第2話
「……っ……ん……あれ、どこだ……」
肌寒さを感じて目を醒ました八雲。しょぼしょぼする瞼を擦りながら、上体を起こし自分がいる場所を確認する。
「なんかの工場、か……?」
屋根のほとんどが朽ち果て、補強材がほぼ剥き出しの天井から差し込む月明かりに照らされているのは、稼働しなくなってから随分経つであろう古い工作機械やベルトコンベア、床に散乱するホコリ被った工具やボロボロのヘルメットなどばかりだ。
工場の床からは所々雑草が飛び出ている。
「ん? これは?」
ふとそばを見てみると一通の封筒が落ちていた。
封を切って中を確認すると、そこには1枚の紙が入っていた。
「えっと、なになに……お、ヒバリさんからだ」
手紙の主はヒバリからだった。八雲は手紙の内容を読み進める。
岸本八雲様へ
この手紙を読んでいるということは何事もなく『チェンソーマン』の世界へ転生したということでしょう。さて、八雲様が現在いるのは、東京から少し離れた田舎にある閉鎖された工場です。
次に八雲様の能力及び身体についてお話し致します。
第1に八雲様の外見は、能力の影響でうちはシスイに近い風貌となっています。また身体能力に関しましても5年間の修行の結果常人の数倍の高さを持っています。ちなみに年齢は転生前の25歳に戻しておきました。
「お、若返ってるじゃんラッキー。てか、5年修行してたから30歳じゃん俺。あ、アラサー……。ヒバリさんマジで感謝します」
危うく30歳で第二の人生を送るハメになりそうだった八雲。ヒバリの心遣いに心の底から感謝する。
感謝を捧げた彼は手紙の続きを読む。
第2に万華鏡写輪眼についてですが、本来の万華鏡写輪眼であれば術を使う副作用としていずれ術者は失明することになっていましたが、八雲様は木遁忍術を使えるということで、他の方よりも生命力並びに細胞の働きが高く失明の恐れはほぼありませんのでご安心ください。それとうちはオビト、うちはシスイ、うちはイタチの能力を持っておられるので、八雲様の万華鏡写輪眼は自動的に『永遠の万華鏡写輪眼』へと進化を遂げています。ですので、完全体スサノオも使用できます。
「……マジか。確か永遠の万華鏡写輪眼って、同じ写輪眼持ちの人間の目を移植することで副作用なしで術を行使できるんだっけか」
うろ覚えのナルト知識を思い出しながら、八雲はこの身体のスペックの高さに驚く。
「えっと、その他必要な忍具や道具などは専用の巻物に入れておりますので、口寄せしてくださいって……巻物なんてどこに……あれ?」
ふと、視線を動かすと、封筒が置いてあった場所に今度は巻物が一つ置いてあった。
「いつの間に……おそらくこれだな、後で確認しとこう」
巻物を服のポケットに入れた八雲は手紙の終盤を読む。
最後になりますが、あなた様が天寿を全うされましたらまたお会いしましょう。それでは良き人生をお送りください。
あ、それとこの手紙は自動的に消失しますので。
「お、消えた」
手紙の文言通り手紙は読み終わると同時に手元から消えてしまった。すると、八雲の中にいる相棒の磯撫が彼に声を掛ける。
『ねぇ、八雲。今度神威空間で修行する時にさ、完全体スサノオをやってみてよ。ボクとっても興味がある』
「そうだな、今度修行する時に一回やってみるか。そん時は相手よろしく、磯撫」
『うん、わかった! ねぇ、八雲気づいてる? なんかこっちにきてるよ』
「ああ、そうみたいだな。さっきから嫌な気配をプンプンさせてる。それと、これはーー血の匂いだ」
手紙を読んでいる時から工場の奥から凄まじい殺気もしくは悪意が漏れ出ていた。それと同じくそこからムッとするような濃い血の匂いが漂っていた。
八雲はスッと目を細め戦闘モードに入ると、工場の奥からこちらへとやって来る得体の知れない何かに警戒する。
「キシャアアア!! ラッキー、うまそうな人間ミッケ。今日は超ついているし、おかわりが食べれるなんて!」
奥の暗がりから現れたのは、巨大なカマキリだった。カマキリの両手にある巨大な鎌の刃にはベットリ赤い血が付着し、首元には老若男女の人間の首がぶら下がっていた。
「お前、カマキリの悪魔か?」
人語を話す怪物からして、目の前の怪物がこの世界特有の『悪魔』という存在であることは確かなのだが、この世界に来て早々である八雲は確認のためそう問い掛けた。
「あったり〜! ボクがカマキリの悪魔だよ。よろしく〜ってすぐに死んじゃうんだから挨拶しても一緒か」
ケラケラと笑い声を上げるカマキリの悪魔。
八雲はそれをじっと見ながら自らの相棒に話し掛ける。
「(磯撫、アイツに『月読』を掛ける)」
『月読』。それは木の葉の忍びでうちは一族のイタチが開眼した左目の万華鏡写輪眼の能力だ。目を合わせた相手を空間、時間、果ては質量すらも自らがコントロールする幻術の世界に引きずり込み相手に精神的ダメージを与える幻術だ。
八雲は、悪魔に対しても幻術が有効かどうかここで試すつもりだった。
『大丈夫かい?』
「(ああ、チャクラを消費するがこの身体なら大丈夫だ)」
柱間細胞と巨大なチャクラの塊である尾獣の磯撫がいるので、八雲のチャクラ量は桁違いに多い。
「(もしアイツに幻術が効かなかったらすぐに忍術で倒す)」
『了解。気をつけてよ、八雲』
「(ああ)」
磯撫との話を終えた八雲は、チャクラを目に集中させる。
眼球の奥が熱をもちはじめ、荒々しい力の波が、瞳にむかって流れ込んでくるよな感覚を覚える。すると八雲の両眼が手裏剣のような紋様へ変化した。
「キシャアアア。怖くて手も足も出ないか! 心配するなすぐに喰らってやる!!」
八雲が恐怖に囚われ身動きできないと思ったのか、カマキリの悪魔は鋭利な鎌を振り上げながら八雲へと襲い掛かってきた。そして見てしまった、彼の瞳を……。
「あ?」
気づいた時には、カマキリの悪魔は全身を巨大な釘で地面に打ち付けられていた。打ち付けられている場所もさっきいた廃工場とは違って、血のような赤い空がどこまでも広がり、地上は黒い液体覆われていた。
ぴちゃぴちゃと誰かが水音を立てながら近づいてくる。
カマキリの悪魔が視線を上げると、そこには日本刀を持った2人の八雲が立っていた。
「なんだ、これは……」
理解できない状況からカマキリの悪魔は獲物に問いかける。獲物は表情を変えずまるで能面のような顔で、カマキリの悪魔へ説明する。
「ここは俺が作った幻術の世界だ」
「げ、幻術?」
「ここでは俺の自由に事象を制御できる」
自分を冷たい目で見下ろしながらそう語った2人は、日本刀の剣先を自分の瞳へと向けた。
「これから72時間、俺はお前の目を潰し続ける」
そう告げた瞬間、2人は同時にカマキリの悪魔の目に刀を突き刺した。
「うぎゃァアアアアアああ!!!」
あまりの痛みに絶叫するカマキリの悪魔だったが、次の瞬間にはまるで何事もなかったかのように目は元通りになり、そしてまた刀を突き刺された。
月読の世界はまだ始まったばかりだ。
自分が発動した月読にまんまとハマってしまい、金縛りにあったかのように身動き一つしないカマキリの悪魔を見ながら八雲は背中に背負っていた日本刀を鞘から抜く。
『72時間待たないの?』
磯撫が問いかける。
「ああ。悪魔に対しても幻術が有効だということは実証されたし」
『そっか』
磯撫にそう告げた八雲はピョンと飛び上がると、カマキリの悪魔の首を刎ねた。
切断面から血飛沫を上げながら、カマキリの悪魔の身体はドサリと倒れ、刎ねられた首はゴロンと床に転がった。カマキリの悪魔が死んだことで月読が自動的に解除される。すると、八雲をどっと疲れが襲った。
「やっぱ幻術は疲れる」
『そうりゃそうだよ。幻術は最もチャクラを消費するからね』
カマキリの悪魔が出てきた奥の部屋を見ると、そこはカマキリの悪魔の“食いかけ“が大量にあった。食いかけというのは、もちろん人間の死体だ。
八雲は拳を強く握り締めると、無言で印を結ぶ影分身を10体呼び出した。そして、影分身たちに命じて工場の外に死体を全て運だし、そして地面に埋めると、火遁の術で火葬した。そして工場にあった鉄パイプで十字架を作り申し訳程度の墓を作った。
埋葬を終えた八雲は、地面に跪き両手を合わせ死者を弔った。
「行こうか……」
『うん……」
磯撫の返事を聞いた八雲は立ち上がり、廃工場から立ち去った。
***
翌朝。
「どうなってんの、これ……」
朝日が差し込む工場の中で黒いスーツを着た1人の女が、カマキリの悪魔の死体の前で驚きに身を固めていた。すると、工場の中に同じく黒いスーツを着た男が入ってきた。
男は、女にむかって「姫野」と呼んだ。
黒いスーツの女、公安対魔特異4課所属のデビルハンターである姫乃は振り返った。
「外の様子を確認したんだが、どうやら誰かさんの墓らしきもんがあった」
「お墓?」
「ああ、詳しくは掘り返してみないと分からんが、ありゃ間違いなく墓だな。ご丁寧に十字架まである」
バディの報告を聞いた姫野は、再び背後に転がっているカマキリの悪魔の死体を見つめる。
「もしかして、どっか腕のたつ民間のデビルハンターが俺たちが来る前に倒したんじゃねぇのか?」
隣に立つバディの言葉を聞いた姫野は首を横に振る。
「んなわけないじゃん。民間じゃ処理できない悪魔が公安に回されてくんだよ。そんなヤバい悪魔に、あたしたちより安月給の民間のヤツらがわざわざ倒しにくる訳ないっしょ。それに見てよ、ここ」
「あ?」
姫野はそう言うと、床に転がっているカマキリの悪魔の首の前にかがみ、切断面を指差しさながらバディへ説明する。バディの男は、死体から発せられる凄まじい悪臭に耐えながらなんとかその切断面を見る。
「切断面がギザギザしてない。ノコギリみたいに何度も刻んだ訳じゃなくて、一太刀で首を刎ねたってこと。けど、あたしの知る限りじゃ民間のデビルハンターにはここまでの技量を持つ人はいない」
「うんじゃ、俺らと同じ公安のやつか?」
「それはどうだろう。確かに腕のたつデビルハンターはいるけど、こんな芸当できるのはあたしの師匠くらいだよ」
そう言って姫野はその脳裏に、いつも携帯用のウィスキーボトルを仕事中に煽っている自称最強のデビルハンターである男の顔を思い浮かべる。
「お前の師匠って、1課の“岸辺さん“だろう? まあ、あの人ならおかしくねえな」
「だけど、今回のヤマは1課じゃなくてウチらのだし。てか、師匠は強いけどそこまで仕事熱心な方じゃないなからね。どっちかっていうと悪魔より女のケツ追っかけてるほうが多いし。わざわざこんな山奥にくるハズないよ」
姫野の軽口を聞いたバディは腹を抱えて笑い出す。肩をすくめた姫野は立ち上がると、バディの男へ次の指示を出す。
「所轄に連絡して鑑識さん寄越してもらって現場検証。その後、お墓を掘り起こそう」
「わかった」
バディの男はそう言うと、応援要請をするため工場の外に停めている車へと向かって行った。姫野も後につづいて工場の外に出る。外に出た彼女は工場の外壁に背中を預けると、ジャケットの内ポケットから煙草を1本取り、口に咥えてライターで火をつけた。
ニコチンが身体を駆け巡り、凄惨な現場を見たせいで昂っていた精神を鎮静化させる。ふと、視界の先に鉄パイプの十字架が見えた。
「(あれか、先言ってたお墓ってのは……)」
バディが言っていた墓を見つめながら姫野は乾いた笑みを浮かべる。
デビルハンターという仕事を生業としている人間は、一般の人間より『死』というものを多く目にする。自分が尊敬する先輩の死、自分と仲のいい同期の死、自分が面倒を見ていた後輩の死。数多くの死を見てくると、次第にその死に慣れてしまって涙が出なくなる。そして死者を悼むという行為すら忘れてしまう。
「……」
姫野もまた死というものに慣れてしまった1人だ。死というものが身近に存在する職業、それがデビルハンターだ。死というものに無頓着にならないとこの仕事はやってられない。
だからこそ姫野は気になった。
「一体、どんなヤツなんだろう……」
煙草を口から外し、紫煙を吐き出した姫野はそう呟いた。
そして、こう思った
悪魔を殺し、その犠牲者を弔うという行為をやってのけたデビルハンターの面を拝んでやりたい、と。
姫野は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。
ありがとうございました。