玲瓏事務所   作:小説 魂

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都市疾病の依頼

 扉の先へ入ると、事務所のヒビの入った壁が、私たちを出迎えた。

 いつも通りの光景というには、事務所に所属した日数が短すぎるが、それでも安心感を覚えるものだ。

 

 代表を探して辺りを見渡すと、いつものソファーの上にその姿を見つけた。

 こちらに気がついたのか、ボロボロになった私たちを見て怪訝そうな顔をしている。

 

「これで全員か?」

「はい、ジュールたちは死亡したようです」

 

 なるほど、何か考え込んでいるように見えたのはそれが原因か。

 ロイド先輩の言葉を聞いた代表の顔は、疑問が解消したおかげか、さっきよりスッキリとしていた。

 

「それで、図書館の戦力はどうだった」

 

 先輩たちが死んだことに感傷に浸るわけでもなく、代表は淡々と依頼の報告を促してくる。

 私が死んだ時も、恐らくこんな対応をするのだろう。

 そう思うと、少し不安になった。

 

「都市疾病は確実ですね。ただ、最後だけ都市悪夢級の動きをしたやつがいました」

 

 あの黒スーツのやつだ。死にかけの状態からとてつもない力を発揮したあの男。

 

 弱そうな立ち居振る舞いだったのに……。いや、良く考えれば図書館にいる時点で常識に当てはまるはずないか。

 図書館で私たちと相対した他の二人だって、本当に人間であるのかすら怪しいものだ。

 

「都市悪夢か……よく生きて帰ってこれたな」

「例の身体強化のおかげです」

「……そうか」

 

 私がこの話題を持ち出すと、代表はいつも顰めっ面をしたり、話を逸らしたりする。

 なぜかは分からないが、あまりにも露骨に嫌がるので、私自身深く話すのは避けるようになった。

 

「カメラの映像を確認したい。渡してくれ」

 

 代表に言われた通りに、服に取り付けていたカメラを取り外して渡す。カロリーナ先輩のは、黒スーツの男にバットで殴られた際に壊れたので、ロイド先輩と私の二人分の映像が今回の収穫だ。

 

「この量なら、R社に報告するのに十分だろう。皆、今回はご苦労だった」

 

 R社はこの情報を手に入れてどうするのだろうか。あの会社なら、すぐにでも図書館に突っ込んで行きそうなものだが。

 

 問題は……図書館の招待状を手に入れられるかどうかだ。あちらから招待状が送られてこない限り、R社といえど図書館に行くことはできだろう。

 招待状の他で考えられる手段は、W社のワープ技術くらいだが、あの会社の特異点がどれだけ融通が効くのか分からないので、なんとも言えない。

 

「うーん、義体が壊れちゃったから修理してもらわないとね〜」

「そんな金があるのか?」

「この際、新調しちゃおっか〜」

 

 ロイド先輩の問いが聞こえていないのか、カロリーナ先輩が非現実的な話を始めた。

 義体を新調って……どれだけ金がかかるか、知らないわけでもないだろうに。

 

「じゃあ、私は工房街に行ってくるからこれで〜」

「……やらかさないか見張っておきます」

 

 カロリーナ先輩は意気揚々とそう告げて、事務所から出ていった。

 あの人について行くのは大変だな。実際、一人だと何かやらかしそうだし。

 

 ロイド先輩に同情しつつ、私も用事が済んだので、事務所から出ようと代表に背を向ける。

 

「待て、グウェン。お前に話がある」

 

 ……面倒事の予感だ。

 振り返りたくない気持ちを抑え、なんとか身体の向きを後方へ変える。

 

「なんですか」

「大したことではない。次の仕事についてだ」

 

 予想はついていたが、やっぱりそういう話か。

 仕事の話をするのは別にいいのだが、疲れて帰ってきたこちらの気持ちも、少しは考えて欲しいものだ。

 

「今回の報告にR社が満足すれば、この事務所はもう無名ではなくなるだろう」

「翼からの依頼を達成した事務所として、名が広まるでしょうね。依頼を受けた時点で、広まりつつありましたし」

「ただ、うちはまだ7級フィクサー事務所だ。名声に実力が追いついていない。そうは思わないか?」

 

 なんだか嫌な予感がする。この流れ、また無茶なことを言い出すんじゃないか。

 もう図書館みたいに、きつい仕事は受けたくないのだが。

 

「カロリーナは義体を取り替えないと強くなることはない。ロイドは5級でも遜色ない力量だが、カロリーナから離れるか、あいつがもっとまともな義体になるかしない限りは、本来の力を発揮できないだろう」

「……はあ」

 

 いまいち何が言いたいのか掴めないが、猛烈にこの場から逃げ出したい気分だ。

 前置きが異様に長いのは、代表が厄介事を持ち込んできた証拠だ。すぐに本題を切り出せばいいのに、無駄に勿体ぶるのは悪い癖だな。

 

「そこでだ……お前には経験を積んで、5級フィクサーにまで上がってもらいたい」

「5級フィクサーですか」

「そのために、都市疾病クラスの依頼を準備してきた」

「……はあ?」

 

 私が都市疾病の依頼って、そんなの無理に決まっているだろう。代表は頭でも打ったのだろうか。

 今回、図書館から帰ってきたと言っても、逃げ帰ってきただけだ。都市伝説相手に逃げた私に今度は何を言い出すのかと思えば、都市疾病の依頼とは。私は7級フィクサーだぞ。色々とすっ飛ばしすぎだ。それに、実力的にも……。

 

「無理ではないのだろう? 例の身体強化を使えば」

「ッ!」

 

 咄嗟に露出している、左手の甲についた傷痕を押さえる。この力のリスクについて、代表には以前説明したはずだ。なのにこんな発言が出てくるということは、私を事務所の駒として使い潰すつもりなのか。

 

「冗談だ。実は、今回の依頼には同行者がいる」

 

 特に悪びれもせずに、代表はそう告げた。その荘厳な顔つきから、どうやったらこんな馬鹿げた冗談が出てくるのだろうか。

 冗談に聞こえないし、心臓に悪いからやめて欲しい。というか、一発でいいから殴らせて欲しい。

 

「……仕事の話で冗談はやめてください」

「善処する」

 

 いつもの調子で、私の言葉を受け流す代表を目の前にして、こういうものなのだと割り切れたら、どれだけ楽だろうと心の底から思った。

 

「同行者と言っていましたが、当然私よりも強いんですよね。お荷物を連れてこられても困るので」

「ああ、1級フィクサー並の実力を有したやつが同行する予定だ」

 

 1級フィクサー並の実力者が同行するだと? 私なんて居なくても、そいつひとりで依頼を片付けられるのではないだろうか。

 なんで私が行かなければならないのか、意味がわからない。

 

「昔のコネでな。お前のことを話したら興味を持ったようで、新人育成に協力してくれるそうだ」

 

 昔のコネって……6級フィクサーの男が言うのは違和感があるな。

 まあ、代表の6級フィクサーは自称なので、本当かどうか怪しいところではあるが。

 

「それで、肝心の依頼内容ですが」

「14区に出現したねじれ、”眩惑の道”の処理だ」

「ねじれ……ですか」

 

 私の記憶に染み付いた絶対的な苦痛の象徴。それがねじれという存在だった。

 あの人間から生まれた化け物は、衝動のままに動く。それによって、私は家族を失った。

 

 憎いとか、そんな感情はない。

 ピアニストの演奏を思い出すと、あのときのことが夢のように思えて、自分のこととして捉えることが、うまくできないのだ。

 ただ漠然とした恐怖と絶望だけが、私の中に残っている。

 

「やはり怖いか。最悪、同行者に任せるといい。安心しろ、あいつは信用出来るやつだ。俺が保証しよう」

「いえ、自分の力で何とかできます」

 

 思えば、ねじれと直接対面することは今まで無かった。

 これは、私の奥底に根付いた恐怖を取り払ういい機会だ。みすみす見逃すわけにはいかない。

 

「そうか。では、後日事務所に来てくれ。そこで同行者と顔合わせをする」

「分かりました」

 

 話が終わったのか、私から視線を外した代表は、机に置かれた紙に目を通し始める。

 それを確認してから、私は事務所を出た。

 

 18区の居住区から少し外れたところにあるボロ小屋。それが私の帰る家だ。

 屋根と壁があるだけの狭い部屋の床には、工房武器が無造作に置かれている。

 私がロサの研究所を出てから手に入れたこの工房武器たちの中には、自分で買ったものもあるが、ほとんどが他者から奪い取ったものだ。

 

 傷痕のリスクなんて気にせずに、暴れ回っていた時期。裏路地の夜になると、傷痕を開いて組織とかフィクサーとか関係なく、片っ端から喧嘩を売ってきた。

 

 代表に負けて拾われなければ、いつか格上に殺されるか、傷痕に呑まれて消滅する運命を辿っていただろう。

 

 あの日、代表に完膚なきまでに叩きのめされて、改めて分からなくなった。

 生きるということがなんなのか。私というものがなんなのか。既に答えを得たつもりでいたが、まだ私は迷っている。

 

 ミラ……お前がくれた答えは、完全な正解ではなかった。

 腹の傷痕を撫でる。きっと今の私を見たら、お前は笑うだろうな。

 結局お前みたいに、簡単に諦めることはできないらしい。私にとっての完璧な答えを、ずっと探して続けている。

 

 いつか見つけられるだろうか。この苦痛にまみれた都市で、自分の生き方というものを。

 

「つかれた……寝よう」

 

 違うようで同じ日々を、何度も繰り返している。

 漠然としていて、はっきりと何かが足りない。そんな日々。

 

 今日も私はその身に刻まれた苦痛と共に眠りにつく。寝転んだ床は、私の体温なんかよりもずっと冷たかった。

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