玲瓏事務所   作:小説 魂

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フィクサーの仕事

 家々が立ち並ぶ路地から外れ、暗く押しつぶされてしまいそうなほど狭い通路に入る。

 

 いま私は、人生で三度目のフィクサーとしての仕事をしている最中だ。

 今回の依頼は、19区の住宅街で殺人を犯したネズミの処理。どうやらそのネズミは、空き巣をしていたところを帰ってきた住人に発見され、住居内にあったナイフで住人を殺害したらしい。

 依頼人はその住人の家族のようだが……。

 

「顔もわからないやつをどうやって始末しろって言うんだ……」

 

 問題は犯人の顔を目撃したものがいないということだ。事務所の代表からは、とりあえず犯人と思われるやつを片っ端から殺しておけと伝えられたが、そんなこと言われても困る。

 

 普通の事務所なら、こんな依頼を受けることは無いだろう。だけどうちの事務所は、ここ最近まったく仕事が来なかったせいで、家賃だけでなく税金の支払いまでも厳しい状態にある。

 だから、どんな仕事も手当たり次第に引き受けているわけだ。

 

 それだけならまだいい。問題は程度が低い依頼ならまだしも、こういった何をすればいいのか明確ではないものを、私みたいな新入りに回してきていることだ。

 恐らくは代表が一つでも多く依頼を受けたい一心から、内容をあまり聞かないで二つ返事で引き受けたのだろう。後から達成できそうにない依頼だったことに気がついたが、既に契約書に署名してしまったため、この依頼を完遂するのは無理だからと手が空いている新人を適当につけたって感じだ。

 

 そんなことをすれば、事務所の評判が下がるんじゃないかとも思うだろうが、そもそもうちみたいな零細事務所に評判なんてものが付いて回ることはない。

 ここの事務所に依頼したけど全然ダメだった……なんて話、ありふれすぎていて誰も気にとめはしないからだ。

 階級の高い事務所が失敗したとなると話は別だが、私が所属している事務所は話題に上がりすらしないほど無名だから。

 

 まあ、文句ばっかり言っても仕方がない。依頼を達成できなくて困るのは私自身なのだから、何がなんでもやらなくてはいけない。

 とりあえず、ネズミがいそうな場所を歩き回ってみるしかないか。

 

 そう思いながら通路を抜けた先で、怪しい人影を見つけた。

 目を凝らしてみれば、ボロボロの服を着てどことなく不衛生さを感じる男二人組が、座り込んで下を向きながら何かをしているようだ。

 

 気になって視線を男が見ている方に移せば、そこには倒れた人間の姿があった。

 麻酔剤で仕留められたのか、それとも何処かを刺されでもしたのか。ここからではそこまでは分からないが、そんなことはどうでもいい。

 

 ネゴ工房……都市で数少ない銃を取り扱う工房のひとつ。今日はそこで買った銃の中で一番小さく、取り回しやすいものを持ってきている。この工房の武器には思考を加速させる効果がある。どう撃てば狙った場所に当たるのかを瞬時に導き出すことができるため、威力が低くても活用できる場所は多い。

 本来銃は弾丸が馬鹿みたいに高いので、新人が手を出せるような代物では無いが……私はちょっとした事情で新人ながら金はそこそこあった。

 

 銃を構える。その瞬間にネズミの一匹は私に気がついたのか、慌てて立ち上がろうとしたがもう遅い。

 

 引き金を引くと、薄暗い路地に乾いた銃声が鳴り響く。放たれた弾丸は、今まさに力を入れているところだったネズミの右足を貫いた。

 

 上手く当たった。でもまだ終わりじゃない。

 すぐさま意識を切り替え、逃げようとするもう一匹にも同じように銃を撃つ。

 

「ぐあァァァ!!」

「痛え、痛えよ……」

 

 汚い叫び声を上げ、ネズミ共は地面に倒れ込んで体を丸めた。

 既にまともに反撃できる状態では無いが、油断はしない。私は狼牙工房の短剣を手に持って、慎重にネズミ共の側へ近寄る。

 

「ま、待ってくれ。俺たちはただ、ここで野垂れ死んでたやつが持ってるものを漁ってただけだ。別にあんたの恨みを買うようなことは何もしてないだろ!」

 

 銃声で人が集まって事が大きくなる前に、さっさととどめを刺すべく近寄ると、ネズミは涙で顔を濡らしながらそんなことを言ってきた。

 

 恨みを買うようなことはしてない……か。そんな甘い考えだからいつまで経ってもろくな組織に入れず地を這い回っているんだ。

 恨みを買わなければ殺されないような世の中じゃないんだ。それなりに長く生きてきただろうに、まだそんなことも分からないのか。

 

「こんな所で死体漁りなんかしてるからだ」

「仕方ないだろ! 俺たちみたいな底辺は、こんなことでもしないと生きていけないんだよ!」

「け、結局お前も俺たちと同じで、金を稼ぐためにこんなことしてるんだろ」

 

 その通りだ……なんだわかってるじゃないか。世の中金が全てだ。金がなければこいつらみたい血反吐を吐き続けないといけない。

 そうならないためには、どんな手段を使ってでも金を稼ぐしかないのだ。

 もし今ここにいるのが私じゃなかったとしても、金のために目の前のやつ命なんて塵にも等しいと思って殺すはず……。

 だから、今更そんな境遇を語られたところで同情の気持ちなんて微塵も湧きはしない。

 

「金のためにやってるなら、お前も俺らと変わらねぇ! 俺らを裁く大義名分は、お前にはないだろ!」

「誰もお前たちが悪人だとは言っていないし、私はお前たちを裁きに来たわけじゃない。ただ、私も生きるために必要なことをしているだけだ」

「なら、俺の言ってることが分かるはずだ! 俺たちだって仕方なく――」

「言い分はわからなくもない。だけど……それはそれで、これはこれだ」

 

 地に倒れてこちらを見上げていたネズミの胸に短剣を突き刺す。

 深く、より深くへと。もう二度と私にいかなる苦痛を与えられないように。

 抵抗が完全に止んだのを確認してから短剣を引き抜くき、這って逃げるもう1人の背中を体重をのせて短剣を刺した。

 

「いつか……同じ目に……遭う……ぞ」

 

 その言葉を最後に、ネズミは事切れた。

 裏路地の人間は皆同じだ。それぞれ違う場所で生まれ、違う場所で育ったとしても、生きたいという気持ちは変わらない。

 それが衝突することなんて日常茶飯事だ。最終的には力を持つやつが生き残る。

 

「……いつか同じ目に遭うか」

 

 間違いないな。ある意味それが都市の性質を端的に表した言葉とも言える。

 ただ、そのいつかが今じゃなければ問題ないと考えるのもまた都市だ。

 

「とりあえず、こいつらの写真を撮ってと」

 

 これで依頼人が満足してくれれば良いのだが……。

 もしこれでもダメなら、ネズミを探して片っ端から殺すといったことをやらないといけない。

 

 

 

 18区の路地にある二階建てのボロい建物、そこが私が所属する玲瓏事務所。今日の成果を報告するべく中に入ると、すぐに私を出迎えた人物がいた。

 この事務所を取り仕切るオースティン代表だ。

 ぴっちりとしたスーツの上に高そうなコートを羽織っている金髪の男。一見金持ちに見えるが、実際はそうではない。

 長い付き合いではないが、これだけははっきりと言える。代表は自分をよく見せようとして、身なりを整えることに金を注ぎ込んでいる馬鹿だ。

 そのせいで常に金欠で、他の人よりも金への執着が凄い。そして、事務所のみんなはそれに巻き込まれているという感じだ。

 

「グウェンか、どうだった?」

「成果ありって感じです。依頼人が満足するかは別として」

「もしダメなら、また組織に金を出す羽目になるな」

「いつもの口封じですか?」

 

 代表が言っているのは、そこら辺の組織に金を渡して、依頼人の口封じをしてもらうということだ。

 裏路地のやつらの間では、組織は基本的にフィクサーにとって敵だという認識があるようだが、フィクサーが手を出せない裏のことまでやるため、手を取り合う機会も多い。

 例えば、事務所が組織に金を出して仕事の依頼をすることもあるし、利害の一致で助け合うようなケースもある。まあ、裏で動いているようなやつらを金で雇うような事務所は信用出来ない所が多いのだが。

 

 しかし、あってないようなうちの事務所の評判を守るために金を払う代表の気持ちはよく分からないな。

 それに、うちの事務所では普通のことのようだが、個人的にはそういったやり方はあまり好きじゃない。そう思っているのはきっと私だけじゃないはずだ。

 こんなやり方も必要なら使うような事務所ではあるが、こちらも依頼人も後腐れなく終われるのならそれが一番だ。

 

「ただ税金のこともある。これで満足してくれればいいが……」

「頭から警告状が来てたんでしたっけ。まだ第一警告ですけど、早く支払いを済ませた方がいいでしょうね」

「そうだな……とりあえず写真は預かろう。依頼人には適当に説明して納得させておく」

 

 撮ってきた写真を差し出すと、代表はそれを受け取って奥の部屋へと消えていった。

 すぐにでも話を切り上げたいといった感じだったな。労いの言葉でもかけてくれても良かったのにな。

 ……いや、そんな言葉を掛け合うような仲でもないし仕方ないか。

 こちらとしても仕事終わりで疲れていたところだ。たとえ労ってもらえないとしても、休息が取れるだけマシだと思うことにしよう。

 

 さて、用事も済んだしそろそろ家に帰って休もうか。

 

 そう思って事務所の出入りに向かおうとした時、先に出入り口の扉が開いた。

 

「代表いる〜? て……グウェンじゃ〜ん。先に戻って来てたとはね〜」

 

 事務所に入ってきたのは、頭からつま先まで鉄でできた、全身義体のカロリーナ先輩だった。

 人型ではあるが、十字に赤く光る線が入ったその顔を見れば、義体であることは明白だ。

 

「あなたも大変だね〜。まだ入って一週間も経ってない新人なのに、短いスパンで仕事を任せられて〜」

「先輩方と違って、私はまだ三回目ですので。そこまで問題は無いです」

 

 このご時世に本気で相手の心配ができるということがどれだけ凄いことか。この人も連続で仕事が入っていたはずなのに、こうも余裕を感じるのは、義体だから疲れを感じないという点が大きいのだろうか。

 

「まさかあの依頼までやり遂げるとはね〜。そうだ、お祝いにこの後食事にでも行かな〜い?」

「その辺のゴロツキを排除しただけで大袈裟ですね。それと、まだ依頼人と話がついていないので依頼を終えたわけではありません。さらに言うなら……先輩は義体なので、食事はできないのでは?」

「あ、そうだった〜。うっかりしてたよ〜」

 

 良い人ではあるのだが、義体が粗悪なせいか思考力が著しく低下しているようだ。

 突飛な話を始めたり、意味のわからない行動をしたりと、いい人ではあるが付き合うのに苦労するタイプだ。

 そんな不便そうなのになぜ義体にしたのか聞いたことがあったが、かっこいいからという返答がきたので、きっとまともな受け答えもできなくなるほど質が悪い義体なのだろう。

 やはり、鉄の塊に脳を入れるのはいい考えではないな。

 

「先輩は確か……7級フィクサーになったんですよね? おめでとうございます」

 

 性格こそこんな感じだが、実力はうちの事務所の中で一二を争うほどのものだ。

 一度見せてもらったが、彼女の戦闘スタイルは完全にパワー型で、義体の力で重くて巨大な武器を持って何も考えずに振り回していた。

 だが、それだけでろくな身体強化もしていないやつだと手も足も出ない。

 

「う〜ん。7級になってもこの事務所じゃ稼げる仕事は入ってこないし、今までとやることは変わらないんだけどね〜」

 

 悲しい現実だ。9級フィクサーの私が言うのもなんだが、7級も8級もそう変わらない。多少選択肢は増えるだろうが、同じ事務所に居続けるなら、いつもと同じような仕事が来るだけだ。

 

「そうですか。……用事は先程終えているので、そろそろ私は帰らせていただきますね」

「うん、またね〜」

 

 狭い事務所で大きく手を振って別れの言葉を言う先輩に、私は軽く手を振り返してから事務所を出た。

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