玲瓏事務所   作:小説 魂

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接待

 即座に鉤爪を右手に装着し、左手に短剣を持って戦闘態勢を整える。今回は相手が明確に格上だ。油断はできない。

 

「準備するよ〜」

 

 カロリーナ先輩は義体にエネルギーを循環させ、ロイド先輩は片手剣を鞘から引き抜いて構えていた。

 

 今回はあまりリスクのある行動は取らない。

 これはただの戦力偵察だ。身命を投げ打つようなことはする必要がない。

 だから、余程のことがない限りは傷痕も開かないようにするつもりだ。

 

 しかし……あの黒いスーツの男以外はこれといった隙が見当たらない。油断なくこちらの出方を伺う姿からわかったが、図書館の試練とやらはねじれのように暴れ回るだけのものではないようだ。

 

 事前に私たちの指揮を執るのはロイド先輩だと決めている。

 ロイド先輩に視線をやると、彼は目を伏せてこちらに指で待機の合図を送ってきた。

 

「充電完了〜」

「ちょ、カロリーナ先輩!?」

 

 まさかの独断専行。

 事前に刷り込んでおいたロイド先輩のハンドサインを無視して、エネルギーが義体に循環した瞬間、敵に向かって突っ込んで行った。

 止めようとしたが、彼女の動きは義体である分、通常の私よりも遥かに速い。

 傷痕を開いていない時の私の身体能力は、せいぜい8級フィクサー程度。全身義体の動きについていけるわけがなかった。

 

 すぐにロイド先輩の方を向いて指示を仰ぐが、彼はカロリーナ先輩を止めるでもなく黙って見つめている。

 そして、彼は再び私に待機の合図を出した。

 意図はわからないが、こうなることを予測していたかのように冷静な眼に圧倒され、大人しくカロリーナ先輩の方に視線を移す。

 やはり彼女は粗悪な義体である分思考能力が欠如しているから扱いにくいのだろう。こうやって先鋒として前に出させた方が使えるという考えなのか。

 

「全力でいくよ〜」

 

 エネルギーを放出して相手に急接近し、気の抜けた声と共に放たれる破壊の拳。

 さっき充電した分のエネルギーをほとんどつぎ込んだ一撃。一般人なら当たった部位が破裂する程の威力だが、刺青が入った男が前に出て振り下ろされた先にいた女を庇った。

 

「ぐぅッ!」

 

 腕を交差させて防御したようだが、流石に防ぎきれたわけでは無いようだ。その証拠に苦悶の声を上げ、痛みで顔を歪めている。

 

 ただ、表面上のダメージはあるように思えるが、男の様子を見るに芯まで衝撃が届いているような感じはない。

 拳を受けた際の体勢も安定していたため、完璧に近い形で対処されたということだろう。

 

「メイソン、助かりました」

「……これが僕の仕事だけど、あまり酷使しないで」

「大丈夫です。すぐに片を付けます」

 

 ここでロイド先輩からの合図が来た。

 前に出ろという合図……エネルギーを消費したカロリーナ先輩を守るための判断のようだ。

 

 指示に従ってロイド先輩と共に走り出す。

 すると、エネルギーが切れかけてまずいと思ったのか一歩下がってきたカロリーナ先輩と、いい感じに入れ替わる形になった。

 なるほど、ロイド先輩はこれを狙っていたのか。

 今が戦闘中でなければ、どうしてこうも完璧なタイミングで合図を出せるのか教えてもらいたいほどだな。

 

 思考を切りかえ、正面に立っている女に視線を戻す。女は既に武器を構えてこちらを迎え撃つ態勢をとっていた。

 あのノコギリの刃のようなギザギザが付いた武器と、私の戦い方は相性が悪い。

 短剣を防御手段として使う私の戦術にて、あの刃を防ごうとすると、あの刃に短剣を絡め取られる可能性がある。

 いつもと違って、防御を最小限にする戦い方が求められそうだ。

 

 そう判断し、まずは相手の出方を見るために回避に意識を集中させる。

 

「フンッ!」

 

 私の接近に合わせて、女が手に持ったノコギリ型の武器を振ってきた。

 動き自体は隙だらけで、相手がネズミ程度の強さならいくらでも反撃できる。だが、この女は身体能力の高さで高速で武器を振ることで無理やり隙を消しているようだ。

 

 一撃もらうだけで戦闘不能に陥るだろう攻撃を、しゃがんで懐に潜り込むことによって回避する。

 そのまま鉤爪で腹部に攻撃しようとした時、相手が武器を自分の体に向かって引き戻していることに気がつき、私は横に飛び退いた。

 

 危なかった。力任せで強引な攻撃だったからあのカウンターは通ると油断していたが、身体能力の差でここまで攻撃の機会を潰されるのか。

 

 ほんの少し刃が触れ、横腹が切り裂かれていたようだ。痛みと肌に伝う血の不快感と感じながらも次のことを考える。

 

 このままやり合っても勝てる気がしない。

 中途半端な数の傷痕を開いたとしても、この身体能力の差は埋められないだろう。

 

 だが、別に勝つ必要は無い。安全のためにもここは一旦距離を取って、ロイド先輩の指示を待った方が良いだろう。

 

 そうして距離を取ろうとしたタイミングで、そんなことは許さないと言わんばかりに、女がノコギリ型の武器で突きを放ってくる。

 距離をとることだけに意識を集中していたので、高速の突きを認識できたのは奇跡と言ってもいい。

 

 ――ッ避けられない!

 咄嗟に左手に握る短剣で突きを防ぐ。

 金属同士がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。その衝突による勢いで吹き飛ばされた私は、地面をゴロゴロと転がることになった。

 

「くッなんて馬鹿力だ」

 

 思わず悪態をついてしまう。

 だが、直後に女から送られる冷たい視線を感じ取り、逆に冷静になった。戦闘で昂っていた感情を押さえつけて、傷痕が開くのを止める。

 図書館の中では感情的になりやすくなるとは聞いていたが、その通りだったようだ。

 目的を忘れてはいけない。私たちの目的はあくまで図書館の戦力の偵察。

 今の一合でこの女の強さは把握できた。あとはあのふざけた男と根暗男の実力を測れば仕事は終わりだ。

 

 ロイド先輩の方に目をやると、根暗男に連続で斬りかかり、身体に何箇所も傷をつけているのが見えた。相手は連撃を避けるので精一杯で、反撃する余裕はなさそうだ。

 そう思っていたが、次の瞬間にその考えは間違いだとわかった。首を狙ったロイド先輩の斬撃を、左腕を犠牲にすることで防いだのだ。

 根暗男はそのままカウンターでロイド先輩に殴りかかる。肉を切らせて骨を断つ戦法を使ってきたというわけだ。

 

 ロイド先輩は相手の戦い方に驚いた様子を見せつつも、冷静にその一撃を剣の腹で防ぐ。

 予想外の行動に見ている私も肝を冷やしたが、まだこちらが優勢なようだ。

 この調子なら、私たち三人の中から誰も犠牲を出さずに仕事を終えられそうだな。

 

 となると、気がかりなのはあの黒スーツの男だけか。バットを持って突っ立っている姿を見る限り、私たちの脅威になるとは思えない。

 だが万が一ということもある。今一番警戒するべきなのは実力を見せていないあの男だ。

 

 そのことをロイド先輩も分かっているのだろう。根暗男との戦闘をしながらも、意識は黒スーツの男の方に向いている。目の前の脅威に対処しながら警戒しているせいか、意識が分散して戦いにくそうだ。

 

 私に出来ることは、あの男の戦闘力を見定めること。そうすることで、先輩たちが戦闘で割いている意識の配分は適切になる。

 

 ただ、流石に考え無しで突っ込むのは怖い。 

 とりあえず様子見で一発、銃でも撃ってみるか。

 

 いつも通り持ってきていたネゴ工房の銃を構える。

 

「銃も持って来てるのかよ!」

 

 黒スーツの男に狙いを定めようとしたその瞬間、思考が加速する。

 私が銃を取り出したことで男は動揺したのか、少しでも狙いをずらそうとその場から飛び退いた。

 でも大丈夫だ……ちゃんと相手の動きに思考が追いついている。

 直ぐに位置を修正して男に狙いを定める。

 

 狙うは相手の心臓、ただ一箇所のみ。

 そこまで動きは速くない。これなら確実に当たる。

 確信を持ってトリガーに指をかける。

 距離的に私の動作を邪魔できるやつはいない。男にとっては詰みってやつだ。

 

 トリガーを引くと、直ぐに弾丸が発射される。弾丸は速度の暴力により男に回避する猶予すら与えずに着弾し、肉体を貫通するはずだ。

 

「……なんだ?」

 

 銃を撃った直後に加速した思考が違和感に気がつく。

 狙いがずれている? 私は確かにやつの心臓に弾丸が向かうように狙いをつけていたはずだ。この位置では弾丸は……。

 

 心臓に着弾するように撃ったはずの弾丸が、男の左肩に当たった。男は左肩を押さえて痛みに悶えているようだったが、そんな姿を眺めている余裕が無いほど私は混乱している。

 工房武器の故障か? いや、問題なく思考加速は発動していた。なら私に問題があったということだろうか。あの程度の動きなら簡単に追える自信はあるのだが。

 

「急に撃ってくるとか、反則だろ!」

 

 他に考えられるのは、この男が撃たれる直前に私の狙いが左肩にずれるように動いた可能性だ。その場合この男は、私が狙っている場所と銃を撃つタイミングを正確に予測して行動していたということになる。

 しかし、不意打ちを卑怯だと訴える様子を見ている限りそんな実力があるとは思えない。

 偶然……だったのか? 腑に落ちないが、それでも命中した事実は変わらない。あの男はまともに戦闘に参加できなくなるはずだ。

 

「……相手方の戦力はだいたい把握できた。そろそろ撤退してもよさそうだな」

 

 ロイド先輩の呟きが耳に入ってきた。確かに、R社に報告するのに十分な情報が手に入っている。これ以上リスクを背負って戦い続ける意味もないか。

 問題は……カロリーナ先輩が言うことを聞いてくれるかだ。ロイド先輩の呟きが聞こえなかったのか、それとも聞こえていても意図まで汲み取れないほど察しが悪いのか、カロリーナ先輩は黒スーツの男に向かって全速力で駆け出し、連続で拳を放つ。

 

 さすがに動きが単調すぎるのか、負傷している状態の男に攻撃が全て回避されている。

 しかし男は、攻撃をやめないカロリーナ先輩を相手に辛そうな表情を浮かべ始めた。

 傷ついた身体を酷使しているのが原因か、単純に体力が持たないのか。どちらにせよ、このまま行けば黒スーツの男を倒せてしまいそうだ。

 

「ッローラン!」

「――そうはさせない」

 

 女が助太刀しようとていたので、銃を構えて圧をかける。私の動きが視界の端に映ったのか、女は苦虫を噛み潰したような顔をしてその場で静止した。

 

 とりあえず一人は止められた。もう一人は……。

 横を見てみれば、ロイド先輩が根暗男の前に立ちはだかり、援護の妨害をしていた。

 この状況判断能力……流石だな。

 

 これで黒スーツの男はカロリーナ先輩の猛攻を防ぎきれずにやられるはず。そうすれば撤退することも楽にできる。

 

 男の顔に焦りが生まれる。もうそろそろ限界なのだろう。

 そして、とうとうその時がやってきた。疲労で動きが鈍り、カロリーナ先輩の攻撃に反応しきれなかったようだ。

 

 男の目と鼻の先まで迫っている拳は、そのままの勢いで顔面に叩きつけれられ、頭蓋骨を粉砕するはずだった。

 突然男が持っていたバットが発光したことにより、一瞬だけカロリーナ先輩の動きが止まる。

 

 あの光、前にも見たことがあるぞ。数ある工房の中でも特徴的な武器を作る工房……。

 スティグマ工房だ。あの発光はそこで作られた武器のものとよく似ている。

 ただ、今放たれている光は橙色に寄りすぎている。恐らく、スティグマ工房の武器の類似品を作っている工房のものだろう。

 

 カロリーナ先輩が光に気を取られている間に、男はバットをカロリーナ先輩の胴体に叩き込む。

 

「これでも喰らっとけ!」

「そんな攻撃、効かないよ〜」

 

 先輩はそれを平気な様子で受けていた。確かに相手が右腕のみでバットを振っていたせいか、打撃によるダメージは効いていないように見える。だが……。

 

 カロリーナ先輩がバットを振って隙ができた男に攻撃をするために、腕を上げようとする。

 しかし彼女の義体からは異音がするのみで、腕が動くことは無かった。

 

 スティグマ工房の武器は総じて赤熱化することができる。あの工房武器はその効果を模倣しているのだろう。義体が溶かされていない分、本物よりは火力は低そうだ。

 

 だが、脅威的であることには変わりない。

 どうやらカロリーナ先輩は義体を操作する回路を焼き切られたらしい。そのせいで義体の一部が動かなくなっているようだ。

 

「あれ〜?」

 

 カロリーナ先輩が異常に気づき、間延びした呑気な声を出す。いつもならそのことに文句のひとつでも考えてたところだろうが、今はそんなことにいちいち反応している場合じゃない。

 

「カロリーナ先輩!」

 

 そうして、私はカロリーナ先輩の方に注意を向けてしまう。

 その一瞬の隙を女は見逃さない。

 

 銃口がほんの少しだけ下がった瞬間、女はカロリーナ先輩目掛けて走り始めていた。

 急いで狙いを合わせようとしたときにはもう遅かった。どう頑張っても間に合わないことを加速した私の思考が導き出していたのだ。

 

 ここで一人やられるのはまずい。さっきまで上手くいっていたが、私たちよりも相手は格上だ。二対三だと最悪撤退できずに全滅することになる。

 

 ――やむを得ない。本当は使う気はなかったが。

 

 カロリーナ先輩を助けるため、私は苦痛を思い出す傷痕を開いた。

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