玲瓏事務所   作:小説 魂

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招待状

「……それでお前はこいつを持って来たと」

「はい」

 

 修繕した跡が残ったソファーに座っている代表へ入手した経緯を説明し、例の封筒を渡す。

 代表は訝しげな顔で受け取りそれを眺めていた。

 

 いくら金にがめつい代表でも、ここまではっきりと怪しいものにはすぐに食いつかない様だ。

 それなりに長く生きているだけあって、案外その辺の分別は出来ているのだろう。

 

「招待状か、ユンのやつが言ってたのがこれだな」

「ユン……ユン事務所の代表の?」

 

 先輩たちがその事務所の人と依頼を共にすることが何度かあったようだから、名前だけは知っている。

 9から8級のフィクサーが所属している事務所で実力はたいしたこと無いが、代表のユンは金のために使えるものは全て投入する気質らしく、合理的な一面もあるところから、うちの代表とはそこそこ気が合うようだ。

 

「ああ、どうやらこの招待状とやらのせいで所属していたフィクサーが三人ほどやられたようでな」

「やられたのは9級だけですか?」

「今のところはな。あいつのことだ、どうせあきらめ悪くこいつを欲しがっているに違いない」

 

 招待状を私に見せながらそう言う代表は、いつにもなく浮かない顔をしていた。

 あまり感情を表に出さない人だと思っていたため、その事が少なからず私を驚かせた。

 

「こいつはひとまずユンのやつに渡すことにする」

「はい?」

 

 悩み事でもあるのだろうかと、その顔をぼんやりと眺めていると、代表の口から意外な言葉が飛び出してきた。

 

「いいのですか?」

 

 今の発言の意味を分からないほど馬鹿ではないが、だからこそ困惑するのだ。

 金になるかもしれないものを、わざわざ程度の低い事務所に無償で譲り渡すつもりかと。

 

「問題ない、これは偵察の一環だからな」

「偵察……ですか」

「ユン事務所の最高戦力は8級フィクサーだ。ユンのやつがこの招待状関連で死んだなら、俺たちは招待状に手を出さない」

「なるほど、ユン事務所を使って様子見をするということですか」

 

 うちのメンバーは6級一人、7級二人、8級二人、9級一人の計六人。事務所で一番強いのは6級フィクサーのオースティン代表だと聞いている。

 ただこの人の性格から考えると、危険な場所に好んで来ることはほとんどないだろうから、実質的な戦力は代表を除いた五人ということになる。

 ユン事務所が処理できない仕事に私たちが手をつけるのは、それなりにリスクがある。

 

 ならば、ユン事務所を小手調べとして使えばいい。その結果壊滅するなら、私たちはこの件から手を引けばいいし、上手くいって金目のものを手に入れたとしても、うちが招待状を渡したことを持ち出して分け前をねだることができる。

 

「理にかなっていますね。しかし、ユン代表とは良い関係性だと聞いていましたが、よろしいのですか?」

「……そんな頃もあったな。最近は金を貸してくれだの人を貸してくれだの、そんな話ばかりだ」

「それは……なんというか」

「人は変わるものだ。だが人と人との間で生まれた恩は変わらず残り続ける。そして、俺は招待状を渡したという恩を返して貰うだけだ」

「それだと、金を貸してきた今までの分は踏み倒されてませんか?」

 

 私がそう言うと代表は一瞬虚をつかれたように目を丸くした。だがすぐに表情はいつものような粛然としたものに変わり、何かを思い出すように事務所の窓からどこか遠くを見つめる。

 私は彼の性格から絶対に見ることはできないと考えていた顔を一瞬とはいえ目にして、そんな表情もするのだなと本日二度目の驚きを感じていた。

 

「……受けた恩は返すべきだろう」

 

 ぶっきらぼうに言い放つ彼の視線は、今ではなく過去に向いているようにも思える。

 完全に意識が私から外れている彼に対してかける言葉が見つからず、事務所の狭苦しい部屋にはしばらく重々しい沈黙が流れた。

 

「ただいま戻りましたよって……どういう状況っすかこれ」

 

 沈黙を破ったのは勢いよく開かれた入口の扉と、それに合わせて発せられた陽気な声だった。事務所のメンバーの誰かが仕事を終えて戻ってきたようだ。

 声の方向へ顔を向けると、そこに居たのはおちゃらけた雰囲気を感じさせる茶髪の男だった。

 髪は自然な色ではなく、おそらく染めたのだろう。耳にはピアスも付けている。

 

 仕事の都合が噛み合わなくて顔を合わせたことは無いが、特徴からしてこの人は二回目の仕事の時にカロリーナ先輩が話題に出していたジュール先輩だろう。

 

 先輩は窓の外を見続ける代表に視線を向け、訳が分からないといった風な声を出していた。

 それから初めて見る顔があることに気づいたのか私の方へ視線を移す。

 先輩は居心地悪そうにしている私の姿が面白かったのか、笑いをこらえるように手で口元を隠すした。

 それでも抑えきれずにくつくつという声が手の奥から漏れ、その忍び笑いが代表の耳まで届いて、彼を過去から現実へと引き戻したようだ。

 代表の眼は真っ直ぐに先輩に向けられていた。

 

「もう終わったのか」

「都市怪談くらいおちゃのこさいさいっすよ。そんなことより……その子が例の子っすか?」

 

 先輩は好奇心を隠しきれない目で私のことを観察しながら、代表に問う。

 

「はぁ……こいつはグウェン。9区出身だ」

 

 仕事の報告をそんなこと呼ばわりする発言が引っかかったのか、代表は僅かに眉をひそめたが、深いため息とともに感情を吐き出すと、私の紹介を始めた。

 

 出身と名前程度の軽い紹介をしてさっさと話を切り上げようという魂胆だろう。

 だが、露骨に話を終わらせようとする代表が気に食わないのか、先輩はたった今思い出したと言わんばかりに口を開いた。

 

「そういえば、その子に8級フィクサー資格証が出てるみたいじゃないっすか。入ってまだ二週間程度なのにすごいっすねー」

 

 やけに演技がかった口調で発せられた言葉は、私の昇級を意味するものだった。

 

 なんだ、聞いてないぞそんなこと。

 どういうことだと後ろに振り返り、ソファーに腰かけている男に懐疑の視線を向けるが、当の本人は全く動じている様子はない。

 

「今回の依頼達成の報告を終えれば7級フィクサー資格証が出されるはずだ。無駄を省こうとしただけでそれ以上の意味はない」

 

 何を根拠にしているのかは分からなかったが、確信に満ち、堂々とした態度でそう言い放つ代表を前に意見しようと思う者はこの場にはいない。

 反論代わりに私の口から出たため息が、この件に対する追求を終える合図となった。

 

「用も終わったみいなので私は帰らせてもらいますが、こういったことは今回だけにしてくださいよ」

「善処しよう」

「え、もう行くんすか? ちょっとお話していきましょうよー」

「ではこれで」

「新人にも無視された!?」

 

 この対応にジュール先輩は少なからずショックを受けたようだが、カロリーナ先輩から、一度捕まると長時間にわたって武勇伝を聞かされるから無視した方がいいと忠告されていたので、これが正しい判断だろう。

 

 そうして私は後ろから聞こえる嘆きを無視しながら事務所から出た。

 

 

 

 

 

 一週間後、代表から呼び出しがあった。

 拒否する理由もないので事務所に出向くと、私だけではなく先輩方まで集められていた。

 

 顔を合わせたことがない人が何人かいたので一度周囲を見回す。

 どうやらこの部屋には私を含めて六人いるようだ。

 この感じだと、事務所のメンバー全員がこの部屋にいるようだな。

 私が最後の一人だったらしく、代表が全員集まったことを確認して話が始まった。

 

「まずは謝罪をさせてくれ、突然呼び出してすまなかった。これからの事務所運営に影響する話が舞い込んできてな。先週、新入りのグウェンが持ってきた招待状について全員に伝えておくべきことがある」

「ねえ、招待状ってなんのこと〜?」

「さあな。その辺のことはこれから説明があるだろう」

 

 ただ頭に浮かんだ疑問を口にするカロリーナ先輩に対して、隣にいた男はそう言い放ち、神妙な面持ちで代表の次の言葉を待っていた。

 あの人は確か……カロリーナ先輩と並んで7級フィクサーのロイド先輩だったか。

 この事務所の実質的な戦力として一番だと、胸を張って言えるのがこの人だ。

 

 普段は無口だが、戦闘中は遠くまで響き渡るほどの声量で的確な指示を出す。

 仕事に同行させてもらった際に目にしたが、あれは凄かったな。

ああれだけ指示を飛ばせる人間が常に冷静であるということがどれだけありがたいことなのか実際に見てわかった。

 まあ、そのあとカロリーナ先輩の目を覆いたくなるような強引な動きを見て、あの人と行動を共にできる人はそのくらいできないと話にならないということもわかってしまったが。

 

 それは置いておくとして、私にとってこの事務所で尊敬できる数少ない人が彼だ。

 仲間と行動することを知らない私は、彼から学ぶことは多い。

 

「図書館……最近話題になっているが、お前たちも聞いた事くらいはあるな?」

「それなら聞いたことあるよ〜。仕事で会う人は皆その話ばっかりだし〜」

「ツヴァイ6課がやられたらしいっすね」

 

 代表がその話題を切り出すと、口々に図書館について自分が知っている情報を話し始める。

 情報が飛び交うことで徐々に場が騒がしくなっていったが、そんな中でも代表は目をつぶり、口を閉ざしていた。

 何を考えている? ただ招待状をユン事務所に渡したことと、今後の図書館に対する方針を伝えればいいだけだろう。なんでこんなに勿体ぶるんだ。

 

「その図書館のことだが……」

 

 そう考えていた所で、ようやく代表がその金色の瞳を覗かせ、重々しく閉ざされていた口を開いた。

 待ちわびていた声にはいつもの厳粛さはあれど、どうも気乗りしないといったふうに感じる。何かあったのだろうか?

 

「……我々も図書館に行くことになった」

「なッ!?」

 

 私の疑問をよそに言い放たれた言葉は、先週の会話から考えると絶対にありえないものだった。

 

 そんな判断を下すとは思っていなかったため、私は隠しきれないほど動揺していた。

 こんなふざけたことをされて、冷静になれるはずがない。

 頭が怒りに支配され、勝手に傷痕が開く。

 

 

 

 私の耳に届く言葉はいつも、私のことを人とも思わないようなものだけだった。

 いつも同じ言葉を投げかけられていたせいだろうか、ここに来てからの記憶に残るような出来事はほとんどなかったように思える。

 ここに慣れてしまったせいで、感情が薄れてしまっただけかもしれないが……。

 

 それでも、私の頭にこびりついて離れない記憶が二つある。

 

『君は今日から誰かの傷になる』

 

 一つは、ここに来た時に誰かがそう言っていたこと。

 もう一つは、全てを失ったあの日の後悔と苦痛だ。

 この二つだけは、私の記憶に深く刻まれていた。

 ここに来てからしばらくした時に、ガラスの向こうにいるやつらは私たちにこう言った。

 生きたいのなら白い部屋で戦い、相手を殺せと。

 私たちは言う通りに白い部屋に入り、武器を手に取り戦って相手を殺した。

 

 殺して、殺して、殺して……そうやって殺し続けていくうちに、私自身に都市の苦痛に加担している自覚が芽生えた。

 殺す度に増していく罪の意識と、誰のものともしれない傷が私を蝕んだ。

 

 だけど、それでもよかった。都市ではこうすることでしか生きられないから。

 そう言い聞かせて自分を慰めることさえも正しい。今までの経験でそう学んだ。

 

「なんでそんなにつまらなそうな顔してるの?」

 

 だから、その声に揺らいでしまったのはきっと間違いだったのだ。

 

 

 

 一瞬見えた嫌な風景すらもなかったことにする勢いで誰よりも前に飛び出て、代表の襟首に掴みかかった。

 

「話が違うぞ……。連絡がないということは、ユン事務所はやられたんだろう。ならなんで図書館に手を出そうとしているんだ!」

 

 この激情すらも予想していたかのような落ち着いた瞳が、私の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 抵抗しようと思えばできるはずなのに、襟首を掴まれたまま黙って私を見下ろすこの男にさらなる怒りが湧き上がってきた。

 

「ちょっとグウェン〜。言葉遣いが荒くなってるよ〜」

「重要なのってそこじゃないっすよね!? 早く止めないと――」

「いや待て。なぜ図書館に行こうとしているのか説明してもらわないと俺たちも困る。様子を見て、危なそうなら止めればいい」

「あの子、今にも代表に殴りかかりそうなんですけど!?」

 

 何も語らない代表に向かって拳を振り上げる。

 このすかした顔に一発ぶち込まないと気が済まない。

 

 流石に不味いと思ったのか、先輩たちが止めに来ようと動いた気配が背後からしたが、距離からして間に合わないだろうから無視だ。

 

 強化された肉体で顔面目掛けて拳を放った。

 その時に感じたのは湧き上がる憤怒でも鬱憤を晴らせる爽快感でもない。

 今までの人生でも上位に入るであろう危機感だった。

 

 それを感じとった直後に轟音が響き渡る。

 拳が代表に到達するよりも先に、気づけば私の体が宙を舞うことになっていた。

 そのまま先輩たちの驚く顔が飛び込んできたかと思えば、強い衝撃が背中に加わった。

 恐らく、事務所の壁に衝突したのだろう。

 

 顔を上げれば、拳を振り下ろした時にほんの一瞬ぶれたように思えた代表の右腕が、私の事を殴り飛ばしたと主張するように伸びていた。

 

「この事務所に入ってから大人しくなったと思っていたが、牙が折れていないようで安心した。そして、話を最後まで聞かないのも相変わらずだな」

「お前……何を……」

「グウェン、お前はもう少し素を見せた方がいい。いつもの猫をかぶった状態では他のメンバーが信用できないようだからな」

 

 こんな状況で説教か? 頭がイカレでもしたのだろうか。金遣いは元々狂ってはいたが、とうとうまともな思考もできなくなったようだ。私が聞きたいのはそんなくだらない話じゃないんだよ。

 

「……説明してやるからそんなに睨みつけるな。今回、突然図書館に行くことになったのはR社から依頼があったからだ」

 

 R社からうちの事務所に直接依頼だと?

 絶対的な影響力と特異点によって得た資金によって、大抵の事は自力で解決できてしまうのが翼というもの。

 こんな力のない事務所に翼から依頼が来ることなんてまずないことだ。

 

 もしその話が本当だとしても、図書館に行く理由がわからない。

 戦闘に特化した翼のR社が自力で解決しようとしない。他に任せざるを得ないほどの依頼を、私たちがどうにかできるとは到底思えない。

 

「なら尚更危険じゃ――」

「最後まで聞け。今回の依頼は図書館の戦力を測って欲しいというものだ。それ以外には特に何も言われていない。つまり、危なくなればこちらの判断で撤退することもできる」

「……へ?」

 

 そ、そうなのか。じゃあそこまで危険でもないし、払いきれていない税金を何とかするチャンスということか。

 最後まで話を聞けって言うのはそういう……。

 

 急速に熱が下がり、気分が落ち着いて冷静になってくる。

 感情に支配されずに客観的に物事を見られるようになるまで鎮まると、先程までの自分の行動がまず頭をよぎった。

 

「ッすみません。冷静じゃありませんでした。最後まで話を聞かずに自分勝手に意見を述べるだけではなく、手さえ出してしまい私は……」

 

 すぐに立ち上がり、頭を下げて謝罪する。よく考えれば、この人がなんの意味もなく行動するはずがなかった。

 さっきまでの自分の言動を振り返る。

 まずいぞ……敬語が取れて語気が強くなるくらいならまだしも、襟首を掴んで殴りかかるのは、いくらなんでもやりすぎだ。今すぐに事務所除名にされても文句を言えないことをしてしまっている。

 

「いや、勿体ぶって重要な点をすぐに言わなかった俺に非がある。むしろ、あの状況で黙られていたらこちらとしても安心できない。正しい判断だと胸を張れ」

「は、はい」

 

 そうは言いつつも表情は厳しいままだ。

 悪戯が成功したような顔でもしていてくれれば安心もできたが、現実はそうではなかった。

 いつ事務所除名を持ち出されるか分からない状況に、気が気ではない。

 

「意外だったよ〜。あんなに速く動けるなんてどうやったの〜?」

「そっちすか……意外だったのはあの言動の方じゃないっすか?」

「……なるほど、あまり曖昧な指示を出すと良くなさそうだな。意図が伝わりやすいように、簡潔ながらも明確な指示を飛ばさなければならないか。厄介なタイプだな」

 

 ただ意味もなく恥を晒してしまった。

 先輩たちは先程の私の行動について話し合っているようだが、何を言っているのか全く頭に入ってこない。

 

「招待状はR社から既に受け取っている。三日後に図書館に入る予定を立てているから、準備しておいてくれ」

「了解〜」

 

 ああ、私は本当にこの事務所で上手くやっていけるのだろうか。

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