閏天に滲む   作:アクーシャの底で

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今週のアニポケ休みだったこと忘れてて悲しかったので続き投稿
アオイとネモ、未知との遭遇
前話後半の一方そのころ
ペパー先輩ごめんね



プリズム・ファンタズム

 

 

 

 

 

 

 灯台を出て崖に向かう。

 

 ネギガナイトが先行し、少し離れてアオイとネモが続く。アオイがネモの手を引いて。強いポケモン! と飛び出していったネモをアオイが捕獲したのだ。

 

 崖下を覗くネギガナイトの後ろで、手を繋いだまま報告を待つ。

 

 灯台の上からは遠くてよく見えなかったが、かなり活動的なのは見て取れた。

 

 下りて駆けてくるまでも絶え間なく、連なるように雄叫びを上げ続けているのだ。

 

 ネギガナイトがアオイの方に振り返る。

 

 

「ギャンモ」

 

「え、そんなに?」

 

 

 アオイの表情が変わった。

 

 

「ネギガナイト、なんて?」

 

「自分だけじゃ守り切れるかわからないって」

 

 

 それを聞いて、ネモも事の重大さを理解する。

 

 目の前のネギガナイトは、本気のネモがタイプ相性でゴリ押ししても一体か二体は持っていかれるレベルの騎士だった。トレーナーの指示がなくてもほぼ同様に動ける上、ハルトだと更に化けるらしい。

 

 それでも足りない何かが、崖の下にいる。危険だ。危険だが、それは進めばの話。

 

 今すぐ引き返してもいい。ネギガナイトが先行したのは、できるだけ早くその判断を下すためでもあったはずだ。しかしアオイがネモに共有したネギガナイトの進言は、守り切れるか否か。

 

 

 

「だからネモちゃん、ボール手に待っといて。できるだけタフな子がいいかな。足は遅くていいから」

 

 

 アオイは最初から、進む前提で話している。

 

 

「その前にどんな姿なのか見ておきたいな。いい? いいよね?」

 

「ギャモ」

 

 

 誰も引き返す気がない。

 

 何故なら、憧れは止められない。好奇心に由来するなら、尚のこと。

 

 

「……モトトカゲ、に似てるけど」

 

「ケンタロスみたいに別の姿があるの?」

 

「ううん、見たことも聞いたこともない。けど、誰を用意するかは決まったかな」

 

 

 ボールを持って不敵に笑う。

 

 

「じゃあー、下りよう!」

 

「うん! ……え、アオイ? なにし――てんの!?」

 

 

 そんなネモの目の前で、アオイはぴょんっと崖の外へ。あまりにも自然な動作。

 

 慌てて崖下を覗くと、アオイが両手でスマホロトムに掴まる瞬間を見た。安全機能である。腕力にものを言わせて移動手段にしているらしい。

 

 呆然とするネモ。崖の淵についたその手を、ネギガナイトが引き寄せる。

 

 

「え? えっ、え?」

 

 

 盾に抱きつかされる形で背負われて、

 

 

「ぅ、あぅぁええええええええええええええ!!?」

 

 

 そのまま崖を飛び出した。

 

 身が竦み上がる浮遊感。いつもとは違う水平線と、風の感触。遥か下方には、早くもボールを投げつけるアオイの姿……ってもう捕獲狙い!? 開幕から!?

 

 そのツッコミが口から出ることはなく、ネモたちは自由落下に入る。

 

 同時、ネギガナイトが地面に向かって槍を振るう。

 

 ゴッ!! という鈍い音。

 

 空気を強く叩いた音。風圧で暴れるポニーテールと前髪。――すぐ横を掠めていく電撃。

 

 

「ネモちゃん! この子たぶん野性じゃない! 倒して落ち着かせるから手伝って!」

 

 

 ネモは握りしめていたボールに目をやった。役割が確定した。もう砂浜が近い。

 

 ネギガナイトが身体を捻る。

 

 抱きついていた盾をするりと引き抜かれて、ネモはふわりと降り立った。

 

 電気を帯びた砂浜の、波打ち際に。

 

 

「ドオー! ありったけの"アシッドボム"!」

 

 

 水を得た魚によって、特殊デバフがばら撒かれる。

 

 

「ひぇええ、さっすが!」

 

 

 反対の崖側で声を上げるアオイ。

 

 ネギガナイトの裁量か、挟み撃ちの格好になった。ここからは戦闘だ。

 

 アオイはボールを取り出した。ダークボールだ。

 

 それはネギガナイトやアーマーガアのようにハルトから付けられたボディガードではない。

 

 正真正銘、アオイの相棒。

 

 

「デジー! こっちもありったけでいくよ!」

 

 

 現れたのは黄金の棺。

 

 棺桶ポケモン、デスカーン。

 

 

「"シャドーボール"!」

 

 

 影の触手が、人の手を形作る。合計四本。手のひらにそれぞれ集う霊力の塊。

 

 人の頭ほどの大きさで安定したそれらがモトトカゲ擬きに放たれる。

 

 着弾。

 

 

「ウグオオオアアガガガアアッ!!!!」

 

 

 効いている。

 

 ずっと纏っていた青白い電気の鎧は乱れ、逞しい足はたたらを踏んでいる。

 

 デスカーン越しに、アオイと視線がぶつかった。

 

 不思議な目をしていると思った。強い意志を感じるのに、どこにも焦点が合っていない。目に映るものを区別していない。区別がなさ過ぎて無秩序に見える。まるで辺り一帯に煌めく宝石のよう――

 

 

「アオイ!!」

 

 

 否。それは宝石などではなく、強い日差しを乱反射する夥しい量の――"パワージェム"。

 

 

「……っ!」

 

 

 大樹のように展開されていくその光景を、アオイはネモに呼ばれてようやく認識する。

 

 我に返ってからの判断は早かった。

 

 

「デジーお願い! ネモちゃん! こっちは大丈夫!」

 

 

 そう言ってデスカーンの中に飛び込むアオイ。

 

 ネモは一瞬面食らうが、ほぼ同時にネギガナイトが大きく上に跳んだのを見て理解した。

 

 

「信じるよアオイ! ドオー! "じしん"!」

 

 

 そして雲一つない空の下、光の雨が降り注ぐ。

 

 しかしその半分近くが明後日の方向へ逸れていき、

 

 

「ギィェエヤッ! ィヤッ! エイヤアアアッ!!」

 

 

 もう半分はネギガナイトが"リーフブレード"で捌いていく。いくつかは打ち返している。

 

 デスカーンの方にもほとんど被弾がない。"じしん"による照準崩しの恩恵をモロに受けていた。デスカーンの中で、アオイはタイミングを見計らう。

 

 照射が終わろうかというころ、呟いた。

 

 

「"かなしばり"」

 

 

 光の雨がピタリと止む。

 

 デスカーンから出るアオイ。

 

 モトトカゲ擬きは困惑に固まっていた。

 

 ネモも無事だった。何やら難しい顔して足元と空を見比べている。

 

 アオイは一歩、前へ出る。

 

 

「――こんにちは、わたしはアオイ! あなたは?」

 

 

 両手を後ろに回して、姿勢は高くも低くもせず自然体に。声のトーンは抑えない。

 

 ネモは驚くが、何も言わず見守る体勢に入った。

 

 

「……ァ、ギァアアアォオス!!」

 

「おー、アギオス!」

 

「なんかそれっぽい! それっぽいけどまだお話は無理なんじゃないかなあアオイ!?」

 

「どこから来たの? わたしはガラル! 海の向こうから来たんだよ! いま住んでるのは崖の上!」

 

「アオイぃぃぃぃぃいいいい!?」

 

 

 背中を見せる勢いで後方を指差すアオイ。さすがのネモも穏やかではいられない。

 

 モトトカゲ擬きは未だ健在だ。全身を覆う青白い電気の鎧は変わらず、つい今しがた熱気のようなものが立ち昇っていることにも気づいた。

 

 ネモはバトルが大好きだ。

 

 強いポケモンも大好きだ。

 

 だからその危険性もよく知っている。知るまでの間に、パルデア中のありとあらゆるポケモンと戦った。だがその中に、伝説や幻と呼ばれるポケモンは一体もいなかった。

 

 目の前のモトトカゲ擬きは、確実にそちら側だ。

 

 

「ウギャアオオオオオオオオオアアアアア!!!!」

 

「……っ、アオイ! なんか変だよ!?」

 

 

 明らかにそれまでとは様子が違った。

 

 身体ごと反り返り、空に向かって雄叫びを上げる。

 

 青白い電気越しにも、その身体に何かエネルギーが込み上げているのがわかった。

 

 ネモはその体勢から"りゅうせいぐん"だと当たりをつける。だが正面から見ていたアオイは違った。

 

 

「デジーっ!!」

 

 

 その声一つで、四本の手が"シャドーボール"を形成する。先ほどとは違う、一つの大きな塊。

 

 それがデスカーン本体を包み込んだ。

 

 次の瞬間。

 

 

「ぅあっ……!!」

 

 

 砂浜を囲む崖が焼かれるほどの"かえんほうしゃ"がデスカーンに浴びせられる。

 

 "シャドーボール"をバリアに踏ん張るデスカーンのすぐ裏で、アオイは頭を抱えてしゃがんだ。膝をつきたかったが、砂はすでに灼熱だ。地形の関係で、日がまともに当たり始めてから一分と経っていないのに。

 

 波打ち際から全体を見ていたネモは、その馬鹿げた規模で一つの確信を得る。

 

 

「やっぱりそうだ……! "ひでり"や"にぼんばれ"だけじゃない! パワーアップもしてる!」

 

 

 そしてこれはアオイもとっくに気づいているだろうが、砂浜の帯電は"エレキフィールド"によるものだ。つまりは、炎タイプと電気タイプに適性があるということで、仮にそのままの複合タイプだとしたらネモのドオーの"じしん"を耐えたことの意味が恐ろしい方向に変わってくる。

 

 倒せるのか? いや、逃げられるのか? 逃げられたとして、その後は?

 

 野放しにして、大丈夫なのか?

 

 

「大丈夫なわけない……! ここで倒す!」

 

 

 そもそもいつ、何故こんなところに現れたのか。

 

 灯台の上にいた時、二人は海を眺めていた。目線を少しずらせば、この砂浜も見える眺め。これだけ強く青白い光が迸っていれば気づくし、何よりネモ自身、ハルトの話を切り出すまで度々そちらに目線を落としていた。

 

 少なくともその瞬間までは、影も形もなかったはずなのだ。

 

 それ故に強いポケモンだと直感したのだが、アオイと一緒にいる時でよかったと心から思う。

 

 アオイとなら、止められる。

 

 アオイは、ネモが守られる側だと言った。今なら、その意味がわかる。肌で感じている。

 

 ネモにとって初めての、何かを守るためのバトル。

 

 具体的に何を守るのかはわからない。近くに棲んでいるポケモンたちか、コサジタウンの人々か、あるいは南1番エリアに留まらない広範囲に及ぶのか。

 

 わからない。だがそれで構わない。ここで押さえてしまえば、そんなこと関係なくなる……!

 

 

「ホームだよウミトリオ! 駆け回って――」

 

 

 そして、それが成った暁には今度こそ。

 

 

「――"あまごい"!」

 

 

 今度こそ、ハルトにバトルを申し込める気がする。

 

 鼻先に雫が落ちた。

 

 陰っていく空の下、本当の雨が降り始める。

 

 力が弱まり、水に打たれ、"かえんほうしゃ"の勢いが急速に削がれていく。

 

 そして。

 

 

「え、これ……!」

 

 

 デスカーンの陰で、アオイが目を見開く。

 

 しゃがんだままの足元がバチバチ弾け始めたのだ。

 

 砂浜に満ちていた電気が流れ出ている。雨を伝って空気中に放電している。

 

 

 ――放電して、"エレキフィールド"が解除される。

 

 

 

「今だよドオー! "あくび"!」

 

 

 下手人に気づいて振り向いたところへ、眠気の誘いがモロに入る。

 

 堪らず再び"エレキフィールド"を展開すれば即座に放電させられ、太陽を求めても即座に上書きされる。ウミトリオを落とそうにもろくに狙いが定まらない。これでは眠気を防げない。

 

 頭を振って抗おうとするも、無駄を悟ったのかすぐに止める。止めて――大きく跳び上がる。

 

 空中で長い身体を丸めて、その勢いで回り出した。

 

 青白い電気が無秩序に放射され、その中の何本かがデスカーンに直撃する。

 

 回転は加速し、青白い放電はそのまま中心が緋色に染まっていく。

 

 染まって、満ちた――――その瞬間。

 

 ネモもドオーもウミトリオも、アオイもデスカーンもネギガナイトも。

 

 これで決まるのだと確信する。

 

 

 

「貫いて!! ――"スターアサルト"!!」

 

「ドオー! ネギガナイトに"てだすけ"!」

 

 

 

 槍を構えた鴨の騎士が、緋色の車輪と激突した。

 

 

 ギギャギャギャリリギャリリリガガガギャガギギギギギャギャガガガガガリリリリリリ!!!!

 

 

 拮抗する。

 

 火花と電気が撒き散らされる。

 

 光が飽和し、世界が何度も白塗りに。

 

 やがて。

 

 

 

「ギ、ギィェヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、――ハアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 傾く。

 

 ネギガナイトが押す。

 

 押して押して、更に押して。

 

 そして、回転が致命的に乱れる。

 

 

 

「ゥグオオオオアアアアアアガァアッ!!?!?」

 

 

 

 ――"スターアサルト"が、緋色の車輪を貫いた。

 

 

 アオイの下に、ネギガナイトが槍を突き出した姿勢のまま落ちてくる。

 

 完全に回転が止まったモトトカゲ擬きは、緋色の熱と共に青白い電気の鎧をバチバチと解きながら砂浜に下りて、その膝と手をつく。

 

 炎と電気、二種のグラデーションを呈する光の鎧が徐々に解けて、解けた先から広がって――――

 

 

「な、なに!? どうしたの!?」

 

 

 竜巻となって吹き荒れる。

 

 不思議な色をしていた。赤銅と青紫が混ざったような、けれど決して交わっているわけではないような。そんな矛盾。互い違いに巡る螺旋……それだと、そもそもが決して相容れない果て同士ということになってしまうが、どういうわけかしっくりくる。

 

 困ったことにである。

 

 何故って、もしそうだとしたらそのあるべき姿こそが互いに互いの矛盾たる所以となってしまうからだ。

 

 

「…………え?」

 

 

 果たして、ネモのリアクションにアオイは続くことができなかった。

 

 竜巻が晴れたその中に、先ほどまで戦っていたモトトカゲ擬きの姿はない。ついぞ青白い電気の鎧の中身を拝むことはなく、代わりに収まっていたのは二体のドラゴン。

 

 過去と未来が出会ってしまった――そんな見た目をしていた。過去が赤銅で、未来が青紫。なんとなく、そういう風に見えた。

 

 二体とも酷く疲れている。

 

 だがその目は死んでいない。

 

 先に動いたのは、未来――青紫のドラゴンだった。

 

 ジェットエンジンのような脚を推進力にその場から浮き上がり、青白い放電を撒き散らし始める。

 

 咄嗟にウミトリオを戻し、ドオーの陰に入るネモ。

 

 

「っ、まだ……! でも、さっきよりは……」

 

「――ネモちゃん合わせてっ!」

 

 

 ようやく再起動したアオイの一声は、段階をいくつもすっ飛ばしていた。

 

 それでもネモは、答えを探して視線を巡らせ、

 

 

「……!」

 

 

 見つける。

 

 青白い放電の発生源。その真下。

 

 赤銅のドラゴンが、頭を大きく振りかぶっている。

 

 あの回転技だ。予備動作は違うが間違いない。

 

 そして青紫のドラゴンも、放電の眩しい光に紛れてその長い身体を丸めている。

 

 矛先が決まる。

 

 赤銅はネモの方へ。青紫はアオイの方へ。

 

 それぞれドオーとデスカーンを打ち倒さんとその場で激しく回転し、――――放たれた。

 

 ネモは動かない。

 

 アオイがそれを叫ぶまで。

 

 

 

「チェンジッ!!」

 

 

 

 デスカーンとドオーの位置が入れ替わる。

 

 タイムラグなく、一瞬で。

 

 "サイドチェンジ"。

 

 

「そのままのしかかれええええええええええッ!!」

 

 

 発動直前、アオイの傍を離れて真上に跳び上がっていたデスカーン。その座標に飛ばされたドオーは直後に浴びせられた放電をものともせず、ネモに言われるまま青紫のドラゴンを圧し落とす。

 

 発動直後、ネモの足元にいたドオーの座標に飛んだデスカーンは、すぐそこまで迫っていた赤銅の回転にノータイムで身を投げる。

 

 ネモの目の前ほんの四、五メートル。

 

 赤銅の回転は、デスカーンの身体をすり抜けた。

 

 すり抜けて、砂に着弾し、その瞬間を黒い影に掴まれる。四本の手が取り押さえる。

 

 

 ――青紫がドオーと地面に挟まれると同時、赤銅に純金の棺桶がのしかかった。

 

 

 

「動いたら"じしん"だよ!」

 

 

 すかさずネモが牽制する。

 

 影に四肢を固められた赤銅は、力なく首を垂れる。大して青紫は、ドオーの腹の下でゼロ距離"じしん"の脅威に曝されながらも忙しなく視線を泳がせるが、

 

 

「聞いて。わたしたちは、敵じゃない。あなたたちとお話がしたいだけなの」

 

 

 放電の射程どころか首を伸ばせば噛み千切れる距離まで近づいてきて両膝をついたアオイの、真っすぐな目を見て、観念したように目を閉じる。

 

 そして、二体とも。

 

 風一つない静かな輝きと共に、姿が変わった。

 

 

「これって……」

 

「――フォルムチェンジだ」

 

 

 半信半疑のアオイを追い越して、知らない声が言葉の続きを継ぐ。

 

 崖の方を見ると、大きなリュックを背負った長髪の男の子がいた……いつ下りてきたのか。アオイは全然気づかなかった。ネモが応じる。

 

 

「きみ、ペパーだよね? 文系クラスの」

 

「…………俺のことは、知ってるんだな?」

 

 

 その言い方に、アオイは引っかかりを覚える。

 

 

「一回パーティー会場ですれ違ってるってだけなんだけどね。お互いまだ小さかったし」

 

「パーティーって、何かの記念とか?」

 

「テラスタルオーブの実用化を進めるにあたって関係各社が交流を、って感じのやつ。まあ記念でも間違いではないんじゃないかな? 開発者にとっても大きな節目になるだろうから、息子も含めた三人で参加させてもらうってスピーチでも言ってたし」

 

「……ってことは」

 

 

 促しながらも、アオイは納得を得ていた。

 

 

 

「ポケモン博士――――オーリム博士とフトゥー博士の息子さん。パルデアじゃ有名な家族だよ」

 

 

 

 だが、当のペパーは。

 

 

「……………………、…………ああ。そうだな。有名人だ。俺の……母ちゃんは……父ちゃんは……」

 

「……? どうしたの?」

 

「ペパーくん……?」

 

 

 誰がどう見ても言葉に詰まっている。

 

 否――詰まっているのは、本当に言葉なのか。

 

 二人の反応にペパーはハッと目を見開いて、両手で頬をぱんっと叩く。

 

 

「なんでもねっ。ちょっと寝不足なだけだ」

 

 

 にかっと笑う。

 

 アオイもネモも、追究はしなかった。

 

 

「途中からだけど見てたぜ。すごいんだな。生徒会長はともかく……えっと」

 

「アオイです。よろしく!」

 

「アオイか。見かけない顔だけど、その制服はうちの学校の生徒だよな? さっきの戦い、何ならオマエの方が手慣れてなかったか?」

 

 

 アオイが手を差し出すと、握手に応じてくれる。

 

 

「ああいうバトルはアオイの方がベテランなんだ!」

 

「えへへぃ、それほどでもあるかも?」

 

「ああいうのでベテランって、いったいどんな修羅場の申し子ちゃんだよ……」

 

 

 苦笑しつつ、

 

 

「でも、これ以上ないな」

 

 

 呟いて、モンスターボールを取り出した。

 

 

「コイツの……コイツらのボールだ。……コライドンも……ミライドンも。普通のトレーナーが扱えるポケモンじゃねえ。オマエらに渡しておく」

 

「……、いいのッ!!?」

 

「うおっ!? 圧! もしかしてオマエ、本当にゲットするつもりでコイツらに絡んだのか!?」

 

 

 うへへぃ、と渡されたボールに頬ずりをするアオイに軽く引くペパー。

 

 

「コライドンに、ミライドンかー! それっぽい!」

 

「……だな。確かに、それっぽい」

 

 

 同様に無邪気なネモのコメントにも、間を置きつつ同意する。

 

 一方のアオイは、デスカーンとドオーから解放した二体の首根っこを両腕に抱き寄せてご満悦の様子だ。コライドンはじゃれているが、ミライドンは顔が引き攣っている。まだ動けないコライドンの方へ当たり前のように自身を引きずっていったアオイの腕力に戦慄しているのだろう。

 

 ネギガナイトとドオーもそちらに歩いていき、ネモとペパーがその場に残った。

 

 

「…………聞かないんだな」

 

「それどころじゃないんでしょ?」

 

「ああ……助かる。今は、ちょっとな。頭がおかしくなりそうなんだ」

 

「……寝不足で?」

 

「……そう。寝不足で」

 

 

 言って、ペパーはふらふら歩き出す。

 

 ネモにはそう見えた。実際にふらついているわけではないが、そう見えてならなかった。

 

 揉みくちゃにされているアオイの前に立つ。

 

 

「あっちの崖の裏から、灯台の裏手に上れる。鋪装はされてないから、一通りじゃれたらポケモンはボールに戻していった方がいい」

 

「……うん! ありがとう!」

 

 

 晴れ間に映えるいい笑顔で、アオイは元気に返事した。ペパーの頬も僅かに緩む。

 

 コライドンが立ち上がった。

 

 

「アギャ……」

 

「…………今は、この二人についていけ。悪いようにされないのは、もうわかっただろ」

 

「…………ギャス」

 

 

 しょんぼりしているコライドンの頭を、ミライドンが鼻先で優しく小突いた。

 

 それを見て、踵を返すペパー。

 

 そこそこ離れてから、ネモが声を上げる。

 

 

「学校! ちゃんと来なよー!」

 

「……………………」

 

 

 ペパーは振り返らずに軽く手を上げて、波打ち際を歩いていく。やがてその姿は崖の裏に消えた。

 

 コライドンの頭を撫でながら、ネモが言う。

 

 

「なんか、知ってそうだった」

 

「うん。でも……、それ以上に戸惑ってた」

 

「…………うん」

 

 

 "あまごい"の雲もほとんど晴れた空の下。

 

 さざ波を起こす海風の音だけが、崖に囲まれた砂浜に響く。沈黙を埋めるように、絶え間なく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 灯台の表に出たペパーは、研究所のドアのガラスに映る自分を見ていた。

 

 ブロンドの長い髪にはメッシュが入っていて、母親譲りの瞳と父親譲りの眉毛が目につく。かなり濃いめの顔立ちと言えるだろう。考えていることが出やすいとも言えるか。今でいうなら…………

 

 

「……っ」

 

 

 頭を振って余計な考えを振り払う。余計で、無駄な考えだと。確定させるために。

 

 目に付いてしまった違和感を否定するために。

 

 徐に鍵を取り出し、穴に差し込んで回した。

 

 ガチャリ、と。

 

 正常に開く音がする。

 

 もうずっと、長いこと肌身離さず持っていた鍵が、目の前のドアを解錠した。

 

 何の引っかかりもなく、正常に。

 

 

「――、…………ッ!!!!」

 

 

 瞬間、ペパーは乱暴に鍵を閉め直し、弾かれたようにその場から走り出した。

 

 顔を伏せて、何かから逃げるように。

 

 全力で。

 

 よく知る緩やかな下り坂を駆け下りる。

 

 

「ハァっ……ハッ……はっ……ハっ……!」

 

 

 よく知るプラトタウンの景色を駆け抜ける。

 

 

「ちくしょうっ……は、はっ……ぁハッ……!」

 

 

 テーブルシティの門を潜っても、足は止まらない。

 

 止めてくれる者はいない。

 

 

「いったいどうなってんだよっ……ちくしょうっ!」

 

 

 その問いに、答えてくれる者も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルトに連絡入れといたよ」

 

「……ネモちゃんは、いいの?」

 

「わからない。だから相談。アオイが即行で有言実行してくれたからもうアーマーガアどころじゃないし、それだったらいっそ双子揃ってダイナミックデビューしちゃった方が受け入れてくれそうだと思わない?」

 

「うん、それで本音は?」

 

「ハルトの指示で戦うコライドンと戦りたいっ!!」

 

「素直でよろしい!」

 

 

 灯台前の曲がり角で、少女が二人、キャッキャッと笑う。気分を切り替えるように。

 

 そんな二人の間で、ニャオハが大きくあくびする。

 

 ネモのニャオハだ。今はハルトのポケモンとなったクワッスと一緒に、ネモの家の池に落ちたホゲータを救出していた個体である。ちなみにそのホゲータは、クラベルが連れて行った。

 

 

「もちろん、最後はコライドンに決めてもらうつもりだから安心して! バトルもちゃんと身体の調子がよくなってから! いっぱい食べていっぱい寝て、少しずつ慣らしていこう! ミライドンも!」

 

「ギャッス!」

 

「ギャス」

 

 

 返事は元気だが、実は四足で立っているのもやっとなコライドン。返事は控えめだが、まるで機械のようにピシッと立っているミライドン。共に、ペパーから渡されたボールの中へ戻っていく。

 

 ニャオハを残して、ポケモンはボールの中へ。一度プラトタウンのポケモンセンターで回復するためだ。限界を超えたパワーで"スターアサルト"をぶっ放したネギガナイトはもちろん、役割上被弾が一番多かったデスカーンに、無傷のドオーとウミトリオも含めて、あの場にいたポケモンは全員。

 

 この短時間で、一気に色々ありすぎた。

 

 アオイもネモも、全部を飲み込めているとはとても言えない。コライドンのこともミライドンのことも、ペパーが何かを知っているらしいことも、そのペパー自身も明らかに尋常ではない状態だということも。

 

 最初に戦った、コライドンとミライドンに分かれる前の青白い電気を纏ったモトトカゲ擬きに至っては、結局何一つわからないまま。ボールがそれぞれあったということは、あの形態の方がイレギュラーなのか?

 

 わからない。全くもってわからないが、あれを特別分けて考える必要はないだろう。イレギュラーがどうのと言うなら、コライドンとミライドンの存在がすでにそうなのだから。そして主にネモの願望によって、そのイレギュラーを衆目に晒す流れができつつある。アオイとしても、心当たりを募る意味ではそれが一番手っ取り早いと思っている。ペパーの反応が気になるが、その時はその時だ。

 

 

「あっ、ハルトから返信……じゃなくて、電話?」

 

 

 プラトタウンに入ってすぐのポケモンセンター前。

 

 ポケモンたちの回復が終わったタイミングで、ネモのスマホロトムが鳴り響く。

 

 

「もしもし? ハルト?」

 

『やあネモ、さっきぶり。話と相談については了解、なんだけど……待ち合わせ場所変更できる?』

 

「それはいいけど、……なんか声近くない?」

 

『身を潜めてるからね。電話もあまり長くは話せないから手短に済まそう』

 

「いやいやハルト、いったいどういう状況なの?」

 

 

 我慢できず割り込むアオイ。

 

 

『アオイも聞いてくれ。まず、あの忌々しい呼び名が全校生徒及び教員に知れ渡ることが確定した。よってホームルームも地獄確定。この時点でもうキレそう』

 

 

 アオイはこの時点で、ハルトがかなり焦っていると察した。ネモに対する建前も吹っ飛んでいる。

 

 知れ渡ることが確定した、ということは、これからあるいは現在進行形でそうなることを何故かハルトは知っていて且つ手を打てない状況に追い込まれているということになるのだが、その辺りの説明はない。

 

 

『それに伴って、理事長から打診を受けてた件に乗ることになったんだ。古巣に残しておいた身分使って、表向き在籍出向の扱いでリーグの職員やる……これはまあいい。調べて出てくる明確な地位があるのとないのとじゃ雲泥の差だ」

 

「ふんふん…………待って。表向き?」

 

『だって嘘だもん。古巣には話があったその場で連絡入れてたし籍も残してあるのは本当だけど仕事なんてないない、むしろ無事出向期間を全うして実績も残したっていう結果のためなら窓際ムーヴも厭わないってことでクラベル先生も許してくれたんだから』

 

「……まさかその期間って」

 

『理事長がぼくらの家に直接話を持ってきた日から』

 

「うわぁ……」

 

 

 その実績は確か、ここ一週間でのものだったはず。そして理事長が家に来たのは二週間前。

 

 ドン引きすべきは嬉々として乗ったハルトに対してか、それともハルトの諸々のスタンスも織り込み済みで用意した契約書から棚ぼたとはいえまんまと囲ってみせた理事長に対してか――どっちもである。

 

 今の口振りだと、後者には古巣のボスも含まれるのだろう。アオイもよく知っている人だ。きっと今ごろ部下と一緒に手を叩いて笑っているに違いない。

 

 アオイが苦笑いで懐かしい面々に思いを馳せていると、途中から黙っていたネモが会話に参加してきた。

 

 

「……うん? じゃあ、何も悪いことなくない? 足枷だと思ってた風評が丸ごとおいしい立場の証明になったってことだよね?」

 

「そうだよハルト。確かに最初のホームルームは地獄だろうけど、地位があるんだから正式な呼び名なんて後からいくらでも…………」

 

 

 言いかけて、アオイは待てよと息を呑む。

 

 ネモの言う通り、立場を得た今となっては破天荒な風評もスパイスだ。ハルトだって、それはまあいいと言っていた。であるならば依然、論点は呼び名のことに他ならない。

 

 確定した周知と羞恥……わかりやすい立場……それを担保する実績……その実態……そして。

 

 身を潜めている――そう表現したくなる現状とは?

 

 

「ねえハルト。話は戻るけど、新しい待ち合わせ場所の希望はどこなの?」

 

『何一つ戻ってないんだよアオイこらオイ』

 

 

 そこから逃げ出すのではなく、こうしてわざわざ電話でネモを呼び出した理由は?

 

 

 

『アカデミーのグラウンド。課外授業の説明を兼ねた全校集会にて、アングラな部分をキレイキレイに脚色した例の呼び名の成り立ちごと実績に連なる風評へと絡めましてご丁寧にご紹介に預かるます』

 

「何やらかしたらそんなことにまで?」

 

『ぼくじゃなぁぁあああいッ!!!!』

 

 

 

 その叫び声が最後だった。

 

 電話の向こうで「ここにいたのですか。探しましたですよ」という男の声がした途端、通話が切れた。

 

 二人は顔を見合わせる。そして。

 

 

「今のが相談ってことにならないかな?」

 

「さっすがネモちゃん。……だったら話は全校集会で生徒会長の言葉にしちゃう?」

 

「アオイ…………容赦なさ過ぎ!」

 

「そりゃあ双子ですから!」

 

「あははっははっ」

 

「うふふっふへっ」

 

 

 ハルトにとっては冗談で済まない暫定冗談を飛ばし合いながら、ポケモンセンターを後にする。

 

 ボールの中で全てを聞いていたデスカーンは、今夜は久しぶりに棺を貸してやろうと思った。

 

 

 

 

 

 

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