閏天に滲む 作:アクーシャの底で
「でしたらこの件はわたしたちにお任せを! 注意喚起の方は引き続きお願いできると嬉しいです!」
これ見よがしにアーマーガアを侍らせて満面の笑顔で敬礼してみせると、男は何やら合点が言った様子でアオイとペパーに道を空けてくれた。凡そ都合の良い勘違いに甘える形である。
しばらく道なりに歩いた先で、拠点にちょうどいい場所を見つけてキャンプを張った。南5番エリアとの境に近い高台で、見晴らしも比較的いい。
ネギガナイトを崖側、デスカーンを道側の見張りにおいて、ペパーが作ったサンドウィッチを食べながらこれからの予定を詰める。
「今日はマッピングに専念するんでいいんだよな?」
「そうだよ。ここから北に向かって進んでいく感じでとりあえずは」
「常に逃げ道を確保するため、だったか」
「念のためだったんだけどね。今や最重要事項だよ。かといって時間かけすぎてもまずくて……さっき見たでしょ? あの下」
そう言ってアオイが目で示すのは、ネギガナイトが見下ろしている先――南3番エリアと南5番エリアの境を成す大きな谷の底に広がっている光景。そこで蠢くたくさんのガケガニ。
単なる縄張り争いでは説明のつかない大混戦の果てに、勝敗はおろか強弱すら関係なく下へ追いやられていった結果の産物である。
「わたしたちが足を踏み入れることで刺激して、流出がもっと酷くなるかもしれない。元の場所に戻ろうとする動きが、いつ攻撃のためのポジション取りにすり替わるかわからない。だから、できれば今日中にヌシを確認して、明日には接触したいかな」
そう言ってサンドウィッチを頬張るアオイ。ペパーは少し考えて、
「この騒ぎ、やっぱりヌシが原因なのか」
「そう考えていいと思う」
「この件は任せろとまで言ったのは、大元を抑えればある程度の鎮静が見込めるからか。岩壁のヌシがガケガニだって事前に当たりついてたからできた強行突破ってわけだ。ほんと、よくやるぜアオイは」
「えへへぃ」
呆れ半分で纏める。アオイは口元にマヨネーズだかマスタードだかをつけたまま胸を張る。
「リソースの奪い合いが起こるのはわかるけど、その対象がポジションっていうのはちょっとあれだもん」
「そんで実際、目と目が合ったら蹴落としあって背中からドスンッ、だもんな。確かにありゃ危なくて敵わねえ。……世代交代か、歴戦がさらに力つけたのか、どっちにしろ放ってはおけないな」
エリア一帯を取り巻く背景や、その過程から見えてくる先の絵図など、細かいところで考えなければならないことは尽きない。
だがそれらを踏まえた上でどうするのかと言えば、結局はペパーの最後の一言が全てだ。標的が重なったことも確かに一因ではある。一番の要因は、事実上の通行止めが叫ばれるほどの事態に遭遇し、それに立ち向かえる戦力を持ちながら無視するという選択肢が、アオイの中に存在しなかったことだ。
本音の部分で意見が一致した喜びを密かに嚙み締めつつ、アオイはえいえいおーと拳を突き上げた。
「よし! 食べ終わったらさっそく始めよう! まずは俯瞰で見たいから、そこの物見塔に登るよ!」
「あらハルトさん、ごきげんよう。確か、今日ジム戦だったわよね?」
アカデミーのエントランスホール。西側三棟に続く二階の踊り場にて。
「こんにちはタイム先生。仰る通り、たった今行って帰ってきたところです」
「まあ! まだお昼前よ!? しかもその様子、かなり余裕をもって勝ったんじゃないかしら?」
「いえ、ギリギリでしたよ。タイプ一致の補正二倍、正直舐めてました」
「うふふ。タイプの変更に目が行きがちなテラスタルだけど、元のタイプに由来する持ち味が一番力を発揮するものですからね。……せっかくだから、ちょっと復習してみましょう!」
突如始まる抜き打ち口頭試問。
ガラリと変わる空気。近くにいた生徒が固唾を飲む中、ハルトは自然体のまま耳を傾ける。
「岩タイプのポケモンが岩テラスタルした状態で、岩が苦手な飛行タイプに、威力50の岩技を当てたら威力はいくつになるかしら?」
「200ですね」
「即答! さすがね!」
流れるようなやり取りに反応が遅れる周囲の生徒を余所に、タイム先生の解説が続く。
「威力が50で、タイプ一致テラスタルのかけ算をして二倍の100! 100に弱点の二倍をかけて200! なんと元の威力の四倍になっちゃう! これだけあれば決め技でなくても戦闘不能が狙えるし、もし追加効果があるなら元がタイプ一致でなくても一発逆転が狙えるわ」
「カエデさんのヒメグマに"うちおとす"なんて仕込んだの、タイム先生だったりします?」
「あらあらいったい何のことかしらね?」
うふふ。あはは。上品に笑う二人。
一見、拮抗しているように見えるが、ハルトの方は冗談のつもりだったので内心穏やかではない。まるで見ていたかのように……あるいは会話の中から?
落ち着こう。確かにハルトは、ウルガモスのタイプ一致炎テラスタルを思い出して口を滑らせた。しかしだからといって、そのことがそのまま看破される謂れはない。ましてやそうなった経緯など。
つまり、オリーブ転がしで籠をぶっ飛ばしたことが伝わっているわけではない。"うちおとす"の件はただの偶然だった。そうに違いない。
一秒にも満たない独り相撲を経て、ハルトは内心の落ち着きを取り戻す。
「でも"うちおとす"の追加効果が有用なのはその通りだわ。アーマーガアに地面技が二倍で通るようになるんですもの」
そう言って目を細めるタイム先生は、普段の物腰に反して、実はかなり好戦的なのかもしれなかった。
「バトル以外のフィールドワークでも使い勝手がいいのよね。パルデアだと、今はそうでもないけど、私が若かった頃はオトシドリとかガケガニあたりに対する牽制に使われていたわ」
「オトシドリはともかく、ガケガニですか……?」
「あの子たち、崖に引っ付いてるでしょ? 獲物を待ち伏せて上から襲いかかるためなんだけど、自分の意思で飛び下りないとダメみたいで、攻撃で不意に落ちたりするとパニックになって逃げていくのよね」
見通しが甘かったのだろうか。
「どうやって登ったんだコイツはぁああああ!!?」
いいや、これはどうしようもない。ペパーの叫んだ文句が全てだ。予想できて堪るかこんなもん。
浮遊感の中、体感時間が引き延ばされていく。青空の上に赤茶色が見える。
ペパーの叫び声は離れていく。ちらりと見えた地上で、ネギガナイトが駆け出すのが見えた。たぶん間に合うだろう。問題はアオイの方だ。ペパーとは違って入り組んだ方へ飛ばされている。
身体を丸めてダークボールを開き、棺の蓋を全開にして出てきたデスカーンの中に滑り込んだ。
直後、デスカーンの腕の一本が岩壁を弾く。反動で軌道が逸れて別の岩壁へ。
腕の数を増やし、弾くだけだった動きに掴みを混ぜて、岩壁のあちこちを削りながら減速していく。
――その軌道上に張り付いていたガケガニたちを、一体残らず薙ぎ払って落しながら。
デスカーンの中で外の惨状に頭を抱え、アオイは改めて考える。
アーマーガアに空から確認させていれば、こうして物見塔の天辺から放り出される事態は防げたかもしれない。だがその場合、ただでさえ通常の倍を超す巨体を持つアーマーガアが、普段は飛ぶものがいない空を闊歩することでガケガニたちを刺激してしまう恐れがあった。悲しいことに実例もある。他ならぬアオイがその証人だ。
柔らかい揺れを最後に浮遊感が途切れる。着地したらしい。棺の蓋が開く。
昼間とは思えない薄暗さ。起き上がって見回すと、岩壁に囲まれていた。この辺では珍しく草木が実っている。空気もひんやりしていた。おかげで、頬を伝う冷汗が余計に冷たく感じる。
南3番エリアの北側は、高台が複雑に入り組むことで日の当たらない峡谷が迷路のように連なっている。
飛ばされた方向がわからないほどではない。日向に繋がる道も目の前にある。
目の前の――仰向けも含めた様々な姿勢のガケガニたちが犇めく一本道の先に。
「デジー、崖は登れ…………ないかぁ、これじゃあ」
今にも落ちてきそうな岩壁のギョロ目たちから目を逸らし、アオイは深呼吸を一つする。
「こうなったら」
一寸先はパニック…………いや、恐らくパニックを越えてスタンピードだ。それは受け入れよう。
具体的な座標はわからないが、物見塔からここまでかなりの距離を飛んできた。目の届く範囲だけでこの有様だ。いったいどれだけの数のガケガニが今の一撃で叩き落されたか。一斉に叩き落されたガケガニたちが、その後どんな行動に出るか。
そして物見塔の天辺に居座り、登ってきたアオイとペパーを吹き飛ばしたあのガケガニは、いったいいつから、どうしてあそこにいたのか。
辺りが少しずつ騒がしくなってきた。細かい落石も増えてくる。ガケガニたちが、アオイとデスカーンを認識し始めたのだ。
これで襲いかかってくるならまだよかった。片っ端から倒していけばいいのだから。
一体のガケガニが後退る――
「一気に抜けるよ!」
言い終わる前に、棺の蓋を閉じるデスカーン。間髪入れず飛び乗るアオイ。
影でできた四本の腕が地面を掴む。
後退ったガケガニの上を飛び越える間も、アオイは矢継ぎ早に指示を出す。
「できるだけ後ろに追いやって! 足場にして蹴飛ばす感じ! 壁に張りついてるのは無視で! そこ左!」
棺の足側で四つん這いになってしがみつき、ナビを熟すアオイ。デスカーンは進行方向以外の全てに目を光らせ、足場にすべきガケガニを選定し、追ってくる個体に"シャドーボール"を投げて押し戻す。
走る棺桶を乗り回す少女の姿がそこにあった。人目がないからできる無茶だ。アオイとハルトは見慣れているが、デスカーンの姿勢と手の動きも相まって絵面はだいぶアレである。
町中では特に推奨されないその様でもって、しかし確実にガケガニを捌きながら日向へ進むアオイたち。
「その横穴!」
とある角を曲がってすぐ、梯子と共に見つけたそれ目掛けて棺桶が大ジャンプ。
飛び込みざま、入り口に大きめの"シャドーボール"を置いていく。デスカーンの独断だ。案の定、二体ほど突っ込んで爆発で跳ね返されていく。
もう一発後ろに投げてから、デスカーンは足回りに意識を戻した。
初めて通る道で、初めて見る場所だ。着地のための減速中に横穴なんぞ通れない。つまり、今ので元来た方向から外れたことになる。
「ペパーくん……!」
デスカーンはわかっていた。
物見塔を放り出された時、アオイはボールを手に持ちながらもすぐにはデスカーンを出さなかった。
アオイは必至に目を走らせていた。ペパーが飛ばされた方向、自分との距離、ネギガナイトが間に合うかどうか、などなど。それらの判断がつくまでの数瞬、決して自分のためにボールを開かなかった。
そのことについてデスカーンから特に苦言はない。アオイの全てを信じているからだ。
その中にはもちろん、判断の早さも含まれている。そしてアオイは、判断してからはもっと早い。爆速と言っていい。
――だから、デスカーンにはわからなかった。
「ペパーくん……! お願い……! どうか……どうか無事でいて……!」
必要な判断を済ませ、目標に向かって脇目も降らず駆けている現在において。
どういうわけか、その早さすら置き去りにする勢いで焦りを募らせていく理由が。
「助かったぜ。サンキューな」
「ギャモ……」
「……まだ早いって? まあ、確かにそうだけどよ」
塔の上のガケガニにぶっ飛ばされたペパーは、直後から地上を並走してきたネギガナイトの補助によって無事着地を果たしていた。
視覚的にも現実的にもごつごつした一帯の空を命綱無しで飛ばされたばかりなので、正直言うと一息つきたかったが、どうやらそうもいかないらしい。アオイと逸れたのもあるが、それよりも。
「これって……たぶん、あれだよな?」
「ギャンモ」
地面の広さで言えば、キャンプを張った場所以上。北に向かう緩やかな傾斜。坂を上ると、恐らくボウルタウンまで続く一本道に出られる。逆に坂を下ると、一際分厚く高い岩壁に阻まれる。
その一面には、無数の刺し痕。そして、そこら中に散乱しているハサミ。
共にガケガニの物だった。
そこそこ時間が経っているものや、まだ新しいものもある。明らかに違う特徴を持つものも。
「おいおい……まさか、あんなのが何体もいるってんじゃあねえだろうな……?」
ハサミはどれもペパーの身体より大きく、熾烈な争いを窺わせるほどにボロボロで、黒ずんでさえいる。
辺りをよく見てみると、至るところに戦いの傷跡が残っている。地面が爆ぜて抉れていたり、砕けた岩の残骸が散らばっていたり、酷いものだと根元から焼き切られた岩の柱らしき物体が煙を上げていたり。
ペパーの背筋に寒気が奔る。
同時に、もっとおかしなことに気づいた。
「こんだけ見晴らし良くて、野性のポケモンが一体も見当たらないなんてことあるかよ」
否。それらは全て、一つの事実に繋がっている。
即ち、野生のポケモンが忽然と姿を消すほど激しい戦いがあったということで。
つい先ほどか。あるいは今も、まだどこかで。
「オマエが俺の方に来てくれたってことは、アオイは大丈夫なんだろ? だったらとりあえず、俺たちは塔の近くまで戻って――」
物見塔の天辺でその個体を見た時に、アオイは一つの確信を持っていた。
ヌシは開けた場所に陣取っている。
理由は単純。大きすぎるからだ。
大きすぎて、北側の迷路はおろかその辺を歩くのも一苦労…………は言い過ぎかもしれないが、イメージとしてはそれに近い状態で考えていいだろう。
故にそういった狭い場所は、もっぱら通常サイズのガケガニたちの避難所になっている。強大なヌシの力に慄き、あるいは屈することで追いやられた、その他大勢の吹き溜まりになっている。
無論それはガケガニたちに限った話ではない。他のポケモンもその波に呑まれ、方々へ追いやらている。人が通る道においては、むしろ風通しが良くなったと言えなくもないだろう。
ならば、このままヌシを、他にもいるかもしれない強い個体を、抑止としておいていいのか。
そんなわけがない。
皺寄せはすでに、定期的なスタンピードという形で表出している。通行止めを必要とするほどの規模が、北から南へ、一本道を横断するように、何度も何度も起こっている。
その結果が南5番エリアとの境の谷の、あの有様だ。
そしてあそこも、いつまでも受け皿として機能するわけではない。
「ペパーくんっ!!」
「アオイ!?」
トンネルを抜けると、一本道のど真ん中だった。
左手に佇む岩壁の向こうから聞こえた無骨な戦闘音を辿ると、傾斜の終点にペパーの姿を見つけた。
五体満足。槍を構えるネギガナイトの後ろで、元気に両の拳を握っている。
遠くからでもよく見えた。
開けた場所で。大きな障害物の、一つもなく。
「来るなあ!!
――世代交代か、歴戦がさらに力つけたのか。
物見塔の天辺でその個体を見た時に、アオイは自然と世代交代だと思っていた。しかしそれは別に、歴戦がさらに力をつけたことと矛盾はしないのだ。
当然だが、有力な次世代も一体だけとは限らない。同時に、それらが仲良く一箇所に集まっている理由もない。物見塔の天辺に居座る個体もいれば、人の通る道を徘徊する個体もいる。
それらがどうやらヌシの隙を窺うポジションを徹底していたらしいことが、ここへきてわかったのだが。
「ぇ…………」
今となってはその考察も無意味に近い。
もはや、世代交代だろうが歴戦の更なる成長だろうが同じこと。疑問は一つに集約される。
問い。
そもそも何故、スタンピードに繋がるほどの強大な力を持つに至ったのか。
簡単なことだ。
そうしなければ、勝てない敵が現れたのだ。
「――ジジジ、ジジテッココ、コココココ!!」
ペパーとネギガナイトを岩壁の際に追い詰めていたレアコイルのような何かが、その身体を震わせる。
瞬間、一帯に強烈な"じゅうりょく"がのしかかる。
アオイたちも例外なく。
「ぁぐっ……! デ、ジー……! いったん……なか、戻っ……てっ! ゲホっ、ぇ"ほッ……!」
棺の上で四つん這いのままだったせいで、腕と脚を四方へ投げ出すように引きずり降ろされた上で純金の棺に胴体を叩きつけさせられたアオイ。やむを得ず、デスカーンをボールに戻す。
着地の衝撃で膝が痛むが、圧迫感からの解放で咳き込んでそれどころではない。
「ア"オィ"!! 逃、げろ!!」
顔を上げると、ネギガナイトが"リーフブレード"でレアコイルのような何かを斬りつけようとしているところだった。
レアコイル擬きは、それに軽やかな動きと黒い砂で対抗する傍ら、電撃の塊をアオイに照準する。
"でんじほう"だ。
「"シャドーボール"!! 全力全開!!」
再び出てきたデスカーンが即座に自分の身体よりも大きい"シャドーボール"を形成して待ち構える。
ネギガナイトによって計四発が阻止され、五発目でようやく"でんじほう"が発射された。
ペパーの方に。
「――――ッッ!!?」
声にならない悲鳴があった。ネギガナイトが目を見開く。ペパーは蹲ったまま歯を食いしばる。動けないのだ。両膝を突いて、腕も片方は肘から手まで地面にべったり。もう片方の腕は懐に伸びている。
間に合わない。認めたくない事実を、はっきりと頭が認識したことで。
スローモーションが解ける。
チュ――――ッドオオオオオオオン!!!!
「……へ?」
"でんじほう"が、叩き潰された。
アオイは見ていた――岩石だった。"じゅうりょく"に引かれて空から落ちてきたのだ。
破片は飛び散らなかった。"でんじほう"諸共、地面の染みと消えたのだ。よく見ると、似たような焦げ跡がそこら中に散見している。
レアコイル擬きに驚いた様子はなく、さすがに隙ができたネギガナイトを黒い砂で弾き飛ばしていた。
視界の中で情報が滑る。そして、それに追い打ちをかけるように、
「――ンンンガアアアアニィイイイイイ!!」
ペパーが背にしている岩壁の上から、空を覆うほど巨大なガケガニが咆哮と共に飛んできた。
レアコイル擬きが大きく跳び退く。
ガケガニの着弾で大地が揺れ、"じゅうりょく"が解除された。すかさずデスカーンが棺の蓋を開けてアオイを中に放り込み、"サイドチェンジ"でネギガナイトと入れ替わる。
入れ替わった先は、ペパーがいる岩壁の際だった。
デスカーンから若干ふらつきながら出てきたアオイを抱きとめて、ペパーは戦場に視線を戻す。
「…………ぁ?」
ふと、視界の端に小さなガケガニを見つけた。
……違う。あれは通常サイズだ。大きい個体ばかり目にし過ぎて基準がおかしくなっている。
そうでなくても、わらわらと群れて動くのは小さいポケモンのイメージだ。
わらわらと、どこからともなく。
「ぉ、おお? ぉおおおいい!? コイツら、こんなにどっから湧いて……!?」
「あぁぁ……結局こうなるのかぁ……」
ペパーの腕の中で、嘆くように声を漏らすアオイ。ただ、その表情は柔らかい。
傾斜に悠然と立つ岩壁のヌシ。
アオイたちから見て物見塔を遮る位置に聳える高台の天辺から、一帯を見下ろすレアコイル擬き。
そして。
「ペパーくん。わたしたちも、この波に乗ろう」
北の迷路から、南の谷底から、大挙して押し寄せる無数のガケガニたち。
「いいよね!? みんな!!」
アオイの声に応えるように。
「ンガアアニィイイイガアアアアアアアアア!!」
岩壁のヌシがレアコイル擬きに"とおせんぼう"を仕掛け、続くガケガニたちが開幕の"ロックブラスト"を一斉にぶっ放した。