聖なる剣を携えて   作:チキンうまうま

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『月光校庭のエクスカリバー』編、これにて完。




帰還 

 

 夢を見た。

 白瀬清司(ボク)祓魔師()になったあの日の夢を。

 

 

  

 

 

 ごぽり、と血を吐いたねーちゃんがボクに倒れかかってきた。ねーちゃんの腹に穴が開いて、そこから流れ出た血が真っ白な服を、地面を赤く染めていく。

 

「…うそ、だ。」

 

 それはあまりに突然のことで、その時のボクにはもたれかかってきたねーちゃんを抱きしめることしかできなかった。怖いとか、悲しいとかは感じてなかった。そんな余裕もなかったんだと思う。

 

「…ごめん、少年…。」

「ねーちゃん!?待って、傷が、」

「…いいの。もう助からないよ、あたし。」

 

 再び血を吐きながらねーちゃんがそう言った。もう呼吸すらままならないんだろう、息は荒いとかそんなものじゃなかった。

 

「今、のは、あたしを悪魔にした奴、だ。ごめん、少年。あたしの事情に、巻き込んだ。」

 

 息も絶え絶えにそう言ってねーちゃんはボクを抱きしめた。死に際のはずなのに、その力はすごく強かった。

 

「もういいから、喋んな!助ける、絶対…!」

「もう、無理だよ。あたしは助からない。…ねえ、少年。ううん、清司。」

 

 抱きしめていた身体を少し離して、ねーちゃんは俺と顔を合わせた。すごく痛くて、苦しいはずなのに最後にねーちゃんは、悪魔に堕とされた少女は、

 

「ありがとう。大好き。」

 

 笑った。最期の瞬間に、彼女は満開の花のような笑みを浮かべて、逝った。

 

 ねーちゃんの体から完全に力が抜け、腕がだらりとぶら下がる。もう息はなく、心臓も動いていなかった。

 

「ねーちゃん。ねーちゃん?起きて、ねえ、起きてよ…。」

 

 いくら呼んでも身体を揺すってもなんの反応もない。それでもボクは涙を流しながらねーちゃんを呼んで、必死に彼女を起こそうとした。だけどねーちゃんが二度と動くことはなくて、代わりに落ちてきたのは小さなチェスの兵士(ポーン)の駒だけだった。

 

「…チェス、の、駒?」

「違うぞ人間。それは悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だ。貴様如きが触れていいものではない。」

 

 その駒に触れようとしたその時、ゾクリとするような声がした。魂を掴まれるような、そんな声。恐る恐るそっちを向くと、そこには偉そうな髭を蓄えて背中に蝙蝠の羽を生やした小太りの男がいた。

 

「あく、ま…」

「ほう。少しは見る目があるようだな。まあどうでもいいが。」

 

 悪魔の手に魔力が集まっていく。ああ、ここでボクは死ぬんだ。あまりにも実感が湧かなくて、その時のボクはなんとなくふわふわした気分で死の光を見ていた。

 

「人間。冥土の土産になぜこの小娘が殺されたのか教えてやろう。そこの小娘はな。この儂が悪魔に転生させたのだ。悪魔の資質こそカスだったが、そんなもの儂はどうでも良かった。なにせ見た目が良かったからな。この小娘を下僕にするだけで社交界で儂は目立てるというものよ。」

 

 そんなボクのことなんて露知らず、悪魔は饒舌にクソみたいな理屈を語り始める。

 

「だから儂自らの手でわざわざ悪魔に転生させてやった。寝ているこいつの胸元にこの駒を埋め込んで、だ。寝て起きたら人を超えた上位種族になっている。どう考えても歓喜でしかなかろう。だのにこいつは泣き喚き、挙げ句の果てに儂の寵愛を拒んで逃げ出した始末だ。」

 

 …ねーちゃんは、こんな奴のせいで。こんな奴のせいで死んだのか。ただ普通に生きていただけなのに、こんな奴のせいで悪魔にされてこんな寂しい場所で死ぬのか。

 

「だから殺した。探すのに随分手間がかかったがな。まあこの駒の分新しい娘を探しにいくとするか。今度は素直な奴を探そう。素直に儂の命令を聞く女をな。」

 

 なんで悪魔と関わるなって父さんが言ってくるのかわかった。理屈が違う。こいつら人の形してるけど、ただそれだけの醜悪な生き物だ。ドブ川の底のヘドロよりも汚い生き物だ。だから、

 

「まあその前にお前を始末するとしよう。泣いて感謝しろよ、この儂の手にかかって死ねることを。」

 

 殺す

 

 ボクの、いや俺のなかでドス黒い殺意が芽生えた。その殺意に呼応するように身体が内から熱くなる。怒りを火種に、全身が燃え始める。

 

「‥な、なんだこれは?魔力が…?」

 

 俺を中心にして光が溢れていく。溢れ出たその光が悪魔の手元にあった魔力に当たると、一瞬にして打ち消した。焦った悪魔が魔力を出そうとしてもできないようだ。ああ、それでいい。そうでなければ。

 

「…糞悪魔。お前は俺の敵だ。ねーちゃんの仇だ。生きてちゃいけない存在だ。」

「ふざけ、ふざけるなこの小僧!」

 

 気づけば辺りは真昼のように明るくなっていた。理屈なんか知らない。そんなのどうでもいい。

 

 こいつを殺せるならどうでもいい。

 

「この、こぞぎひっ!?ご、ごぼっ」

 

 光の中で悪魔が血を吐いた。ただでさえ膨らんだ腹が爆ぜ、血が飛び散る。うざったいくらいに赤かった。悪魔なんだから赤なんて綺麗な色じゃなくてせいぜい黒でいいだろうに。変なところが人間に似ていて嫌になる。

 

「が、やめ、たずけ、」

 

 皮膚が水膨れみたいに膨らんでいく。次々に膨らんでは爆ぜて辺りに液体が飛び散る。汚い。あとで掃除しないと。光に焼かれた髪が焼けこげ、嫌な臭いがした。だんだんと悪魔の身体が黒くなっていく。うん、悪魔らしくなってきた。

 

「……っ!……っ!?」

 

 喉が焼かれたんだろうか。悪魔が必死に声のでなくなった喉を押さえてのたうち回る。ああ、いい気味だ。これでこいつの声も聞こえなくなった。耳に優しい世界が戻ってきた。

 

「死ね。死ねよ。死ねよ糞悪魔。」

 

 ねーちゃんを抱き抱えたまま、光の中で地面を転げ回る悪魔に吐き捨てた。

 もうこいつなんて見たくもない。とっとと死んじまえ。そんな思いが通じたんだろうか。光が一際強くなって悪魔を灼いた。

 

「───────ッッッ!!!」

 

 断末魔の声は聞こえなかった。もう声を出すこともできなかった悪魔は悲鳴もあげられず灰になった。その灰ですら光の中で何も残さず消えていった。

 

「…死んだ。死んだ、あはは、死んだ!」

 

 そのザマを見て俺は笑った。泣きながら、大声をあげて笑った。それから抱き抱えていたねーちゃんを強く抱きしめた。

 

「…もうねーちゃんを追いかけてくる奴はいないよ。いないから、さ…」

 

 あんなに綺麗だった瞳は閉じられて開くことがなかった。どうでもいいことをいっぱい話した口も、俺を抱きしめてくれた腕も、もう動かない。

 

「起きてよお、ねーちゃん…!」

 

 ボロボロと溢れてくる涙を堪えきれずに俺は泣いた。大声をあげて泣いて、泣き尽くした。もう涙も出なくなって、ただただしゃくりあげるようになってからようやく悪魔の気配を嗅ぎつけた近場の祓魔師(エクソシスト)が来た。

 事情を聞いた祓魔師は俺が抱きしめているのが教会の敵である悪魔だとわかっても、墓を建ててちゃんと弔ってくれた。ねーちゃんを最後に人間として弔ってくれたことが救いだった。

 

 それから俺は帰ってきた父親の下で祓魔師としての修行をすることになった。才能ってのがあったんだろう。順調に力をつけていって、14でヴァチカンに渡った。イリナとゼノヴィアに会ったのもその時。そして聖剣に、ガラティーンに適合して、コカビエルと戦って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 目を覚ますとそこはカーテンで仕切られたベッドの上だった。白い天井に医薬品の匂い。なんだこれ。

 

「…どこここ。俺、腹に穴空いて死んだんじゃなかったっけ…。」

「いや死んどらんよ君。」

 

 俺の声を聞いてかメガネかけたおっさんがカーテンを開けて顔を出した。白衣を着たその姿はどう見ても医者に見える。

 

「おかしいな、俺は死んだら辺獄(リンボ)でみんなと戦争に行くはずなんだけど、ここ平和だし病院みたいに見える。」

「だから君死んどらんて。ついでにここはちゃんと病院。まあ『裏』のだがね。」

 

 そう言って医者が白瀬の寝るベッドの側にある椅子に腰掛けた。その様子を白瀬は信じられないといった顔で見ている。そんな白瀬の肩をポンと叩いて医者は微笑んだ。

 

「安心しなさい。ちゃんと生きとるよ、君。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1週間、か。」

「…そうね。もうそんなに経つのね。」

 

 コカビエル戦から1週間後のある日。ゼノヴィアとイリナは駒王の公園にあるベンチに座っていた。聖書にも記された大堕天使との戦いが終わったというのに2人の顔は浮かない。

 

「コカビエルはキヨシが打倒した。私たちでバルパーは処分したし、盗まれたエクスカリバーも回収した。もう、やることは終わった。」

「終わったって…終わって、ないわ。まだ、まだキヨシが帰ってきてない。」

「イリナ。キヨシはいない。もういないんだ。」

 

 あの夜、結界が壊れた後。炎がおさまってようやく結界内に入った2人が見たのは主人を失ったガラティーンだけ。どこを見てもそこに白瀬の姿はなかった。何度呼んでも、瓦礫の下を探しても出てこない。泣きながら白瀬を探す2人の姿に、リアスたちは声をかけることができなかった。

 あれから1週間。戦場であった駒王学園も復旧して授業を再開し、今も学生たちの笑い声が響いている。

 

「死んでない!キヨシは生きてる!キヨシならどうせ、ううん、絶対煙草吸いながらひょっこり帰ってくる!」

 

 ゼノヴィアから見ても今のイリナは不安定だ。コカビエルに告げられた神の死。そして戦友である白瀬の死亡。この2つがイリナの精神を蝕んでいる。

 

「煙草か。そういやあいつの荷物にあったな。」

 

 その言葉で思い出したのかゼノヴィアがポケットを探った。そこから出てくるのは煙草とライター。白瀬の遺品として回収したものだ。取り出したそれらを見て、ゼノヴィアの目元にも涙が浮かぶ。これまで白瀬が吸おうとするたび、毎度のように2人でそれを止めていたのは記憶に新しい。まあ白瀬はそれを無視して吸っていたわけだが。

 

「…こんなもの。吸おうとなんて思ったことなかったんだがな。」

 

 ゼノヴィアが煙草の箱を開け、口に咥えた。ライターで火をつけようと点火するが、なかなか火がつかない。なぜだろうと2人で首を捻った。

 

「この煙草、湿気てるんじゃないか。」

「火が弱いんじゃない?ほら、キヨシって火の聖剣使いな訳だし無意識にライターの炎を強くしてたりとか…」

 

 2人であーでもないこーでもないと言い合う。その時だった。

 

「んなわけないでしょ。火のつけ方が違うんだよ。」

 

 後ろから聞こえてきたその声に2人が固まった。え、と動きを止めたゼノヴィアの手からライターを回収し、口に咥えていた煙草を抜きとった。

 

「煙草ってのは吸いながら火をつけるんだよ。じゃないと火がつかない。」

 

 奪い取った煙草を咥えて火をつけ、煙を味わいながら声の主はそう言った。その声の方を2人が恐る恐る向くと、そこには見慣れた顔があった。この1週間探し続けていた顔が、消息不明だった白瀬清司がそこにいた。杖をついた彼は煙草を片手に気まずそうに笑っている。

 

「えっと…久しぶり。」

「…生きてる?」

「みたいだね。」

「…本物?」

「本物本物。ほらガラティーン貸してみ?」

 

 その言葉の直後、イリナの荷物の中からするりと一つの長剣が飛び出してくる。主人の帰還を待ち侘びていたそれは、白瀬の手に収まると小さく火を噴いた。

 

「本物だ。本物のキヨシだ…!」

「ちょ、ま、ぐえーっ!」

 

 それを見た2人が白瀬にベンチの背もたれを声で飛びついた。急に飛びつかれて支えきれず、汚い悲鳴を上げながら白瀬が後ろにぶっ倒れた。そんな彼の胸元で2人が涙を流す。

 

「キヨシだ、生きてる!生きてる!ほらゼノヴィア!やっぱり生きてたじゃない!」

「ああ、そうだな…生きてたな…よかった…!」

 

 嗚咽混じりに涙を流して喜ぶ2人に対して、白瀬はおろおろしていた。どうしようどうしようと手が宙空をいったりきたりする。

 

「あー、その、ごめん心配かけたね。」

「ごめん、はこっちよ…あの時、キヨシだけ残して戦わせたんだから…」

「あれは、まあ…それが俺の役目だったからね。」

「次は…」

「おん?」

 

 胸元に顔を埋めたまま2人が誓う。

 

「次は私も戦う。お前と共に戦えるようになってみせる。必ず。」

「私も、もうキヨシを1人で残したりしないから。」

「…ああ。頼んだよ。」

 

 その言葉を聞いて、白瀬はそっと2人の背中に手を回した。少しだけ力を込めて2人を抱きしめる。

 

「帰ろう。ヴァチカンに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。3人はヴァチカンへと帰るべく駅へと向かっていた。3人は杖をつく白瀬を挟むようにして連れ立って歩く。その途中、ゼノヴィアとイリナの間で話に花が咲いたタイミングで白瀬はそっと視線を落とした。

 

(…2人は今日はコカビエルと戦ってから1週間、って言ってた。けど、おかしい。)

 

 コツ、コツ、と義足と杖がアスファルトを叩く音がやけに響く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()3()()()()。1週間前じゃあない。)

  

 少なくともあの病院が嘘をついているとは考えづらい。なにせあの病院は『裏』の病院なだけあって法外な値段を要求してくる。ならば3日の入院で1週間分の料金を請求してくることはあっても、その逆はまずないだろう。

 

(それまでの4日間、俺はどこで何をしていた?いや、そもそも動けなかった俺を病院に担ぎ込んだのはどこの誰だ!?)

 

 医者曰く、運び込まれた時点で割と怪我は治っていたらしい。あとは俺が目覚めるのを待つだけだったと。そんなことをしてくる相手に心当たりがない。

 

(それに身体の調子がいい。良すぎる、って言ってもいいくらい。1週間動いてなかったら筋肉が落ちるはずなのに、それがない。…怖すぎるだろ。)

 

 自分の身に起きたのは不明なことばかり。明らかに誰かが何らかの目的でやったのだろうが、さっぱり推測できない。身体の中に何か埋め込まれたとか、そんな可能性だって全然ありうる。さっきガラティーンを起動した時に身体の内に聖火を回しておいたからその辺りは大丈夫だと思うが、念のためヴァチカンに戻ったら検査しておこう。

 

「キヨシー?怖い顔になってるよ?」

「あーごめんごめん。考え事してたよ。」

「…何かあったのか?」

「ん、ちょっとね。」

 

 連れ立って歩く3人。その様子を遠くから一匹の黒猫がじっと見つめていた。

 

 

 





「失礼な話にゃん。なにも埋め込んでないにゃん。それどころか体内の気の流れの経路を整えて神器と聖剣の出力あげたのに礼の一つもないどころか疑うなんてなんてやつにゃん。」
「お前そんなことまでやってたのか。」

白瀬 清司
 ヴァチカン法王庁麾下【武装神父隊】所属の祓魔師兼聖剣使い。
 身長173センチ、体重不明(片足無くなった分軽くはなった。)
 目の前でねーちゃんを殺された時に初めて神器が覚醒、そのまま一時的な【禁手】に至ったヤバいやつ。ただそのあと【禁手】に至れていないようなので火事場の馬鹿力的なものだと思われる。
 長崎出身で隠れキリシタンの一族の子孫。ヴァチカンの狂信者連中の中では穏当な方。
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