いっぱい出たね♪ じょろじょろ出ちゃう黄金水 ~ これって、地層処分するしかないんでしょうか? ~ 作:八切武士
じじい(?)がお茶を啜っていた。
「今日もいい天気じゃのう、陽気が老骨……でもないか、兎に角しみるわい」
“世界間放浪者協会”のローランド公国支部は公都の貴族街と中流市民が接する境界地に建てられている。
館の外観こそ立地にとけ込むよう、瀟洒なものだが、その周囲は高い石造りの外壁に囲まれ、更にその外に頑強な鉄柵が張り巡らされた上、外壁と鉄柵の間を犬を連れた警備兵がパトロールしている。
ついでに鉄柵の上には鉄条網まで設置されている念の入り様だ。
まるで軍事拠点か刑務所の様に念入りに外界から隔離された空間、その地上三階にある常任理事の執務室で、リンディ伯、アレクシス=マクガイアは差し込む陽光に目を細める。
「こんな日に仕事なんかしたくないもんじゃなぁ」
上品な装飾がされた銀のトレーから、お茶がサーブされる。
丸みを帯びた段々の膨らみは手に優しくなじみ、四指と親指があたる部分を僅かに凹ませたデザインが更にフィット感を増している。
落ち着いた薄茶をベースにし、口の部分に焦げ茶色の着色を行い、シンプルなツートンカラーに仕上げている。
アクセントの焦げ茶の染料は自然に垂れた様で、実は計算し尽くされた“自然さ”で程良く広がりを見せていた。
「本日は、サウス・ヘッド産の“センチャ”、“アナンの緑滴”にございます」
「うむ」
一部の隙もない上品な所作で一礼する侍女は純白のブラウスにVネックのシンプルなベストを身につけている。
ベストの胸には荷物を先にくくりつけた棒を担ぎ、太陽の下を行く青年をあしらったワッペンが貼り付いていた。
本日彼女の首元を彩っているのは、青系の花柄をあしらったスカーフ。
(なんか、スッチーさんみたいじゃわい)
アレクシスはひとりごちると、湯呑みを細く白い指で包み、ゆっくりと持ち上げる。
トレーやティーワゴンの流麗な装飾に比べると、非常に野暮ったくさえ見えるデザインだが、割と気に入っている一品だ。
『ずずずっ』
桜の花びらの様な愛くるしい唇にあてがわれたそこから、明らかに聞こえてはいけない音がしたのを聞いた侍女の眉がぴくりと動く。
「あぢっ、ほ~♪」
満足げな息をつきながら、茶をもう一口啜ったアレクシスは、少し舌を火傷したらしく、口を半開きにしながらちろちろと舌を出して冷やし始める。
「お嬢様……」
そろそろ完全に柳眉を逆立てそうになっている侍女へちらりと目をやり、アレクシスは不承不承姿勢を正した。
「最近、くつろげる時間があんまりないし、朝の茶の時間位“素”でくつろいでも良かろうよ」
「ここはお屋敷ではありませんので……背が曲がっておいででございます」
幼い頃から頭が上がらない視線で睨まれ、少女はじじむさく背を丸めて花のかんばせを黄金の絹糸の如き髪を垂らして隠し、茶をずずずと啜る。
「ごほん」
強い咳払いを喰らったアレクシスはしぶしぶ湯呑みを放し、もう一度姿勢を正す。
簡素なデザインながら質の良い布地をふんだんに使ったAラインのドレス。
純白のそれに、タータン模様の布をショールの様に肩へ掛けた姿は、どこへ出しても恥ずかしくないローランド公国貴族の子女である。
猫さえ被っていればであるが。
「う゛ほっ、ごッ……あー、あー、あ、よし!……レイラ、今日の予定はどうなっているかしら?」
リンディ伯、アレクシス=マクガイア嬢の筆頭侍女レイラはベストのポケットから、銀鎖に繋がれた水晶の六角柱を取り出し、目を落とす。
「本日は、午前中、協会所属の“流され人”との面会が一件ございます」
「ああ、熊谷くんね、彼はもう一年目だったっけ……かしら、うちの国としては居着いてくれるとうれしいんだけど、親御さんの気持ちを思うと、そんなこたぁいえ……簡単なお話ではありませんね」
「確かに“流され人”様方には、残されてきたものは多々ございましょうが、“ここ以外のどこか”は決してかの方々にとっても安全ではないのでしょう?」
幼い頃から年の離れた姉の様に面倒を見てくれた侍女に静かに諭され、アレクシスは愁眉をひそめ、少しぬるくなった緑茶を今度は上品に口へ運ぶ。
「その辺は、うちの“専務”から教えて頂いているし、記録も問題ない範囲で見せて貰っているので重々承知してます、“流され人”が辿る旅路はまっすぐ故郷へ向かう様なものではなく、平穏とはほど遠く、刺激に満ちたもの……しかし、そんなものは、若者の好奇心や、残してきた者達への執着を阻むにはいかにも弱い」
「そうですね、そうでなければ、多くの“流され人”がここに留まっているでしょうから……その為に、“重石”をつけたがる連中も多いのですが」
二人の会話をノックの音が遮った。
「入れ」
ドアを開けて姿を見せたのは、ブラウスにベスト……“協会”の内勤職員のお仕着せに身を包んだ男性だった。
「面会ご予約の“クマガイ”様、ギャラガー嬢がいらっしゃいました、第一小会議室へお通ししております」
「わかりました」
男性職員が一礼して去ってから、アレクシスはうーん、と大きくのびをして、ついでに大あくびをぶちかまそうとした所で、レイラの視線に気づき慌てて欠伸をため息に変える。
「よし、今日も仕事を始めましょうか、イアン、ケイ、行くわよ!」
「「はっ!」」
それまで壁の飾りの様にアレクシスの背後に控えていた専属護衛に声をかけ、颯爽と執務室を後にする。
(さて、クマ公のやつ、ちょっと目を離してる内にどんな面構えになっておるかな、若いもんの成長が楽しみじゃわい)
~ 放浪者協会 第一会議室 ~
護衛二人と侍女を従えたアレクシスが会議室に入ると、色白で長身のちょっと童顔な少年が、実に美味そうにぼりぼりと煎餅を齧っているとこだった。
豆塩煎餅にサラダ煎餅、染み染み醤油のげんこつ煎餅に甘辛ざらめの田舎かきもち。
そこまで気取ったものでは無いが、この辺だとどこでも手に入る菓子ではない。
(うんうん、それ、うまいじゃろう、緑茶にあうお茶請けがどうしても欲しくて、パパ上に職人さんをねだって作って貰った一品じゃ)
部屋に入って微笑ましく見ていると、少年の隣に座っていた少女が思いっきり後頭部をど突いて、煎餅の欠片が結構豪快にテーブルの上に飛散した。
悲惨な光景である、飛散だけに。
そんなジジイジョークを思い浮かべながら、表情だけはアルカイックスマイルを浮かべるアレクシス。
(しかしのう、もうちょっと、そのガサツなとこをなんとかせんと、“ばにーとらっぷ”?とか言うのはうまくいかんのではないか)
“クマ公”こと、“流され人”熊谷弘樹君(18)の横で、咳き込む背中をさすって介抱しているのは、サーシャ。
確かギャラガー男爵のとこの四女だった筈。
(中学生位だったかのう……14か?)
長く伸ばした明るいオレンジ色にも見える赤毛は無造作に束ねられており、かなりの癖っ毛なのか、あちこちぴんぴんはねている。
肌は健康そうな小麦色で、ちらほらとそばかすが散り、活発そうな印象。
髪とは対照的なターコイズ色の瞳はまん丸の目に収まっており可愛らしい。
すこし獅子鼻気味なのも、美人と言うより可愛らしい方面の印象を強くする。
身につけている若草色のフード付きローブの胸元には黄色いラッパ水仙の紋章があしらわれており、首から下げている聖印も同様だ。
“癒やしの女神”シネイドの祈祷士位階に属しているのが見て取れる。
ミドルティーン前に見習いを脱している辺り、何らかの形で神から直接祝福を受けている可能性が高い。
(クマ公、やっぱり、こりゃ完全におまえさんの“お手つき”待ちじゃぞい……据え膳、喰うの?喰っちゃうの?)
ギャラガー男爵としても、四女が“流され人”の旦那を捕まえれば金的、そうでなくとも、子供を“置いていって貰う”だけでもそう悪くない結果である。
最悪“お手つき”になっただけでも、国から出る“流され人”の“お世話代”で、今後の生活の支度金位は出してやれるだろう。
(……いや、娘の稼ぎ、家計の損失埋めに使ったりしないじゃろうな?確認しておくかのう)
中世的結婚観では、お手つきになった貴族の娘の“市場価格”は大暴落する。
素寒貧な貧乏貴族の三男、四男も似た様なものではあるが……
身近な“若いもん”の行く末を気にしてしまうのはアレクシスの“悪癖”(?)であった。
「げはーッ、げほ!……り、リンデン伯様、こん……ご機嫌うるわしゅう」
ぷるぷり背を震わせながら、涙目で立ち上がった熊谷少年を座らせ、アレクシスが淑女スマイルで笑いかけると、白い頬が面白い位に真っ赤に染まる。
(おうおう、“うぶ”じゃのう、面白いわ)
「熊谷殿、相変わらず良いたべっぷりですね、“流され人”に“新作”をそれだけ気に入っていただければうちの職人も鼻が高いでしょう」
「はい、めちゃウマです、日本のお店で普通に売ってるレベルです、これ、いてぇ!」
やたら早口になった熊谷少年の顔がひきつる。
(つねるのと足踏みを両方やるとはなかなか器用な娘さんじゃわい)
下級貴族の子女の身分で流石に上級貴族を睨むなんて事はできないので、全部熊谷少年へ向かった模様。
貼り付けた様な笑顔が怖い。
「今日は定例の報告でしたね」
「あ、はい、レポートは事前に提出してますが……」
タイミング良くレイラが掃除したテーブルにレポートを並べる。
“流され人”絡みが疑われる事件や、それ以外でも特に単体の能力が高い者を当てるのが適しているという案件に協会所属の“流され者”を派遣している。
普通は報告レポートで十分なのだが、いつ居なくなるか当人にも分からぬ“流され人”はなるべく面談も兼ねて直接報告を受けるようにしているのだ。
「相変わらずご活躍ですね」
「いや、食い扶持位は働きますので」
(よきかなよきかな、働き者の若者は好印象じゃ)
にっこり笑うアレクシスに、熊谷少年はまたも赤面するのであった。
「ご来客の所、失礼いたします、火急の用件がございます」
慌てたノックと同時にかけられた声を聞いて、急ぎ開かれたドアから、せかせかとがっしりした男性が入ってきた。
「ミドロー伯、いかがなされたのでしょう?」
「新たな、“流され者”案件です、しかも、野盗に誘拐された可能性が高いと」
場に緊張が走る。
「戸締まりを、詳しい話をお聞かせください……熊谷さん達も、急ぎ動いて頂く必要がありそうです」
「はい!」
探索者協会の午後はだいぶ忙しくなりそうだった。
To Be Countinued...
つくづく普通のヒロインがでてこねぇな、このお話。