推しの声が聞こえる……………これは夫婦を超えたな(確信)   作:一味違う一味

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第12.5話

◆エリカ・デュラ 零

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある辺境の村に、十年前まで村人の生活を支えた大きい枯井戸(かれいど)があった。

 

 その井戸は今でこそ枯れ果てたとは言え、先祖代々大切にされていた場所、()わば村の聖地だ。そこを(おとし)めるような真似をする人間は存在しなかった。

 

 一月前までは。

 

 現在、かつての『聖地』は血と腐臭が支配する『忌み穴』と呼ばれている。

 

 今日も『忌み穴』の底には、少女と武器を持った男達がいた。

 

 男達は皆一様に引けた腰で震えながら武器を持っていた。少女は四肢には枷、胴は縄で縛られ(はりつけ)にされているというのに。

 

 何も知らぬ者が見れば、男達を見て訝しむか、彼等の怯えように指を差して嘲笑うだろう。

 

 しかし、この村の人間ならば誰もそんなことはしない。何故なら少女の恐ろしさを知っているから。

 

 少女の名前はエリカ・デュラ。

 

 『聖地』が『忌み穴』となってから行われた殺人回数、536回は全て彼女が殺された回数だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『忌み穴』の底で、今日も新たな死が積もる。時に(くわ)で、時に鎌で、時に棍で。引け腰で振るわれた道具は全てエリカへ命中し枯れた井戸を血で(うるお)す。

 

 被害者である年端も行かぬ少女に対し、大の男が数人で寄ってたかる様は飢饉(ききん)の農村でも中々は見られる光景ではない。

 

 けれど、そこまでしても責め足りぬ。疲れ果てた男達は表情でそう語りながら、ついにはエリカへ罵倒を始めた。

 

 

 

「早く死んでくれ化物!」

 

 

「もう、関わりたくないんだ!」

 

 

 エリカは頭蓋を砕かれ、眼球が零れ落ち、ドロリと中身(なかみ)を垂らしている。微かに痙攣しているとは言え、生物としては明らかな致命傷。到底、助かると思えない傷だ。

 

 見るからに死んでいる、もしくは死ぬ直前である少女に「早く死ね」だの「関わりたくない」だのは、彼等に些か以上の堪え性が無いように思えるが、そうではない。

 

 これは彼等、一般人からすれば正当な主張であった。そして最も主張がしやすいタイミングでもある。何故なら、今ならば何を言っても目の前の化物に意識を向けられる事はないからだ。

 

 彼等が気の済むまで罵倒をした後、丁度エリカは事切れていた。

 

 痙攣が止み、吹き出していた鮮血が緩やかになり、どんな名医でも死んでいると太鼓判を押す状況になってから不気味な現象が起こる。

 

 傷が治ったのだ。

 

 体に埋め込まれた異物(道具)は体外に押し出され、陥没した頭部は盛り上がり、零れ落ちた眼球は新生する。

 

 自分では理解できない現象を見た男達は、先程までの比ではない恐怖を感じていた。もう、何度も見た光景だというのに。

 

 彼等も、こう(・・)なると知ってはいたが、それでもやはり見る度に思う。こんな化物が生きて良い筈がない、と。

 

 だから彼等は恐怖しながらも家族や友人を守るために武器を振るうのだ。今にも逃げ出したいのを必死に我慢して、村の正義と秩序を守るために。

 

 しかし、そんなものは───

 

 

 

「お前達を絶対に許さない」

 

 

 

 エリカ(被害者)には関係ない。

 

 彼女にとっての村人は裏切り者だ。自分を産んで育ててくれた両親も、いつも優しかった村長も、そして自身に特異な体質があると知らなかった頃、我が身を(てい)して命を助けた幼馴染も。

 

 誰一人として許さない。全員、私と同じ目に合わせてやる。殺される度に自身が受けた仕打ちを記憶に焼き付け、そう誓い続けるのだ。

 

 

 

「今日は八回」

 

 

 

 絶対に同じ目に合わせてやる。

 

 今日の殺害担当が井戸から出て行くのを、殺意を込めて見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毎日のように繰り返される自身への殺戮。

 

 時間の感覚すら消える程続いたソレは、今回もいつも通り殺害担当が帰っていった。

 

 普段なら、今の時間は脱出する方法を考えたり復讐に必要な道具の集め方を考えたりするのだが今日は違った。

 

 

 

「私以外に死なない人っているのかしら」

 

 

 

 それは、ふと思い付いただけの純粋な疑問だった。あるいは殺され続けて摩耗した心が僅かでも癒やしを求め、そんな益体もない事を考えさせたのかもしれない。

 

 だが、偶にはいいだろう。普段と違う何かを考える事で、今までにはなかった新しい発想が得られるかもしれない。

 

 そう考え、今日までの人生で自身の同類、あるいは同胞(・・)とでも呼ぶべき存在のヒントがないか考えてみることにした。まぁ、結果なかったが。

 

 仮にいたとしても、自分と同じのように閉じ込められているか、周囲に体質が露見しないよう隠れ住んでいるのだろう。

 

 今日まで自分が受けてきた仕打ちで身に沁みたことだが、人間は排他的で弱い生き物だ。

 

 自らと違う者を探しては排除し、それが出来ないとなると弱い者を見つけて排除する。

 

 彼等は恐らく、心の奥底では自分が弱者だと理解しているのだ。けれど、それを認めたくないから自分より弱い何かを作り上げ、自分が強者だと思い込む。

 

 生物として人間より強い生き物など腐るほどいるのだから、そうして強者を気取り羽を伸ばさねば心が潰れてしまうのだろう。

 

 だが、私は人間(奴等)いわく強者(バケモノ)だ。血筋的には純粋な人間の。

 

 人間とは数だけは多い。ならば、私以外に同じ体質の存在が生まれたとしても不思議ではない筈だ。

 

 もし、この仮定が正しく自分と同じ死なないバケモノ(同胞)と巡り会えたなら。

 

 

 

「友達になれるかな」

 

 

 

 人間(弱者)共とは違う、裏切りられることも、排除されることもない、普通の(完璧な)友達に。

 

 その思考を最後に、エリカは眠りに落ちた。

 

 珍しいことを考えた翌日でも、彼女の扱いは変わることはない。

 

 バカの一つ覚えのように男達がうじゃうじゃと現れ様々な方法で彼女を殺す。

 

 そうして首が落ちれば、落ちた首から胴が新生し、病で死ねば症状が消え去り、飢餓(きが)で死ねば痩せた体に肉が戻る。

 

 その度にエリカは、人間性を削りながら復讐を必ず遂げると自身に誓う。そんな気が狂うような地獄の日々。

 

 ただ、あの珍しいことを考えた日から少し変わった事がある。それは、自分の同胞が見つかった時にどうするかと妄想することだ。きっと同じ悩みを共有して、仲良くなれる筈だと。

 

 その時だけは心安らかにいることが出来た。そして、それが取るに足らない妄想から縋りたくなる希望へと徐々に変化していった。エリカ自身も知らぬままに。

 

 しばらくして、村に現れた蛇の怪物に生贄として差し出されることになった。でも、それだけだ。殺される場所が井戸から蛇の腹に代わっただけで殺され続けることに変わりはない。

 

 蛇に喰われた後も、エリカは煮え滾るような復讐心と、友達(同胞)が欲しいという(ささ)やかな願いを胸に、胃酸の海で過ごした。

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