マッチング・ボム!~マチアプでヤベー女としかマッチングしないのですが?~ 作:Kamu
マッチングアプリ。
それは、恋愛や結婚を望む男と女を結びつける――訂正。今時は同性同士のマッチングも決して珍しくはない。
故、あえて表現を変えよう。恋愛や結婚を望む人と人を結びつけるサービスの総称――訂正。今時はビジネス関係のマッチングや、同一の趣味を持つ友人探しのマッチングも一般的となっている。
そうだとするならば、『人と人を結びつける』と定義するのが最も相応しい…………のだろうか? なんだか少年漫画の最終局面や、人気アニメの劇場版みたいな印象を受ける。キャッチコピーとして“人の心の光”だとか付きそうでさえあるが――断言しよう。絶対に、100%、天地神明に誓って、そのような綺麗なものではない。
……これは困った。冒頭から躓いている。やはり、俺にはマッチングアプリなど早かったのだ。自分の言葉で説明できないモノに手を出すほど愚かなことはない。やはり辞めておくべき。このスマートフォンの液晶に映る『登録ボタン』を押す前に止まることが出来て良かった。
名前『
改めて見返してみると恐ろしい。まだ送信されていないとはいえ、随分と多くの個人情報を書き込んでしまっている。そもそも個人情報を、上場企業とはいえ第三者にホイホイ送るなどネットリテラシーの欠片もない。何のかんの言っても、かつて「出会い系サイト」と呼ばれたものと本質的には同じ。様々な事件の温床になって来たのも事実なのであり――
「――以上の理由から、俺はマッチングアプリを利用しない。分かったか妹よ」
「うるせぇ、クソ兄貴」
卒論にも負けない真剣さで紡いだ理屈の数々は、10歳年の離れた妹、
§§§
結婚して子を産み、育てる。恋だの愛だのと飾り立ててはいても、その本質は“子孫を残す”という生物の根源的欲求にあり、即ち、性欲に根差したものに過ぎない。
それは決して嫌悪すべき汚らわしいものではないが、同時に、崇拝すべき美しいものでもないのだ。動物は勿論、植物でさえ逃れられぬ絶対の宿命。唯の当たり前であり、自然の行為に他ならない。
一方で。人は自らで考え、行動できる生き物だ。
その自由の方が、犬猫ゴキブリ雑草ウイルス――全ての命が等しく行う当たり前よりも、よっぽど美しく気高いものであると俺は思う。信じる。
「あのさ、分かってる? そうやってクソみたいな屁理屈をウダウダ捏ね繰り回してばっかりで、いつまで経っても結婚どころか恋人もつくろうとしない。そんなんだからパパもママも心配して、こうして私が派遣される事態になったんじゃない」
「いや、まぁ、それは分かってるけれども……」
「本当に分かってる? 花の女子高生が、恋も勉強もアルバイトもそっちのけで、無償でクソ兄貴の世話だよ? ほんと最悪なんだけど」
「いや勉強はしろよ」
「私は奴隷……じゃなくて、未来の旦那様に養ってもらうから別に良いの」
「うわぁ……」
この品性下劣なクソ妹の言は最低の一言に尽きるが、しかし一理あるのも事実である。
そもそも結婚とは、古来より経済的な観点を抜きにしては語れなかった。それは、有史以来、人類の大半が従事してきた農耕について考えてみれば明らかであろう。
過酷な第一次産業。一人より二人の方が、単純に労働力が増えることは勿論、家事の役割分担をすることによって効率も上がる。子どもができれば頭数が増えて労働力はさらに増す。また、老後や怪我病気で十全に働けなくなった際にも補い合える点も重要だ。仮に独りであれば労働の停止=死を意味していたのだから。畢竟、
しかし、それが社会の発展と共に変わった。例えば、そう――
――社会保障の概念が成立。健康で文化的な最低限度の生活が国家によって約束され、働けなくなっても生きていくことが可能となった。
――インスタント食品やファストフード店と、様々な調理器具が普及。「家事」に専門性が必要なくなり、独りでも働きながら家事を行うことが可能となった。
――教育の価値の高まりと、子どもの人権の尊重は、子育てに要する心理的・物理的・時間的な負担を圧倒的に増した。子育ては金がかかる過酷なモノであるという非常な現実が、共通の認識として社会に蔓延してしまった。
――資本主義社会における会社制度と、労働の多様化も見逃せない。夫が病の時には妻が代わりに……かつての第一次産業で許されたことが不可能となった。専業主婦だった妻が夫の代わりに、夫の会社へ、夫のポジションで勤めるなど絶対にありえない。
――文化文明の発展によって、物や娯楽が溢れたのも関係があるだろう。セックスや家族の幸せなんぞより、よっぽど素晴らしい悦楽がそこかしこに氾濫した。
他にも女性の社会進出など多々あるが、導き出される結果は等しい。即ち、「結婚」「子育て」「家族」のデメリットばかりが増えていくということ。これでは少子化が進むのも当然。合計特殊出生率は著しい減少を続け、ついに2023年に1.20という絶望的な数値を叩き出す。医療の発展による寿命の伸長も合わさり、少子高齢化が社会を蝕む病魔となった。
結婚は「損」。これが社会の常識となって、そして――
「今の時代、
――日本政府が打ち出した、起死回生の一手が社会を引っ繰り返した。
§§§
2027年、時の政権が打ち出した“少子化対策”は世間を大いに驚かせた。
名称をProject KAMU-HAKARI。旧暦の10月に日本中の神々が出雲大社へと集まり、縁結びについて話し合う会議――『
それは“異次元”とも評すべき充実の子育て支援と、そして――
実のところ。当初は誰もが呆れた目を向けていた――どころではなく、もはや関心すら持っていなかった。なにせ、少子高齢化は不治の病のようなもの。これまで様々な対策を講じて、結局のところ駄目だったのだから。加えて、IT後進国とさえ揶揄されていた日本である。官民共同のアプリと聞いても成功するとは誰も考えなかったのだ。『神議り』などと立派なのは名前だけで、「どうせ失敗する」と誰もが諦めていた。
それが、一変した。2028年に本格始動したマッチングアプリ『KAMU- Match』、通称『カムマチ』が全ての諦念を一掃したのである。
「第一さ、カムマチを昔のマッチングアプリとか、よりにもよって出会い系なんかと一緒くたに考えるのが遅れ過ぎ。そういうのダサいって気づきなよ、クソ兄貴」
「……まぁ、分かってはいるんだけどなぁ」
カムマチはマッチングアプリと銘打っているが、その実態は
そうしたサービスの利用履歴――何を買ったかは勿論、何と何を比べて、何分何秒悩んだ上で購入を決めたのかまで――をデータとして蓄積。そこに結婚離婚のデータなど過去の膨大な記録を加え、AIが分析。一生を添い遂げる事のできるような、個々人にとっての「運命の人」を探し出すのである。
そして最大のポイントは――そのまま“
無論。個人の膨大なデータを官民共同とはいえ(あるいは官民共同だからこそ)1つのアプリに記録し利用することに批判や抵抗があったのも事実である。しかし、日本を代表するIT企業や、世界的なゲーム企業が協力し、何より自己進化するAIをプロテクトに組み込んだことが功を奏した。常に進化を続け、世界中のハッカーを寄せ付けない徹底的な防御は見事の一言。これまで個人情報の流出や悪質な利用による重大な事件は起きていない。
こうした安心感に後押しをされ、プラットフォームとしてのカムマチの利用者は鰻登りとなり、データの母集団が増えたことでマッチングの正確性も加速度的に向上。運命の人と出逢えるというのも決して誇大広告ではなくなっていった。
背景の1つに、特に2024年頃から顕在化した海外(特に米国)へのプラットフォーム依存と、それに伴う様々な問題への対抗手段として、日本独自のインターネット・プラットフォームが必要とされたことがある……との専門家の分析もあったが、割愛しよう。
重要なことは。2035年現在、多くの人々がカムマチを通して結婚をし、ついに日本の合計特殊出生率は2.0の大台を突破したということに他ならない。経済も好循環をはじめ、諸外国がノウハウを真似し始めている状況である。
以上が、簡潔ながらもカムマチ――“KAMU- Match”の概要だ。
「クソ兄貴だけの問題じゃないんだよ。割引とかポイントは家族の私たちにも適用されるわけ。逆に言えば、兄貴が結婚しないせいで、私もパパもママも現在進行形で損をしてるの。分かる?」
「……ぐ。分かったよ、登録する。でも、それで結婚できなくても文句言うなよ」
「それは大丈夫っしょ。カムマチなら絶対に出逢えるよ。兄貴の運命の人に、さ」
「運命の人、ねぇ……」
そうして俺はカムマチのマッチングサービスへと登録。マッチングを開始し――
§§§
「………………………もしもし。なぁ、おい妹よ」
『なにー? もう結婚したー?』
「いや早すぎるだろ。これから会うところだよ」
『あっそ。じゃあ早く会いなよ。それとも何か問題でもあった?』
「なんかさ。今、女子刑務所にいる」
『は?』
「女子刑務所にいる」
『…………は?』