自分の命を捨てる覚悟で偽物の妹を作った馬鹿の話   作:カバー

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祭りの終わり

 

 

 

パウラ視点

 

 

 

イシュヴァール殲滅戦もついに終盤へと向かいつつあった。北部、中央部の地区はほぼ制圧され、国軍の管轄になった。残りは南部のグンジャ地区、カンダ地区、ダリハ地区を始めとした諸地域だ。

 

 

…ただそれでもまだ数千のイシュヴァール人が残っている。逃げ場所はほぼない。必死の抵抗が予想されている。

聞いた話だと、武器類をイシュヴァールに持ち込んでアメストリスの弱体化を狙っていた、南の機械兵器を扱う国家エウルゴも、イシュヴァール人の難民の入国を拒絶しているらしい。

焚き付けるだけ焚き付けておいて、面倒な難民は無視する方針らしい。

 

…懸命ですね。自分の大切な者を守るために、時には他者を踏み躙らなければならない。

 

それがこの世の真理なのだと、私は改めて確信を強めた。アメストリスは勿論、エウルゴもそう動いている。クレタだって、ドラグマだってそうだ。

 

 

 

「パウラ少佐、お時間です。モスキトー大佐がお待ちです。」

 

テント内で朝まで休息を取っていると、サイモン二等兵がそうテントの入り口から私に告げた。

…もう一息だ。私達は今、グンジャ地区制圧の一部隊となっている。

 

錬金術師は少佐相当の地位とは言うが、実質は大尉相当の権限なようだ。まあ、私の場合は上層部と繋がっているからまた違うのだが。

 

…もう石を作る必要はない。ならば、後は殺せるだけ殺すだけ。

 

「………使わせてもらいますよ。」

 

そう呟いて、私は赤い液体が入っている小瓶を懐から取り出し、何の感慨もなく戦地へと向かった。

 

 

**********************

 

 

 

その戦場の光景を見た、兵士の一人は後に語った。

あれは、虐殺ですらなかった。

天災に吹き飛ばされる人間を見て、虐殺とは思わねえだろ?

 

その日、グンジャ地区の一つの街が、跡形もなく消えた。

イシュヴァールの民が親しんできた、砂と風が竜巻となって彼らから全てを奪った。

その竜巻の中心では、無表情な一人の少女がただ腕を振るっていた。

「イシュヴァールのもう一人の英雄」

そう呼ばれる少女の、無慈悲なまでの殺戮だった。

 

 

 

 

 

*********************

 

カンダ地区では、二人のアメストリス人夫婦が必死になってグンジャ地区から運ばれてくる、"切り刻まれた"なかで辛うじて生きているイシュヴァール人を治療していた。

 

彼らはここが戦場となる前の内乱の時からここに残り、アメストリス人でありながらイシュヴァールの民達を必死に生かそうとしていた。

 

当然医療物資の供給などほぼなく、アメストリス軍から何度も勧告を受けている。だが、彼らはそれでも引かない。

 

「なんで子供がこんな目に…!!」

 

そう言って夫婦の妻の方が必死に腕のちぎれたイシュヴァール人の子供に輸血をする。

その母親が呻きながら悲痛な声で言った。

 

「…風塵の錬金術師がやったんだ。…子供なのに、あそこまで冷たい目の人間は見たことがないよ!うちの子が…。」

 

その悲痛な呻きに、医者の夫の彼は悲痛に顔を歪ませた。

 

「子供が子供を殺してるのか…!?なんてことを…!」

 

…彼らは同時に思った。私達が親ならば、その子を叱って何としても元の道に連れ戻すのに、軍は何をしているんだ、あろうことか、子供を利用するのかと。

 

彼らはどこまでも善良であった。

だが、戦場において優しさが命を助けてくれるわけではない。

すると、右腕に入れ墨を入れた、イシュヴァール人の一人の男が運ばれてきた。

彼らは優しさから必死でその男を治す。

 

だが、憎しみの炎は、優しさではかき消せなかった。

目覚めたその男は、兄から受け継いだ入れ墨の錬成陣の腕だけを持ち、全てを失い、憎しみをそのアメストリス人の医者夫婦にぶつけ、殺した。

復讐者は、夫婦をその憎しみの炎で焼き尽くし、己すらも焼き焦がしながら進むだろう。

 

傷の男(スカー)は、そうやって生まれた。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

「………………本部了解。」

 

イシュヴァール殲滅戦のために設置された北部の通信室に、一報の連絡が届いた。

厳しい顔つきのグラン大佐が、小さくそう連絡を返した。

そして、表に出て自身の部隊に伝えた。

 

「諸君。最後のダリハ地区が堕ちた。」

 

「イシュヴァール全区、完全に国軍の管轄下に入った。」

 

 

その瞬間、割れるような歓声が響いた。その電報は瞬く間にアメストリス軍の各地に伝えられた。

 

「F中隊は国境線に沿って残党をさらう。」

残党掃討の端的な連絡が、主戦闘はもう終わりだと告げていた。

 

喜びに歓声を上げる兵士がいた。

「終わった…?終わったのか!?母ちゃんへのお土産何にしよう!」

 

ただ安堵してため息をこぼす者がいた。

ヒューズ大尉は力の抜けた様子でポツリと呟いた。

 

「ああ…やっと帰れる…。」

 

戦友を労う者がいた。

死者を悼む者が居た。

 

そうして、穏やかに戦争は終わっていった。

イシュヴァール人の、多大なる血の犠牲を払って。

 

 

*********************

 

 

 

誰もがひたすらに今の勝利に酔いしれる…もしくは縛られる中、二人の錬金術師は次を見据えていた。

一人は、「イシュヴァールの英雄」焔の錬金術師ロイ・マスタング。今回の戦争の労いと、残党殲滅の指示に来ていたキングブラッドレイを、彼は静かに見上げて、睨みつけていた。

 

隣のヒューズ大尉に力強く話しかけた。それは宣言のようであった。

 

「…この戦いで私の若い理想は打ち砕かれた。」

 

「これだけたくさんの兵を守れた…?これだけしか助けられなかったのだ愚かな自分は!」

 

「そんな自分に腹が立つ!」

 

そのマスタング少佐の怒りに、ヒューズ大尉は肩をすくめて呟いた。

 

「気に病むなよロイ。俺たち一人の力なんざたかが知れてる。俺達はゴミみたいな人間だろ?」

 

「ああ。だがゴミはゴミなりに矜持がある。」

 

マスタング少佐は決心した様子で言葉を続ける。

 

「一人の力などたかが知れている‥。下の者が下の者を守る。小さい人間なりにそれぐらいできるはずだ。」

 

 

 

「………子供を戦場に出すような真似しなくて済むはずだ。」

 

そのマスタングの言葉に、今度はヒューズ大尉が小さくため息をついた。そしてぽつりと呟いた。

 

「全くだ。俺とグレイシアに将来子供ができたとしてよ。…あんな目をその子にさせるなんざ死んでもごめんだ。」

 

そう呟いて、彼は自分たちの前方にいる少女を眺めた。義手に隻眼のまだ15にもなっていない少女。このイシュヴァール殲滅戦の「もう一人の英雄」パウラ。

 

彼女の存在は、二人の傷跡のように深く傷んだ。

人殺しの目をした少女を見るたびに、胸が痛んだ。

 

「じゃあよ、この国の子供も含めた丸ごと守るならよ、ゴミの天辺にいなきゃならねえな。」

 

そう不敵に笑ってヒューズは高台からこちらを見下ろしているキング・ブラッドレイを指差した。

マスタングも彼を睨んだまま言葉を続ける。

 

「理想だとか綺麗事と言うがそれを成し遂げた時それはただの"可能なこと"に成り下がる。…理想を語らなくてはな。」

 

「だが私一人ではあそこに辿り着ける気がしない。その自信がある。」

 

ヒューズはそんなマスタングの開き直ったかのような発言にツッコミを入れると、彼の肩に手を置いて答えた。

 

「俺も一口乗ってやるよ。お前の青臭い理想がこの国をどう変えるか見てみたい。」

 

マスタングの理想の火が、ヒューズ大尉にも燃え移った。理想の焔は、やがてこの国を大きく変えることとなる。

 

 

 

 

 

そしてこの戦場に囚われていない二人目は、「風塵」の錬金術師パウラ。彼女はまるで仕事を終えたかのように一つ伸びをすると、隣の兵士に化けたエンヴィーに淡々と呟いた。

 

「血の紋を刻むには十分な数殺せましたか?」

 

「おかげさまでね。バッチリだよ。…もっと喜んだら?つまんないな。」

 

そのエンヴィーの揶揄いを、パウラは鼻で笑った後、淡々と答えた。

 

「私が喜ぶのはシトリーを蘇らせられた時だけです。その手筈はついているんでしょうね?」

 

エンヴィーは肩をすくめると淡々と答えた。

 

「ああ、ついてるよ。お父様ならその程度とっくにね。君にも誠意を見せてもらえたしね。」

 

そう言って、エンヴィーはパウラがグンジャ地区殲滅のために使用していた賢者の石を咥えて、ニヤリと笑った。

 

「そういえばキンブリー少佐が上官殺しをやったと聞きましたが。」

 

そのパウラの問いかけに、エンヴィーはどこか面白そうに上機嫌で鼻歌を吹くと、肯定した。

 

「なかなか紅蓮の奴もやるもんだ。賢者の石を独り占めしたかったんだってさ。…上官殺しとなると軍の上がうるさくてねえ。ほんとは駒として使いたいんだけど。」

 

「しばらくは刑務所送りかな。人手が足りなくなったら出すけど。」

 

 

 

その口調から、エンヴィーは本心で紅蓮の錬金術師を気に入っているのが分かる。

エンヴィーのあけすけな物言いに、パウラは眉毛ひとつ動かさない。その様子に本格的につまらなくなったのかエンヴィーは機嫌を損ねた様子で問いかけた。

 

 

 

「つまんないなあ。紅蓮の奴とそれなりに親しかったんだろ?なんかないわけ?」

 

「別に?私にはシトリー以外どうなろうが誤差です。彼にはまあ恩はありますが、死んだわけでもあるまいし。」

 

「守るべき人間以外の他者のことに気を遣って"理想"に身を投じても何も返ってきませんから。」

 

 

 

そのパウラの答えに、エンヴィーは少し面白そうに目を細めて答えた。

 

「返ってくるといいね。愛しい愛しいシトリーちゃんがさ。」

 

 

エンヴィーは、内心パウラのことを嘲笑っていた。

それもそうだろう。

死者の蘇生など、土台からして不可能なのだから。

死んだ人間の魂など、それこそ"真理"を飲み込んだ者にしか錬成を成すことはできない。

あるいは、それが不可能だと全能になったその者が理解するだけなのか。

今は、まだそれを為せる存在は居ない。

 

 

だがそんな嘲笑いを飲み込んで、エンヴィーは面白そうに賢者の石を舌の上で転がして遊んだ。

 

(人間ってのは、ほんっとうに転がしやすいねえ…。)

 

彼にとっては、このやり取りすらも楽しい遊びだった。

パウラはそんなことも知らず、ただひたすらに願った。己の妹ともう一度会うことを。

 

 

焔と風。この二人の目指す場所は真逆と言っても過言ではない。その道は、いずれ激しくぶつかることになる。

 

一人のホムンクルスが火種となったイシュヴァール殲滅戦は、こうして終わりを迎えた。

6年に及ぶ内乱は、国家錬金術師たる人間兵器の力で終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

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