それを覚悟もせずにここに来たのですか?」
私はその問いかけに黙りこくった。分かってるんだよ。そんなこと。私が被害者ぶってて、グズグズしてるだけなんてことは。
覚悟…覚悟か。
「覚悟した…つもりでした。でも、足りなかったみたいです。悪魔に魂を売っても何をしてでも大事な人とまた会いたいと、誓ったはずなんですが。」
「…目的がしっかりしているのは結構。ならば、こう考えてみては?」
そう言うと、彼はコーヒーをゆっくりと味わって飲んだ後に、少し考えて私に告げた。
「錬金術師の理は等価交換です。貴女の大事な人を救う=殺しだと言うのなら、殺さないということ=その"大事な人"を見捨てるということ。」
「……………それは。」
「貴女の手を汚すという等価を払って成し得たい本当の目的ならば、揺らいでいる暇などないのでは?貴女のそれは、ただ己を憐んでいるだけでは?」
「自分を憐れむぐらいなら、最初から人を殺すな。忘れるな、己の目的を。信念を。」
「貴女は、加害者であることを、"自分で"選んでいる。それを自覚しろ。」
………………そう、だ。
本当にその通りだ。私は言葉に詰まって頭がぐちゃぐちゃになりそうになりながらも必死で考えた。
私に他人を思いやる暇なんてあるのか?
…いや、私は本当にイシュヴァール人を思いやっていたのか?
道端で転がっている子供を、妻と子供を守りながら死んでいく戦士を、焼け爛れて死んでいく無数の屍を本当に憐んでいたのなら、戦場を去れば良かった。妹など知らないと。
そうしなかった時点で、自分を憐れむ資格など私には無かった。
…私はただ、本当は…
私自身が、善良な女の子で居たかっただけじゃないのか?
そうだ。そうだよ。
手段さえ選ばなければ、そもそも妹が死ぬこともなかったんだ。
気づいていた。考えないようにしていた。
私は、父様がシトリーをベルトで殴り始めたその時に、母様がシトリーを無視して居ない者として扱った時に…
私が、両親を殺せば良かったんだ。
…また繰り返す気か?
いい子で居たら、誰かが助けてくれるとでも?
違う。この世の幸せは平等に配られるようにできていない。
錬金術の才能に恵まれなかっただけで死んだシトリーのように。
ただそこに生まれただけで死んでいくイシュヴァールの子供のように。
他人から奪って、汚れて、手を血だらけにしながら、クズに成り下がってでも、愛する誰かのために幸せをもぎ取る覚悟が無ければ、この世界は報いてくれない。
…ああ。そうか。ようやく分かった。
戦場で初めて実感した。
この世界はそんな風にできている。
アメストリスだって、軍事国家だ。
常に、自分の利益のために、他者から幸せのパイをぶんどっているのだ。
周辺諸国を侵略して、イシュヴァールのような少数民族を飲み込んだ。
そして、自分たちの幸せのために犠牲にした。
そんな世界で、殺す相手を憐れむ…いや、"他人"を殺している自分を憐れむ暇なんてない。
そんな事をしていたら、幸せを愛する人に与えることなんてできない。
それが、この世界の真理だ。
「………ありがとうございます、キンブリー少佐。」
「あんたのおかげで、私の心はもう決まった。」
妹の幸せをもぎ取って手にするためなら、私は…
「誰だって、何の躊躇いもなくぶっ殺してやる。」
その私の本心からの宣言を聞いて、キンブリーは嬉しそうに微笑んで答えた。
「それでこそ、私の仕事仲間です。では、また明日。」
「ええ、仕事場で会いましょう。」
私達はそう挨拶を穏やかに交わすと、明日に備えてキャンプへと戻るのだった。
その日の夜は、いつものように悪夢を見ることもなく、眠れないこともなく、ゆっくりと、快適に眠りへと落ちていった。
もう、悩むことなど何もないのだから。
「待っててね、シトリー…。」
妹の幸せ以外、私の眼中にはもうない。
その日から、私は人を殺しても吐くことは無くなった。