閏天に滲む   作:アクーシャの底で

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パイプラインを描き出した

 

 

 

 

 

 

「さっき全校集会で紹介されてた子が、今日からこのクラスに新しいお友達としてやってきまあす」

 

 

 教室のドアの前で、先生に呼ばれるのを待つ。

 

 ホームルーム。電話で話した時ともいくらか状況は違うが、地獄には変わりない。

 

 こんなことならバッチバチに余所者扱いされた方が気が楽だった。気兼ねなく突っ張れるからだ。

 

 

 全校集会は盛況に終わった。世にも奇妙な字面だ。

 

 ハルトは満身創痍だった。いや満心創痍だった。

 

 身体の方はすこぶる快調。おかげ様で気絶もできやしない。今日ばかりは、常時サバイバル仕様と言っても過言ではない己の身体を恨んでもいいだろう。

 

 グラウンドに入ってからの扱いは、それはもう酷いものだった。

 

 打ち合わせという名の主文後回しでまずは先生方の好奇の目に晒され、その後はパラパラと集まってきた生徒たちが整列着席するまで彼らと同じ制服姿のまま先生方と並んで立って待つという晒し刑に処された。また迷子になったら大変だからとのこと。

 

 出番の時の記憶はない。何やらとんでもないことを口走ったような気がしないでもないが、よく考えるとお相手さんのご実家で同じことを宣言していたような気がする……というかした。記憶あった。

 

 

「スゥゥゥゥっ、ハァァァァァァァっ…………!」

 

 

 忘れようにも、奥底に深く刻まれているらしい。

 

 例の経歴の紹介からパルデアリーグ挑戦の旨を表明する流れで、生徒会長兼チャンピオンランカーとしてネモが前に出てきたのだ。当然、ハルトの中のネモに関する「やってしまった」フォルダは大幅に更新。

 

 知らなかった上にハルトからすればクラベル先生へ向けた発言だったとはいえ、とてつもなく舐め腐っていたように聞こえたに違いない。そう確信したから、さっさと出番を終えようとしたのだ。

 

 

 ――終えようとしたはずだった。

 

 

 

「どうぞ入ってきてくださあい」

 

 

 ドアを開けて、教壇の脇まで歩く。

 

 一斉に注がれる好奇の視線。それらは酷く純粋で、キラキラとしている。憧れの眼差し。

 

 集会の時とどちらがマシかなど考えるまでもない。

 

 どちらもごめんである。

 

 

「では改めて、自己紹介の方お願いしまあす」

 

「どうも、ハルトです。さっきぶ……り…………」

 

 

 静かに深く息を吸って自己紹介に臨んだハルトは、しかし二言目でフリーズする。原因はハルトから見て右斜め前。整然と並ぶ机。その真ん中の列の先頭に、非常に見覚えのある顔。

 

 その溌剌とした目を見開いて、同じく目を見開いて固まるハルトを凝視しているその顔は。

 

 

「ぇっと……さっきぶり、だね? ぁははっ……」

 

 

 答えるネモの顔はほんのり赤く、頬は緩み、そしてオレンジの瞳はほんの少しだけ潤んでいて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルトハルト! おとなのサンドだって! 野菜中心辛めのソースでさっぱりと食べられる!」

 

「さっぱりとした、大人の味わい……そうだね。ぼくにはまだまだ遠すぎる」

 

「なに言ってるの?」

 

 

 アオイと二人、学生食堂でサンドウィッチをシェアしてくつろぐ。初回利用ということで少し贅沢をしてみた。おとなのサンドと、ピーナッツバターサンド。後者は胸焼けが心配だったが、塩気がいい感じに効いていて食べやすかった。

 

 嫌でも集まっていた視線が散ってきたころ、二人は声をかけられる。

 

 

「……オマエらだったのか」

 

 

 ペパーだった。

 

 手に何かのメモを握り、足元にはクワッスがいる。ハルトのクワッスである。

 

 立ち上がるハルト。

 

 

「突然こんな形でお呼び立てしてすみません、ペパー先輩。知っているとは思いますが……」

 

「ハルトだろ。全校集会には俺も出たからな。学校中がオマエらの噂で持ち切りだぜ」

 

「だってさ、ハルト!」

 

「なに言ってるの?」

 

「え? ハルトとネモちゃんのことじゃないの?」

 

「ぼくアオイが最初っから最後までずーっとニヨニヨ笑ってたの知ってるからな? 忘れてないからな?」

 

 

 アオイが席を立ち、ハルトの正面を空けてペパーを座らせ、自分はその隣に座り直す。

 

 ハルトは小さく咳払いした。

 

 

「アオイがお世話になったようで」

 

「居合わせただけさ……むしろ俺の方が面倒ごと押し付けちまったっていうか…………あとペパーでいい。敬語もいらねえ。なんかむず痒い」

 

「OK、ペパー。じゃあさっそくなんだけど」

 

 

 視線だけで食堂を一瞥してから切り出す。

 

 

「例の二体。片方はぼくが預かることになった。そのまあ、あれだ……色々と、ありまして」

 

「あー……まあ、なんだ。詳しくはわからねえけど、兄妹でやった方がやりやすそうだよな」

 

「そう! そうなんだよ! そういうことにしておいてくれるとぼくの心が助かるんだよお!」

 

「おっ、おぉう……そ、そうか。わかった」

 

 

 ドン引きしながらも頷いてくれるペパー。

 

 

「わざわざ報告するために……ありがとな。アオイとあの生徒会長が揃って太鼓判押すヤツなら安心だ!」

 

 

 爽やかなサムズアップまでくれるペパー。ハルトは割とガチで癒しを感じた。

 

 

「それは何より。――ただ」

 

 

 だから少し、罪悪感の嵩が増す。

 

 

「ミライドンもそうなんだけど、特にコライドンが、話に聞くフォルムチェンジもできないくらい弱ってるみたいでさ。……ポケモンセンターで回復しても駄目だったんだよね?」

 

「うん。わたしやネモちゃんを背中に乗せて歩くだけなら問題なかったんだけど」

 

「ぼくらの方でも調べては見るけど…………ペパーに答えられる範囲で何か、専用に近いケアの仕方とか、滋養強壮剤的なものって、あったりしない?」

 

 

 例えその表情がどれだけ苛烈に変わったとしても、目は逸らさないし取り乱さない。

 

 それくらい大げさな覚悟をもって、ハルトはペパーの返答を待つ。

 

 

「…………悪いけど、俺は知らない。答えられない、じゃなくてな」

 

「…………そっか。うん。ありがとう」

 

 

 ハルトはそこで切り上げようとした。アオイも同じだった。だが、

 

 

「――アイツら専用ってわけじゃ、ないけどよ」

 

 

 そう言って、ペパーは一冊の本を出した。

 

 パルデアにしかない珍しい食材の情報が載っているらしい。それは食べればたちまち元気になる食材で、曰く、その粉末を一口舐めるだけで滋養強壮血行促進老化防止に免疫アップなどなど、もはや単なる健康に留まらなそうな効果があり、それを証明するかのように強大な力を持ったヌシポケモンが独占しているのだとか。

 

 ハルトはヌシポケモンとやらに心当たりがあった。縄張りらしき場所にも。

 

 

「じゃあその秘伝スパイスがあれば」

 

「つってもこの本自体、都市伝説レベルの噂がメインだからな。秘伝スパイスだって、眉唾の可能性の方が高い。……危険な目に遭ってまで探し回るものかって言われると…………」

 

 

 尻すぼみになっていく言葉。伏せていく目。閉じた本に添えられた手は強張っている。

 

 その様子には覚えがあった。ペパーは無意識に周りを拒絶している。それは人間不信などではなく、そうすることで自分は一人でも大丈夫だと強がるために。強がってないと、動けなくなってしまう。その強がりが、自分を動かす最後の動力だから。

 

 ハルトはよく知っている。関係の浅い人間に、それを看破される恐怖もセットで。

 

 だからハルトは、踏み込めない。

 

 

「……ううん、そうでもないかも」

 

 

 踏み込んだのは、アオイだった。

 

 

「ヌシポケモンって呼ばれている個体がいるのは本当なんだよね?」

 

「それっぽいのは見たよ。明らかにサイズがおかしいやつ。っていうか襲われた」

 

 

 すかさず乗っかるハルト。ペパーの意識を分散するために、シャレで済まない実体験をさらりと混ぜる。

 

 

「ねえ、ペパーくん。推定五体のヌシポケモンたちの大まかな所在は掴めてるの?」

 

「は? あ、あぁ、一応は五か所…………まさか」

 

「生態系からもわかることはあるんだよ。そのヌシがいつからそこにいるのか? 世代交代はある? あるとしたらスパンは? 時期は? その存在が及ぼしている影響は? 逆にいなくなったらどうなる? ……生物学に片足突っ込んでるけど、これも歴史学の立派な基礎研究って言えるの」

 

「最後の方は応用研究にも両足突っ込んでる気がするけどね」

 

「そんなもんテーマとか方向性次第で簡単に行ったり来たりするんだから気にしない気にしない!」

 

 

 そういうものなのだろうか。もしかするとアオイもよくわかっていないのかもしれない。

 

 ハルトの認識では、すでにある知識や理論を使って問題の解決に繋げたり、何かを実用化したりするのが応用研究だ。アオイが挙げた中だと、ヌシポケモンの存在が生態系に及ぼしてきた影響と、逆にそれがなくなったらどうなるかという想定、この二つが該当すると思ったのだ。

 

 ハルトが遭遇した暫定ヌシは、間違いなく存在自体が早急に解決すべき問題そのものだった。

 

 

「その土地特有の性質だってそう。パルデアなんて、ど真ん中にその最たるものが広がってるわけだから。秘伝スパイスだって、本に載るくらいにはメジャーな氷山の一角でしかなくて、実際はもっと危ないものも含めてごろごろ眠ってるってわたしは見てる」

 

「……………………いいのか?」

 

「こっちのセリフ! ペパーくんこそ大丈夫? ダークグレーな歴史論文に名前載っちゃうかもだけど」

 

「それは……考えさせてくれ」

 

 

 ペパーに笑顔が戻った。苦笑いだが。

 

 そしてそれを見て、ハルトはようやく肩の力を抜くことができた。

 

 アオイとネモから例の二体のことと合わせて相談を持ちかけられた時から胸騒ぎが止まらず、対面した時は想定の遥か上をいく有様に絶句しかけた。

 

 なんで最低限どころか普通の愛想を保っていられるのかまるでわからなかった。それも恐らく平時の性根に由来する本物を、だ。あのアオイが珍しく遠慮がちに零した通り、明らかに尋常ではない。

 

 ハルトには打つ手がなかった。アオイが繋ぎ止めたのだ。そして繋ぎ止めるだけでは飽き足らないのが、ハルトが良く知るアオイという人間である。

 

 

「さて、積もる話もあるだろうし後は若いお二人で。ぼくは職員室に用事があるからもう行くよ」

 

 

 嘘である。アオイが何も言わないのをいいことに、ハルトは席を立って歩き出し、

 

 

「ペパー」

 

 

 すれ違いざまに足を止め、ペパーの肩に手を置く。

 

 

「アオイのこと、よろしく頼むよ。ヤバいと思ったら遠慮なくぼくに通報してくれて構わないから」

 

「通報って……ははっ、わかったよ。もしもその時が来たらよろしく頼むぜハルト」

 

 

 連絡先を渡して、二人以外に生徒のいない学生食堂を出た。購買部を通り過ぎ、医務室もベッドの誘惑を振り払って通り過ぎる。

 

 昼時をだいぶ過ぎている。今日はもう予定はない。寮の部屋で荷解きでもしようか。

 

 

 ロトロトロトロト……ロトロトロトロト……

 

 

「さっそく通報だったりして」

 

 

 別れ際の二人の様子を思い出して笑う。しかし画面に表示されていたのは非通知の三文字。

 

 

「ふむ」

 

 

 マナーモードにして歩きながら鳴り止むのを待ち、非通知を着信拒否にした。

 

 出る義理もなければ気分でもない。引っ越しを機に番号も変えたばかりだが、そういうセールスの方々も勤勉というか見境がないというか……せめて非通知はやめろよと言ってやりたいが、応答したという事実をワンチャンあるという風に曲解された挙句、そういう番号として広められるので無視に限る。

 

 メールやSNSも同じだ。迷惑メールフォルダも放置すればしっかりと重くなる。削除したいのに重過ぎて開けなくなった時のことは今でも忘れられない。まだ電子機器用ロトムの育成論が確立していなかった時代では、それを狙った大量メール爆撃などという野蛮なサイバーテロが存在したらしい。

 

 誠に遺憾ではあるが、ハルトもアカデミーとリーグ双方の公式サイトにアドレスが載ることになった身。運用方針はロトムの教育と合わせて最初からガチガチに固めておく必要がある。やはり今日は部屋に戻って色々整える時間に充てるか。

 

 ぼんやりと考えながら、螺旋階段をゆっくり一階分上り終えたその時――スマホロトムが震え出す。

 

 

 ロトロトロトロト……ロトロトロトロト……

 

 

「……!?!!?」

 

 

 マナーモードにしたはずだった。したつもりだっただけか? スイッチを見る――してある。

 

 画面を見る。――非通知。

 

 切った。

 

 立ち止まる。エントランスホールの喧噪が聞こえてくる。ゲートは目の前のドアの向こう。

 

 今日はもう予定はない。いや、そもそも予定という予定はホームルームくらいだったはずなのだ。それがどうして、どうして――、

 

 

 ロトロトロトロト……ロトロトロトロト……

 

 

「――どォしtクォも、次かrrら次yェとっ……!!」

 

 

 エントランスホールへ続くドアに背を向ける。

 

 螺旋階段を駆け上がり、三階から四階へ。四階から更に上へ。

 

 行き止まりのドアを開け放ち、屋根上の通路に飛び出した。塀の高さは充分。人もいない。

 

 通話ボタンを押してマイクに怒鳴る。

 

 

 

「も"しも"しィィ"ェァ!!?」

 

 

 

 塀の向こうの人の声が途絶えたがどうでもいい。

 

 通路は一本道で他に誰もいない。アカデミー全体で見ても二番目に高く、下からは完全な死角だ。

 

 直接観測できる場所は限られる。

 

 

『……、…………、……ハルトだな?』

 

「さァて、どちら様でしょうかねえ?」

 

 

 合成音声。解析ソフトでもあれば特定できるのか。ハルトにはわからない。

 

 

『この通話は、きみのスマホをハッキングして行っている。ロトムに非はない、とも言っておく』

 

 

 添えられた一言で、ハルトには会話を続ける以外の選択肢がなくなった。わざわざ会話を求めてきている今こそ、その理由も含めたこの危険人物の情報を少しでも引き出すチャンスなのだ。

 

 

『私の名はカシオペア……きみのことは知っている。確かな実績と素質を持つポケモントレーナー』

 

「知らない人なんていないでしょう」

 

『……それも、そうだな。あれだけ騒ぎになれば』

 

「ということは、アカデミーの関係者さんでしたか。それならそうと早く言ってくださいよもー」

 

『…………その腕前を見込んで頼みたいことがある』

 

 

 へえ、と。

 

 機嫌を損ねる気満々だったハルトは若干の拍子抜けと共に居住まいを正す。

 

 手段は褒められたものではない。だがとりあえず、害意はない。そう仮定して接する分には問題なさそうだと見た。ついでに言えば、カシオペアはほぼ間違いなくアカデミーの人間だ。

 

 騒ぎという曖昧なワードだけでアカデミーの関係者だと決めつけられても、スルーして本題に進めようとしたのだ。しかもその内容が、腕前を見込んでの頼み事ときている。

 

 仮にハルトの見立てが的外れで、カシオペアが外のアングラな人間だったとしよう。

 

 慇懃無礼ですらない調子に乗ったクソガキムーブを晒してきたクソガキ相手に、そのまま頼み事などするだろうか。他人のスマホの通話機能をリアルタイムで弄れるほどの技術力を持つ人間が?

 

 

「そうですねぇ……でしたらまあ、とりあえず」

 

 

 もっとも、そんなハルトの浅知恵なんぞで動じたりしないちゃんとした大人だったなら話は別だが、その可能性は考えるだけ無駄だ。元より後手に回っているのなら、太刀打ちできないレベルだと想定して諦めるよりも、頑張ればどうにかできるレベルだと想定して頭を回す方が何百倍も有意義だ。

 

 アカデミーの関係者――教師か、生徒か。

 

 いずれにしても。

 

 

「話だけでも聞いてみましょうか?」

 

 

 他人のスマホの通話機能をハッキングしてまで匿名でのコンタクトにこだわっておいて、いざ会話の段に入れば素性を察せられかねない受け答え。

 

 切羽詰まった焦りのようなものを感じた。そうまでして頼みたいこととは何なのか。

 

 ハルトは興味が湧いていた。

 

 

『きみはスター団を知っているな?』

 

「…………なるほどなぁ……お前が、そうなのか」

 

『……なに?』

 

 

 全部吹っ飛んだ。

 

 

「あぁはいはい、なるほどね。騒ぎか……騒ぎねえ。確かに集会とは一言も言ってないし、あれだけのって修飾語まで付けて騒ぎって表現するのは違和感あったんだよねえ。仮にも全校集会のことをさ。ぼく個人のメンタルはともかく進行自体は全体通して恙なかったのに。――つまり何が言いたいかっていうとね?」

 

 

 それでも、ハルトは冷静だった。

 

 冷静にブチキレていた。

 

 

「あのド腐れミーハー不良集団とは良い意味で繋がらなかったぞカシオペアさんよォ。覚悟の準備ができたから出頭してきたって理解でOK?」

 

『っ! 待て違……! ぁ、……いや落ち着け! 私はきみの敵じゃない! 敵じゃないんだ!』

 

「いや知らなかったな。出頭ってのは今どきリモートでも成立するもんなのか、ええ?」

 

『……っ、……顔を出せないのは……申し訳ないと、思ってる……こんな形でしかっ……虫が良すぎるのも承知の上で…………頼む……! それでも! 話、だけでも聞いてほしい……他でもないきみに……!!』

 

「だったら言葉選びに気をつけろ。ぼくが今、簡単に冷静さを欠ける状態だってことを忘れるな」

 

 

 口ではそう言ったが、カシオペアが何を言おうと、ハルトは聞く耳を持たないつもりでいた。

 

 聞いてやる義理がない。気分なんてもってのほか。いっそ聞いているフリをして通話を繋げたまま校長室に突撃でもしてしまおうか。

 

 どう冷静さを欠いてやろうか。仄暗い愉悦で怒りを抑えて、カシオペアに答えを促す。

 

 

 

『スター団を、解散に追い込みたい……! 再発の余地なんてない、完膚なきまでの解散にっ!!」

 

 

「……………………続けろ」

 

『……知っての通り……スター団はアカデミーの風紀を乱し、周囲に迷惑をかけている。ド腐れミーハー、だったかな……まったくもってその通りだ……今朝の騒ぎが……まさに、その最たる実例だろう。そして、私は…………私もっ、彼らの有様は、腹に据えかねている……! だからっ、だから……!」

 

 

 仄暗い愉悦も、それで誤魔化していた怒りも、嘘のように失せていた。

 

 

『だから私は、そんなスター団を、解散させ、星屑に変える作戦――スターダスト大作戦を考えている』

 

 

 そこまで言い切って、カシオペアは口を閉ざした。

 

 本当に、話だけをしてそれっきり。

 

 通話はまだ繋がっている。

 

 

「――オペレーション・スターダスト」

 

『…………え?』

 

 

 アオイがいたら、なに言ってるの? と、首を傾げてくるだろう。――本当にその通りだと思う。

 

 

「アジトが複数あるのは知っている。それぞれに名前があるのもな。完膚なきまでに解散を知らしめるっていうなら、一つ潰すごとに作戦名を掲げた方が効果的だろ。オペレーション・アジト名、みたいに」

 

『…………じ……じゃあっ』

 

「今日のところは……ここまでにさせてもらう。やることが多いんだ、こっちは」

 

『わ、わかった。すまない…………ありがとう……」

 

「それと、ハッキングのことは知らないが、弄ったらその都度元に戻しておけ」

 

 

 その答えは聞かず、ハルトから通話を切った。

 

 しばらく画面を凝視する。

 

 踵を返して通路を戻り、中途半端に開けっ放しだったドアを潜る。螺旋階段を下りて三階へ。

 

 そのままエントランスホールへ続くドアを開けた。寮の部屋は二階だが、ホールの二階は東西間で行き来できないのだ。

 

 大図書館のようなエントランスホール。渡り廊下を進むと、中心に創始者の像が立ってなお空間が開けている贅沢な自習スペースに出た。そしてなんとなく、像の周りをぐるぐる回る。

 

 ゆっくり歩いてきた速度そのまま回り始めたため、台座に収納された本を物色しているように見えているだろう。控えめに行き交う生徒たちは皆、自分のことで手一杯というように足早だ。

 

 

「ぼくが、抱えすぎなだけなのかな……」

 

 

 スター団。不良集団。例の呼び名――『アーマーガアコード』を、あろうことか公に周知するきっかけとなった騒ぎの元凶。

 

 それをハルトなど比にならないほどの想いで潰そうと画策するカシオペア。

 

 そして――。

 

 

「…………あああああああもうっ、やめだやめだ」

 

 

 あの子は悪くない。ネモの時と状況は違うが、本質的な部分は何一つとして変わらない。

 

 例え噂の発端だったとしても……いや、だとしたら尚更、在り方を全うしなければならない。

 

 元の恥ずかしさ以外で、恥のないように。

 

 あの涙と笑顔に、決して恥じることのないように。

 

 

 ――恥ずかしいのは、ハルトだけで充分だからだ。

 

 

 

 ピン ポン パン ポーン

 

 

『――――ハルトさん。アオイさん。至急校長室までいらしてください』

 

 

 固まった。像の正面でピタリと。自習席に座る生徒たちが顔を上げる。一人が振り向いて声を上げ、続々と視線が集まってくる。

 

 止まった足の代わりとばかりにダラダラ流れる嫌な汗。心当たりしかない、今日このごろ。

 

 直近はもちろん、屋根の上での第一声である。

 

 

『繰り返します――――。ハルトさん。アオイさん。至急校長室までいらしてください』

 

 

 ざわざわ、ざわざわ。全部が全部、それではないとわかっていても、そんな気がしてくる。

 

 それが針の筵というもの。

 

 校長室は確か、南西側の三階だ。

 

 ハルトはわけもなくスマホを取り出し、適当な画面を開いてわけもなく頷く。

 

 そして悠然と、西側を目指して歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の向こう――――グラウンド。全校生徒の前でクラベル校長の紹介に預かる双子の姿。

 

 可愛らしい見た目に反する厳つい経歴と実績。

 

 その天真爛漫なマスコット感で、恐らくは最初からそういう類の嫉妬の対象外に爆速で飛び出していった上で、歴史担当のレホール先生と話を弾ませる知性を見せつけた少女アオイ。

 

 そして、巷で流れる浮ついた噂の実態を地に足つけながらも更に大きく見せつけた挙句、全校生徒と教師が見守る中で生徒会長に真っ向からプロポーズじみた啖呵を切った少年ハルト。

 

 そんな劇薬が諸手を上げて受け入れられる、都合の良すぎる現実離れした民度…………あれからまだ年数が浅いのもあるだろうが、それにしても凄まじい光景だと言わざるを得ない。

 

 もっと早く――あの時に、来てくれていたなら。

 

 そんなこと少しも思わないと言ったら嘘になる。

 

 けれど、来てくれたのが今でよかったという気持ちの方が何倍も強かった。

 

 だから。

 

 

『えーっと、すみません。知りたくもないですね』

 

『ふぁん????』

 

『うん、わかった。わかったから勘弁してお願い』

 

『話だけでも聞いてみましょうか?』

 

『……………………続けろ』

 

 

 甘んじて受け止める。成り行きなんて見なくても、彼がそれを望まないことは、見て取れたはずだった。覚悟の準備。言い得て妙かもしれない。決めきれずにズルズルと、足だけ運んで引き金だけは引いていく。後先なんて考えず。あの時も、今回も。

 

 だから今回は、今回こそは何としてでも報いたい。きちんと全部を終わらせることで。皆にも、彼にも。

 

 ただの弱い一個人としてではなく、元凶として巻き込むことでセンセーショナルな実績を確約するのだ。贖罪擬きの自己満足でしかないが、他に何か良い案があるわけでもない。

 

 図らずも、引き金がそのまま布石になってくれる。スター団への怒りすら、その矛先を変える。

 

 

 ――星屑と散るのは、自分だけで充分だ。

 

 

 

 

 

 

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