玲瓏事務所   作:小説 魂

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図書館にて

 とうとう、図書館偵察の日がやってきた。

 新人の私は本来なら留守番がいいところだが、代表があのとき話していたように、私は7級フィクサーにまで上がることができていたので、実力的にも先輩たちと遜色ないはずだ。

 

 傷が開いた状態で動いたところを見られたせいか、このスピード出世に事務所の先輩たちは驚いた様子を見せない。

 

 本来なら祝いのパーティーでも開かれるところだろうが、生憎うちの事務所は忙しい。

 今日のために準備することも山積みだった。

 武器の点検に弾丸の補充に、先輩たちと連携を取れるようにするための打ち合わせに……できる限りのことを二日の間にしたつもりだ。

 

 ただ、気がかりなのは図書館の最新の情報。

 どうやら、報告が上がる度に危険度が上昇しているようだ。

 

 今のところ都市伝説で収まってはいるが、いつ都市疾病になってもおかしくない勢いだ。正直に言うと、今の図書館相手だと偵察すら危ういと思っている。

 

 代表が出向いてくれるなら話は変わってくるが、どうやらそんな気はないらしい。

 彼は図書館の招待状に事務所メンバーが署名しているところを腕を組んで見守っている。その様子を見て文句を言いたくなったが、つい最近恥を晒したばかりであることを思い出してやめた。

 

「最後にお前だ」

 

 この間あったことを思い出していると、招待状が私に回ってきた。

 

 ロイド先輩にペンと共に手渡された招待状を見て、目を見開く。私が驚いた理由は、本日の本の欄にロボトミーコーポレーションの本と記載されていたからだ。

 

 ゲストを招待して、接待とやらでゲストを本に還元し、知識を蓄積しているようだが……なぜ折れた翼の情報を、図書館が持っている。

 どうやって手に入れたんだ? L社の元職員でも呼び込んだのだろうか。

 

 R社が今回の依頼を出してきた理由も何となく見えてきたな。

 L社……Lobotomy Corporationは、旧L社に代わって設立されたエネルギー会社だ。

 Lobotomy社ができる前のL社は煙を使用してエネルギーを生み出していたようだが、その煙が周囲の環境に影響を与えていること、不利な条件で契約を持ちかけてくることなどで、他の翼から嫌われていたという。

 

 そこで現れたのがLobotomy Corporationだ。

 煙戦争で空席になったL社の巣にできた会社で、環境にやさしいエネルギー会社という謳い文句が示すように、この会社が生み出したエネルギーであるエンケファリンは、環境に悪影響を与えることは無かった。

 前のL社よりも格安でエネルギーを販売していることから、L社と契約していた翼も多い。

 特にエネルギー不足でWarp列車の運行数を制限せざるを得なかったW社は、大いに助かったはずだ。

 

 だが設立から10年ほどして、L社はなんの前触れもなく崩壊した。

 しかも、白夜・黒昼という意味のわからない現象と共にだ。

 

 これには都市全体が驚きに包まれたが、一番驚き、困ったのはW社などのL社にエネルギーを依存していた翼だろう。

 突如としてエネルギーの供給が絶たれ、その原因を知りたいはずだ。

 今回の依頼はR社からだが、W社のバックにいるがR社だ。もしかしたら、実質的な依頼元はW社なのかもしれない。

 

 L社が崩壊した理由を調査したいW社が、戦闘に特化したR社に調査を任せている可能性は十分にある。

 R社はW社に任せられたL社の調査をするため、図書館に入らなければならないが、現状の図書館の戦力がどの程度なのかを知りたいはず。

 今回の依頼はその情報を得たいので、偵察を私たちに任せるというもの……そう考えると合点がいく。

 正解でないにしても、的外れな考えではないだろう。

 

 問題は、なぜ図書館がL社に関する本を所持しているかだが……。L社と図書館に何らかの関係性があると考えた方が自然だろうか。

 図書館がある位置は、元々L社本部があった場所だと聞くからな。

 

 霧によって覆われたL社の巣……そこで身を隠しながら悠々と腹を満たしている図書館。霧によって隠されたそこに入る唯一の手段が、いま私の手の中にある。

 

 嫌な予感はするが、これは仕事だ。正当な理由もなく断ることは出来ない。

 

 招待状にペンを走らせて顔を上げると、いつの間にか私たちの前に扉が出現していた。

 

「噂通りだな。みんな準備はいいか?」

「もちろんだよ〜」

「大丈夫っす!」

「いつでも行けます」

 

 ロイド先輩の問いに私を含めた皆が答えた。心做しか、いつもより勢い込んでいるように思える。

 返事を聞いて、ロイド先輩は扉の取手に手をかけ、静かに扉を開いていった。

 

 

 

 中に入ると、そこには面廊が広がっていた。

 建物全体に普段はお目にかかれない、高級そうな石材が使用されており、私たちの行先を案内するかのように柱も並んでいる。

 天井を見てみれば、床からの距離は五人が縦に並んでも届くかどうかという高さであることがわかった。

 

「はぇ〜、聞いていた以上っすね」

 

 これには流石に私も驚いている。巣でいい暮らしをしているやつでも、ここまで豪勢な建物には住めないだろう。あまりに煌びやかなせいで、逆にこの場所が不気味に思えてしまうくらいだ。

 

「想像していたよりは狭いな……」

「あ、ロイド先輩あそこ!」

 

 しばらく進むと、どこまでも続いているように思われた面廊の終着点が見えた。

 奥へと続いているであろう扉を見つけたのだ。

 

「歓迎します、ゲストの皆様。ここは図書館。私は図書館の館長兼司書、アンジェラと申します」

 

 扉を目指して歩いている途中で、誰かが指を鳴らした音がしたかと思えば、次の瞬間には私たちの前に蒼白い女が立っていた。

 ……突然現れたな。事前に知ってはいたが、実際に目の当たりにすると恐ろしいものだ。一体どういう原理なんだ……何かの特異点か?

 そうだとしても、その辺の知識には疎いから全く分からないな。

 

 ただ、確かなことはある。

 私は冷たい声で淡々と言葉を紡ぐ存在を見て、ツヴァイが公表した情報は本当だと確信していた。

 

「人を模した機械……本当に存在してたんすね」

 

 ジュール先輩が漏らした声を聞いて、蒼白の司書の表情が変わる。僅かな変化だが、眉をひそめて不快感をあらわにしているようだ。

 

 しばらくすると、彼女はため息とともに呆れに近い表情を私たちに見せた。

 

「そのようなことを知るために、ここに来たわけではないのでしょう?」

 

 あくまで私たちをゲストとしてもてなす様な声色だが、放たれた言葉は挑発的だ。

 それに、まるで感情があるかのような態度……完全に人工知能倫理改正案に反している。

 

「ここに本っていうのがあるって聞いたんだけどほんと〜?」

「はい、招待状に書かれている通りでございます」

 

 ここに来た目的をいまいち理解していないカロリーナ先輩が、興味本位で図書館の本について聞いていた。

 

「カロリーナ、目的を忘れるな」

「そこのお方以外は、図書館の本にさほど興味が無いようですね」

「それを知って尚、俺たちを招き入れるつもりか」

「ゲストの中には本を求めない方もいましたから」

 

 自らをアンジェラと呼称した機械は、顔に笑みを浮かべた。

 お前たちなど取るに足らないとでも言うかのような鼻につく笑みだ。

 

「余裕そうだな。それに、俺たちの目的にも既に気づいていそうだ。全く……頭が痛い」

「だからといって、ここで引くことはできない。そうでしょう?」

 

 こちらの退路を断つような発言……これも挑発と受け取った方がいいだろうか。

 ちらりと横を見ると、機械が発した煽るような言葉に、ロイド先輩は苦笑いしていた。

 

「その通りだ。お前が気づいていようがいまいが、目的は達成する。入らせてもらおうか」

「どうかあなたの本が見つかりますように」

 

 指を鳴らし、彼女はその場から姿を消した。消える瞬間を見るに、列車を必要とするW社の特異点より便利そうだ。

 

 私のどうでもいい考えをよそに、ロイド先輩は先頭に出て扉の前に立った。

 その背中には、この人について行けば何とかなるのではと思わせる安心感がある。

 

「何度も確認したが、これはあくまでも偵察。服に装着した小型のカメラで戦闘の様子を録画して終わる仕事だ。危険を感じた場合は、すぐに撤退するように」

「了解しました」

 

 私の返事に満足したのか、ロイド先輩は軽く頷いて扉の方に向き直り、躊躇することなく扉を開いた。

 

 

 

 扉の先に入ると、そこには無数の本が積み上げられた空間が広がっていた。

 遠方にはいくつもの本の山がそびえ立っている。

 

 周囲に本以外なにもない空間か。

 何となく似ている場所を知っているせいか、この無駄に広い空間がなんのために作られたのかは容易に想像できる。

 

「ここはどこなの〜? ジュールたちは〜?」

 

 カロリーナ先輩のその言葉にハッとして辺りを見回す。

 私たちは六人で入ったはずなのに、この場にはロイド先輩、カロリーナ先輩、私の三人しかいない。

 

 ……何が起きた?

 

「ツヴァイが公表した情報にはない現象だな。図書館から帰ってくる者が少ないせいで、協会も詳細な情報までは掴めていないようだ」

「ですが、大まかな流れは合っています。情報通りなら、ここから接待というものが――」

「おいおい、まだ三人も残ってるのか。最近のゲストは大勢で来すぎだって」

 

 背後から知らない声が私の言葉を遮るように聞こえてきたので振り返る。

 すると、黒いスーツを着た男がバットを片手に近づいてきているのが見えた。

 

 男の顔つきや先程聞こえた声色からは、苦労人気質なのが読み取れ、どことなく社畜っぽさを感じる。

 隙だらけな動作からも、あまり強いとは思えない。

 

 こいつが試練というやつか? だとしたら拍子抜けだな。

 

「何者だ」

「自己紹介でもしておくか? 図書館の館長様の召使いをやってるローランだ。一応ここ、総記の階の指定司書でもある」

「……余裕綽々ですね」

 

 頭を搔いてへらへらしながら名乗った男の様子は、まさにそんな感じだった。

 私たちのことを脅威ともみなしていない舐めた態度だ。

 こんなふざけた男一人にツヴァイ6課がやられたとは考えにくい。この空間に別の脅威が存在すると考えるのが妥当だろう。

 

 その予想が当たりであること示すように、男の後ろから何者かの声が聞こえてきた。

 

「珍しいですね。あなたがゲストに対してそんな丁寧に名乗るなんて」

 

 現れたのはノコギリのような武器を右手に握ったブロンドヘアの女性だった。

 体格的に少々不釣り合いにも見える武器を片手で持てているのは、たぶん身体強化施術のおかげだろう。

 

 この女は最低でも8級フィクサー以上の実力はある。

 だがまあ、どれだけ高く見積っても6級か5級だろう。

 今の私たちの戦力なら、勝てなくとも逃げることくらいはできそうだな。

 

 しかし、直後に女の背後からもう一人出てきたことにより、その考えは変わることになる。

 下を向きならが歩いてきた気弱そうな黒髪の男の体には刺青が入っていた。

 

 特に武器は持っていないが、それはつまり腕っぷしに自信があるということだろう。

 格闘においては、この間の元槍派組織員以上の強さがあると思っておいた方が良さそうか。

 

 人数有利は取れない上、相手は格上の可能性がある。これは少しまずいな。

 

「さっき、まだ三人もいるのかと言っていたな。俺たちの前に来た奴らはどうした」

「こちらで接待させていただきました」

 

 女がロイド先輩の質問に答える。

 その言葉からして、既にジュール先輩たちは本に還元されたということか。

 少々時間軸がおかしなことになっているようだが、これも図書館が持つ力というわけだ。

 

「……あまり馴れ合いは好きじゃないから、この辺で無駄な会話を控えてほしい」

「まあ、これ以上長話も必要ないか。じゃあ、いつも通り始めますかね」

「来るぞ、二人とも構えろ」

 

 ロイド先輩のその声を合図に、私たちの図書館での戦いが始まった。

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