閏天に滲む   作:アクーシャの底で

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黒鉄の飛翔影(ハイジャッカー)

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに、無数の火の粉が舞っている。

 

 薙ぐような熱波。チリチリと炙られる。

 

 蒸気を上げる川の水。

 

 白い煙が、黒い煙を煽って散らす。

 

 

 ――わかっていた。

 

 

 それらを纏めて事も無げに吹き飛ばしていく爆発の連続を、予測できていなかったわけではない。

 

 相対した時点で目に見えていた。そのはずだった。

 

 

 ――だが、ここまで……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルシティ東門前の広場。人も疎らな朝早く。

 

 立派なヤシの木を中心に据えた植栽を、円形に囲むように配置された四つのベンチ。

 

 南側を向いた一つに座る一組の男女。

 

 

「まさかお互い気合い入りまくりのフライングちゃんだったとはな」

 

「えへへ……へ…………お恥ずかしいところを……」

 

「なんでだ? 美味そうにアイス食べてただけだろ?」

 

「両手に持って交互にぺろぺろしながらスキップしてるとこにだよ!? 死ぬかと思ったんだよ! そもそもその前にクレープ頼んでるとこから見られてたし!」

 

「そ、そん時はアオイだって気づいてなかったんだからいいだろ!?」

 

「今は全部知ってるもんんん~~!!」

 

 

 真っ赤な顔を両手で覆うアオイに、ペパーはかける言葉が見つからない。

 

 パルデアで新調し、靴擦れの心配も昨日までに解消していたミリタリーブーツの履き心地に浮かれていたアオイも、一応はお年頃なのだ。糖質に偏った過剰な食い気とセットで目撃されれば羞恥心も湧く。

 

 屋台以外には人もポケモンもいない広場でペパーがすぐに気づけなかったのは北側のベンチに座っていたのも一因だが、広場に現れたアオイの姿が、チラリと横目で見ただけではわからない程度には記憶と違っていたのも大きい。

 

 春用制服の上からアウトドアジャケットを重ねて、頭には羽の刺繍付きサファリハットを被り、ペパーのそれと似たリュックを背負う、そのクラシックな装いは学生というより冒険者だった。

 

 

「~~~~……………………ふぅ、落ち着いた」

 

「お、おう……ならいいけどよ」

 

 

 スンッといつも通りの顔に戻るアオイ。シームレスな移り変わりに軽く引きつつ、ペパーは切り替える。

 

 

「で、どうする? もう出発しちまうか? 早いに越したことはねえと思うけど」

 

「そうだね。何でどれだけ時間取るかわからないし」

 

 

 そもそも今日中にヌシを見つけられる保証すらないのだ。南3番エリアは起伏が激しい。効率面でも安全面でも迂闊に道から外れられない。夜は一歩も動けないだろう。

 

 そういう意味でも早いに越したことはない。ペパーの言う通りである。

 

 

「せっかくだから、お昼前にはキャンプ兼探索拠点の設置まで済ませちゃおう…………っと?」

 

「……ん? 電話か?」

 

「うん。でも誰だろ?」

 

 

 ワンコール目が鳴り響いた瞬間から、表面上はそのままに脳内であらゆる可能性を精査するアオイ。

 

 ハルトは今頃ジム戦のはず。ネモはその追っかけで、レホール先生はメール派だ。まだ始業前の時間帯に電話で話す仲なのは、この三人の他には母さんか、今一緒にいるペパー…………そして。

 

 そして、いつ寝ているのか大いに疑問なエリアゼロにいる博士夫妻くらいのもの。

 

 コライドンのことで用事があったハルトが半ば冗談で日の出直後にかけてみたところ、ワンコールで出てくれたのだ。ハルトを締め上げながら謝り倒し、用事を済ませたその流れで、ペパーとは未だ没交渉であると聞き出した。一昨日のことである。

 

 しかしアオイもまた、博士夫妻との関わりをペパーに言えていない。

 

 何か進展があれば向こうからも連絡する。そう約束させたのが裏目に出るかもしれない。心の中で身構えて、アオイはスマホロトムの画面を見る。

 

 

「……?」

 

 

 果たして、その心配は杞憂だった。

 

 杞憂だったわけだが。

 

 

「どうしたのハルト? ジム戦終わったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――サナギを破り、強く大きく育ちましょう~!」

 

 

 揺らめきの中、テラスタルの光が満ちる。

 

 

「キラキラむしデコレーション! 虹のように! 甘さが引き立つビターな後味を召し上がれ!」

 

「ヒィイインメルッ!」

 

 

 結晶を砕いて羽化したヒメグマが、触角の生えた頭を勇ましく振り乱す。

 

 

「クマちゃ~ん、"れんぞくぎり"!」

 

「躱せカイデン! とにかく躱すんだ! 一度でも掠ったら終わりだと思え!」

 

 

 蝶のように舞うヒメグマ。

 

 刺すようなハルトの指示を受けて、カイデンが蜂のように空を縫う。

 

 無数の白い揺らめきに曝された空を。

 

 それは、フィールド中に隈なく撒き散らされた無数の糸くず――ヒメグマの前に戦っていたワナイダーが残した"ねばねばネット"の成れの果て。

 

 ワナイダーが倒れた後も消えることなく、カイデンの"おいかぜ"に煽られて立ち昇り、躍動するヒメグマの爪に絡みついて、そのまましなやかに蠢く包囲網と化していた。

 

 "エアカッター"が"れんぞくぎり"のエサにされたのも痛い。テラスタルによるタイプ一致も加わった今、ヒットアンドアウェイすら選択肢から消えた。

 

 やがて、"おいかぜ"が止む。

 

 その一瞬だけ、ヒメグマによる糸の制御が緩んだ。

 

 

「今だ! ヒメグマを避けて"エアカッター"!」

 

「……! あら~」

 

 

 ふわりふわりと身体を揺らしていたカエデさんが、声の調子はそのままにピタリと動きを止める。

 

 カイデンを囲っていた糸の束は、一陣の風と共に塵と消えた。ただの風と見紛うほど細かい大量の刃によって切り刻まれたのだ。

 

 

「クマちゃん落ち着いて~、狙いを定めて――」

 

「"おいかぜ"! からの"でんこうせっか"!」

 

 

 "ふうりょくでんき"の恩恵を受けつつ、急加速で接近する。当然、そのまま突っ込むつもりはない。カエデさんもそれはわかっているだろう。

 

 謂わば様式美的牽制だ。機能するかは別として、間合いの確認も兼ねているためやらない手はない。自分の方が機動力に長けていて、相手が凶悪な近接攻撃手段を持っているこの対面なら尚更。

 

 

「――"うちおとす"」

 

 

 地面に叩きつけられたカイデンを見て、ハルトはようやく確信した。

 

 これ絶対バッジゼロ個想定の仕様じゃねえ。

 

 

「トドメの"きりさく"!」

 

「カイデン、よくやったよ」

 

 

 傍目にはわからない程度のため息を混ぜて、飛ぶ様子のないカイデンに労いの言葉を贈る。

 

 

「今度は残さず集中砲火だ! "エアカッター"!」

 

 

 身体の痺れで足が縺れたヒメグマに、真正面から無数の風の刃が殺到した。

 

 綺麗に吹っ飛んでいくヒメグマ。

 

 テラスタルが解ける。

 

 

「あらあら~ここにきて最初の"でんきショック"が効いちゃいましたね~」

 

 

 逆に言えば、それがなければ負けていた。

 

 カイデンは"エアカッター"の乱射を最後に、地面で翼を投げ出してぐったりしている。立てはするが飛べはしない。正しく"うちおとされ"ていた。

 

 とはいえ、勝ちは勝ちだ。

 

 ハルトはカイデンを持ち上げて頭に乗せ、ボールからクワッスを出す。

 

 ジム戦を戦った全員で、フィールドの真ん中へ。

 

 

「ジムテスト、合格で~す! ジムリーダーに勝った証として、ジムバッジを差し上げます~」

 

 

 カエデさんからバッジを受け取った。

 

 

「――で、本当は終わるつもりだったんだけど」

 

 

 踵を返そうとしていたハルトがピシッと固まる。

 

 

「もう少し味見したくなっちゃいました。うふふ」

 

「……と、言いますと?」

 

「気づいてると思うんですけどね~、今のバトル、ポケモンたちのレベルはバッジ二個から三個に相当するよう調整していたんですが~」

 

「…………はあ」

 

「戦術のレベルはぶっちゃけガン無視で、捻り潰すつもりで高まっちゃいました~」

 

「でしょうね」

 

 

 そもそもポケモンのレベルからしてバッジゼロ個相当という話だったはずなのだが、そんなところに突っ込んでいる場合ではないようだった。

 

 何故そんな話を持ち出したのか。それが問題だ。ハルトには予想がついていた。

 

 

「せっかくなので~、今度はあらゆる意味で本気を出して~、ハルトさんのガラル時代からのポケモンを墜としてみたいな~って」

 

 

 まともに接続する気のない接続詞を申し訳程度に添えて、笑顔で宣うカエデさん。

 

 そしてハルトが何かを言う前に、軽く屈んで耳元で囁いてきた。甘い誘惑をもって――。

 

 

「――お受けしてくれたら~、オリーブ転がしの籠をぶっ飛ばして半壊させた件は不問にした上で変な噂にならないよう取り計らっちゃおうかな~?」

 

「よろこんでお相手させて頂きゃぁあっすっ!!」

 

 

 バトルコートの観覧スペースから駆け寄ってきたネモが、ハルトの豹変に肩を跳ねさせる。

 

 それに気づかず、クワッスのジト目を浴びながらスマホロトムを引っ掴んで電話をかける。バトル中も頭の片隅で主張を続けていた気がかりがそっくり消えるチャンスに、ハルトは目が据わっていた。

 

 

『どうしたのハルト? ジム戦終わったの?』

 

「いやまだ途中。それで……あれ? ペパー? もう合流したの? 早くない?」

 

『ようハルト! こんな朝早くからジム戦お疲れさんだぜ! 俺たちはアレだ、お互い早く来ちまってさ』

 

 

 間違えてテレビ電話になっていたらしく、ハルトはすぐ、アオイの横にペパーが映り込んでいるのを見つけた。もしかしてもう出発してしまったのか。だとすると少し気が引けるが。

 

 画面の背景から二人の現在地を割り出そうと目を凝らすハルト。

 

 その隙を突いて、ネモが割って入ってくる。

 

 

「やほっアオイ! おはよう! ペパーも!」

 

『ネモちゃんおはよ! 朝早かったのに大変だったでしょ? ジム戦見れた?』

 

「バッチリ! 前乗りしてたから余裕余裕!」

 

『あははっ、さっすが!』

 

『前乗りって、気合いの入り方おかしくねえか!?』

 

「ハルトの記念すべき最初の公式戦だからね!」

 

 

 ジムテストの事故でそれどころではなかったが、冷静に考えると受付前で待ち構えているのは少し、いやかなりおかしいのではなかろうか。

 

 アオイも当たり前のように受け入れているネモの前乗り。少なくとも、ハルトは今初めて知った。

 

 おかしい。カエデさん一人だったはずの包囲網に人員が追加されたような気がする。

 

 

『それでハルト、途中ってどういうことなの?』

 

「…………ああごめん、途中っていうのは正確じゃなかった。ジム戦自体は終わってる」

 

 

 とはいえ、いい機会だとも思っている。パルデアに来てから今日まで散々飛び回りはしたが、まともなバトルは、ただの一度もやっていない。蛮族どもとの大立ち回りの時でさえ。

 

 必要ないからだ。甚だ不本意だが、例の忌々しい呼び名の流布もその証明に一役買っている。

 

 だが、それでも尚。

 

 

「カエデさんのご要望でね。古巣でのぼくとバトルがしたいって。つまりさ――挑まれたんだよ」

 

 

 こういうことがあるのなら、対応が早いに越したことはない。示さなければならない。

 

 カエデさんが抱えているであろう不満と、それに由来する疑問風味の好奇心――わざわざ新たな仲間集めから始める意義と、その仲間たちで強さも行動も縛る理由。

 

 わからせる、などと言うつもりはない。その類の役回りはスター団に一任した。

 

 ハルトはただ、了承を得たいだけなのだ。

 

 

「一度ココを……アーマーガアをセルクルタウンまで寄越してくれない?」

 

 

 心情的な了承。表に出ない、胸の内の文句をも黙らせたい。意義も理由も、ハルトの中にちゃんとある。だからいちいち…………不毛な疑念を持たれないように。不満に繋がらないように。

 

 そういう余地すら発生し得ないほど、完膚なきまでに。記念すべき最初の公式戦の延長上で。

 

 

「二人が南3番エリアのポケモンセンターに着く前には戻すから。だいたい三十分後くらい」

 

「――!」

 

 

 景気付けの春一番を吹かせよう。

 

 カエデさんは、変な噂にならないよう取り計らうと言った。全力でお言葉に甘えようではないか。

 

 

「そういうわけだから、ネモ」

 

 

 通話を切って、ポカンとしているバトルジャンキーにも釘を刺しておく。

 

 

「次は当分先になる。具体的にはチャンピオンテストが終わった後だね」

 

「…………それって」

 

「ちゃんと天辺に立つまでは、本当に必要な時以外の選出を控えるってこと」

 

 

 日が陰る。バトルコートの外、ざわめく町の人々。

 

 すぐに晴れた。一陣の風と共に。

 

 

「じゃないと、ほら……特別感がさ。せっかくの約束なんだ、できる限り最高の形で果たしたい」

 

 

 付け加えるように捲し立て、頭の上からカイデンを下ろす。空を見上げると、アーマーガアのジト目と目が合った。……タイミング的に、余計なところだけを聞かれたのは明白だ。

 

 上げた視線の下ろしどころを見失った。それっぽく締めた風の言い逃げをかました手前、改めてネモの方を向くわけにもいかず。

 

 自然、意識が向くのは、通話開始からここまで成り行きを見守っていたカエデさん。

 

 

「うふふ、言ってみるものね〜」

 

 

 おかしい。ネモ一人だったはずのバトルジャンキーが二人に増えている。

 

 捉え方によらずとも侮辱に値する言動だったはず。あからさま過ぎてむしろ微笑ましく思われてしまったのか。それはそれで問題だが、いずれにせよ手を抜くわけにはいかなくなった。

 

 勝敗ではなく、どう勝つかという意味で。

 

 

「テラスタルはどうします?」

 

「使わせてもらいま~す。オーブのチャージもしたいですし、このまま場所を移しましょう~」

 

「……場所を? ここではなく?」

 

「あらあら~、さすがに甘く見られ過ぎ? それとも、過剰な買い被り? どちらかというと後者かしら~」

 

 

 困惑するハルトを余所に。

 

 カエデさんは、アーマーガアを見上げて笑う。

 

 

「ジムリーダーとしては、たぶん駄目だと思うんですけどね~。自信がないんですよ~。このバトルコートに収められる自信が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ隣で翼を畳んで縮こまるカイデンに水気を供給しながらも、その光景から目を離せない。

 

 一目で視線を焼きつけられ、今では顔ごと炙られている。全身が足元から干上がっていくのを感じる。

 

 それでも、クワッスは逃げない。

 

 わかっていたからだ。

 

 川を一本、隔てた向こう。まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた炎の網。

 

 その中で悠然と佇む、黒鉄の飛翔影。

 

 

 ――わかっていたのだ。

 

 

 あの日の朝、ニャオハやホゲータと共に訪れた海辺の家。そこで一目見た時から。

 

 短いながらも退屈しない日常や、洞窟からの脱出劇なんかも共にして。

 

 

 ――わかっていたことだ。

 

 

 その背に乗せてもらったこともあった。広げた翼の広さだって、身をもって体感した。どこへだって飛んでいけるのだろう。そして、どんな障壁も打ち砕いて振り払えるのだろう。疑いようがなかった。

 

 受け入れていた。自分が一番の相棒にはなり得ないことも。だからこそ、目指すに値するのだと。

 

 

「"はがねのつばさ"! 振り翳せ!」

 

 

 ――だが、ここまで……!

 

 

 そんな甘さごと吹き飛ばしていく黒鉄の翼。爆発の連続。それは、羽ばたきの余波。

 

 炙るような熱波に続く、撫でるような風の音。

 

 視界いっぱいに舞う火の粉が突風に消える。

 

 白煙と共に煽られた熱湯が撒き散らされる。

 

 それらの隙間で、鈍く輝く黒い羽根――。

 

 翼から放たれ、あらゆるものを反射し、拡散する。クワッスが知る"はがねのつばさ"ではない。

 

 

「――"あさのひざし"! 舞はそのまま~!」

 

 

 消えかけの羽根が最後に煌く。

 

 赤く焼けつく景色の中、太陽でも降りてきたのかと見紛う威容が主張を強める。

 

 たいようポケモン、ウルガモス。

 

 "ちょうのまい"と"ほのおのまい"――絡み合い重なり連なる、舞の混成接続。

 

 回復を挟み、押して押して押しまくる。基本サイクルは割れた。やられる側は堪ったものではないが、やる側にも相応のリスクはあるようだ。

 

 クワッスはもちろん、その陰で蹲るカイデンにも見えていた。

 

 "あさのひざし"による回復の一瞬、各々が縦横無尽に飛び回りつつも保たれていたウルガモスとアーマーガアの距離が、クロスレンジのそれまで縮む瞬間を。

 

 

「火傷の一つでも負ってほしかったんですけど〜、そう簡単にはいきませんね〜」

 

 

 テラスタルオーブが起動する。

 

 ウルガモスの頭で、燭台の結晶が赤く煌く。

 

 

「炎テラス……!」

 

「この子は少し特殊なんです。誰かを暖めるより先に、自分の炎に焼かれてしまう」

 

「……ココ、陣を張れ」

 

 

 アーマーガアが勢いよく距離を取る。そのまま崖の上まで飛んでいってしまいそうなほどの急上昇。

 

 先ほどまでとは、明らかに違うとわかる飛翔。

 

 

「そういうわけなので~、舞い始めたら最後――」

 

 

 黒鉄の翼が、一際大きく羽ばたいた。鈍く輝く無数の羽根が展開されていく。新たな翼のように。

 

 聳え立つ崖に代わって空を覆う。

 

 

「――"もえつきる"ことも厭いませ~ん!!」

 

「プォゥフィィィィィイイイイイイイイ!!」

 

 

 オレンジ色の光で満ちる。

 

 熱波に先んじて、放射熱が降り注ぐ。

 

 太陽だ。太陽がそこにいる。崖と川に挟まれた一角を燃やし、溶かし尽くさんと。

 

 

「マジでやりやがった……! ガラルじゃあマルヤクデだから許された変則戦術だってのに……!」

 

「何度も何度も、何度でも~!!」

 

 

 使用に際し、炎タイプの消失を伴う大技。

 

 文字通り"もえつきる"。メラルバ系統は覚えないはずのその技を、テラスタルの恩恵に与ることで連続使用すらしてみせるウルガモスは、なるほど確かに特殊と言っていい。少しどころの騒ぎでない程度には。

 

 そんな事情など知る由もないクワッスでもわかる。

 

 平時でさえ太陽と形容されるような彼らに、こんな技を持たせていいわけがない。

 

 展開していた黒い羽根が、地上に近いものから輝きを失い溶けていく。

 

 もはや溢れて久しい熱の塊。蒸気すら失せた空気。

 

 見ている分には溶岩と大差ない。

 

 技とは裏腹に、燃え尽きる気配のないウルガモスを中心に奔流となって昇っていく。

 

 一秒ごとに、その勢いを増して。

 

 つまり。

 

 

「鱗粉って言い張るには(さか)り過ぎだと思うんですよ」

 

「源流はしっかりと"ちょうのまい"なんですよ~?」

 

「成れの果てがこれじゃあ炎も蝶も変わりません」

 

 

 "ほのおのまい"は終わっていない。

 

 最初からずっと続いている。

 

 

「……正直、ここまで炎に寄ってくるとは思いませんでした。練度の意味でも」

 

「弱点だからこそ、扱いに長けてくることもありますから~。ハルトさんもそうなのでは~?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

 

 応酬の間も、火炎の奔流はアーマーガアに近づいていく。黒い羽根を飲み込みながら、じりじりと。

 

 溶けた鉄を伝って――、

 

 

「少なくとも炎に関しては――熱に換えて溜め込んでから、一気に消すのが関の山です」

 

「熱に換える…………、まさかっ!?」

 

 

 焼け溶けていた鉄の羽根が、炎と共に昇っていく。

 

 金打ちのように、オレンジ色の光を湛えて。

 

 

「仰せの通り、ご自分の熱に溺れてどうぞ」

 

 

 

 ――ウルガモスまでの導線を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ドリルくちばし"!? あれが!?」

 

「気持ちはわかるけど本当なんだよ」

 

 

 クワッスの後ろ。並んで歩くネモとハルト。

 

 見渡す限りのオリーブ畑。パルデア十景にも数えられる大農園に通る一本道。

 

 二人はセルクルタウンを出て、テーブルシティの西門に向かっていた。予定とは逆方向である。クワッスもカイデンも仕切り直しとは聞いているが、それ以上のことは何も知らない。

 

 

「あんな大気圏の中と外を行き来してそうなのが?」

 

「してそうなのが。"ブレイブバード"だって言われた方がまだ納得できる?」

 

「うーん、それでも微妙。ちなみにその場合は?」

 

「止まれずにクレーターが爆誕。川から流れ込んだ水で池ができて、最悪そこから崖崩れ」

 

「ダメじゃん!?」

 

 

 興奮を隠せない様子のネモ。クワッスの分も取り乱す勢いで、ハルトの肩を掴んで揺さぶる。近くにいたミニーブがびっくりしてひっくり返り、そのままセルクルタウン方面へ転がっていく。

 

 いつの間にか緩やかな坂に差し掛かっていた。歩くペースが落ちてくる。

 

 遠くに立つ物見塔越しに、ようやく高く昇ってきた太陽が覗いている。揃って眩しさに俯き、自然と会話に空白ができた。

 

 ハルトはわからないが、ネモの方は頭の中でも言葉が続いているのだろう。

 

 消化しきれない情報を、言葉に変えて整理しているのだ。そしてそれは、クワッスも同じだ。

 

 押されていたように見えて、その実アーマーガアの独壇場だったバトル。その結末。

 

 曰く"ドリルくちばし"であったらしい一撃でもって、見事ウルガモスを沈めたアーマーガアは、そのまま熱を冷まそうとするかのように、バッサバッサと大きく羽ばたいて東の空へ飛び去っていった。

 

 

 ――甘かった。

 

 

 現状への認識も、想像力も。

 

 圧倒された。何もかもが足りないという現実を突きつけられた。

 

 

 ――だが、憂いはない。

 

 

 追い越すつもりでいなければ、後ろに続くことすら夢のまた夢。それがよくわかった。

 

 ならば追い越そう。そうする以外に何がある?

 

 あの日の朝。共に過ごしてきたニャオハとホゲータに別れを告げて、その手を取った時、ハルトは最初に聞いてきた。――()()()()パルデアの頂上を目指してみないか、と。

 

 正直言って、そこからの一週間は酔っていた。

 

 昨日の夕方。カイデンを引き入れた口説き文句に、自分の時との僅かな差異を認めた瞬間、酔いは覚悟に変わっていた。

 

 ハルトのことだ。その差異には、恐らく特に意図はない。むしろ無意識であってほしいところ。

 

 今思えば、"アクアジェット"でぶっ飛んでいたのは、クワッスの頭の中だった。先ほどから意味もなく一行と物見塔との間を行ったり来たりしているカイデンも似たようなものだろう。クワッスの時と違って、狼煙代わりのデルビルはいない。

 

 

「――ッス」

 

「え、クワッス?」

 

 

 気分が乗った。道を外れ、坂を駆け上がる。

 

 丘の上に着いてすぐ、物見塔をよじ登る。最上階に出ると、カイデンが塀の上に止まっていた。

 

 互いに声もかけず、目も配らない。

 

 クワッスが塀に飛び乗り、並んで立ったその瞬間。

 

 

 ――まるで示し合わせていたかのように、遠く東の空に向かって、大声で叫び出したのだ。

 

 

「あははっ! ハルトみたい!」

 

「そんなばかな」

 

 

 走り出したネモを追って塔の上まできたハルトが、疲れから結局一緒になって叫び出すまで、あと十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、本当に三十分と経たず戻ってくるとはな」

 

 

 ボールに戻っていくアーマーガアを見て、ペパーはしみじみと腕を組む。

 

 

「それでもだいぶ楽しめたみたいだけどね」

 

「マジか。……本当にすげえんだな」

 

 

 二人はテーブルシティの東門を出て、南3番エリアの坂道を上っていた。

 

 右を見ても左を見ても、赤茶の台地が並んでいる。日当たりは場所によるものの、基本乾燥しているため草木は疎ら。激しい起伏はボウルタウンに続く一本道も例外ではない。

 

 アオイもペパーも足取りは軽かった。二人とも体力はある方だし、周囲の警戒は二人の三歩後ろに付いたネギガナイトが完璧に熟してくれている。

 

 そう時間もかからず坂を抜け、ポケモンセンターがある地帯に差し掛かっていた。

 

 

「へえ、ココガラの時から。だからココなんだな」

 

「わたしもハルトもよちよち歩きの頃だったからさ、あまり長い言葉が喋れなかったんだよね。他にもガラとか、ガアとか、候補があったんだけど、怪獣の唸り声みたいで嫌だからわたしが却下したんだって」

 

「いやそこ伝聞なのかよ! ってことは、ハルトの希望はガラとかガアだったのか」

 

「ううん、言い出したのも却下したのもわたしだよ。ハルトは最初からココって呼んでた」

 

「ハルトが想像以上にお兄ちゃんだぜ……」

 

 

 呆れどころか感心すらも通り越して、その在り方に畏怖のような何かを感じるペパー。

 

 その時だった。

 

 

「おーい! ちょっとそこのー!」

 

 

 ポケモンセンターの方から、スーツで身を固めた男が駆け寄ってくる。

 

 

「君たち、課外授業中の学生さんかい?」

 

「そうですけど……」

 

「やっぱりそうか。いやね、ここからボウルタウンに行くなら、最低限戦力になる大人の引率を連れてくるか、できればいっそタクシーを使ってくれると助かるというか……」

 

「……何か、あったんですか? この先で」

 

 

 平静を装いきれていなかった。アオイが諭すように続きを促すと、男は「あぁ失礼」と断りを入れてからハンカチで汗を拭い、話し出した。

 

 

「詳しいことは調査中なんだが」

 

 

 そう前置きして。

 

 

「ここ数週間でガケガニが大量発生していてね。それだけなら大したことじゃないんだが……どうにも様子がおかしい。一体や二体の話ではなく、ほとんど全体と言っていい規模の話だ」

 

 

 それを聞いてアオイはすぐ、ハルトとアーマーガアに端を発する例の件を思い浮かべた。

 

 発想を繋げて、話の先を汲み取ろうとする。

 

 

「縄張りの確保を目的に、群れや統制みたいなものが形成された、とか?」

 

「いいや、逆だ。奪い合いだよ。その習性に従って、律儀にも、崖に張り付いたままね」

 

 

 そこまで聞けば、嫌でも察することができる。

 

 言葉を失うアオイに代わって、ペパーが結論を引き取った。

 

 

「つまり、そこかしこで崖崩れならぬガケガニ崩れが多発してるってことかよ」

 

 

 

 

 

 

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