閏天に滲む 作:アクーシャの底で
ヒロアカ7期のオープニングが本作ハルトくん過ぎたので更新
虹が差すクリスタル
「さてと、クワッス。何だかんだで理想的な初陣だ。楽しんでいこう」
「ッス」
「くぅーっ! いいね二人とも! ニャオハ、相性は当てにならないと思って全開でいくよ!」
「ニィハッ」
アカデミーのグラウンド。バトルコート。
少なくないギャラリーに囲まれて、ハルトとネモが向かい合う。ルールは一対一。
審判はキハダ先生。
「これより! チャンピオン・ネモと! 転入生ハルトによるエキシビションマッチを始める! なお! 今後の授業の教材として! バトルは録画させてもらうからそのつもりで! 両者とも準備はいいか!?」
「はい!」「いつでも」
「よろしい! では…………バトル、開始ぃ!!」
気持ちのいいかけ声。間髪入れずネモが続く。
「先手必勝! ニャオハ、連続で"このは"!」
「落ち着いて躱わすんだ」
勇ましさとは裏腹に無難な様子見。飛び道具による出方の炙り出し。
対するクワッスは軽快なステップで左右に動く。
フィールド上を舞う木の葉の残骸。
十発目をやり過ごした時だった。
「"でんこうせっか"で詰めて"かみつく"!」
飛んでくる"このは"以上のスピードでニャオハが一気に距離を詰め、クワッスに牙を剥いた。"このは"のようには躱わせない。クワッスはその場を動かない。
ハルトは落ち着いていた。クワッスもだ。
「"みずでっぽう"で押し戻せ!」
軽快だった足元が嘘のようにどっしり構えて、腰の入った一射を撃ち放った。
"かみつく"気満々だったニャオハの大口に。
「ニァォゴボゴホォボボゴ!!?」
「うわっ、ニャオハ 大丈夫!?」
当然ながら"でんこうせっか"ごと中断して涙目で悶絶するニャオハ。さすがのネモも心配が勝つ。
容赦しないハルト。
「今のうちに"ふるいたてる"!」
「ッス……!」
咳き込むニャオハを油断なく見つめながら、一度と言わず積めるだけ積み始めるクワッス。
物理特殊問わず、上昇していく攻撃力。
ニャオハの咳が治まるか否かのタイミングでハルトが動く。
「今度はこっちの番だクワッス。一発一発、仕留めるつもりで"みずでっぽう"連射!」
「"でんこうせっか"で駆け回れ!」
残像を残し、ニャオハが消える。消えたその位置に水の塊がドバシャッ! と着弾する。
フィールド上に分身手前の残像を引いて、縦横無尽に駆け回るニャオハ。先ほどの一射とは速度も威力も段違いな"みずでっぽう"で弾幕を張り、自身も必要に応じて距離を測るクワッス。
均衡は長くは続かなかった。ニャオハが弾幕の隙を突き抜けたのだ。
「"かみつく"!」
次の場所に動こうと重心を傾けていたクワッスの、傾けていた方と反対の斜め前から迫るニャオハ。
無理に躱せば、足が縺れる。"みずでっぽう"も間に合わない。
「受け止めろ!」
左の翼を差し出した。
食いつくニャオハ。少しでも衝撃を受け流すため、動きかけの足は止めずに駆け出す。
クワッスは痛みで怯みそうになったが、そういう時にどうすればいいのか知っていた。
そして、誂え向きの指示が飛んでくる。
「"なきごえ"!」
「――クォワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ニ"ェ……ォッ、ァ……!」
グラウンド中に響き渡る渾身の"なきごえ"。
それを至近距離、耳元で。
明らかに攻撃力の低下だけでは済まない揺さぶりがニャオハの視界と脳を襲い、拘束が解ける。
しかし依然、距離はゼロ。
好機を逃すネモではない。
「"このは"!」
それはニャオハも同じだった。
「ァっ……ニ、ィイャッハァ!!」
「グォホァッ……!!」
「クワッス! 根性あるなぁそのニャオハ……!」
派手に吹っ飛ぶクワッス。
思考の隙と纏めて誤魔化すためのハルトの軽口に、ネモは追加の指示で応える。
「"つめとぎ"!」
先ほどのハルトたちのトレースでもって。
下げられていた攻撃力はリセットされ、技の狙いはより確かなものへと。
否、クワッスが着地して持ち直すまでの僅かな時間で更に重ねて研ぎ澄まし、
「フルパワーで"このは"!」
名ばかりの嵐がローラーをかけるようにクワッスへ向けて放たれた。
「"みずでっぽう"で打ち消せ!」
"げきりゅう"が乗った、今のクワッスに出せる最大出力。迫りくる木の葉の壁。
半ば見上げるほどだったそれは、
「クォオオワッ……!」
クワッスに届く一歩手前でかき消えた。
余波の突風に煽られて二、三後転。
顔を上げる。
正面。右に審判、左端にハルト。
もう一度大きく右を向くと、フィールドの端で獰猛に笑うネモの姿――それだけ。
「今ぁ!!」
その声で。
クワッスだけでなく、片腕を上げて風を凌いでいたハルトも察する。
消えたニャオハ。その所在は、上。
嵐のような"このは"は、それを放つニャオハ自身の推進力にもなっていたのだ。
ニャオハは落下を始めていた。放物線の延長へ。
次弾の"このは"をその身に纏い、"でんこうせっか"で駆け下りる。
鎧にもなる推力を、そのまま止めの一撃にせんと。
一瞬、ハルトとクワッスの目が合った。
「迎え撃て!」
"げきりゅう"に任せた"みずでっぽう"。
手応えは――ない。
「だと思った――!」
ネモの端的な歓喜――。
クワッスの背後で、無事着地していたニャオハ。
"みずでっぽう"スレスレの軌道を行き、そのまま頭上を越えてきたのだ。
距離はほぼゼロ。
"でんこうせっか"も"このは"も継続している。
クワッスが身体ごと振り向いた時には、圧縮された木の葉の嵐がゼロ距離で爆ぜているだろう。
――ニャオハが着地を決めた時点で、ネモは決着を確信していた。故に、一足早く歓喜が溢れたのだ。
「だと思ったぁ!!」
「――こっちのセリフだァ!!」
ネモの予想通り、クワッスは身体ごと振り向いた。
ただ、その足は滑らかに、柔らかく捌かれて。
その翼は鋭く、身体の陰から伸びるように。
「ッスァ!!」
振り向きざまに"つばさでうつ"。
"このは"ごと、ニャオハの横っ面を強かに打ち付けて吹き飛ばす。ネモが立つフィールドの端へ。
行き場と制御を失った"このは"が炸裂する。
「ニャオハっ!?」
目の前まで飛ばされてきたニャオハに一瞬だけ呆気に取られ、弾かれたように駆けよるネモ。
抱きかかえると、目を回していた。
キハダ先生も駆け寄ってきて確認し、手を上げる。
「ニャオハ戦闘不能! よって勝者は――」
「審判!」
遮る声。ハルトが真っすぐに手を上げている。
そのまま歩き出した。いつの間にかグラウンド中の生徒が集まっている。というか増えている。
ざわめきの中を歩き、クワッスのところへ。
大勢が見守る中、クワッスのすぐ隣で立ち止まる。
片膝を突いた。
「初陣の佇まいじゃないんだよなぁ」
翼を振り切った姿勢のまま、ネモたちの方を向いたまま、微動だにしないクワッス。
その頭に手を乗せて、ハルトは嬉しそうに笑った。
「……!!」
目を見開いてダッシュで駆け付けたキハダ先生に、ハルトは顔を上げて言う。
「そういうわけなので」
「いいのか?」
「誰よりもこいつが納得しません」
「……そうか。わかった!」
そして、
「ニャオハ、クワッス、共に戦闘不能! よって、このバトルは引き分けとする!」
「ネモ!」
審判の宣言に、間髪入れずハルトが続く。
ニャオハを抱いたままポカンとしているネモ。一拍置いて、ハルトは空いている方の拳を突き出した。
「次は勝つ! お互い時間が空いたら戦ろう! 存分に戦ろう!」
「っ! ……うんっ!! 約束!!」
「二人の健闘に拍手ー!!」
号令を皮切りに、たくさんの拍手が送られる。
その数は、バトル学の受講者数を優に超えていた。
「歴史はイイ……素晴らしい……先人たちが積み重ねた時間が、我々の生きる今へと繋がっている……!」
いつも通りのレホールさん。今は先生だが、アオイからすれば同じこと。気分はずっと、彼女の生徒だ。向こうは少なくとも有益な存在だと思ってくれているだろう。
アカデミーの教師になったと聞いた時は耳を疑ったが、クラベル校長と話してみて納得した。
そして密かに歓喜した。
クラベル校長が歴史あるアカデミーという檻の中で手綱を握ってくれれば、万が一を考えなくてもいいと思ったからだ。自分で好き勝手動けないレホール先生は、アオイにとってこれ以上ない後ろ盾になる。
単位の融通も半分冗談で半分本気だ。なんのことはない。レホール先生が授業で取り扱う題材の中に彼女自身が調査対象として目をつけている伝承が含まれていて、その内容がアオイのフィールドワークにも関連してくる上に、アオイの見立てではジニア先生も目の色を変えるものであるというだけのこと。
成果を求めるなら多少の放蕩には目を瞑ってもらう必要があるし、アオイが納得できる成果が出るということは、つまり単位がどうだのと言っている場合ではなくなることを意味するのだ。
体面を鑑みても、レホール先生を監督役にアオイが実働要員として暴走する形が後々丸く収まる。
もっとも、今やそれだけが理由ではないのだが。
「本日は、パルデア地方で最高に未知なる場所、謎の大穴について学びたまえ」
大穴。パルデアの中央を占める巨大な空洞。
エリアゼロ。
界隈問わずテラスタルと並んで真っ先に挙がる土地特有の性質。アオイがパルデアに目をつけたきっかけでもある。
「その地層や成分によると、百万年以上も前から存在すると研究されているのだ。そんな謎めく大穴の底には、昔からあるものが眠ると信じられていた」
「…………」
「……さて、ここで開始前から瞳孔が開きっぱなしのアオイにクエスチョン」
アオイの背に視線が集まる。左隣に座っているネモは、微笑ましそうにアオイを見る。
「パルデアの大穴、内部……エリアゼロの奥底に眠ると信じられていたものは何だろうか?」
「財宝!!」
「フッ、即答か。ならば……その財宝を求めて大勢の人間を探索に遣わした国の名前は?」
「パルデア帝国!!」
「共に正解だ。このワタシに先駆けて、パルデア中の遺跡や遺物を調べ尽くそうなどとのたまうだけのことはある。予習もバッチリだな」
「うへへぃ」
「そう。まさに今、アオイが食いついたように、昔の人間はエリアゼロの奥底にこの世の全ての物より価値がある財宝が眠ると信じていた。その筆頭が、これもアオイが食い気味に答えてくれたパルデア帝国の皇帝だ。パルデア帝国とは、今から約二千年前にこの地を治め始め、約千年もの間、大勢の人間をエリアゼロの財宝探索へと送り込んでいた国でな」
パルデア帝国史は、大探索時代史と呼んで差し支えないほど大穴に傾倒しているのが特徴だった。
財宝の言い伝えや、探索が千年も続くほど難航した
ことから感じられる大穴そのものの神秘性など、触りだけなら子供でも直感的に理解できる程度にはわかりやすい。かくいうアオイも、幼心にそのロマンを感じ取り、魅せられた一人だ。
「皇帝は極めて独裁的だったとされている。加えて、千年以上も昔となると、文明は今ほど進んでいない。当時の人間は不思議な言い伝えやまじない……人知を超えた存在を信じやすい傾向にあった。これらのこともあって、皇帝主導の下、大探索時代が長きに渡って続いたわけだが…………では、アオイの隣でいい笑顔なネモにクエスチョン」
「……! はい!」
「予想でいい。代々の皇帝が、帝国がそうまでして財宝を求めたのは何故だと思う?」
「隣国に対抗する力を得るため、ですか?」
「……ふむ、正解だ。予習にしてはディープだな?」
「アオイが楽しそうに教えてくれました!」
「やはり貴様だったか。クックック……この調子だとカリキュラムを逸脱するのも時間の問題だな」
「えへへぃ」
「とはいえ、テスト範囲は予定通りだ。そこについては心配しなくていい。そうだな……少々気が早いが、中間テストの返却が終わるころにフィールドワークを挟んでもいいかもしれん。例えば、今話題に挙がった隣国に関して、物見塔の上から見える風景を基に失伝してしまった国境線を考察してみたりな」
その提案で、元々つり上がっていたアオイの口角が更につり上がった。
監督役という名の留守番に甘んじる気など更々ないらしい。そんな気はしていたが、クラスごと出向こうという発想には恐れ入る。生徒たちも乗り気だ。右隣に座っている女生徒からは「アオイちゃんナイス!」と賛辞を送られ、机の下でサムズアップを返す。
「話を戻そう。隣国に対抗する力を得るため、帝国は大勢の冒険者を遣わした。しかし、誰一人として最新部へは到達できなかったそうだ。過酷な道のり故か、未知なる存在と遭遇したか……今も定かではないが、難易度の高すぎる大探索が大穴の神秘性を高めるのに貢献したであろうことは、想像に難くあるまい」
そこまで言って、レホール先生は「ああ……!!」と幽鬼のような吐息を零した。呼応するように、横に流している前髪の枝毛がピクピク動く。
「ワタシも整備されていない当時のエリアゼロを探索したい……!! 迅速なタイムマシンの開発が望まれるよ。今では研究所が立っていてロマンもへったくれもないからな」
そして、右手で左手のブレスレットを撫でる。
「……ああ一応言っておくが、パルデアの大穴およびエリアゼロは関係者以外立ち入り禁止だ……宝探しだウッヒョー!! などという戯けた態度で足を踏み入れないように。可能なら、他ならぬこのワタシが一目散に調べに行きたいのだから……!!」
眼鏡の奥の灰色の瞳は、アオイだけを映していた。
恐らくは、勘づかれている。アオイがエリアゼロに足を踏み入れるつもりであることを。それもこれまでの不可抗力とは違って、何か目的をもって自ら赴こうとしていることまで。
そこそこ長い付き合いだ。そういう星の下に生まれたとしか思えないような不可抗力を除けば、軽はずみな気持ちでそういう場所に踏み込むような問題児ではないことはよく知られている。だからこそ対等に近い関係を築けたのかもしれないが、そんなレホール先生も今や問題児を指導する側の立場。
そして同じくらい驚いたのが、テラスタルの仕組みを知る数少ない人間の一人らしいということだ。関係の浅いクラベル校長が人の良さに付け込まれたのかと勘繰りもしたが、どうやらそういうわけでもなく。
単なる教職に留まらない信頼を得て、それに応えているのだ。アオイには、それがとても重い意味を持つように思えてならない。
子供であるアオイと一緒になってはしゃいでくれていた彼女の、大人としての姿。垣間見たことで浮かび上がる予想図。――ハルトと二人での強行となった場合、彼女はどう動く?
良識をもって、クラベル校長と共に二人の前に立ちはだかるのか。あるいは好奇心を優先し、便乗した末に踏み外すのか。それとも、どうにかして上手いこと立ち回るのか…………それだ。それしかない。冷静に考えればそれ以外ない。
……どうやら大人の姿越しに浮かび上がった予想図は、極端な想定に傾く子供らしい幼稚さも浮き彫りにする代物だったらしい。
「ぅぅ…………」
授業はまだ前半戦だが、すでに少し頭を冷やす必要がありそうだった。
コサジの小道の崖下。南パルデア海に面した浜辺。コライドンとミライドンが発見された例の場所にて。
ハルトは一人、波打ち際で胡坐をかく。
「やっぱりその瞬間は見てないか」
「クァイ……」
「いやぁいいっていいって、むしろありがとうだよ。アオイのこと気にかけてくれてたんだろ? すぐにでも遠くへ逃げたかったろうに」
水平線を眺めながら、隣でしょんぼりするカイデンにフォローを入れる。
太陽はだいぶ傾いていた。
もう数分と経たず、空に赤みが差すだろう。
「まあ不安だよね。なら払拭するためにも、とっとと本題に入ろうか」
身体ごとカイデンに向き直るハルト。
「ぼくたちと来てほしい。一緒に、パルデアの頂上を目指してみないか?」
「……!」
カイデンの、他の個体と比べて少々垂れ気味の目が驚きに見開かれる。
ハルトは懐からボールを取り出してカイデンの前に置く。
ハイパーボールだ。
「実を言うと一目惚れでさ。ずっと狙ってた。アオイを紹介したのもその一環……そのまま取られる可能性もあるって気づいてからはプラマイゼロでノーカンの扱いだったけど、まあ、どっちみち一緒に行こうってなったらアオイのことはぼく以上に気にかけてもらうつもりではあったから…………」
我に帰る。
ポカンと嘴を開くカイデンを見て、知らないうちに早口で目を泳がせていた自分に気づいたのだ。
「ごめん。今までまともに仲間集めしたことなかったから、どうしていいかわからなくて」
普通にバトル&ゲットなのだが、ハルトの頭からは
完全に抜け落ちていた。
当然ながら知らないわけではない。ワイルドエリアの巡回では幾度となく現場を目撃してきたし、初心者に関しては事故防止の範疇に収まる介入行為も行っていた。鎮静目的の一時捕獲も一度や二度ではない。
ただ、それらは全て業務の一環だった。ハルト自身が仲間にしたことはない。
アーマーガアとの出会いは、ハルトが物心つく前のこと。クワッスは譲渡が前提の個体で、ネギガナイトに至っては道連れである。
「嫌なら無理にとは言わ――」
嘴でボールをつついたカイデンは、経緯だけ見ればネギガナイトに近いのだろうか。
揺れは一度。かちりとロックがかかる。
「…………うん、わかった。よろしくカイデン」
ボールを手に取り、額に当てる。パルデア地方での二体目。クワッスに次ぐ初期メンバー。
これで準備は整った。
「さて、と……………………」
ふと、崖の方を見る。
ほら穴。
入り口からデルビルが三体覗いている。ここからは見えないだけで、奥にも控えているだろう。
ハルトは少し考えて、ボールを二つ、同時に開く。
「……?」
「スワ?」
「カイデンはぼくの頭に乗って。クワッス、挨拶回りも兼ねてデモンストレーションといこう」
そう言ってハルトが歩き出すと、クワッスも前髪をひと撫でしてからあとに続いた。
そして、
「"アクアジェット"! ぶっ飛ばしてけ!」
ほら穴の入り口に集まっていた計七体のデルビルが纏めて倒れ、そのまま仁義なき蹂躙が始まった――。
「あっははははははははははははははははははははははははは!! よくやったカイデン! ぼくの目に狂いはなかった! 見た? あのヘルガーの顔!」
「クァィ……」
風を浴び、何にも憚らず高笑いするハルト。その前で翼を投げ出してぐったりするカイデン。
その更に前からクワッスがジト目でハルトを睨む。
「ワッスゥ……」
「頭狂ってちゃ世話ないって? 言うじゃないか」
「――ガァウ、グワゥマ」
「鳥よりも鳥頭ってお前が言うなよ素直に泣いていいのか一瞬混乱するだろ悪かったよ調子乗ったのは」
そしてクワッスが腰掛ける位置から重く響く、まるでバイオリンのような鳴き声――。
クワッスだけではない。ハルトもカイデンも、同じものに乗っている。
夜空に紛れる黒鉄の鎧。重さ以上に勇ましい翼。
通常の倍を超す巨体を持った、アーマーガア。
元より高めなその知能は、少なからず偏った鍛え方をしたことで、息をするように捻った暴言を吐くようになっていた。
「いやぁははっ、まっさかちゃんとした縄張りがあるなんて思わないじゃないのよ。上の出入り口二つともコサジタウンの目の前だし、なんか変な苔みたいなの群生してるし」
思い出すのは、アオイとネモから聞いた話。
「真ん中の入り口から入江に下りたとして、わざわざ通る理由はさっぱり。灯台の裏手の道を知ってるなら尚更……アオイが入らずに済んだのはよかったけど」
「グァウ……」
「…………わかってるよ」
ペパーによろしく頼んだのは口実のつもりだった。だが実際は、その場限りの出任せに近い。
通報があれば文字通り飛んでいくが、デスカーンやネギガナイト、アーマーガアまで付いていてそこまでの事態になるとは考えにくい。
本当はわかっていた。ハルトが口実にしたかったのはペパーの方だ。アオイが踏み込んだのをいいことにこれ幸いにと目付け役という体で巻き込んだ。そんなことなど知る由もないペパーから見れば、混じり気のない過保護という絵面で終わることも想定に入れて。
ハルトは最近、自分が少し恐ろしい。体面さえ綺麗に整えれば平気で何でも乱用する節がある。
「だから、パルデアではお前とネギを両方ともアオイに付けるって話で纏まったんだろ。そうすればぼくが必要以上に目をかける理由も手段もなくなる。まずは数日連続で目を離すところからだけど……一日、いや半日ずつでも伸ばしていけたらって思ってるんだ」
至って真面目にハルトは語る。アーマーガアは改めて、アオイがもしかするとヌシポケモン以上に危険な何かを探し求めているかもしれないことは黙っていることにした。
当人も言うように、せっかく少しずつでも進み始めているのだ。要らぬ心配事で水を差したくない。仮にアーマーガアが倒れても、デスカーンとネギガナイトがいる。倒れたのが他二体でも同じこと。
自負があるのは、ハルトだけではない。
「それはそうと、高度上げておこう」
やがて上空からテーブルシティに入り、アカデミーの直上まで来る。モンスターボールのオブジェよりも高い位置にいれば、夜なら意外と目につかない。
なんとなく、正面玄関から入る気になれなかった。
「…………開いてなかったら諦めよう」
クワッスとカイデンをボールに戻し、アーマーガアの背から南西棟に飛び移る。
屋根の上に石造アーチ橋のような構造で設けられた通路を歩いて、本棟に続くドアの方へ。
ハルトはノブを軽く回し、
「部屋の窓は開けとく」
「ガァウ」
そっと開けて滑り込み、音を立てずに閉めた。
螺旋階段を三階まで降りると西棟へ移る。南西棟の二階には職員室があるからだ。それを言うなら西棟の三階は丸ごと女子寮なのだが、ハルトの頭からは完全にすっぽ抜けていた。
それもそのはず。辿り着いた西棟二階。一番手前、本棟側の一室。
「お、おかえりー。ちょうど空いたよー」
中に入ると、ちょうどアオイがバスルームから出てきたところだった。
バスローブ一枚で。
「いやおい玄関の鍵開いてっ、アオイィ……!」
「んえ? ……あー、ネモちゃん帰ったあと閉め忘れたかも? まあデジーがいるし」
「そういう問題じゃないんだよこういうのは、ってかネモ? 来てたんだ?」
「うん……来てもらってた」
「……そ」
「二人でベッドでゴロゴロしてた」
「仲良きことはよろしいことで」
「お風呂は使ってないよ」
「それをぼくに言ってどうしたいんだ」
窓を見ると、カーテンが全開だった。一層げんなりしつつタッセルを解いて、机に荷物を置く。間接照明しか点いていなかったのがせめてもの救いか。明るい室内は夜だと外から丸見えなのだ。
くすくす笑うアオイを無視して、着替えとタオルを手にバスルームへ。
アオイと同室なのは、中途半端な時期の編入で部屋が融通できなかった――というわけではない。
学生寮は西棟を丸ごと使って、一階が男子寮、三階が女子寮となっているのだが、二階は寮監常駐の下でまだ小さい子供や支援が必要な者が集められている。近年は特に低年齢化が激しいため、空いている部屋数で言えばむしろ二階が一番余裕がなかった。
一年半前までは。
西棟の中心は全階とも談話スペースになっている。階段での行き来も可能で、寮監の部屋は二階の階段脇にある特別な一室だ。寮内のどこだろうとすぐに駆けつけられるだろう。そして、アオイとハルトの部屋は寮の端で、且つ人の行き来が最も多い本棟側である。
手続きの段階で深く考えずに楽だからと同室を希望したアオイとハルトに言えたことではないが、それに二つ返事で了承を返してきたアカデミー側に具体的な考えがあるのかは謎だ。
――バスルームを出ると、冷たい風が首を撫でる。
窓が開いていた。カーテンはそのままだ。アオイは机に向かって分厚い本を読んでいる。
ハルトは台所で水を一杯飲んでからベッドに上がり、全身ストレッチを始める。
体勢を変えた拍子に、本の中身が目についた。
「それペパーが持ってた本? 秘伝スパイスの」
「そうだよ。エントランスの蔵書に同じのあったから借りてきた」
「フカマルと……イーブイか。フカマルも充分シャレにならないけど、イーブイが怖いな」
「軽率に独自進化してそうだもんね。栽培に失敗して流出してから、だいたい二百年。世代と一緒に種族も交代してることを祈るよ」
「ペパーが居場所を掴んだっていう五体の中には?」
「怪しいのは二つ。でも片方はたぶん違う。もう片方がもしかしたらって感じかな。オージャの湖にいて、偽竜のヌシって呼ばれてるんだけど、他と違って誰も姿を見たことがないんだって」
「オージャの湖か。あそこで頭張ってるなら相当厄介だよ。湖面から五十メートルの高さ保って飛んでてもギャラドスが喧嘩売ってくるし、いつの間にか真下でミガルーサが激しく群がってるし、カイリューが無言の圧力かけながら並走してくるんだ。げきりんの湖を思い出すね」
「だいたい二週間前だっけ? ナカヌチャンの大量発生と鉄火事変」
「一週間前だよ編入の前日ナチュラルにぼくの出向を陰謀論的予定調和みたいに言うのやめてくれない?」
「……ぅえ? 前日だったの!? だから朝からあんなハイテンションだったんだ……」
「快眠が仇になった貴重な経験としてしばらくは夢に見るだろうね。っていうか今日まで皆勤賞」
そう。あれからもう一週間だ。
どうにか編入前に片付いたと思ってぐっすり眠った翌日に、まだ終わっていないどころか終わりの始まりを宣告された時の絶望と言ったら。いっそのこと日を跨いでくれていればと嘆きたくなるのを、思わずそう願うほど万全に冴え渡っていた理性で考え直して踏み止まっては、踏み止まれるだけの元気を取り戻してしまった快眠を後悔するという悪循環。
そんな今考えても不毛以外の何でもない思考を展開しながら臨んだ全校集会はもちろん、そこに至る最後の引き金となった階段前での騒ぎのことも、まだ記憶に新しい。
総じて、不幸な事故だった。
スター団に対するド腐れミーハーという印象は今も変わらない。しかし彼らが食いついて食い散らかした恰好のエサは、元を辿ればハルトの行いに端を発したものだ。
眼鏡の少女とはあれっきり。授業でも見かけない。それ以前に私服だったため生徒なのかもわからない。宥めるので精一杯で、ハルトからは結局何一つまともな言葉を返せなかった。できれば、もう一度会って話がしたい。
幸か不幸か、その機会の当てはある。
「じゃあ今夜はもうおやすみ? それともこのまま徹夜する? セルクルジム明日朝一番だよね?」
「徹夜明けは相手に失礼だからもう少ししたら寝る。ああそれと、明日から本格的に初心者縛り始めるからココのボールも渡しとく」
「うん、オッケー。ハルトはセルクルジム終わったらそのままカラフシティの方に行くんだよね?」
「そ。スター団のアジトを潰して、カラフジムも突破して一旦戻ってくる予定。そのアジトってのが全部で五か所あってさ。一つが今言ったカラフシティ近くのやつで、一つが最北端の辺境、他の三つは全部大穴の東側にあるんだよ……ぼくの言いたいことわかる?」
言いながら、蒼を基調に翼の意匠が施されたボールをアオイに手渡す。
「……カラフシティ近くのアジトさえ潰せば、西側の統制が無くなるってこと?」
「そういうこと。空中分解をきっかけに団員が減ればよし。東側に流れてもよし。アジトの陥落なんていう大事、それも前代未聞の一つ目ってことでインパクトも大きいから、間違いなく大混乱を巻き起こす」
アオイには言わないが、カシオペアにはネット上でそこそこ大々的にカチコミの告知をしてもらうことになっている。場合によってはスター団に限定した動画配信も視野に入れている。
もちろん、ハッキングによる後始末が前提である。やったことが発想の時点から野蛮の極みにあっても、体面を全く気にしないというわけにはいかないのだ。ハルト自身も、カチコミの時は新調したヘルメットと適当な口布で顔を隠すつもりでいる。
とはいえ、二つ目か三つ目あたりで薄々勘付かれるだろう。ジム戦の時とポケモンを分けるつもりはないし、そもそも他にそんなことを始めそうな人間の候補も完遂できそうな人間の候補もいない。
そして、それでいい。
「……やらしい顔」
「語弊しかないね」
「最初聞いた時は愚痴っぽかったけど、今はもう結構ノリノリだよね」
「否定はしない」
最後の一つを潰す時は、いっそのことヘルメットを取ってみせようか。
そこまでに積み上がった実績に加えて、全校集会で軽く触れた治安維持の名目もそれらしく持ち出して、嫌らしく大げさな演出を振り撒いた上で完膚なきまでに叩き潰してやるのだ。カシオペアのハッキング技術があれば造作もないはずだ。
それこそ全校集会レベルの騒ぎになる。嫌でも目につくだろう。――例え、引き籠っていたとしても。
「……じゃあ、ぼちぼち横になっとく。明かりは別に絞らなくていいから」
「うん、わかった。おやすみー」
「アオイも日付変わるころには寝ておきなさいよ?」
「ねえ急にお母さんやめてっ……!」
アオイが小さく吹き出す。そんなつもりはなかったハルトは口を尖らせる。
「アオイも明日からだろ? 実地での下調べも大事なんだから、資料集めはほどほどにしておきなよ」
「あーううん。スパイスとは別で、気になるところがあったから。ちょっと整理しておきたくて」
アオイはそう言って、先ほど見た時とは別のページを開いてベッドに横たわるハルトの方へ向けた。
「…………なるほど。確かに、これは……察するに、整理っていうのは相談内容のこと?」
「そうそう。とはいっても、ビリジオンたちはさすがに無理だと思ってて」
「そりゃそうじゃ」
気持ち大きめに頷くハルト。
カーテンの揺れる窓越しに、一瞬だけどこか遠くを見つめてから、アオイは言った。
「でもシュリー博士ならお互いメアド知ってるから、このページと一緒に現時点でのわたしの見解も添えて送れば、何か意見頂けるかなって」