閏天に滲む 作:アクーシャの底で
黒歴史にも隠れ星
『――なあ、少年よ。お前さん夢はあるか?』
その声を覚えている。
『まずは食え。腹が減ってちゃ何にもできんからな』
大きな手は、乗せた林檎を小さく見せた。
『はっはっはっ! 中々に良い動きをするじゃないか! 足は冒険の基本だが、お前さんはまるで翼でも生えているかのように軽やかだ!』
どこまでも朗らかだった。温かな陽の光のように。
『安心せい。わしがいる』
どれだけ高いところにいても、ちっぽけな子供の頭を撫でるためだけに降りてきた。
『変わらない強さなど無い。時間と共に容易く移ろうものだ。わしも、お前も』
目に焼き付いて離れない。けれど、視界はどんどん澄んでいった。一歩進むごとにはっきりと。
『さあ、――――』
だから今も、その背中を見つめている。
「ネモちゃんネモちゃん! これがハルト! わたしの双子のお兄ちゃん!」
豪邸の門を潜ってすぐ、ハルトは怪力に腕をひったくられる。
頭に乗っていたニャオハは軽やかに離脱。両腕で抱えていたホゲータも負けじと大ジャンプを決めたが、落ちていく先は池である。隣を歩いていたクワッスは一瞬だけ池に先回りしようとするそぶりを見せるも、諦めてニャオハに声をかけた。
そんな微笑ましい救出劇の現場を後にして、ハルトは完全に引きずられる形で玄関前まで連行される。
「アオイっ、おいアオイこら……! 歩く! 歩くから! 自分で歩けるから手ぇ離せ! 普通に痛いんだって! あと仮にもお兄ちゃんをこれ呼ばわりはどうかと思いませんかクラベル先生!!」
「ええ!? わ、私ですか!? そうですね……会社や組織など大人の世界では確かに、よほど親しいか特殊な関係でもなければありえないでしょう。ただお二人の場合は、現代ではむしろ年齢の割に仲の良い兄妹という感じで微笑ましい部類に入……ってしまうかと」
「先生っ……!」
姿勢が良く、立ち姿に美しさすら感じるアカデミー校長。その真面目さ故に、空回りする人の良さ。
「うへへ、仲良し!」
沁みる間もなく、片腕のみだった拘束がヘッドロックに移行する。ここまで来ると後がない。次はいよいよ首にぶら下がろうと足の力を抜いてくるのだ。ハルトはよく知っている。この妹には、兄とポケモンの区別がなかった。物心ついたころからずっと。
お互い手足も伸びてきたのだ。この機会にそろそろ三頭身の感覚から卒業してもらいたいものである。そうは思いませんか、そこのあなた?
アオイの言葉を思い出し、この場にいる最後の一人に助けを求めて目を向ける。
溌剌としたオレンジの瞳が、ハルトをジッと見つめている。双子だからとよく見比べられるが、人によって反応は様々だ。目の前の彼女――ネモのことはアオイから聞かされていた。良い反応をしてくれるだろうから直接会うまで写真も見せないつもりとのことだったが…………
――というか、この人どこかで……?
「…………ねえ、きみさ」
「はい?」
ネモが徐に口を開いた。
かと思えば、次の瞬間には満面の笑みを浮かべて、ハルトの前にずいっと身を乗り出してきた。
「もしかしなくてもアーマーガアコードだよね!?」
「なんて?」
「あ、それやっぱりハルトだったんだ」
「やっぱりって何? え、ぼく本当に知らないんだけど。っていうかそろそろ離せ。話はそれからだ」
怪力から解放され、首と肩を回しながら頭を回す。
本当は心当たりしかなかったが、すでに定着済みと思しきその呼び名がいただけない。
非常にいただけない。何の罰ゲームだ。編入前からはしゃぎ過ぎたことに対してだというのならぐうの音も出ないので勘弁してほしい。
引越し前からのネット断ちがこんな形で裏目に出るとは。だがネモの反応が珍しい部類に入ることくらいはわかる。何の悪気もなく、かっこよかった、などと言ってくれちゃうであろうこともだ。公衆の面前で。
そう。
ネモとは一度、心当たりの現場で遭遇している。
そしてハルトが知る限り、素顔を見られたのはその一度きり。つまり――まだ希望はある!
うずうずしているネモを手で制し、ハルトは勝負に出た。
「えー、ゴホンっ……確かにぼくは、アーマーガアを持っています。ライドポケモンとして登録されていますし、ぼく自身も、まあ色々あって申請さえすればどこでも飛べる世界標準のライセンスを持っています。もちろんパルデアも申請済みです。そして、ここまではアオイも同様です」
少しばかり大げさに手で指し示してやると、アオイはえっへん!と胸を張った。
ネモの目が驚きに見開かれる。やはりそうだったかと、ハルトは小さく口角を上げた。アオイは自分からはこういう話をしないのだ。これで話の中心はアオイに移った。ここから一気に畳み掛ける……!
「さて――。お二人とも、アオイが無類の遺跡マニアであることはご存知ですか?」
「ええ、課外授業の宝探しも遺跡調査をすると聞いています。歴史担当のレホール先生とも協力して、可能なら共著での論文執筆も視野に入れているとか」
「えっ! すごい! アオイすごいよ!」
「うへへぃ、えへへぃ」
アオイの頬が緩みに緩む。ネモの食いつきも相まって、空気は完全にできあがった。言葉の途中で眼鏡に手を添えた校長の様子が気になるが今は置いておく。
「遺跡はパルデアの至る所に散らばっています。パルデアは大穴も含めて起伏が激しいので、徒歩で回るのは厳しい。調査の進展によっては同じ遺跡を行ったり来たりすることもあるでしょう……だよね?」
「そうなんだよ。だから今まで以上にアーマーガアを頼ることになると思ってたんだけど……」
「心配しなくても、宝探しが始まったらアーマーガアはアオイに付ける。そのために昼夜問わず飛び回ったんだから」
首を傾げるアオイ。何かに気づいた様子の校長。
ネモが思わずといった様子で声を上げる。
「え、でもアーマーガアはパルデアじゃ……」
実に良い反応をしてくれる。アオイから聞かされた話は正しかった。
「その通りですネモさん。ガラルでは空の王者として君臨するアーマーガアも、ここパルデアでは鍛冶屋のツラした蛮族どもの肥やし。そして奴らの主な生息地は遺跡ときている。そこにある遺物や訪れる人の持ち物を狙っているのかは知りませんが、遺跡一つにつき必ず一つはデカヌチャンを頭目とした群れが縄張りを張っていました」
「……ハルトさん、あなたまさか」
「もちろん全部ではありません。可能な限り満遍なく回ったつもりではありますが、飛行ルートの都合上、どうしても偏りが出るので」
「飛行ルート、ですか?」
「イキリンコタクシーですよ。……さっきはアオイも同様という言い方をしましたが、ぼくはもう一つ先の段階にいまして。タクシー運転手の試験も受けようと思えば受けられるんです。ガラルでは飛行タイプジムのジムトレーナーをやっていました」
「なんと……そうだったのですか」
「はい」
ハルトはここまで、一つも嘘をついていない。
ガラル地方の飛行タイプジムは、その人員の八割をガラル交通と共有している。通常のタクシー業に加えて、オンシーズンは巡回の即戦力として駆り出されるため、ジムトレーナーは凡ゆる面で鍛えられるのだ。
蛮族どもの縄張り事情や飛行ルートもそうだ。特に前者に関しては、元は研究職だったらしい校長が何のツッコミも入れなかったあたり実態からそう遠くないことも窺える。
繰り返しになるが、嘘は一つもついていないのだ。
「では野生の、群れで動くポケモンとの交渉も、ジムトレーナー時代に培った技術の一つだったのですか」
「にわかには信じられないかもしれませんが……」
「いいえ、信じますとも。むしろ納得しました。組織的な何かの可能性は言わずもがな、かといって愉快犯と仮定するには些か度が過ぎていたものですから」
蛮族相手に交渉をしたのも事実だ。その実態がほぼ実力行使であろうと、交渉は交渉だ。カヌチャンなる種族の存在を知ったのが何の前情報もなく飛び回って派手に襲われた後であることは関係ない。もはや抗争と言うべき衝突が五日間に渡って続いていたことも、一切の人的被害なく決着を迎えたことが確定した今となっては語るに値しない過程のはずだ。
よってその過程で生まれてしまった認知の歪みも、唯一の目撃者であるネモの興味もろとも綺麗さっぱり消し去らなければならない。明るみに出る余地のない闇に葬り去らなければならない。
「そっか! だからアーマーガアコードなんだね!」
「……? ネモちゃん、どういうこ――」
「あーアオイアオイ、ストップストップステイステイプリーズ! ネモさんもどうか、どうかっ!」
「なんで? ってかネモでいいよ! 敬語も無しで!」
「じゃあネモ。その呼び方、口に出さないでもらえると助かるんだけど」
「うん、なんで? かっこいいじゃん」
「くぁっふ……ぅ、ぉぁっ」
恥ずかしいからだよッ! そう叫んでしまいたい。
確かにハルト自身そういう時期に該当するし、そういう趣味もある。
夜の街のハードボイルドな雰囲気に憧れて特に意味もなくヒウンシティを練り歩いてみたり、ビルの屋上から見下ろしてみたり。スパイ映画なんてドンピシャだ。巡回のシフトを終えてシュートシティで休憩中に怪しげな取り引き現場を目撃した時は胸が躍ったし、その後色々あって現場にいたのがマクロコスモスの人間だと掴んでしまった日の夜は興奮で眠れなかった。もはやスカイダイブは深呼吸で、パルクールは鼓動に等しくなっている。
そういう世界には、得てしてコードネームや異名が付きものだ。自分で考えたり、あまつさえ名乗ったりする剛の者もいるだろう。その多くは、実力も実益も伴わないごっこ遊びで終わるものだ。
そして終わりを迎えてこそ、正しく健全な子供時代の思い出足り得る。
だがハルトは、他の子供よりも少しばかり、妄想やフィクションで見るような世界に近いところにいた。そんな人生で得た教訓は、そういう趣味は一人で完結する妄想の中だからこそ純粋に楽しんでいられるのだということだった。
実際にそういう状況に置かれた上でそういう反応をされると、これがどういうわけか死ぬほど恥ずかしいのだ。そんな自分を俯瞰することで何故そうなるのかを考察するだけの精神力は、まだハルトの中で育っていない。
絶妙に微妙なダブルミーニングなのも羞恥ポイントの加算に貢献し、ネモの「かっこいいじゃん」は頭の沸点をヘリウム以下に引きずり落とした。
編入初日にして限界だった。今この瞬間まで含めて全部妄想であることを願った。
「――ん"ッ、ン"ん"…………ネモ、ぼくがなんで顔を隠して奴らとの交渉に臨んだと思う?」
全部現実だった。そしてここから先は、その補強のために嘘を連ねることになる。
「交渉の目的も主役もぼくじゃなくて、アーマーガアだからだよ。その背に誰が乗っていたとしても、手を出されないようにね。それに…………これは人間相手にも言えることだから」
「……ふむ? 人間相手、ですか?」
主役のくだりで目を丸くするネモに代わり、校長が掘り下げを促してくる。
「ただでさえ双子の編入生とかいう注目の的。出だしからぼく個人にそういう、……アレなイメージが集中するのは良くないと思うんです。アオイ個人の宝探し用にセッティングしたのは事実ですが……それだってタイミング的な建前が必要になってくるでしょう?」
要領を得ない様子の校長。ハルトの口は、無意識の内に滑っていった。
「学校という空間には、いわゆるクソくだらない妬み嫉みが付き物ですから。ぼくやアオイと似たような年代の子供が多くいるなら尚の……ッ!」
一瞬のことだった。ハルトの頭を苛む熱が、下がり切っていたはずの沸点をも下回る。
場の空気が、言葉の理解に追いつく前に。
「…………すみません。クラベル先生に言うことじゃありませんでした。本当にすみません」
「いえいえそんな! 頭を下げるようなことでは!」
「いいえ、失言です。先生だけでなくアカデミー全体をも貶める中傷発言だ。許されるならこのまま土下座したいくらいですよ」
「…………、……わかりました。では、私からも失言を一つお返しするので、どうか頭を上げてください」
ハルトが顔を上げると、変わらず姿勢が良い校長の穏やかな眼差しと目が合った。
「――そういった、ご経験が?」
「ノーコメントでお願いします」
ハルトの答えに無言で頷く校長――クラベル先生。
心の中で再び頭を下げながら、ハルトは連ねた嘘の締めに入る。
「具体的なことはまだ何も決まっていませんが、少しずつ様子を見ながら進めていこうと思っているので、アーマーガア周りについてはあまり大っぴらにしないでもらえると助かります」
「承知いたしました。とはいっても、私にできるのはせいぜい、事態の終息を改めてアカデミーの先生方に言い含めるくらいのものですが」
「充分です」
実際のところ、今この場にいる面々さえ口止めしてしまえばハルトの勝ちだった。顔を見られているネモに、ここまでの口振りから抗争の実態をある程度把握していることが窺えるクラベル先生。当事者のアオイを交えて説明できたのは暁光と言える。
ハルトの見立てでは、編入直後の今日から数日間をやり過ごせるかどうかで決まる。課外授業が始まった後なら、どんなバレ方をしても誤魔化せる自信があるからだ。
「それはそうと……ハルトさん、あなたは宝探しの方はどうするか決めているのですか?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
その一環というわけではないが、
「チャンピオンランクを頂きに」
それだけは、どこに行っても誰が相手でもはっきりさせておく。
ここまで口を回しておいて今更何をと思われるかもしれないが、ハルトは何も、アオイの道行きに委ねたつもりは毛頭ないのだ。この状況も、口止めまで持ち込めた今となっては少しばかり手痛い出費と引き換えの嬉しい誤算に過ぎない。
元より塗り潰す気でいた。
有象無象の前評判ごと、一歩一歩の軌跡でもって。
「パルデアで新しく仲間を集めて、ゼロから目指してみようかと。せっかくですから」
要は、常に自分で新たな風を吹き荒らしていれば、その前に漂っていた風の噂なんぞ気に留めている暇もないということだった。
ぼーっと呑気に妬む間もなく、鮮烈に、炙るように吹き曝してやるのだと。
朝凪に包まれたコサジタウンで。
――少年は、自らの運命を宣言した。
「ねえアオイ……さっきの、ハルトの話だけど、さ」
灯台の上。
手すりに寄りかかって海を眺めていたネモが、遠慮がちに口火を切る。
答えるのは、同じく手すりに寄りかかるアオイ。
「今更わたしから離れられるなんて思ってないよね」
「……へ? …………ぁ……う、うん。それは、うん、アオイがいいなら――」
「んん??」
「――わわわわたしがっ! わたしが離れたくないからアオイこそ離れないでくださいっ!」
「とうぜんっ! えへへー、言質ー」
ぽやぽや笑うアオイに、ネモは小さく吹き出した。
次いで、どこか安心したようなため息を一つ。肩の力が抜けている。
見計らって、アオイは言葉を続ける。
「心配しなくても四六時中べったりだなんて言わないよ。わたしはそれでもいいけど」
「あはは、無理です。遺跡調査もおもしろそうだとは思うよ? ものによっては大昔のすごいポケモンの話とか出てくるみたいだし。ボディガードの扱いで付き添ってもよかったけど……」
「間に合ってます。むしろわたしと一緒に守られる側だよ、ネモちゃんは」
揃って後ろを振り返る。
展望台の中心。柱の前。槍と盾を両手に構えて凛然と立つ、ネギガナイトの姿。
ガラルにいたころ、ハルトがどこからか連れてきたカモネギがそのまま家に居つき、進化を果たしたことで晴れて家族の一員となった。アオイのボディガードその二である。
「例え伝説のポケモンが襲ってきたとしても、絶対に守り抜く。ハルトの中では、わたしたちってそういう存在なんだよ」
「それは、見返してやらないとだね」
「本当に?」
「……なんで?」
「チャンピオンランク、結局名乗らなかったよね?」
「…………………………………………」
言葉を探しているのか。あるいはそもそも、自分の心がわからないのか。
目を泳がせて口を小さくパクパクさせるネモを横目でしばらく堪能し、アオイは手すりから身を起こす。
「なーんかっ、ごちゃごちゃ言ってたけどさっ」
頭の上で手を組んで、背筋を伸ばしながら言う。
「たぶん、嘘つこうとして失敗してるだけだと思う。いつもみたいに」
「……嘘?」
「ハルトは難しく考えすぎなんだよ。アーマーガアのことだってそう。要はだよ。わたしが、自分で強くて珍しいポケモンと仲良くなって、アカデミーに連れてくれば解決ってことでしょ?」
「要はって……」
「小さいころから得意なの。行く先々でちょっと気軽に人には言えない場所に迷い込んで、そこにいる見たことないポケモンと遊んだり、友好の証を貰ったり。で、帰ってきてから警察に連行されてきた有識者さんのてんやわんやに相槌を打つのがいつものパターン。レホールさ……先生ともそれでね」
ハルトに負けず劣らず、下手すると軽く凌ぐレベルの情報をさらりとぶち撒ける。
「今まではなんとなく捕まえずにお別れしてきたんだけど、もう遠慮はやめる」
アオイは止まらない。
「ネモもさ、遠慮しないでいいんだよ。してあげなくても、ハルトなら大丈夫! わたしが保証する!」
まるで共犯関係に誘導するかのような言葉運びは、ネモの心の奥底にわだかまっているものを見抜いてのことか。あるいは、ちょっぴり重めの友情故か。
確かなのは、アオイ本人が自分は後者だと主張しても、それが前者の否定にはならないということだ。
海風が吹く。
朝凪を裂いて、二人を優しく撫でていく。
「ネモとハルトなら、良いライバルになれるよ!」
「うん……うん……!」
そして。
「グギャオオオオオオオオオオオオオ!!」
謎の声が響き渡り、ネギガナイトが槍を構える。
その切先が指す方向。コサジの小道の崖下で。
――少女は、運命の交錯を垣間見る。
やってしまった。
ハルト少年の頭はその一言で埋め尽くされていた。テーブルシティのど真ん中。顔だけ平静を装いながら同じところをグルグルぐるぐる歩き回る。
全寮制なのが幸いした。まだ朝も早いので、生徒は校舎の中にいる。逆に大人はすごく多いが、ほとんどが通勤ラッシュなのか忙しなく通り過ぎていくばかりで、ハルトの挙動不審に気づく様子はない。
混雑の妙とも言うべきか。人目を憚らず耽り散らすには絶好なのだが、わざわざ自問自答するようなことがあるわけでもない。
難しい話など何もないのだ。ただ、あまりの動揺で頭が沸いた拍子に要らぬ記憶が再生し、あろうことかそれらしい脈絡を経て要らぬ強調が施された上で派手にまろび出た。それだけだ。事故である。
ネモは悪くない。何一つとして悪くない。悪いのは行き当たりばったりのライブ感であちこち飛び回ったハルトと、例の呼び名を広めた誰かさんだ。
例の呼び名――『アーマーガアコード』。
ガラル在住時代に端を発する、絶妙に微妙なダブルミーニング。
パルデアにおける天敵とある種の和平を成立させてしまったおかげで新秩序的なサムシングにメガシンカを果たしているが、元は単純にガラルの空に君臨する王者としての生態と、そんなアーマーガアを誰よりも自在に駆るハルトをセットで指した隠語である。
遭難率の激減やタクシーの運行ルート改良に加え、密猟者の大量検挙までやってのけた目覚ましい実績を受けて、特に巡回を嫌う層から畏敬の念を込めて呼ばれ始めたアングラな界隈での通り名だった。
「……冷静に考えてみると、そんなものが海を超えてパルデアまで届いた上にアオイやネモの耳にも入ってるのってそこそこ異常事態なんじゃ…………」
課外授業の性質上、パルデアはリーグ本部全面協力の下で治安維持に努めているというのが、理事長から聞いた話だ。髪にポケモンらしき何かが絡まっていたり、持ってきた資料を渡さず帰ろうとするなど若干の奇行は気になるが、ハルトの直感は彼女が信頼できる人間だと言っている。
治安と言えば、何やら夜空に煌くお星さまを名乗る連中が跋扈しているらしいが、少し聞きかじっただけでも学生主導の愉快なサークルか何かだとわかった。
クラベル先生も零していたように、組織的な何かが暗躍しているわけではないのだろう。となるとフットワークかネットワークのいずれかで突出した個人か。後者なら最悪パルデアの外にいる線も浮かぶが、そうまでして粘着される心当たりはさすがにない。というか嫌だ。嫌すぎる。
とにもかくにも、まずは学生間の認知度を把握する必要がある。そのためにはやはり、SNSや掲示板などのネットが近道だ……正直気は進まないが、本格的に生徒と接触する前に概形くらいは掴んでおきたい。
目を瞑り、深呼吸を一つ。顔を上げて、校舎に続く長い階段に相対する。
スマホロトムを手に、ハルトは段差に足をかけた。
「……あ、この長さいける?」
「ッス」
隣を歩くクワッスに声をかけると、前髪をひと撫でしてからハルトの前に躍り出る。
「お、いいねえ…………ごめん待って、もうちょっとゆっくり行かない?」
「ッスワ」
「先行ってる? じゃあ登りきったところにいてね」
まだ短い上にパタパタする足もなんのその。
軽やかな一段飛ばしであっという間に駆け上がっていくクワッスを見送り、ハルトはスマホの画面に目を落とす。
ネモからメッセージが届いていた。話したいことと相談したいことがあるから階段前で待ち合わせしないかとのこと…………二つは別件、でいいのだろうか。そうなると、前者は何か言いそびれたことがあって、その理由は十中八九ハルトが「やってしまった」からなので本当にごめんなさい。
謝罪が実際に口から出かかるのを飲み込み、その場で頭を下げそうになるのをグッと堪える。切り替えるために何段か大股で駆け上がってから、待ち合わせるなら下りなければならないのでは? とフリーズ。
顔を上げると、目と鼻の先にクワッスの可愛らしくも凛々しい後ろ姿が。階段は、ちょうどハルトの身長ほどしか残っていない。
「あぁ、まだアカデミーの階段じゃなかったのね」
「ッス」
「なんだかんだ足を踏み入れるのは初めてだからさ。さて。下も見えるし、ここで待ってれば大丈――」
「――――キミもスター団に入れば、お星さまのように輝けるのよ!?」
「……………………」
「――、…………今のうちにアカウント作っとこう。あー今って電話番号いるんだっk」
「本当に、何なのキミさァ? 仲間と眩しい青春送りたくないの!?」
「…………別に」
「…………、…………なあ、クワッス。初陣に何か、こだわりとかってあったりする?」
「ワス」
「捨てたって、それは……なんか、違うだろ」
ハルトは苦笑し、身体ごと背後に振り返った。
お星さまのように輝ける。そんな物騒な誘い文句が聞こえた時点で、階段を下りてもよかった。
「こちとら勧誘ノルマあるんだから、さっさとスター団に入りなさいよ!」
「えと……困ったな」
義憤の心は微塵もない。あるのは純粋な興味だ。
そう、ハルトは興味が湧いたのだ。
「ん? なにキミ、スター団に何か用?」
「入団希望なら後でね! 今はほら、お話し中なのでね!」
言動は擁護のしようがない。とても褒められたものではない。そこら辺の自覚があるのか否かは、この際置いておくとしてだ。
こいつは確かに言った。仲間と眩しい青春送りたくないのか、と。それは、本当にそんなものを謳歌している人間からは、決して出てこない台詞だ。
そしてそういう連中は、嫌がる相手をいちいち群れに勧誘したりしない。
確信があった。享楽や快楽を呷っては溺れるだけの典型的な不良集団とも、何かが違うと。
「あたしら、泣く子も笑うスター団。もちろん知ってるよね?」
その何かが、一目では決してわからない根本の部分に隠れているのだと。
「さあ? 聞いたこともありません。なので」
――知りたいぞ。お前たちが何なのか……!
「とりあえず挨拶代わりにバトル、しときます?」
「せ、生徒会長みたいなこと言い出した!?」
それは良いことを聞いた。言い方からして慕われているとは言い難そうだが、それは立場的なバイアスの問題だろう。それかとんでもないジャンキーだったりするのか。もしそうでも一向に構わないが。
未だ見ぬ暫定強敵の存在。ハルトは浮かれていた。
「……………………ぁ…………ぁ……」
「ん?」
か細い声。ハルトの斜め後ろから。
スター団から背中で庇うように隠した少女が、目を見開いて震えている。
「あー、えっと……?」
「……! ぁっ…………あ、ぁ……!」
ハルトは一瞬、泣いているのかと勘違いした。
その灰色の瞳に、光があったのだ。
ラウンド型の眼鏡の奥で、長い睫毛に伏せられて、深い絶望で濁っていたはずの瞳が。
キラキラと、まるで星のように煌いて――。
「……ぁ、あぁ、…………ぁ、あ、ァ『アーマーガアコード』ぉおオオオオオ!!?」
響き渡る。テーブルシティを席巻する。
一斉に注がれ交錯する、視線という視線。残響を経て訪れた、身が竦むような沈黙。
疑問に固まるスター団。
叫んだ口そのままに、荒れた呼吸を繰り返す少女。
問いを受けたハルトは、ともすれば不自然なまでに完璧で穏やかな笑顔をもって応えた。
「えーっと、すみません。知りたくもないですね」
「ッス」
時刻は午前九時を回るころ。
入学早々、主に精神面でワイルドどころじゃない目に遭ったハルト少年。
その少し前にアオイが物理的にワイルドへ爆走していたことなど、知る由もなかった。
アーマーガアを相棒にしてる飛行タイプ使いってまだいなかったよなあってところから錬成された飛行タイプや鳥系統と相性抜群のずっと背中を見てるけど近づけない系主人公ハルトくん
四災とレジェンドルートに絞るとしたらパルデアの地理や歴史に興味津々だとそれっぽいよねってことでエンカウント歴を中心に盛りに盛られたレホール先生マブな遺跡大好きアオイちゃん
もし纏まったら続き上げるかもしれなくもないかもしれない