玲瓏事務所   作:小説 魂

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元槍派組織員

「この男に見覚えは?」

「全くないね」

 

 仕事の準備を終えた私は、最後に目標の男が目撃されたという場所の周辺で聞き込みをしていた。

 今のところめぼしい収穫はないが、目標の男はこの辺りで暴れ回っていたようなので、しばらく続けていれば誰かしら情報を持っている人が見つかるだろう。

 

「この顔に見覚えはないか?」

「それなら……」

 

 ……そうして二時間粘った結果、男は18区のとある建物を出入りしているということが判明した。情報を教えてくれた人に礼を伝え、私はすぐにそこに向けて歩き出す。

 

 

 

 それで、ここが目標が頻繁に出入りしているという建物だが……ある程度予想はついていたが、完全に廃墟だな。

 事務所の倍はありそうなほど広い敷地を目の前にして、思わずため息が出た。

 元々は三階建て程の建物だったようだが、一階よりも上の部分は崩壊しているようだ。建物の大きさと敷地の広さから見ても、金持ちが建てたとしか思えない。

 

 しかしまあ、よくこんな無駄にでかいだけの建物をつくろうと思うな。

 

 都市では何が起こるかわからない。大金を出して建てたであろうこれも、組織かねじれにでもやられたのか見事なまでにボロボロだ。

 

 中の様子を伺おうと、壁に空いている巨大な穴を覗き込む。

 

「……誰もいないか」

 

 置いてある机や椅子の一部が周囲のものと比べて新しいため、目標がここに運び込んだもののはず。ここにいたことは間違いなさそうだ。

 

 目標の情報を集めるために建物内部に足を踏み入れる。

 辺りには瓦礫が積み上がっており、外から見た全体像ほど部屋は広くはなかった。

 

 家具は必要最低限という感じだな。特に怪しい点もない。

 そう思ったところで、部屋の端にいくつか箱が置いてあるのが見えた。

 

「目標の所有物か?」

 

 歩いて箱の近くまで行く。外見は何の変哲もない木箱だが、男の素性からして中までそうかは分からない。

 中身が気になり、箱に付けられている蓋を取り外す。

 

 予想通りと言えばいいのだろうか……携帯食料に酒にエンケファリンと、携帯食料以外はなかなかに酷いラインナップだな。

 

 そうやって置いてある箱を開け続けて、次の箱の中身の予想がつくようになった頃、開けていない箱の数はあと一つになっていた。

 どうせまた酒か麻薬の類いだろうと期待せずに最後の箱を開けると、そこには私の予想を裏切るものが入っていた。

 

 さっきまでと全く違うものが入っていたことで、一瞬体が固まった。これがもし罠なら死んでいただろうが、どうやらそうではないようだ。

 

 とはいえ怪しいことには変わりない。私は警戒しながら、異質な存在感を放つそれを手に取った。

 

「これは……封筒か」

 

 随分質の良い封筒だが、これも目標のものなのか。いや、それにしてはなにか……。

 違和感を覚えて封筒の中を確認すると、そこには一枚の紙が入っていた。

 

「図書館の招待状?」

 

 何か書いてあるな。内容は……。

 

 あなたを図書館のゲストとして招待いたします。図書館の本はお望みであれば、知識、財産、名誉、または力になり得ます。しかし、図書館には試練が待ち構えています。試練を乗り越えられないのであれば、ゲストは本に還元されます。アンジェラより……か。

 

 胡散臭いことこの上ない。本日の本にはフィンの本とあるが……なんだこれは?

 意味はわからないが、目標の男の持ち物である可能性が高い。一応これは持って帰ろう。

 

 

 

 ……あれから何時間か周囲のものを漁り、時間を潰して待ってはいたものの、いつまで経っても目標は来ないしハズレだな。

 また明日出直して――

 

 そこで思考が止まった。突如として背筋に悪寒が走り、それを途切れさせたのだ。

 急いで後ろに振り返ると、私に向かってジャベリンが飛んできていた。後頭部めがけて飛んできたであろうそれを首を傾けて間一髪で避ける。

 背後の壁で凄い音が鳴ったため、恐らく壁に突き刺さりでもしたのだろう。

 余裕がないので確認はしない。ジャベリンを投擲してきたであろう者が、この建物に足を踏み入れたので、そちらに意識を向ける。

 

「ガキが……人様の住処で何やってんだろうな。えぇ?」

 

 額に傷がある悪人面の男……こいつが目標で間違いない。手には先程のジャベリンとは違い、普段使いするための槍を持っている。

 さっきのジャベリンといい、槍を好んで使うのは槍派に所属していた名残だろうか。

 

 相手の言葉に答えず、私は武器を取り出す。

 エリダワークスの鉤爪だ。

 

 この武器は正直に言うとものすごく扱いにくい。他の武器と比べてリーチが短いため、常に相手に有利を取られ続けることになる。

 しかも軽いせいで、相手の武器とぶつかり合うとほぼ確実に押し切られてしまう。

 だが、私にとってはこれが一番使い慣れたものだ。

 右手に鉤爪、左手に短剣……本気で戦う時にこれ以外の武器を使うという選択肢は無い。

 

「そんなちっせぇ武器でやろうってか。舐められたもんだなぁ」

「……ひとつ聞きたい。この招待状とやらはお前のものか?」

 

 男の言葉を無視して左手に短剣を持とうとした際、ふと気になったので聞いてみることにした。

 

「あ? 知らねえよ。なんだよそれ」

「そうか」

 

 封筒を持ち上げて見せてみたが、男は初めて見るといった顔をしていた。演技の可能性もあるが、少なくとも私の目にはそうは見えない。

 9級フィクサーの目がどれだけ信用できるかという問題もあるが、とりあえず聞きたいことを聞けただけよかった。

 

 ズボンのポケットに紙をしまう。その後、腰につけている銃にそっと手を置いた。

 

「――死ね」

 

 先手必勝。即座に銃を取り出して撃つ。昨日と同じネゴ工房製の銃であるため、考えるのに使う時間を普段より短縮して相手に合わせる動作をスムーズに行うことができる。

 

 放たれた弾丸は相手の心臓めがけて真っ直ぐに進んでいく。このまま行けば確実に殺せるだろうが……それは身体強化を受けていない雑魚に限った話だ。

 銃を撃つまでほぼノータイムだったはずだが、弾丸が当たる直前に男が反射的に動いたせいで狙いが外れる。本来男の心臓を撃ち抜くはずだったそれは、左肩を貫く結果にとどまった。

 一度放たれた弾丸は軌道を変えられない。高速で物体が真っ直ぐ向かってくるぐらいなら、安い身体強化をしたやつでも目で捉えることができる。

 ただ、完全に避けられるかは別問題だ。見えるだけで、弾丸が高速で向かっているのには変わりない。死角からの攻撃ならまず避けれないし、正面からでも狙いを少しずらす程度しかできないだろう。

 

 だから、この結果は想定内だ。元よりこれで終わるなんて思っていない。

 すぐに銃をしまい、右手に鉤爪を装着する。

 ……突然の事で相手は混乱しているようだな。精神的アドバンテージがある今がチャンスだ。接近戦で一気に畳みかけてやる。

 

 足に力を入れて地面を蹴る。そうやって、ただ相手に向かって一直線に走り出した。

 

「くッ!」

 

 撃たれた肩を押さえていた男は混乱から立ち直っていないながらも、自分に向かってくる存在に命の危機を感じて槍を構えていた。

 その状態から放たれた高速の突きを、私は姿勢を低くすることによって躱す。

 

 もし万全の状態から放たれたものだったのなら、私を捉えていたと確信できるほどの一撃だった。

 だが、結果的に槍は空を切った。槍の取り回しでは懐まで入った相手に再び攻撃することは難しいだろう。

 

 無防備になった男の腹を鉤爪で引き裂く。

 鉤爪が肉と接触したときには、既に血が滲み出ていた。そのまま勢いよく引いた瞬間、大量の血が周囲に飛び散る。

 

 これだけの負傷だ。もう虫の息だろう。このままトドメをさして……。

 

「ガハッ!」

 

 ――なんだ、何が起こった。

 追撃しようとした時、私の腹部に強い衝撃が加わった。それによって身体が後方に吹き飛ばされ、床をごろごろと転がる。

 顔を男の方に向けると、男は足を上げた状態であることがわかった。

 

 腹部を蹴り上げられたのか……。

 やつは正常な判断ができるような状態ではなかった。なら今のは、接近されて槍が使えないことから出た反射的な行動だ。

 だからこそ読み切れなかった。正直、ほぼ全ての手が思ったように通ったため、大したことないやつだと油断していた。

 まさか腹を裂かれても蹴りを出す気概を見せてくるとは。

 

「ゴボッ。やりやがったな……クソアマが」

 

 床から身体を起こして、蹴られた際に口元に飛び散った唾液を袖で拭き取る。大丈夫、まだ動ける。

 相手は……身体強化のせいか、想像よりも傷が浅いな。口から血を吐き出していて確かに重症ではあるが、まだ戦う力は残っていそうだ。

 先程の攻防でわかったが、相手はそれなりに体に金を注ぎ込んでいるようだな。このまま私が正面からやり合って勝てる可能性は低い。

 

 ――やるしかないか。

 

 私は、過去の苦痛を思い出させる傷痕を一つ開いた。

 

 

 

 白い部屋には二人の少女がいた。一人は床で這い蹲っており、もう一人はそれを見下ろしている。

 この時点でも異様な光景であるが、二人の周辺の壁や床に付着した赤色の染みがさらにこの場の異常さを強めている。

 よく見れば両者とも武装しており、片方は銃を……もう片方は短剣を使っていた。

 だが床に這い蹲る少女の方は力が入らないのか、手から銃を取りこぼしていた。それを見たもう一人は銃を拾い上げる。そして銃を構え、照準を倒れ伏す少女に合わせた。

 

「やめて……お願い」

「――悪いな」

 

 引き金が引かれると、何も無い空間に虚しく音だけが響き渡った。引き金を引いた少女は何も語ることはなく、部屋の出口と思わしき場所へと向かって歩いて行った。

 そうして白い部屋には一体の死体と、その体から溢れ出した鮮血だけが残る。

 

 

 

 ――相変わらず、こいつを開くときに見えるものは気分が良くないな。

 私の身体に付いた無数の傷痕。一度痕になったものは通常開くことは無いが、この傷痕は特別だ。自分の意思で傷痕を開くことができる。

 そして、これを開くと一時的に身体能力が大幅に強化されるのだ。

 聞いた限りだと、この傷痕は身体強化施術の一つらしいが、特許も取られていない未完成な技術だ。未完成と言うだけあって、この施術はメリットよりもデメリットの方が多い。

 力を使う度にクソみたいなものを見せられるのもそうだが、洒落にならないほど大きなリスクを負わないといけないのだ。今開いた左腕の傷一つで運が悪ければ命を落とすことになる。

 それに比べて相手の身体強化施術は一度大金を払えば常時効果を発揮するし、安全性もこちらとは比べ物にならなくて羨ましい限りだ。

 

 まあ、この施術にいい所が全くない訳では無い。特に大きな利点は他の施術よりも効果が強い点と、複数回この施術を受けられる点だ。

 

 とはいえ実際に使用するとき、一度に二つ以上の傷痕を開くことはまずない。くだらないことで多用して死にました、なんて嫌だからな。

 

 ――さて、準備は整った。最後に立ってるのがどちらか勝負しようじゃないか。

 一歩前に踏み出す。男は槍を構え、こちらをじっと見据えている。二歩目で既にいつもと違う感覚に高揚感が湧いていた。三歩目で既に加速は十分。

 

 ――さあ、止められるものなら止めてみろ。

 

 身体強化の恩恵を受けた脚力で疾走する。これだけ速ければ、男の腕前で捉えることはほぼ不可能だろう。

 

「このッ死にやがれぇぇぇ!!」

 

 男がとってきた対抗策は、連続で突きを放つというものだった。シンプルではあるが、たった数秒で考えたにしてはいい作戦だと言える。

 だが、それはさっきまでの私が相手であった場合の話だ。

 

 見当違いの方向に放たれるものを全て無視し、私に向かって迫ってくる突きを見極めて短剣を当て、力任せに払い除ける。

 すると、その反動で男の体が軽く仰け反った。

 顔からして、いま何が起こったのか分かっていない様子だ。

 

 攻撃を弾かれて隙ができたのを見逃さずに体を引き裂こうとしたとき、男がまた蹴りを放ってきた。どうやらこの蹴りは無意識レベルで染み付いた癖のようだ。

 

 二度も同じ手は通用しない。男が足を上げた瞬間、その動きに合わせて足を狙って爪を振り下ろす。するとどうだろう。上に向かう力と、下に向かう鋭い爪が噛み合わさり、足は見事に男の体から切り離された。

 

 片足を失ってバランスを崩した男が地面に倒れる。切断面からは大量の血が流れ出ているし、このまま放っておいてもそのうち死にそうだ。

 

 だが、こいつは金も力もないネズミとは違う。何らかの保険に入っている可能性もあるし、脳を破壊して再生不可能な状態にしておかなければ安心できない。

 床に落ちた槍を拾い上げ、男の頭に穂先を突きつける。

 

「……金」

「なんだ」

「できる限り払う。だから……な? 助けてくれよ」

「いくら払える」

「200万眼までなら……なんとか払える。だから頼む……命だけは」

 

 その話に乗ったとして得られるものは、今回の依頼を終えてキャリアを積むことよりも価値があるのだろうか。そもそも、私は周囲の人よりも金を持っている自覚がある。

 ……全く魅力を感じないな。躊躇う必要も無いし、さっさと殺そう。

 

 顔を上げ、涙を流して命乞いをする男の後頭部に容赦なく槍を突き刺す。

 刺さった瞬間に出たくぐもった断末魔の呻き声を最後に、男は息絶えた。

 

 ただ、それだけだと特異点で再生される可能性があるので念の為、周囲にある建物の瓦礫を持ち上げて男の頭に何度か叩きつけておく。

 

 これで依頼は完了したが……気がかりなのはこの招待状というものだ。

 ポケットに手を突っ込み、手に取った封筒を目前まで持ってきて睨みつける。

 男の持ち物では無いようだが、それなら誰がどんな目的であんな場所に入れたというんだ。

 

「……嫌な予感がするな」

 

 とはいえ、これが金にならないとも言いきれない。招待状に書かれている図書館とやらを知らないのは私だけかもしれないしな。

 

 先輩や代表なら何か知っているかもしれないと思った私は、この怪しい封筒を事務所に持って帰ることにした。

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