【完結】天つ海のイサリビ   作:相竹空区

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勇名轟く① 嵐の前

 

 ハラネスとフロドが貨客船を襲い航路を脅かしたクジラを退治した一件より季節が巡った。

 その間に、ふたりは数度の遠征に赴き多くのクジラを仕留めた。

 その中には大きな危険を孕むもの、数多の人を救うものなどの英雄的行為が含まれて、2人の名声は空に高く響き渡った。

 そんな旅でハラネスに何か大きな変化が起きた訳ではない。

 だが食事に誘えば同じ食卓を無言で囲み、何か問い掛ければ短く一言二言返す姿を船の中で見る事が出来るようになっていた。

 

「ハラネスさんの無謀な飛行を安全なものにする為に、私はクジラと競り合う方法というのを考えまして」

「勘弁してくれ……お前の思い付きも大概無謀だろう」

「ははは……それでですね。装甲と装甲の間に火薬を詰めまして──」

「何を言ってるんだ?」

 

 そんな生活で、やはりハラネスと多く言葉を交わしていたのはセファンだった。

 ハラネスの破茶滅茶な操縦に付き合わされる機体の面倒をよく見て、そしてセファン自身の思い付きにもよくハラネスを付き合わせて共に研鑽を積む。

 セファンのイサナトリに対する理解は日増しに深くなり、凄腕の銛撃ちの名が広まるのと同じようにセファンの名も彼の望んでいた場所へと届いていた。

 それはイサナトリの開発、研究を行う場所。

 セファンは専門的な教育を受けた稀有な人材だ。

 本来ならばそのような場所が適切な仕事場であり、まして採掘作業員は彼の資質を発揮する場所ではなかった。

 それを偶然が導き、のびのびと機械に没頭出来る場所を経て十全に才能を活かすことの出来る場へと旅立つ日が来た。

 陸の上にあるセファンの新たな家への見送りに、ハラネスとフロドは駅までやって来て3人で寂しさと共に言葉を交わす。

 

「はは……寂しくなりますね」

「何言ってんだよ栄転だろエーテン!胸張れィ!」

 

 感情に胸がいっぱいのセファンの背を、冗談めかして叩くフロドにも当然寂しさはあるが、強がって笑って誤魔化している。

 当然そんな事は2人に見透かされているのだが、逆にいつも通りのハラネスなどはまるで考えが分からない様子。

 

「別に一生の別れという訳でもない。お前の活躍はすぐにでも俺達の元まで伝わるさ」

 

 ただそれでも優しげな声色から別れを惜しむ気持ちと、友人の新たな門出を祝う心がそこにはある。

 

「そうですね。速くて力強くて……私達の故郷を奪ったシロクジラを倒せるような、そんなイサナトリを作ってみせます」

「ああ、楽しみにしている」

 

 セファンが無言で差し出した手をハラネスも無言で握る。

 握手の最中、視線を交わしてお互いの内に灯る眩い輝きを垣間見て自らの覚悟を改めた。

 

「ハラネスさん、本当にありがとうございました」

「こちらこそ世話になったな……これからは危機管理についてアレコレ言われなくて気が楽だ」

「………」

 

 フロドとセファンが目を見合わせて、長い沈黙が場を支配する。

 駅の中など様々な音で満たされているというのに、それすら遠く感じる沈黙。

 それを破ったのは、沈黙を齎した本人だった。

 

「冗談だ」

「ハラネスさんが冗談を言ったの初めて聞きましたよ……」

「コリャ良いもん見れたじゃねぇかセファンちゃんよ。縁起物かもしれんぞ」

 

 別れの時は和やかに過ぎ去ってゆく。

 そしてそれから再び季節が巡る。

 流れる時間の中で別れがあれば、出会い……再会もある。

 それは奇しくもセファンが向かった場所が起点となっていた。

 

◆◆◆

 

 アマトの技術開発、その中でもイサナトリの関連技術については南方にある開発局にて行われている。

 広大な試験場、格納庫に倉庫に工場に……そして敷地全体から見れば僅かな面積を占めるレンガ造りの建物がトルネの仕事場だ。

 紙束、模型、スケッチが乱雑に散らばる広々とした部屋は彼女が率いるチームの仕事場でもある。

 精緻な機械を作る為の場所というより芸術を生み出す為のアトリエといった見た目のこの場所は、実際に物を作る前の段階の計算や設計を担当とする場所だ。

 そんな部屋の片隅でライトブラウンの長髪を乱雑に纏め、腕まくりをして机に向かうのが彼女の仕事の一部。

 そしてこれが何よりのストレスとなる。

 今も左手に持った書類を眺めて眉間に皺を寄せ、右手はマグカップを掴んで口まで運び……空である事に気が付いて舌打ちをひとつ。

 

「品がないよ、トルネ君」

 

 そしてそんな様子を見ていた恰幅の良い老紳士が思わずチクリと小言を挟む。

 

「これは!局長、申し訳ありません」

 

 慌てて腰で座っていた椅子から飛び上がり、トルネが謝る老紳士こそ彼女の上司、この開発局のトップだった。

 

「ストレスかい?溜め込むのはよくないねぇ」

「仕事で発散するので……」

「なら良い仕事の為にも休息をしっかりと取る事だ。今が何時か知ってるかい?」

「?今は夜の……」

 

 トルネは様々な物が積み上がった机の上から愛用の懐中時計を探し出し……蓋が開きっぱなしのそれを手に取り疲れた目を細めて文字盤を見る。

 時計は朝の7時を指していた。

 

「……お早いんですね、局長」

「散歩だよ。歳とると朝が早くなってしまってね。暇なのさ」

 

 丸々とした腹を抱えてよくやるものだと、内心関心しつつトルネは自身の近頃の生活の不健康さを思って少し恥じ入る。

 とはいえ頭を悩ませる諸々を解決する手段が今のトルネには仕事しかない。

 そんな楽しい仕事にありつく為にも面倒な仕事は早く片付けてしまいたいというのが本音であった。

 

「そうですね……少し休みます」

「ウンウン、それが良い。まずは風呂に入りなさい。私も髪の毛が豊かだった遥かな昔はよく風呂に入らず作業に没頭したものさ。末路を見たまえよ」

 

 頭を叩き、ペタリと肌のぶつかる音が響く。

 好好爺のおどけた笑みが空気を和ませる。

 とはいえ声を出して笑うわけにもいかないトルネは苦笑いする他ないのだが。

 

「さて、君は何日入っていない?」

「……3日」

「髪のそのベタつき具合なら5日ってところだね」

 

 何故分かるのかと、内心の驚愕と呆れを力なく漏れ出る笑いとして排出して頭に触れる。

 確かにベタつき、髪を束として感じるような質感だ。

 そう認識すれば不快感も段々と湧いてくる。

 

「それと家にも帰りなさい。誰が居なくとも君の家には違いない」

「そう、ですね」

 

 トルネにはもう家族は居ない。

 皆死んでしまった。

 だからこそ、それらを忘れる為に何でもいいから没頭していたいのだ。

 もう何日も家に帰らずここで寝起きして仕事をしている。

 そんな生活を見かねた老紳士の気遣いは染み入るような優しさと……何か面倒事を含有している事にトルネははたと気が付いた。

 やけにニコニコとして、これは何かを押し付けられる予兆なのではないかと。

 

「そして風呂に入った後の仕事だがね、キミにやって貰いたい事があるんだ」

「はぁ……それは、どのような?危機が迫る中で私には可能な限り──」

「分かっているさ、とても強大なクジラが迫っているかもしれないって話だろう?まさにそれに関わる話さ」

 

 近頃のアマトでは強大なクジラが出現し、航路を脅かすような事が増えた。

 かつてはそんな事は滅多に起こらず、頻発するようになったのはトルネが来てからだと言う。

 これがシロクジラと呼ばれる個体が縄張りを大きく荒らしている為に、クジラの生息域が変わったからだという提言がなされたのは比較的に早い段階だった……のだが。

 いかんせんクジラの生態というのは掴みづらい。

 クジラは人類の活動域の外、汚染領域の深くを寝床とするのだ。

 それ故に全体数も判然とせず、確認出来るは基本的に高いところまで上がって来た個体のみ。

 本当にシロクジラの脅威は迫っているのか?

 そのような疑問の答えが、この老紳士の手の中にあった。

 

「この紙には色々と小難しい事が書いてあるが、私の結論としては備えあれば憂いなし。君の手掛ける例のイサナトリの開発はやはり必要だと思っているのさ」

「ありがとうございます。私が必ず──」

 

 トルネは胸の内にたぎる熱のままに言葉を紡ごうとして、手のひらを突きつけられて遮られる。

 

「で!だ。ウン、ところで私には最近友人が出来てね」

「?はぁ……」

「彼が熱弁していたんだ、ここの職員はイサナトリが現場でどう使われているのが知るべきだって」

「……!あんの……っ!」

 

 トルネは最近やって来た同郷の新入りがそんな事を自分にも言っていた事を思い出して拳を握る。

 まさか開発局や局長への批判となる言葉を平然と言ってしまうとはまさか思いもせず、熱さと冷たさが交互に全身を駆け巡った。

 

「マアマア落ち着いて。きっと彼は私の事を知らなかったのさ。散歩仲間くらいに思ってるんじゃないかな?」

「それでも……!はぁ、それに何の関係が……あ」

 

 口を開けたまま、まさかと思ってこの好好爺の顔を見るが、えくぼを更に深くしてわざとらしいまでにこやかだ。

 合わせてトルネの眉間の皺も深くなる。

 

「君にはクジラ取りの船団に行ってもらおうと思うんだ。あくまで仕事だけど環境変えて空の良い空気を吸ってみなさい」

「それで何が変わりますか、結局のところ──」

「明日ね」

「は?」

 

 耳を疑う言葉だ。

 明日からトルネは船に乗ってしばらくの間、この慣れ始めて来て居心地の良さを感じて来た仕事場を離れなくてはならない。

 それは彼女にとってとても酷な宣告だった。

 まして明日から、などとは。

 

「ウン、ね。孫がね、船団率いているのさ。だから頼んでおいたの」

「それを今、伝えた……?」

「じゃあ風呂に入って、持っていく道具を纏めたら早めに家に帰りなさい。帰ってくる頃にはお祭りの時期かな?あと出航は私の朝より早いからねェー」

 

 それ以上伝える事はないと、革靴が床を叩く足早な音と共に局長は去っていった。

 残されたトルネは任じられた仕事の内容を反芻し、繰り返し呟く。

 

「明日……明日?」

 

 ままならない仕事を控えて、トルネはベタつく髪を掻き回した。




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