玲瓏事務所   作:小説 魂

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ねじれた期待

「よう、お前がグウェンか。話は聞いてるぜ」

 

 いつも通り事務所に顔を出した私を出迎えたのは、やけにテンションの低い声だった。

 明らかに代表のものではないし、うちの事務所のほかのメンバーのものでもない声に警戒心を強め、発生源を探す。

 

 そうして、ソファーにいる代表と、それに対面する形で座っている男がいることに気がついた。

 

「……あなたが例の同行者ですね」

「おうよ」

 

 不安だ。それ以外の感想が出てこない。本当にこの人で合っているのだろうか。

 何かの間違いではないかと代表に視線を向けるが、何も言わないということは、これは間違いではないということだろう。

 

「紹介しよう、こいつはレイモンド。物静かなやつだが、実力は確かだから安心してくれ」

「そういうことだ」

「よ、よろしくお願いします」

 

 安心も何も、武器どころか何も持っていないじゃないか。1級フィクサー並の実力を持っているやつが、これからねじれを処理しに行くというときに、こんな装備してくるか普通。

 

 ガタイが良く、身長も高いが、都市においてはなんのアドバンテージにもなりはしない。重要なのは、どのような身体強化施術を受けたか、それだけだ。

 

「早速ねじれの処理に向かってもらうのだが……。14区まで歩いて行くわけにもいかないだろうから、Warp列車を利用するといい。金はこちらで出そう」

 

 代表が自ら金を出すなんて珍しいな。何かあったのか?

 

  代表の表情は普段あまり変わらないで、何を考えているのか読み取ることができない。

 今回の依頼達成に、それだけ価値があるということだろうか。この人が金を出す理由が、それ以外に思いつかない。

 

 代表が差し出してきた二人分のWarp列車利用料金を受け取り、隣にいる男に半分渡してから、残りをポケットの中に突っ込む。

 

「それじゃあ、グウェンを頼んだぞ」

「バッチリ任せてくれよ」

 

 今回の依頼、無事に終えられるだろうか。今から心配で仕方がない。

 

 

 

 そんなこんなで、18区のWarpステーションまで二人で歩いていく羽目になった。

 

「なあ、今までWarpは何回くらい利用した?」

「五、六回ほど……」

「ふーん」

 

 レイモンドに対して、私は特に話したいこともないので無言を貫き通す気でいたが、この男……やけに積極的にコミュニケーションを取ろうとしてきやがる。

 そのくせ妙にテンションが低いから、興味があるのかないのかよく分からないのでやりにくい。

 

「そういや何気に、久しぶりに18区に来たな。おすすめの店とか知らないか? 俺がいた時は、肉の牢獄なんて名前のレストランがあったんだが」

「――無論、ハムハムパンパン一択だ。ここ最近18区の安息の路地にも展開してきたチェーン店でな、イートインは勿論のこと、テイクアウトもできる充実っぷり。都市の飲食店ではトップレベルの接客態度と綺麗な店内。しかもなんと、食パン二枚を贅沢に使用した特大サンドイッチが食べられるんだ! サンドイッチのバリエーションも辛いソースを使用しているもの、そうでないものがあったりと豊富! しかも、あのシ協会2課が連勤明けに来て、弁当を食べる姿が目撃されていることから、あそこの料理は疲労回復効果が高いことが証明されている! そのうえ、パスタなどのメニューも!!」

「そ、そうなのか……。なんかお前、キャラが変わってないか?」

「ッ! ……失礼しました。さっきのは忘れてくれて結構です」

「内容は全然頭に入ってないはずなのに、忘れられる自信がないんだけど」

 

 らしくない……つい熱く語ってしまった。ハムハムパンパンのことになると、なぜか饒舌になるのが私の悪い所だ。

 これのせいで人に引かれることが多々ある。初めてハムハムパンパンについて代表に語ったときには、なんだお前といった顔をされた。

 なのでなるべく口に出さないようにしていたのだが、そういう話題になったのと、語る隙があったので口が動いてしまった。

 

「第一印象では頭の堅いやつだと思っていたけど、意外だな」

「忘れてください」

「しかも敬語まで外れて――」

「忘れてください」

「あー、Warpステーションに着いたぞ」

 

 レイモンドの追求を振り切り、何とか無事Warpステーションに到着することができた。

 それはいいことなのだが……もしかして、目当ての列車が来るまでこいつと二人きりで待たないと行けないのか?

 

「それで、さっきの事だが」

 

 ……長い戦いになりそうだ。

 

 

 

 Warp列車に乗って十秒後、目的の14区に到着した私たちはWarpターミナルを出た。

 まあさっきの件は、なんであんな饒舌になったのか、一から説明させられたとだけ言っていおこう。

 

「お前、ねじれと直接対面するのは初めてだってな」

「そうですが」

「ねじれについてどう思う。どうしてねじれは生まれるんだろうな」

「どうって……ただの化け物としか思いません。ねじれのことを調べたわけでもないので、発生原因についてはなんとも言えないです」

「そうか、一般的な回答どうも」

 

 現在、ねじれの発生原因が明確になっていないため、ねじれは大量に湧いて出てきている。

 何か対処法でもあれば、騒動も収まるのだろうが、翼ですらどうすればいいのかピンときていないようだ。

 

 といっても、悪いことばかりでは無い。

 私たちフィクサーにとっては、ねじれの処理も立派な仕事のひとつだ。ねじれがなくなってしまえば、私たちに入ってくる仕事が減ってしまう。なので、別に消えて欲しいわけでもないのだ。

 ただ、ねじれは裏路地にいる組織とは違い、力だけでは解決できないので、厄介であることは間違いない。ねじれに関する事件の数も多いので、少しだけ減って欲しいとは思う。

 

 とにかくだ。まずはねじれが発生したという現場に行かなければならない。たしか、発生場所は14区の居住区にある一軒家だったはずだ。

 目標のねじれ”眩惑の道”は、周囲に甚大な被害を出しているというわけではないようだが、家の中から時々出てくる顔のない女が、通りかかった人を力ずくで家に入れているらしい。

 家の中で何が起こっているのか知っているものはいないが、入ったやつは誰一人帰ってきていないようだ。

 

 ねじれたのはこの家に住む三人で、関係性としては父と母、その子供といった感じだ。

 目撃されているのは、外に出てくる母だけで、残りの二人は家の中にいるのだろう。どんな姿になっているのか、想像するだけで寒気がするな。

 

「先に言っておくが、ねじれを甘く見るなよ。どんだけ強いやつでも、気を抜くと一瞬で持っていかれるからな」

 

 それは今までのくだらない世間話なんかではなく、これから出会う存在が危険であることを、再度認識させるための忠告だった。

 

「さて、現場に到着したぜ」

「ここが……」

 

 どこからどう見ても、普通の一軒家にしか見えない。あらかじめ知っていなければ、ここがねじれ事件の現場だとは思わなかっただろう。

 

「……気をつけろ、例の女が出てきたぞ」

 

 どこにでもありそうな家から出てきたのは、情報にあった顔のない女だ。

 見るからに主婦といった格好をしていて、裏路地の居住区では特に珍しくないように思えることが、逆に顔がないことの異質さを引き立たせている。

 何やら先程からぶつぶつ独り言を呟いているようだが、口がないのに声だけ聞こえてくる不気味さに意識が向いて、なんと言っているのか正確に聞き取ることができない。

 

 女は辺りを見回しており、何かを探しているようにも思える。

 そのまま左右に何度も顔を往復させ、最後に私たちの方を向いてその動きが静止した。

 

 あまりの不気味さに、身体が硬直する。

 これが……ねじれか。

 

「構えろ!」

 

 レイモンドの声で我に返って、鉤爪を装着して短剣を構える。幸いなことに、それを済ませるまで相手に動きはなかった。

 今の隙になにかされていたら、死んでいたかもしれない。それを自覚して気を引き締め、油断なく相手を見据える。

 

「……行きなさい」

 

 女がゆっくりとこちらに近づいてくる。動きは鈍く、目がないせいか足取りもおぼつかない様子だが、正確にこちらに向かってきている。

 女が一歩、また一歩と近づいてくる度に、彼女が呟いている言葉が鮮明に聞こえるようになる。

 ねじれが発する言葉に意味があるのかは分からないが、私に対して何かを求めているようだ。

 

「――あなたは入試村に行きなさい」

「チッ……グウェン!」

 

 女の姿がいつの間にか目の前にあった。何も無いはずの顔が、私の瞳を覗き込むように近づいてくる。

 驚いて離れようとしたとき、手首に強い圧力を感じ、思わず顔を歪める。視線を自分の手首に移すと、女が右手を伸ばして私の手首を握っていることがわかった。

 

「痛ッレイモンドさん、助けてください!」

 

 振りほどこうとすると、徐々に手首に感じる圧力が強まり、骨が軋む音が耳に届いたので、これ以上抵抗するとまずいと思い、レイモンドに助けを求める方向に変えることにする。

 

 すると、レイモンドはすぐさま女に殴りかかった。正直半信半疑だったが、1級フィクサー並というのは本当だったらしい。

 振るわれた鉄拳は目で捉えることすらかなわず、女に直撃したと認識したのは、轟音が鳴り響いてからだった。

 

 吹き飛ばされそうなほどの衝撃波に耐え、何とかその場に立っていることがやっとだ。だが、何とか最後まで耐え抜くことができた。

 今の衝撃波に耐えられたのは、ここ二週間、代表の手足として働いて地力をつけていることが効いていたのだろうか。いや、吹き飛ばされなかった理由は他にもある。

 どうやっても吹き飛ぶことはできなかった。なぜなら、私の手首には未だに圧力がかかっているからだ。

 

 ――こいつ、今のを耐えたのか!

 

「この感じ……こいつを倒すのは無理だな」

「そんなこと言ってないで、他に手は無いんですか!」

「こいつに対してできることはもう無いぞ」

「お前ッ!」

 

 既に諦めたかのようなレイモンドに対して、汚い言葉を吐きかけようとしたが、その前に女が左手で私の頭を掴んだことによって中断されてしまう。頭の向きを固定され、女の何も無い顔と正面から向き合うことになった。

 

 あまりの恐怖で目を閉じようとしたが、私の思考とは裏腹に、なぜかその顔から目が離せない。

 同じ言葉を絶えず呟き続ける女の声を聞いていると、徐々に眠気が私を襲ってきた。

 

「……なるほど、こうやって連れていくのか」

 

 あそこへ……入試村に行かなくては。私の目標、私の人生の目的、それを成し遂げるために。皆が期待しているから、行かなくては。

 

「あなたは入試村に行きなさい」

 

 段々と薄れていく意識の中で聞こえた言葉は、呪いとも取れるほど力強かった。

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