聖なる剣を携えて   作:チキンうまうま

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祓魔師 ①

 

 ヨーロッパ東部のとある森の奥。鬱蒼と木々が茂るその場所を1つの影が息も絶え絶えに駆けていた。

 

「はあっ、はあっ…」

 

 必死の形相で駆け抜けるその影は明らかに人間のものではない。─いや、厳密に言えば上半身だけならそれは人間のものだったが、下半身がそうでは無かった。人の女性のような上半身の下、その下半身についているのは人外の、まるで獣のような4本の脚であった。

 

「はあっ…くそっ、あの腐れ祓魔師(エクソシスト)め…!!」

 

 息を切らし、怨嗟の声を上げながら怪物はひたすらに走る。背後から迫り来る怨敵から逃げるために、そして少しでも長く生き延びるためだ。

 

「………。」

 

 そして、その近くには必死に森の中を駆ける怪物の姿を眺める男の人影が一つあった。見たところその男の歳の頃は10代の後半、といったところであろうか。暗い茶色の髪に眼鏡をかけ、修道服(カソック)を身に纏った彼は片手に聖書と、もう片方の手にはその服装には到底似合わない長剣を握っていた。

 

「…ああ、くそっ!こっちにも結界か!!」

 

 必死に走っていた怪物が、突然に脚を止めて悲痛な声で叫んだ。そんな彼女の前にあるのは淡く輝く白い壁─即ち、闇の眷属(ミディアン)を阻む聖なる結界であった。そして彼女が悲痛な声をあげた理由は一つ、今まで彼女が駆け抜けていた全ての進行方向にこの結界が貼られていたからだ。はぐれ悪魔、と呼ばれる存在である彼女はこの聖なる結界を突破できない。そのために彼女はどこにも向かえないまま、ただ我武者羅に辺りを駆け回っていたのだ。

 

「…もういいだろう?」

 

 そんな彼女に、先ほどの青年が近づいていく。明らかに人外の怪物を前にしていると言うのに、ゆっくりと進めるその歩みから恐れは感じられない。それだけで、この青年が怪物に慣れているのは明らかだった。

 

「…祓魔師!もう追ってきたのか!」

「当然。この結界を張ったのは俺だからね。あんたがどう逃げているのかなんて手に取るように分かるんだ。…もうあんたに逃げ場は無いと思って欲しい。」

「な…」

 

 歩きながらそう告げる青年の顔は浮かない。そして怪物はその表情が気に食わなかった。これではまるで、悪魔である自分が下位種族である人間に憐れまれているようではないか!そう感じた怪物は内心で激昂した。人智を超えた存在である怪物で、そして悪魔である彼女には尊大なプライドがあった。それこそ今までの劣勢を忘れて、青年に襲いかかるほどに!

 

「舐めるなあああああ!!」

 

 そう叫んで悪魔である彼女は青年へと飛びかかる。その両手からは鋭利な刃物を思わせる爪が飛び出し、獣のそれである4本の脚は大地を割って爆発的な加速を生み出した。

 人外特有の身体能力に物を言わせた、単純なる速さと膂力が生み出す圧倒的破壊力。人どころか建物の一つくらいは容易く破壊せしめるその一撃が迫り来るにも関わらず、青年はその平静を崩さなかった。そして恐れも焦りもしなかった青年は代わりに呟いた。

 

AMEN(エイメン)』、と。

 

「な…なに!?」

 

 その言葉を詠唱として、青年の手に持っていた聖書の(ページ)が勢いよく捲られ始める。そして目にも止まらぬほどの速度でパラパラパラ、と捲られていた聖書の項は、突然に本から離れて飛び出した。中空へと勢いよく飛び出した一節たちは迷うことなく怪物の方へと向かっていき、その体へと張り付いていく。聖書の一節が張り付く度に怪物からはうめき声が上がった。

 

「ぐ、これは…力が、出ない…!!」

 

 闇の眷属(ミディアン)である怪物にとって聖書の持つ聖なる力とは激毒にも等しい。本の一節ですら効果を持つそれが、ましてや何枚も体に張り付けばどうなるのか。それは火を見るよりも明らかだった。

 最初は怪物も必死に抵抗していたが、何枚も聖書の項が張り付いていくたびにその動きが小さくなっていく。そして力が抜けていったのか、最後には指一つすら動かせなくなって地面に横たわった。

 

「…許してくれ、とは言わない。」

 

 倒れ伏した怪物の耳に、落ち葉を踏み締める足音が近づいてくるのが聞こえる。

 

「憎んでくれ。怒ってくれ。…そして諦めてくれ。」

 

 近づいてくる男に怪物はどうにか必死に待って、助けて、と懇願するが青年は聞き入れない。倒れ伏した怪物の隣まで歩いてきた男は、怪物のその真っ白な首筋に剣を当てた。不思議なことに、その剣を当てただけで怪物の首に火傷のような痕が生まれる。

 

「かつて人として生を受けたあなたを、怪物(フリークス)として殺すことを。」

 

 嫌だ、やめて、と怪物が涙を流す。まるで童女のようなその仕草に青年は目を瞑り、そして

 

AMEN(エイメン)

 

 首に当てた剣を静かに下ろした。ばさりと落ちた何かが落ち葉に触れる音と、その後に水の滴る音がして周囲はいきなり静かになる。それこそ痛いくらいの静寂であった。青年もまた、剣を下ろした体勢のままでしばらくじっとしていた。

 

「…ああ。」

 

 どれくらいそのままでいただろうか。それがわからないくらいに時間が経った後で、青年はノロノロと動き始めた。脚を引き摺るかのように近くに生えていた木の近くまで歩くと、それにもたれるように地面に腰をつけた。それからやっぱり緩慢な動作でポケットを漁り、煙草と携帯電話を取り出した。

 

「はあ…気ぃ進まないな…。」

 

 煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込んだ彼は携帯電話をいじり、耳に当てた。数コールも待たないうちに電話がつながったのか、紫煙を燻らせながら話し始める。

 

「あ、もしもし?白瀬です。…ええ、はい。終わりましたよ。はぐれ悪魔の討伐。…怪我も無しです。ご心配なく。」

 

 すぱすぱと煙草を吸う青年─白瀬の顔は相変わらず浮かない。上司へと報告をしながらも、彼の目はもう言葉を発さなくなった先ほどの怪物へと向けられていた。

 

「…ええ。情報に間違いはなく。今回は偵察班が優秀でしたね。」

 

 ─その目に浮かぶのは、憐憫と悲しみ。

 電話の相手にもそれが分かったのだろうか。相手からの心配の言葉に彼は乾いた笑みを浮かべた。

 

「…いえ、大丈夫です。…ははっ。」

 

 乾いた笑いとともにそう言って彼は目を閉じた。それから二言三言だけ話して電話を切った青年は天を仰いで呻いた。

 

「あー……祓魔師やめたい……。」

 

 そう呻く青年の名は白瀬(しらせ) 清司(きよし)。若干17歳という若さにして、法王庁ヴァチカンに所属する腕ききの祓魔師(エクソシスト)である。

 

「どうにかならないかなぁ…」

 

 教会の中でも日陰の部分である祓魔師。そこに一度所属してしまえばあとは加齢による引退か殉職しかない。それを理解した上で、白瀬は呻いていた。

 

 祓魔師として手にかける対象の多くは、悪魔にされた元人間である。そしてその中には大抵碌でもない、聞く側としても同情してしまうような過去を持つ者が多い。そんな者たちを『教義に背く異端者』として処さねばならない。…優秀な祓魔師ではあれど敬虔な信徒ではない白瀬にとってこれは苦痛であった。

 

「…そうだ、あれはやっておかないと。」

 

 それからまたノロノロと時間をかけて立ち上がって、白瀬は怪物の遺体の側に歩いて行った。そこで再び聖書を開き、神の力の一端である秘蹟を行使する。その儀式によって生み出された聖なる光によって、瞬く間に遺体は灰となって消えて行った。

 

「…本当にごめんなさい。」

 

 望まないにも関わらず悪魔となって苦しんだこの魂がもう苦しまなくていいように。そう願って彼は残された遺灰にむかって十字を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻りましたー。」

 

 数日後、ヴァチカン法王庁。教会勢力の中心であり、多くの祓魔師(エクソシスト)が拠点とする場所に任務を終えた白瀬は帰還していた。移動時に目立つからか今は修道服(カソック)は着ておらず、着ているのはただのワイシャツとスラックスである。

 

「む、キヨシ。無事に帰ったか。」

「うぇ?ゼノヴィアじゃん。」

 

 任務達成と帰還の報告を済ませようと白瀬が歩いていると、見知った顔に声をかけられた。それは白瀬と同じエクソシストであり、青い髪に一条の緑のメッシュを入れた女子であるゼノヴィアであった。

 

「随分久しぶりじゃないか。元気してた?」

「それは私のセリフだ。また随分と単独で任務を入れられたのだろう?」

「…仕方ないさ。しょぼいとは言え神器(セイクリッドギア)持ちの聖剣使いなんてそういないからね。」

 

 こうして顔を合わせたのもかれこれ3ヶ月ぶりだろうか。久しぶりに会った友人と、死の危険と隣り合わせのこの世界でお互いに無事であったことを喜び合う。

 

「…それもそうか。ああそうだ、イリナには会ったか?今はあいつもここに来ているはずなんだが。」

「へえ、イリナも?そりゃ珍しい。聖剣使いが3人もここに集まるなんてね。」

 

 イリナ。本名を紫藤イリナという、白瀬とは同郷にして同い年の祓魔師。そして2人とは共通の友人でもある人物である。

 

「ああ。…その、噂ではあるんだが…キヨシ、耳を貸せ。」

「…何事?」

 

 声をひそめたゼノヴィアが白瀬の耳に顔を近づけた。それに合わせて白瀬も若干腰をかがめる。同い年の少女の顔が近くにあることに白瀬の心臓が若干早鐘を打ったが、それはすぐに覆された。

 

「エクスカリバーが盗まれたらしい。」

「……はあ!?」

「キヨシ、声が大きいぞ!」

「ああ、ごめん…てかそれどういうこと?」

 

 耳打ちされた内容に白瀬は思わず大きな声をあげた。そのせいで周りがジロリと睨みつけてくるのに対して慌ててペコペコと頭を下げながら白瀬は尋ねたが、ゼノヴィアは首を横に振るだけだった。

 

「私もまだ詳しいことはわからないが…噂では堕天使の犯行らしい。」

「…堕天使の?」

「噂だけどな。」

 

 そう言ってゼノヴィアは肩をすくめた。そしてその話を聞いた白瀬が辺りの様子を窺ってみると、どうも全員がソワソワしている気がする。どうやらヴァチカンを離れていた白瀬以外は皆知っているようだった。

 

「…てことは、まさかこのタイミングで聖剣使いが3人揃ったのって。」

「ああ、その可能性はあるだろう。」

 

 ふと浮かんできた嫌な予感を口に出すと、ゼノヴィアはそれをあっさりと肯定した。それに対して白瀬の口からはうっそでしょ?と言った声しか出てこない。

 

「…もうこれは噂であることを祈るしかないかな。」

「…そうだな。そうしよう。」

 

 2人はどちらともなく頷き合って歩き出した。白瀬は帰還の報告のために、そしてゼノヴィアは次の任務の命令を受けに。奇しくも2人の行き先は同じであった。

 

 

 

 

 

 

 そしてそれからすぐに、白瀬とゼノヴィア、そしてイリナを含めた3人に新しい任務が与えられる。

 

 ─エクスカリバーを奪還せよ

 

「嫌だああああああああああ!!無理だよおおおおおお!!!!」

「ええいキヨシ!男だろう腹をくくれ!」

「うっわ…まじで泣いてる…。」

 

 3人の向かう先は日本、駒王町。

 教会に悪魔、そして堕天使に(ドラゴン)。様々な思惑が錯綜する渦中に、彼らは飛び込むこととなる。

 

 





白瀬 清司
 日本生まれのエクソシスト。17歳。
 ナチュラルボーン聖剣使いにして神器使いという地味にレアな存在。
 
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